第八十六話:混乱する魔物
砦が落とされた……それってつまり……。
「叶さんはどうなった!?」
あの砦には叶さんが残っていたはずだ。
最悪の事態を想像して血の気が引き、冷や汗が出てくる。
「呼んだ?」
想像の中の叶さんが返事する始末だ。どうする? 今から飛び出そうにも場所がわからない。
そうだ、ファスをつれて探しながら行けば……。
「カナエっ、どうしてここに?」
「無事だったべか、良かっただ」
「いやぁ危機一髪だったよ」
振り返ると、普通にファス達と話している叶さんがいた。
「あのー、叶さん?」
「吉井君、じゃないや真也君、心配してくれたの? ありがとう」
いつも流している髪をアップに纏め、白いローブとブーツに宝石が埋め込まれた杖を持った叶さんがニコニコしながらこっちを見ていた。
思わず脱力して、息を吐く。どんな状況だったかはわからないが無事で良かった。
後ろから振り下ろされる、棍棒を躱して裏拳を打ち込みながら会話を続ける。
「それでどうしてここに?」
「ふふーん、実は砦を抜け出して真也君の所に行こうと思って転移陣を冒険者さん達がいる方角の道に仕込んでたんだよ。まさか転移先に真也君の一団がいるとは思わなかったけどね。よいしょっと【星光鱗】【星守歌】」
流石と言うか何というか、たくましいよなぁ。スムーズに飛んでくるバフを受け取りながら魔物を捌く。
「砦はどうなったのです?」
氷弾や水流を放ちながらファスが質問する。
「騎士さん達はまだ頑張っているけど、司令官や貴族達が翔太君と一緒に逃げたせいで指揮が混乱して、ほぼ崩壊しているよ」
「宙野がいるなら、なんとかなると思ったんだけどな」
一応勇者だし、ファスの話に聞いたスキルもかなり強力だったはずだ。
「アンデッドの冒険者達がかなりやっかいで、砦の後ろを取られてからは翔太君と私だけは絶対守らなきゃならないとか理由を付けて、さっさと貴族が逃げ出して、翔太君もそれについて行って。現場はポカーンって感じだね。私は一緒に逃げる振りしてこっちに来たんだ。バルさんとかはギリギリで気づいて引き留めようとしたけど、全力で逃げてきたの」
「いや、避難しとこうよ。転移先に魔物がいたら危ないじゃん。バルさん今頃すごい心配してると思うよ。」
多分今頃は胃痛でうずくまっているんじゃなかろうか。
「一応、砦に残った騎士さん達が冒険者が向かってきているってのは聞いてたし、近くにいるならファスさんが見つけてくれるかなぁって思って」
「……流石に危なすぎですよカナエ」
「転移者ってのは無茶する人ばかりなんだべか……」
二人もあきれている。いや、待って欲しいなんだか僕まで無茶しているみたいじゃないか。
そんな僕等の反応を見てニヤリと笑みを浮かべ彼女は杖を掲げる。
「それに、私は引っ込んで大事にされるより、こっちのが性にあってると思うの【星兎】」
光の兎が十数体飛びだし、魔物を吹き飛ばす。
なんか強くなってない?
杖を掲げ黒髪をなびかせ笑みを浮かべる彼女、確かに様になっている。ちくしょうかっこいいな。
「負けらんないな」
「当然です【氷華・ホウセンカ】」
「オラもやるべ【飛斧】」
なんて勢いづいて、殿で魔物を倒し続けているが、中央が倒れた以上僕等が包囲されるのは時間の問題だろう。
ライノスさんが解決策を考えてくれればよいのだが。
僕には戦場の知識はない、だから、目いっぱい戦い続けるだけだ。
すぐに角笛が鳴り出す。出発の合図だ。
どうやらこのまま進むらしい。
後ろから、レノさんが弓をつがえながらやって来た。
「すまんな、面倒な役目を押し付けた」
「いえ、大丈夫です。それよりこのまま進むんですか」
「あぁ、今しがた連絡があって中央が落とされた。休息のための補給所も分断された。正直ジリ貧だ。このままいくと俺達は囲まれてしまうわけだ」
よくわからないが、状況はよくないようだ。朝まで僕等がいたキャンプもすでに撤収しているらしい。
「そんでどうすんだべ」
「中央に進んでいるということはその答えはもう出ています」
ファスが何でもないようにそう言う。……ちなみに僕は全然わかっていない。
「その通り。このまま中央砦へ向かい軍と合流し、砦を奪い返す」
「なるほど」
「というわけで、できるだけ消耗しないように移動したい。ここは任せたぞ、ルーキー」
そう言って、レノさんは周囲に方針を伝えていく。
中央にはユニークモンスターやアンデッドの冒険者も多くいるとのことらしい。
苦しい戦いになることは容易に想像でき、周囲の冒険者達も緊張しているようだった。
そして、いよいよ砦までくると、巨大なワームやオーガやオーク、奇妙な姿の魔物までいる。
そんな魔物を倒し、砦を奪還しなきゃならない。
呼吸を整え、叶さんのバフを貰い気合を入れて見据える。
魔物達は、やはり組織だった動きで……いやなんか、乱れてるな、というか混乱してない?
