第八十三話:名乗り上げる時
飛び出したフクちゃんは心配だったが、前々から何か計画を立てていたようだったし、あまり口出しするのは野暮か。
明日も早いだろうから早く寝よう。夕飯を平らげ、装備の点検をして寝る前に皆でストレッチをして横になって毛布を被る。
……なぜか眠れない。ファスとトアは横で眠っているようだ。テントの外へ出ると少し冷たい風が体を撫でる。離れた場所からは冒険者達の喧噪が聞こえるが僕の周りはとても静かだ。
「眠れないのですか?」
振り向くとファスが起きていた。トアはまだ寝てる。
「うん」
フクちゃんのことは自分なりに納得しているつもりなのだが、他に何かあるのだろうか? いや本当はわかっている。
「ギースさんのことが気になるんだ。考えないようにしてたけどね」
「あの男が簡単に死ぬとは思えません」
ムゥと下唇を出してファスが言う、あいかわらずギースさんに対して良くない印象を持っているようだ。
「でも、見つかってない。ギースさんなら連絡くらいはするはずだ」
「そうですね。ご主人様はどう思っているのですか?」
「それを考えたくないんだ」
「それが答えのようなものですね。……大丈夫ですよご主人様なら」
何が大丈夫なのかと気になり、ファスを見ると、彼女は何も言わず前を見ていてその横顔があまりにも美しかったから何も言えなかった。
しばらくそのまま黙っていると、彼女は頭を倒して僕にもたれかかりかすかに顎を上げる、僕は周囲をキョロキョロと見まわして、彼女にキスをした。
ギースさんがいるなら「お前なにいちゃついてんだ」とあきれ顔で僕の頭を小突くだろう。
爺ちゃんならなんていうだろうか、多分無言でニヤニヤしそう。
そんなバカなことを考えていると不安が薄らぐ。大丈夫、そう自分に言い聞かせながら僕らはテントへ戻った。
翌朝、すごい姿勢で寝ているトアを起こして日課の柔軟をする。
準備を整えて集合場所であるギルドのテントへ行くと、ガンジさんのパーティーが準備を整えて待っていた。横にはライノスさんとそのパーティーの姿もある。
今日は昨日より早く来たはずだけど、また待たせてしまったようだ。
「すみません。早いですね」
「おうルーキー、おはよう。なに、俺らがせっかちなだけさ。おっと、そっちの嬢ちゃんは初めましてだな。噂に聞いてるぜ『氷華の魔女』」
「勝手にそう呼ばれているだけです。私はご主人様の一番奴隷、ファスです」
僕の半歩後ろでフードを目深に被り、そっけなくそう言うファス。
初対面のガンジさん達に対して緊張しているようだ、いや警戒しているのかな?
「オラが三番奴隷のトアだべ」
「いや、お姉さんそれ昨日聞いたから!」
なんでやねん、とネルネさんがトアにツッコム。獣人同志だからか息のあったボケとツッコミだな。
「今日もよろしくお願いします。今回はファスがいるからずっと楽になると思います。連携も慣れてますし」
実際ファスの精度の高い援護はパーティーではとても頼りになる。
というか本気で頑張らないと僕の出番が無くなることも考えられそうだ。
冷や汗をかきながら、密かに気合を入れていると軽装の冒険者が走りこんできた。
「た、大変だ! ライノスはいるか?」
「ここにいるぞ、落ち着け。どうした」
すぐに、別の冒険者が水筒を放り投げ、走りこんできた男は乱暴に中の水を一口飲んで叫んだ。
男は他のパーティーに先んじて魔物を様子を探りに行った偵察組のようだ。
「先発隊が見つかった!」
「なんだと! どこにいるんだ。無事なのか?」
ライノスが男の肩を揺さぶる。その顔には笑みが広がっていた。
ただ、揺さぶられる方はこれ以上ないほど青ざめた顔をしている。
……嫌な予感がした。そして、悪い予感ほど当たるものなのだ。
「そ、それが、全員アンデッドになっちまってて。しかも意識があるみたいなんだ。スキルも使ってくる。口々に殺してくれって叫んでるんだ。あんなの……酷すぎる」
「ッ……詳しく説明しろ」
周囲の冒険者達から息を飲む音が聞こえた。アンデッド? 先発隊が?
