第八十話:氷華の魔女 その①
ライノスさんからの有無を言わせぬ圧力を受けながら、僕等のギルドのテントへ戻ると他の冒険者達からの質問や賞賛がファスに浴びせられた。
「おいおい、二百以上も魔物を殺したって本当か?」
「流石はお伽話のエル……おっとこれは言っちゃダメだったな、それにしても驚いたぜ」
「なんで、この男の奴隷なんかやってんの? ねぇねぇあたし等のパーティにおいでよ」
「おいおい、俺が目をつけてたんだぞ!」
「俺達、すげぇ奴と旅してたんだなぁ」
「というか、魔術師なんだろ? どんなスキル使うんだよ?」
その他もろもろの声が飛んでくるが……。
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
「「「…………」」」
ライノスさんの一喝で一瞬静かになるが、そこは恐れしらずの冒険者すぐに喧噪がぶり返す。
「なんだよ、俺達にも話させろよ」
「実は大口の都市ギルドから話が……」
「というか俺まだ素顔みてないんだけど、見せてくれない?」
結局、ライノスさんが酒を振舞うことで一応の終結をみせ、僕等はライノスさんが寝泊まりしているちょい豪華なテント(もはやお約束の中が明らかに広い仕様)に移動してゆっくりとファス(とフクちゃん)に話を聞くことになった。
ここにいるのは、ライノスさんとレノさん、そして僕、ファス、トア、フクちゃんとなっている。
とりあえず、目の前に干し肉がドンっと置かれ温かいお茶が出された。
お茶を一杯飲んだファスがおずおずと口を開く。
「えーと、どこから話せばよいのか……」
「最初からだ、お前さんがヨシイと離れて何があったかをできるだけ細かく話してほしい」
「では、そこから話します。フクちゃんいいですか?」
(イイヨー)
ファスのローブの胸元からフクちゃんがピョコンと飛び出す。
「受付で見た蜘蛛型の魔物か、念話も使えるとはな」
レノさんはフクちゃんを見て感心している。あぁそうか一度受付でフクちゃんのことを見たのか。
なにはともあれ、ファスの話が始まった。
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水筒とトアが作ってくれたお弁当が入った鞄の重みを感じながら、ご主人様に手を振る。
ご主人様とトアは見えなくなるまで手を振ってくれた。
「頑張りますよ、フクちゃん」
(オー)
高台までは少し離れているらしいですが、馬車がでているのですぐに行けるそうです。
ギルドから発行される証明書を兵士に見せ馬車に乗ると、魔力が通った装備を身に着けた冒険者達が十数人ほど乗られていました。ライノスさんのパーティからも一人来ているはずですがこの馬車にはいないようです。
馬車ではうっかり床にすわりそうになってしまいましたが、ちゃんと用意された座席に座ります。
どうにもこういう乗り物にはなれませんね。
念話でフクちゃんとこれからのことを話し合いましょうか。
『わかっていますかフクちゃん? 私達がしなければならないことは、情報収集です。転移者や行方不明となった人達の情報を集めることが第一ですよ。そうすればきっとアラクネの情報も手に入るはずです。魔物の討伐は二の次です』
(ワカッター、イッパイ、シラベル)
うんうん、やっぱりフクちゃんは優秀です。私も負けていられませんね。
ご主人様は今頃トアと森の調査に行かれているのでしょうか?
『……というかご主人様私といる時間が短い気がします? 市場の買い物もトアと一緒でしたし』
(ムゥ、ヒイキダー)
『ですね、今度しっかり埋め合わせしてもらいましょう』
そんな会話をしていると、周囲の視線がこちらに集まっていることに気付きました。
声に出して会話はしていませんが、少し怪しかったのでしょうか?
