第七十八話:ホッピングするゴブリンの恐怖
ガンジさんをリーダーとする獣人のパーティーに入った僕とトアは、ライノスさんから指示された魔物が多く目撃されている森の周辺の調査へ向かった。
冒険者や軍隊、そしてそれらを相手にするために集まった隊商の騒ぎで拠点はお祭り騒ぎのようだが、そこから少し離れれば風に乗って運ばれるのは血の匂い。
何百という魔物や人が戦う戦場が冗談のように目の前に現れる。
といってもこのカラヤツ荒原の左の方に位置する場所は激戦区というわけでなく、軍隊との戦闘から逃げ出した魔物や大きな群れから離れた魔物が現れる場所らしいので馬鹿みたいな数の魔物は出ない……はずなのだが、拠点から5.6キロほど歩いた場所ではすでに狼のような魔物やいわゆるオークと呼ばれるような豚人間達がいくつかの冒険者のパーティと戦っていた。
「おっと、この辺でもう始めてるのか、どおりで血の匂いがすると思ったぜ」
鼻をヒクヒクと動かしながらガンジさんが腰に下げている、片手でも両手でも使えそうな両刃の剣に手をかける。
聞けばバスタードソードと呼ばれる種類の剣らしい。
「へぇ、話だと森の手前まで行かないと魔物はいないんじゃなかったっけ?」
「魔物の行動が変わることはよくあることですが、どうしましょうか?」
長い耳とフワフワの髪を揺らしながらモックさんがガンジさんに質問をする。
多分戦闘に参加するかどうかってことを聞いているんだと思う。
「……助けた方がいいな」
ガンジさんがバスタードソードを取り出す。
視線の先では100mほど前方のパーティーがオーク数体と戦っており、そのうちの一人がオークが振り回す丸太の直撃を受け飛ばされていた。
「だべな、旦那様。いけるだか?」
「勿論、いつでも行ける。いいですよねガンジさん?」
「おう。今回のスタンピードの魔物がどんなものか知りたいしな、行くぞ皆!!」
その言葉が耳に入った時には【ふんばり】で地面を蹴っていた。
数秒でオークの側面まで移動し、止めを刺そうともう一度丸太を振り回そうとしたオークの横腹へ突きを放った。
拳から伝わる感触で敵の肉と骨を破壊したのがわかる、見た目に反して柔いな。
「冒険者か、助かった」
周りを確認すると、オーク達と戦っていたこのパーティーはかなりボロボロだ。ガンジさん達はまだここまで到着していない。とりあえずオーク達により半壊しているパーティーへこれ以上被害がでないように【威圧】でヘイトを自分に固定する。
「加勢します、敵を引き付けるので、怪我人を避難させてください」
「一人じゃ無理だ、こいつら妙に統制が取れていて……おい気をつけろ!」
【威圧】を受けたオーク達が叫び声を上げながら、丸太と拳を左右正面から振ってきた。タイミングがそろっている辺り本当に統制がとれているみたいだ。
左右の丸太を両手で防御し、正面の拳は額で受け止める。
鈍い音がして、丸太と拳はピタリと止まり、オークの顔が驚愕に歪む。
『ブヒィ!?』
「おいおい、マジかよ。なんだこいつ……」
なんか、後ろの人にもドン引きされている気がするが無視だ無視。
そのまま丸太を【掴む】で固定し、両腕を振り回してオークを投げ飛ばす。
それを見て一歩退いたオークに飛び乗り頭を握って【掴む】で握り潰す。
熟したスイカが破裂したように血が噴き出た。
「やっぱり柔らかいな。後四体か」
頭を潰したオークに乗ったまま他のオークを睨み付ける。後ろの人や他のパーティーの人は怪我人を担いで下がっていた。ポーションをぶっかけられているし大丈夫だろう。
なんて考えていると、投げ飛ばしたオークの一体に回転する手斧が刺さりそのまま回転し続け派手に血しぶきが飛び散る。