「だからさ、アンデッドになってんだよ!! 俺達のギルド以外の冒険者や兵士もアンデッドになっていて、しかもアホみたいに強いんだ。あれはただのアンデッドじゃねぇ。今頃他のギルドや軍にも連絡がいっているはずだ。前線は地獄絵図で、もう、俺にも何がなんだか……」
一息にそう叫んだあと、その男は座り込んで頭を抱えた。
「ライノス!!」
茫然とするライノスさんにレノさんが檄を飛ばし、一瞬でライノスさんの口から指示が飛び出す。
「野郎共!! 話は聞いたな。行くぞ、もし本当にあいつらが魔物にされて苦しんでいるなら。……俺達が止めてやらなきゃならねぇ!! レノ、本部から信頼できる情報ひっぱってこい!! 動けるやつらは全員叩き起こせっ! まずは現状を把握したい、連携できる距離を保ちつつパーティー単位で前線に向かう」
周りの冒険者達の行動は早かった。すぐに装備を整え、連絡係と前線に行くパーティーが分けられ役割が作られていく。
僕と言えば、何が起きているのか理解できず。
助けを求めファスを見ていた。
ファスは僕を見ていた。その深い緑の瞳で真っすぐに僕を見つめている。
それは僕にとって、なによりも厳しい叱責だった。
両頬を叩き思考を切り替える。
「……ファス、確認したいことがあるんだけど」
「はい、ご主人様なんなりと」
あぁ、まったく主人に厳しい奴隷だよ。
「今起きている状況は、この世界では一般的なことなのか? つまり戦場で死んだ人間がアンデッドになるってことは普通に起こり得ることなのか?」
「私が知る限り『あまり』聞いたことはありません。死体がアンデッドになって動き始めるには死体に魔力が蓄積される期間が必要ですから。それこそ地脈の影響やダンジョン、もしくはなんらかの魔物による影響でもない限り死体は急に魔物にはなりえません。それにアンデッドに意識があって喋るということも疑問です。生前のスキルを使うということも聞いたことはありません。……ただ私達はすでに例外を見ています」
不完全ながらも意志や言葉を持ち、スキルを使うアンデッド。
それはまるで……。
「ラッチモ……」
「その通りです。無関係と考えるには時期が近すぎますね」
「んじゃ、今回も教会が関与しているだか」
周囲の声を聴きながらトアが意見を述べる。
「いえ、そうとは考えられません。むしろラッチモの件も教会には想定外だったはずです。いくら生前、聖騎士だったと言っても精々剣を振り回すアンデッド程度と教会は考えていたはず。だからこそ教会の騎士は不覚をとったのです。私はそれが気になっていました。なぜ想定外は起きたのか? 今起きていることと無関係だとは思えません」
「つまり、教会の他になんかいたってことか」
「えぇ、まだ推測の域をでませんが。ご主人様、どういたしますか?」
「決まってる。僕等も前線に行って、何が起こっているか確かめる。もしかしたらギースさん達を助ける方法があるかもしれないしな」
とにかく、この目で何が起こっているのか確かめたかった。
「はい、行きましょう。こうなるとフクちゃんも心配になってきました」
「大変なことになってきたべな。まぁオラ達ならなんとかなるだ」
確かに、フクちゃんのことも心配だな。とにかく前線へ……ゴチン!?
「いってぇ!?」
頭に拳骨が落とされる。振り返るとライノスさんが立っていた。
「お前等、勝手に動こうとするとはいい度胸だ」
低いドスの効いた声が響く。
「す、すみません。でも僕等なら機動力もありますし、アンデッドとの戦闘も経験しています」
ここまで来て、後方待機なんてご免だ。そりゃ経験も浅い新人だし、自分がわがままを言っている自覚もあるが、飛び出してでも前線に向かうつもりだ。
「俺が言いたいのは、行くなってことじゃあない。『勝手に』行くなってことだ。狼煙を上げるための道具は持ったか?」
「それじゃあ!」
「本当は新人を行かせたくはないがな、お前さん達は行くべきだと思う。俺の勘だがな、だが忘れるな俺達は仲間でお前は新人だ。いつだって周りを頼れ、冒険者ってのはそういうもんだ」
「はい、ありがとうございます」
ポンと頭を叩かれる。名も知らない冒険者が狼煙を上げるための道具をトアに渡す。
「周りの仲間の位置は常に把握しておけ、後は自由に動いて構わん。俺も現場へ向かうしな……行ってこいルーキー」
「はい。ありがとうございます」
テントを飛び出して、ファスを背負い、一気に走り出す。