「あんた、見ない顔だけどどこのギルドだい?」
先に乗っていた。魔術士と思われる妙齢の女性の冒険者に話しかけられました。
フードで耳が隠れていることを確認し俯きがちに向き直ります。
「交易の町のギルドです」
「あそこのギルドかい? あたしゃ、ちょっと前まであそこを利用していたがあそこにいる魔術師は知っているつもりだったがねぇ」
「つい最近、ギルドに入ったので……」
「なるほどね、チッ、素人のお守りはごめんなんだけどね」
「足手まといになる気はありません」
「フン、あんたが異常なことくらいここにいる全員がわかっているよ、少しはその魔力を静めときな。下手に貴族に目を付けられたくはないだろう」
そう目の前の魔術師は魔力が体外へでないようにコントロールしているようです。
……それでも魔力の流れはわかるので意味がないと思うのですが?
「わかるかい? こうすりゃ、スキルでも使われない限り、魔力を読まれないからね。魔力を垂れ流しにされると目障りなんだよ」
「……ありがとうございます」
もしかして、この人達は体内を流れる魔力を読み取ることができないのでしょうか?
とりあえず、魔力の流れを体外に出ないようにコントロールする。
「……できるんじゃないか、何も知らない没落貴族のお嬢ちゃんかと思ったら、あたし等を試してたのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
「あんた名前は?」
「……ファスと申します。ヨシイ シンヤ様の一番奴隷を務めさせていただいております」
「あんたほどの魔力をもった子が奴隷とはね、あたしはカシャだよ、今は『グランドマロ』って町のギルドに世話になっている冒険者さ」
この人もしかして単純に助言をしてくれたのでしょうか? 人と会話することがとんとなかった人生なのでこういう時どういうふうに振舞えばよいかわかりません。
「覚えておきます」
「あたしも覚えとくよ、ファス」
お、お礼とか言った方が良かったのでしょうか? で、でもあんまりお喋りする雰囲気ではなかったですし、というかこれは情報を集められる絶好のチャンスだったのでは? あぁご主人様、ファスを許してください。
居たたまれない空気の中、フクちゃんと会話をしながら数刻ほど馬車に揺られていると不意に馬車が止まります。
外から、兵士が私達を呼び馬車の外へ出ました。
そこからは流れ作業で、左手に何らかの魔術が施されたリストバンドを着けられました。
私達がいる場所は大きな一枚岩の上らしく、とても見晴らしがよい場所のようです。
周囲を見渡すと3キロほど先で複数の魔物が合流し一群となってこの場所へやってきています。
そしてその一群は、この大岩の下で隊列を組んでいる何百もの騎士達に押しとどめられ、高所からの弓や魔術で倒されているようです。
また、足元を見通せばこの一枚岩は中がアリの巣のように空洞となっている空間があり、かなり広い場所や、ある場所からは強力な魔力を感じます。何らかの儀式を行っていると思うのですが……。興味がありますね。
「お前たちは、この要塞の裏側からやってくる魔物を上から魔術で倒してほしい。戦果によって報酬は弾む」
周囲を色々視ていると、兵士から指示がありました。
大岩はやはり洞窟があるようで、まるで天然要塞です。
洞窟を案内され崖にできた鳥の巣穴のような場所に案内されました。確かにここからなら、魔物に攻撃できます。
なるほど、連れてこられた魔術師はここから攻撃していたのですね。
さて、ここいらでフクちゃんに出てもらいましょうか。
『フクちゃん、ばれないように辺りを探ってください。行方不明者と転移者の情報があればよいのですが……もちろんアラクネについても調べてきていいのですよ』
(マカセテー)
ローブの裾からフクちゃんがこっそりと出ていきます。【隠密】を持っているのでそうそう見つかることはないでしょう。ここにはあの【勇者】も来ていると聞いています。
ご主人様が言うにはあの【勇者】は敵対的らしいので警戒するに越したことはありません。
フクちゃんに任せっきりで心苦しいのでせめて魔物をたくさん倒して、お金をたくさんもらいましょう。
「ぼさっとしなさんなファス、仕事の時間だよ」
「お構いなく、仕事はこなしますから」
下を見ると群れから弾かれた猿の魔物たちが岩を登ろうとしています。
他の場所から様々な魔術師達が交代で魔術を下に撃っています。
良く見ると、体内の魔力が活性しているようです。凶暴に見えるのはそのせいなのでしょうか?
