第八十四話:前を向いて
思い出すのはこの世界へ来て、右も左もわからずひたすらにギースさんに鍛えられた日々。
足の皮が破れても走り続け、骨が折れるほどに打ち込まれ、無心で壁を殴り、石の詰まった袋を振り回す。
たった一カ月ちょっとの短い時間だったが、僕の人生の中であれほど何かに取り組んだ日々はなかった。
頑張れたのはファスとフクちゃんがいてくれたから、そして認めたくはなかったが常に僕にボロクソな言葉を投げ続けてくれた人がいたからだ。
半身で両の手刀を振りかぶり、待つ。
ギースさんの技を見逃さないために、『見』に徹する。
「……行くぞ【一閃】」
僕の狙いなんてすぐに分かったであろうギースさんが静かに飛び出してきた。突進のスキルで喉元に剣先が真っすぐにやってくる。
「応っ!」
振り上げている手刀を振り下ろし、剣先を逸らす。
切り上げ、左上腕で抑える、右抜き手を放つ、躱され体当たり、屈んで足払い、腰を落とされ防がれる、そのまま大剣が振り降ろされる、起坐で転身して躱す、そのまま立ち上がる勢いを利用して揚げ打ち。
「【角切り】」
振り下ろしが馬鹿げた軌道でカクンと90度横に曲がり、横薙ぎに変わる。咄嗟に肘を曲げて防御するが体勢が悪くそのまま吹っ飛ばされる。
「痛ってぇ……」
宙で体勢を整えるが、足が地面に着く前に追撃がやってくる。
「痛がってる場合か【重撃】」
「わかってますよっ!」
振り上げられた大剣、今の状態のギースさんの【重撃】だけはもらえない。
呼吸を意識して、集中。迫る大剣の剣脊を【掴む】
宙に浮いたまま力任せに腕を引いて移動、背後に回り込む。
両腕で頭を挟み、顎をカチ揚げる。
「オラァアアア!」
体重移動、『く』の字を書くように体捌き。投げに入るその一瞬だけ【ふんばり】で地面から身体が浮かないように固定する。
渾身の『入り身投げ』。
腹の底から雄たけびが上がる。
地面が抉れるほどに叩きつけられ、ギースさんの口からドス黒い血が吐き出される。
距離を取り残心、この程度で終わるだなんて思っていない。
「……ハ、ハハ、お前に投げられたのは初めてか。まったく、生きていたら今ので死んでたぞ」
「そっちだって、本気で殺そうとしてるじゃないですか」
「バカ野郎、俺は操られてんだよ。まったく、可愛くない弟子だぜ」
ダメージなんて無いようにギースさんは立ち上がる。実際痛みを感じてないのかもしれない。
そして僕等は歩み寄るにようにゆっくりと再びお互いの間合いへ踏み出した。
先の攻防では一本取ったものの、そこからの戦いは防戦を強いられた。
足運び、視線の向き、体重移動、剣の握り方、それら全てに虚実が込められている。
受けそこない、切り付けられ、飛ばされる、戦況は僕が劣勢で徐々にダメージが溜まっていく。
強い。本当に強い。ほんの些細なフェイントの使い方、力の抜き方。
薄紙を積み重ねたような、細やかな技の集大成。
何合も本気で打ち合っていると、嫌でもわかることがある。
ギース・グラヴォという人は決して才能に溢れた人物じゃない。
人によっては取るに足らないと捨てたかもしれない小さな技術を必死で学び、生きる為に努力し続けてここまで強くなった。
生き汚く、泥臭く、一歩一歩踏みしめてこの人は強くなったのだ。
「ヨシイっ! 何呆けてやがる!」
ギースさんが右薙ぎに剣を振るいながら、檄を飛ばす。
半歩下がって躱すと、すぐに踏み込まれ突きで追撃がくるだろう。
そしてやって来た突きは僕が動かずとも頬の横をかすめる。
下がる時の体重移動で次の追撃を誘い出す。
「おいおい!?」
前に進んで腕を畳み、体を入れ替えると鉤突きが入る。
一朝一夕にできるようになったわけじゃない。
ずっと、目指していた。どうすれば貴方のように動けるのか。
『防御だけならそう困らんだろ、攻撃に関しては課題ありだな、俺の剣の型覚えただろ? あれをいい感じにいじって自分のものにしろ。後は鍛えろ、毎日走って型やってなんか殴っとけ』
そう言われたから。
『お前を他の転移者と比べても……』
もしかしたら、期待してくれていたのかもなんて考えていたから。
「ずっと、練習してたんです。ギースさんの技、だから……」
『見』から攻撃的に自分のリズムを切り替える。待つのではなく自分から技を示す。
位置を調整し、フェイントを見破り、攻撃を誘導し、こちらの攻撃を差し込む。
攻防の流れが変わり、ギースさんの表情が変わる。
「今日は勝ちます」
「……おう、それでいい」
ギースさんは笑っていた。
技の読み合いが始まり、拳と剣の激しい打ち合いは拮抗する。
だが、次第にこちらの攻撃が入り始める。
少しずつ確実に、ギースさんが下がり続ける。
「【空刃】」
密着した状態から、肘で隙間を作り、切り払いから距離を取って放たれた飛ぶ斬撃。
【ふんばり】で踏み込み斬撃を躱し、そして振り下ろされた右手に諸手取り。
初めて立ち合った時、破れかぶれに狙った諸手取りが今は届く。
腕を掴み完全に固定した瞬間。ギースさんと目が合う。
やるじゃねぇか
そう言われた気がした。
肘を回し、変形の四方投げ。地面に叩きつけるのではなく、背負うように背面に腰を当て跳ね上げることで、相手を宙に浮かせる。
ギースさんは逆さまの状態ながら、空中で受け身を取ろうとこちらを向くが、その一手が隙となった。
空中でこちらに向き直る一瞬の交差。右手を引いて突きを繰り出し、ギースさんの胸の珠に【ハラワタ打ち】が入る。
ビキリと珠が砕ける感触がして。そのままギースさんは頭から地面に落下した。
「ギースさんっ!」
駆け寄り、抱き上げるがすでにその身体に力は無く、ただ、誇らしげに笑みを浮かべている。
それが、僕の異世界での師匠ギース・グラヴォの最後だった。
死体を運びたかったが、今それはできない。周りではアンデッドとなった冒険者が魔物と組んで戦っている。
ギースさんを地面に寝かせ、立ち上がる。
滲む視界が邪魔で瞼を乱暴にこする。
『泣くな、前が見えなくなるぞ』
きっと、そう怒られると思うから。
「必ず……仇は取ります」
そう誓い、一番近い魔物の群れへ駆けだした。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
吉井君は父親がいないのでもしかしたらギースさんを父のように感じていたのかもしれません。
次回予告:魔物の群れにさらなる異変?
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