すでに何組かのパーティーは出発しているようで、他の冒険者達も次々と前線へ向かっているようだ。
「ファス、トア。他の冒険者の位置を把握しておいてくれ」
「はい、お任せください」
「なんだか、昨日よりずっと鼻が効くべ。これなら仲間を見失うことはないだ」
レベルアップの影響かファスとトアの索敵能力も大幅に上がっているようだ。
身体能力の方も上がっているようで、結構なスピードで走っているがトアは余裕でついてきている。
15分位は走っただろうか、ファスが何かを見つけた。
「魔力が乱れているようです。魔物の量も明らかに昨日より多い……ご主人様そのまま1時の方角で交戦しています。おそらく『当たり』かと」
「だな、でもこの匂い。死体とはちょっと違うような感じだべ」
「とにかく向かおう。ファスしっかり掴まってろよ」
「はいっ!」
ギュとファスが抱き着いてくる。普段なら嬉しい状況だろうけど今は焦燥の方が勝っている。
あぁ嫌な予感がする。また大事な何かを失ってしまうかのような、そんな想像を振り払い足を動かす。
すぐに僕の眼にも惨状が明らかになった。
角のようにも飛び出した骨のようにも見える突起を持つオークとはまた違った大きな魔物が十数体。
そして、その魔物の足元から空刃や火矢が飛び出している。
先に応戦していた冒険者のパーティーに合流し、ファスをおろす。
「応援か、気をつけろ。ホーンオーガの亜種だ。そしてあいつらは……」
傷だらけの冒険者達のその視線の先には肌が青白く変色し、関節がおかしな方向へ曲がっている、人間だった者の姿があった。
「……彼らはどういう状況ですか」
思わず口をつぐんでしまった。僕に代わりファスが質問を続ける。
「見ての通りだ、必死に何かを伝えようとはしているが、それもままならずこっちに襲いかかってくる。……さっきダチを一人楽にしてやったよ……間違いなく生前のやつより強くなっている。それが魔物共と共闘してくるんだ。気が狂いそうだぜ」
「情報感謝します。この場は私達に任せてください。あなたは少し傷つきすぎです」
トアがすぐに狼煙を上げる。錬金術が関係しているのか、現代の発煙筒と大差ない感じ。
「馬鹿言え、俺はB級の冒険者だ。お前等はC級かD級か、どちらにせよ俺達が知らないってことはそれほどランクの高い冒険者じゃないはずだ、とっとと逃げろ!」
他の冒険者達も応戦の構えを取るが疲弊しているのは明らかだ。
周囲には他の冒険者もいるが押されている。
「ファス、トア、あの人達と話がしたい。周りの雑魚が面倒だ」
「了解です」
「力加減を知るいい機会だべ」
手甲をギチギチと締めなおす。
ファスが杖を構え、トアが手斧をベルトから外して振りかぶった。
合図は必要なかった。僕が一歩踏み出すと、示し合わせたように氷弾が飛んでいく。
僕はその氷弾を足場にして接敵する。
単純な力は上がっている。その気になればオーガの頭をオークのように握り潰すこともできるかもしれない。でもそれは無駄な力だ。
必要最小限の力で倒してこその技だ。
【手刀】を使って喉笛を切り裂く、がすぐに塞がっていく。なんて再生力だ。
まぁすぐに氷塊に当たって頭部は弾き飛ぶんだけど。
さらに、縦横無尽に動き回る手斧がオーガの足を切り裂いてく、膝を付けば地面から生えた鋭い剣先のような氷の華に切り裂かれる。
「いや、僕もいるんだけどっ!?」
氷の華が咲いている地面に落ちるわけにはいかないので、オーガ達を足場に移動する。
手刀じゃ傷が浅くてすぐに再生される。
手刀の形を広げ指を曲げて鉤にする。前までは手刀の形を解くと魔力の刃は維持できなかったが、レベルアップしたおかげかこの状態でも魔力の刃を保つことができている。
「【手刀・鉤爪】とでも名付けるか」
そのまま五指でオーガを切り裂く。手刀と違って乱雑なその傷はオーガの再生力をもってしてもすぐには治らず、喉笛に入れば首の骨ごと肉を抉る。
「こっちを見ろ!!」
【威圧】でヘイトを集めながらオーガを切り裂き、隙をみては踏み込んで殴り殺す。
【呼吸法】でファスとタイミングを合わせ、魔術の発動を【掴み】オーガの口内へずらす。
「ぎゃばああああああああ」
体の内側から氷の華が咲き誇り、鮮血が地面を染める。
ファスやトアの援護はいつもギリギリで一歩間違えると僕に当たりそうなほどスレスレだ。
最低限の足場のみが確保された地面を踏み出し、敵の拳をいなし数百キロはあるだろうオーガを小手返しで頭から氷の華へ叩きつけて、とりあえずこの場でのオーガ達の殲滅は終わった。