スタンピードの魔物がどの程度か試金石となってもらいます。
「【魔水喚】【魔氷杭】」
呼び出した水球から杭を作りますが、猿の魔物は横にずれ躱されました。
意外と早いですね、ならば数で圧倒しましょう。
そう思い。大量の水球を呼び出そうとすると隣のカシャから魔力を感じます。
「【火蛇】! 叩き落とすよ」
となりのカシャが炎でできた蛇を創りだし、壁を這わせるように魔物にまとわりつかせます。
生きているように動く蛇を躱すことができず猿の魔物は焼かれて落ちていきました。
なるほど、おもしろい魔術ですね。真似してみましょう。
カシャの魔力の流れを真似しながら、自分の想像を組み合わせます。
「氷蛇、あれ?」
私が呼び出した氷の蛇は形を作る前に砕けました。むぅ失敗です。
「あんた……あたしの真似をしようってのかい? フンっ、魔術ってのは人によって癖があるもんさ、一朝一夕でものになんかできるもんかい」
アマウさんの時は上手く行ったのですが……。カシャの魔術はより高度な魔術のようです。
そういえばアマウさんのゴーレムを作る魔術も真似できませんでしたね。
練習すれば可能でしょうけど、今すぐはカシャの魔術を真似するのは難しそうです。
人によって癖があるというのであれば私にあった魔術があるのでしょうか?
うーん、私の中を探るとでてくるのはご主人様のこと、お婆さんのこと、家にあった本くらいです。
あの生活で私が楽しみにしていたもの、お婆さんが薬草と一緒に取ってきてくれた花々が思い浮かびます。
再び登ろうとしていくる何体かの魔物に意識を合わせて魔力を高め想像を口にだします。
「氷華【アヤメ】」
唱えた瞬間に、周囲の魔力が全て自分のものになったかのような全能感に押し流され、イメージの中に意識が沈んでいきました。
お婆さんもよく使っていた薬効のあるその花の葉はまるで剣のように鋭かったのをよく覚えています。
水を呼び出すこともなく、一瞬で崖から氷の花が咲き誇りその感触を指先でなぞるように感じ、より繊細に隅々まで意識を通すことができその感覚に没入します。
透けるほどに薄い氷の葉は砕けることなく魔物を串刺しにし、氷のアヤメを朱に染め上げていきます。
氷の花畑は崖下にまで及び、一枚岩に回り込んだ魔物を殲滅しました。
「……嘘だろう?」
カシャの声で我に返ります。集中しすぎて加減を忘れてしまいました。
自分でもびっくりです。まさかこれほど上手くいくなんて。なぜか魔力が溢れています。
あ、あまり目立たないようにするつもりだったのですが、どうしましょう。
隣をみるとカシャがまるで化け物を見るように私を見ています。
「あんた、本当に何者だい? こんなのまるでおとぎ話の魔術じゃないか……」
「……名乗ったはずです。私はヨシイ シンヤ様の一番奴隷、ファスです」
そこは譲れません。他の冒険者も私を見て茫然とした顔をしています。
しかも、今度は兵士まで後ろのほうで騒いでいます。
「今の、魔術は一体なんだ!? 誰が行った?」
兵士を引き連れて、戦場には似つかわしくないいかにも貴族のような服をきた年配の男性が鼻息荒くやってきます。
見張りの兵士に見られていたために誤魔化すこともできず、その貴族らしい男性についてこいと言われ、ついて行くと、上から見通していた一枚岩の中の広い空間にでました。
うっすらと壁に魔力の流れを感じます。恐らくは【拡張】の魔術がかけられているのでしょう。
周囲にいる人間からは強い魔力を感じます、おそらくは貴族お抱えの魔術師達でしょうか?