「なんか、右往左往してないか?」
「ですね、夢から覚めたような感じです」
「散って行ってるべな」
「えーと、一応こっちにも来てるよ、逃げてる感じだけど」
ついさっきまで戦っていた魔物は集団で間を合わせていた癖に、今向かってくる魔物は飛び出していたり、変な方向へ進んだりと隙だらけだ。一応は一方向へ向かってはいるようだ。
当然何もできず、受け止められすぐに倒される。
あまりの変わりように冒険者達も唖然としている。
結局、魔物達は元来た道を引き返すように森の方へ戻り、ユニークモンスターはどこかへ消え去り、やっかいな冒険者のアンデッドはやはり呪いで動いていたようで叶さんの解呪のスキルで死体に戻った。 アンデッドが居なくなると、騎士達が意地で魔物を退けそこに冒険者達が加勢することで砦の奪還はあっけなく完了した。
すぐに、左翼の戦場と連携をとっているライノスさんや生き残った騎士達の横で僕等は水筒から水を飲みながら干し肉を齧る。
「他の戦場でも魔物の動きが乱れてるようだべ」
「何がどうなってんだ?」
わけがわからずにいると、ファスが一点をじっと見つめていた。
「ファス?」
「森の魔力が変わっています。ですが酷く乱れていて読み取ることができません」
「それってつまり?」
「森で何かあったのだと思います。細かいことはわかりませんが……」
何かって、森には魔王種とかがいるんだろ? フクちゃん、上手く生き延びてくれれば良いのだけど。
戦場はなんでか、安定しているみたいだし、ここは森へ向かおうか。
そう思い。少し離れた場所にいるライノスさんへ声をかけようと近寄ると。
騎士が何か叫んでいるようだ。
「だから、アラクネだ! 俺達は見たんだ。森の中に上位のアラクネがいてそいつらが魔物を操ってたんだ。魔物達はそいつらの元へ帰ったんだ。きっとまたやってくるはずだ! そうなったら今度こそ終わりだ!」
「落ち着け、お前らの言い分はわかった。群れの魔物が混乱しながら森へ戻ったのもわかっている」
「落ち着いていられるか、やつらは喋ったんだ。普通のアラクネじゃない。それも複数体いるんだ。皆殺される!」
完全に前後不覚に陥っているようだ。
というか聞き逃せない内容だぞ。
近寄ってライノスさんに話しかける。
「ライノスさん」
「応、坊主か、聞いた通りだ。ギースが言っていた魔王種はどうやらアラクネのようだ。……もしそれが本当なら最悪だな」
「どういう意味ですか?」
「魔王種は文字通り魔物の王だ。他の魔物をしたがえ使役することができる。そしてアラクネの魔王種であるアラクネ・クイーンは文献通りならゴブリン・キングやオーク・キングと違い他種族の魔物も操れるとされている」
「じゃあ、今回のスタンピードは……」
「アラクネ・クイーンが仕掛けている可能性が高い。単体での討伐ですらA級の冒険者パーティが複数必要になる。周囲を魔物が固めているこの状況で打ち取ることは不可能だ」
「僕の仲間があの森にいるんです」
「……残念だが」
「助けに行ってきます」
フクちゃんを見捨てるなんてできるもんか。
これ以上大事な存在を失うわけに行かない。
「ファス、トア、叶さん。フクちゃんを助けに行く」
「かしこまりましたご主人様」
「すぐに行くべ」
「フクちゃんに何かあったら、大変だよ。すぐに行こう真也君」
「おいおい、ちょっと待てお前等」
ライノスさんを振り切って行こうとすると、頭の中に声が聞こえてきた。
(マスター、キコエル?)
「あぁ、聞こえるぞフクちゃん、大丈夫か?」
(ダイジョブ、マスター、ボク、ガンバッタ、ムカエニ、キテ)
「フクちゃんは森にいるはずです。こんな遠くまで念話を!?」
「フクちゃんすぐに行くから待っていてくれ」
(マスター、ボク、チョット、ネムルネ)
「フクちゃん!? 返事してくれ」
呼びかけても返事はない。眠るってなんだ。どうなってるんだ。
「ライノスさん、勝手言ってすみません。行ってきます」
「まったく、わかったから行ってこい。……何かあったらすぐに逃げろよ! おい誰か馬を持ってきてやれ」
砦に居た馬が二頭連れてこられた。助かるこれでファスと叶さんも移動しやすい。
僕とトアは走ればいいからな。
逸る気持ちを抑え、僕等は魔物が戻っていった森へと出発した。
「ファス、これって多分なんだけんど」
「えぇ、計画通りのような気がしますね。流石フクちゃんです」
「うわー、マジかー、ある意味一番手ごわい存在になりそうだよ」
なんか後ろで、三人が変なことを言っている気がするけど……。
というわけで、心配しているのは主人公だけのようです。
次回予告:フクちゃんVS魔王種アラクネ・クイーン
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