さて、そんな戦闘中も【空刃】や【火矢】は飛び続けていた。アンデッド化した冒険者達による攻撃だ。
「邪魔ですね【氷華・ホオズキ】」
ファスのその一言で、氷の牢が四体のアンデッドを捕まえた。
「便利だべな」
手斧を回収した、トアと合流し、捕らえられたアンデッドの元へ向かおうとすると。
背中で殺気を感じた。
「ご主人様!」「ッ旦那様ァ、後ろ!」
「わかってる!」
トアと同時に横っ飛びで移動する。僕等が居た場所に特大の【空刃】が突き刺さる。
マジかよ、あの大きさ、闘技場で見た勇者のスキル並みだぞ。
「おう、良く躱したな。当てるつもりだったんだがな」
あまりにも聞き覚えのある声。
「……ギースさん」
「よぉ、すまねぇな。この様だ」
他の冒険者と同じく、青白い肌で色素の薄い瞳をしたギースさんがそこに立っていた。
「状況を説明してもらえますか?」
「いいぜ、俺はどうやら他の奴よりかは、自由みたいだしな。ただし――」
いつもの刀身を隠す担ぐような構えからの踏み込み。いつもよりずっと早い斬撃を手甲で受け止める。
【重撃】は使ってないはずだが、足が地面に沈む。
「止めれねぇんだ。戦いながら話そうぜ」
「ッわかりました。ファス! トア! 周りの冒険者を助けてやってくれ」
この場所はもうギースさん以外はいない。
「ですが、ご主人様……」
「ファス、旦那様なら大丈夫だべ。旦那様、すぐに戻ってくるだ」
「すぐに戻ってきます。ご主人様、ご武運を」
二人の援護があれば、あるいは楽にギースさんを何とかできるかも知れないが、ここは一人で戦いたかった。
「いいのか?」
剣と手甲で押し合いながら、ギースさんが聞いてくる。
「……はい」
「そうか、じゃあ始めるか」
そのまま、重たい大剣を手先で器用に操作してくる。手甲でそれを逸らしながら話を進める。
「大方予想はしていると思うが、俺は死んでいる【__】によってな。まったくついてないぜ、粘ったんだがな。殺されちまった。」
まるで、酒場で昔の話をするようにギースさんは話し始める。
一瞬の油断もできないなかでその声はやけにはっきりと聞こえているのが印象的だった。
「チッ【__】については話せないか、とにかくそいつが今回のスタンピードの元凶だ。森の中には魔王種もいる。A級の冒険者でもいなけりゃ話にならん、と思っていたが……お前ならなんとかなるかもな、まったく強くなりやがって」
ニヤリと笑いながら、突きを繰り出してくる。
横に躱しながら、距離を潰して剣身を【掴む】
「……諦めないでください。ギースさんの状態はわかりませんが、僕なら呪いを解くことができます。すぐに呪いを引き受けて――」
大剣を掴みなおし、テコの要領で隙間を作り、ギースさんが僕を蹴り飛ばす。
数メートルの距離があき、そしてギースさんは剣を地面に突き刺し、鎧を外した。
そこにはあるべきものが……心臓がなかった。
胸の部分にぽっかりと穴が開いていて、その周りは紫に変色しており、代わりに何かの丸い宝石なものがドクドクと脈打っていた。
あぁ、これはもう。なんで僕はいつも間に合わない……。
「無理だ。仮にこれが呪いだとして、それが解かれたら俺はその場でただの死体に戻るだけだ。まぁそれでも悪くはないがな。ただ、もし許されるなら、頼みがある」
「……はい」
「戦士として、騎士として最期を迎えたい。お前に……俺の弟子に全部教えてな」
膝が震える。
視界が滲む。
応えたいのに言葉がでない。
「泣くな、前が見えなくなるぞ」
その声は優しくて、そして少しの悲壮感もなかった。
息を深く吸う。両手を合わせ合掌。
そして、体を半身に両の手刀を振りかぶる構えを取った。
「泣きません、もう大丈夫です」
「おう、いい構えだ。俺の構えだ。騎士……ギース・グラヴォ、推して参る」
きっと、限界まで待ってくれていたんだろう。ギースさんは剣を引き抜き構えなおした。
最大限の感謝を込めて、叫ぶ。
「ギース・グラヴォが弟子! 吉井 真也、よろしくお願いします!!」
更新が大幅に遅れて本っ当にすみませんでした(土下座)。仕事が忙しかったのと体調不良が続いて執筆が進まず。
気が付けばこんなにも時間が経っていました。もし待っている方がおられたなら申し訳ないです。
次回予告:VSギース
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