参りました。私がエルフであることはまだばれてないでしょうが、強引なことをされた時に逃げ出せるでしょうか?
奴隷としてのスキルである【位置捕捉】を使い、フクちゃんの場所を探るとすぐ上に存在を感じました。
(ナニシテルノー?)
『ここに居たのですか。助かりましたフクちゃん、ちょっと目立っちゃって……ここはどういう場所ですか?』
(テンイシャノ、バショ)
転移者の場所、だとすればご主人様に雷を落としたあの魔術師や勇者がいる場所ということです。
いよいよ、不味いかもしれません。
(アイツラ、イナイ。アト、ムコウニ、カナエイタヨー)
『カナエがいるのですか、それならどうにかして助けてもらえないでしょうか』
(ヨンデクル)
そう言って、フクちゃんの気配が移動していく。カナエが来るまでなんとか誤魔化せればよいのですが。
なんて算段を立てながら何食わぬ顔で歩いていった先に、テントの中に入るように促されカーテンを開けて中に入ります。
「おう、待ってたぜ。お前はSSRか? 体のラインは女っぽいけどなぁ」
エスエスアール? 意味はわかりません。が、この感じは覚えがあります。人を値踏みする下種の声、奴隷商が私を嘲笑った時と同じです。
フード越しに見るその人は、ご主人様と同じ黒髪に黒目でしたがかなり太目な体躯で眼鏡をかけ両脇に獣人と人間の女性を侍らせていました。
「モグ……モグ……なんとか言えよ! おい俺を誰だと思ってんだ。フードを脱げ」
男は獣人の女性からの果物を食べされてもらい、欠片を吐き出しながら怒鳴りました。
その声に肝を冷やしたのか私を連れて来た貴族が喋り始めます。
「この者は、冒険者ギルドから連れて来た魔術師なのですが、たった一回の魔術で壁を登る魔物を全て倒したのです。マガネ様のお眼鏡にかなう人材かと思い、ここへ案内いたしました。これ、そこのもの、はようフードを脱がぬか!」
そう言って、私のフードへ手を伸ばそうとしたので杖をその喉元へ突きつけます。
「ぶ、無礼者!!」
その時後ろのカーテンが開き、聞き覚えのある声が響きます。
「ちょっと待った! その人、私の知り合いなの!」
「桜木さんの? おいどけ!」
両脇の女性を乱暴に払いのけ、肉を揺らしながらマガネと言われた転移者が歩み寄ってくる。
それを見てカナエが嫌悪の表情を浮かべます。まぁ私はもうこの豚に対する評価は底の底ですが。
「磨金君、女性に対して乱暴はよくないんじゃないかな?」
「桜木さんこそ、急に男の部屋に入って来るなんて、積極的じゃないか」
ニヤニヤ笑いながら、マガネがそう言います。
カナエと私は汚物を見る目で睨み返しますが、この男はその視線をむしろ楽しむようにニマニマと笑みを浮かべています。
「おぉ、怖い怖い、というかそこの奴、やっぱりそこそこ使えんの? おい、俺の女になるか? 俺の【哲人】と【人形師】のクラスの恩恵があれば、何倍も強くなれんぞ。まぁ、俺はレアキャラ以外興味ないんだけどな」
「……最低」
もはや、会話すらしたくないとカナエとアイコンタクトを交わし踵を返します。
流石に聖女に対して強くでられないのか私を連れて来た貴族も何も言ませんでした。
ねっとりとした視線に悪寒を感じながら、私達はテントを後にしました。
遅れてすみませんでした。
話に出てくる「アヤメ」はあくまで異世界での「アヤメ」であり、転移前の世界でのアヤメではありません。
オリジナルの花の名前でも良かったのですが、イメージがしやすいと思い名前はそのままでいこうと思います。
ファスさんは周囲からは寡黙キャラに思われがちですが、実際は人と話すのが苦手なだけです。
次回:ファスさん勇者に合う
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