「早すぎだべ旦那様」
オークを引き裂いた斧はそのままトアの手に戻る。他のメンバーも来たようだ。
「驚いたな、丈夫が取り柄のオークを素手で倒すとは……お前本当に人間か?」
「イヒヒッ、やるじゃん。というか足早いねー【軽業師】の私より早いとか本当に【拳士】なの?」
ネルネさんが鉤爪を構えながら獰猛な笑みを浮かべる。
「はぁ…はぁ、僕、兎族なのに一番遅いなんて……」
「……さっさと、倒すぞ」
マクセンさんは武器を構えず、姿勢を低く構え、息を切らして最後に追いついたモックさんは短弓を構える。
「【威圧】で引きつけます。援護をよろしくお願いします」
「大したルーキーだぜ、ライノスの肝いりも頷けるってもんだ。任せろ!!」
ガンジさんの応答を聞いて、雄たけびを上げ敵の注意を引き付ける。
仲間がいるなら、倒しきることに拘らなくていい。
再び襲い掛かってくる、オークの攻撃を躱しながら【手刀】のスキルで一体のオーク達の足を切り、転倒させる。
二体目はすでにマクセンさんが飛び乗り、袖から飛び出たナイフで頸筋を切り裂いている。
何それかっこいい。
三体目のオークの攻撃を受け止めると、ガンジさんの【空刃】がオークに命中するがまだ生きているようだ。隙を見せたオークの腹に【ハラワタ打ち】を打ち込み内臓を攪拌する。
もう一体はさっきトアの斧で死んでおり、転倒させたオークはネルネさんによる鉤爪とモックさんの弓により止めを刺されていた。
とりあえずこの場のオークは倒せたようだ。
流石Cランクのパーティー、索敵に特化しているとかモックさんが言っていたような気がするけど普通に皆強いな。
「他のオークとダイアウルフも倒して回るぞ!」
ガンジさんが大声を上げ、そのまま僕等は予定の場所まで行くことはせず延々と魔物を倒して回った。
ひとしきり魔物を倒し、助けた冒険者に話を聞くとこの場にいたのは他のギルドのDランクのパーティーらしく、集団で襲ってきたオーク達にジリ貧となっていたらしい。
僕等のギルドからはCランク以上のパーティーしか来てないが、他の冒険者ギルドからはDランクも参加しているのか。
結局、怪我人の護衛や急に増えた魔物の情報を本部に伝えるために一旦拠点へ戻ることになった。
「ちぇー、もっと戦いたかったなぁー」
「そうは言ってもさっきのオーク共の挙動はおかしかったぞ、まるでボスがいるみたいなまとまった動きだった。他のパーティーにも伝えるべきだ」
「そうですよ、危なくなったら戻るのが冒険者の鉄則です」
「オラとしては、ダイアウルフの素材が取れて良かっただ」
狩った魔物を手際よく解体したトアはホクホクだった。オークも解体してたけど食べるのだろうか?
幸い拠点からはそう遠くない場所での戦闘だったので、すぐに戻ることができたが、なんだか様子がおかしい、怒声や報告の声が響いている。なにか問題があったのだろうか?
「おっと、君ら戻ってきていたのか、ちょうど良かった今狼煙を上げようとしていたんだ」
紙束を持ってやってきたのはライノスさんのパーティーの一人、レノさんだった。
「レノ、何かあったのか?」
ガンジさんが質問すると、レノさんは一枚の紙を渡してきた。
皆でのぞき込むと、そこには奇妙なゴブリンが描かれている。
帽子を被って、取っ手と足場がついたバネ付きの棒――僕の世界でいうところのホッピングに乗ったゴブリンが描かれていた。
「ホッピングゴブリンだべな」
「そういや、アマウさんがなんかそんな魔物いるっていってたな」
レアな魔物だとか言っていたような気がする。
「あぁ、こいつら集団で現れたおかげでいくつかのパーティーが壊滅している」
「レアモンスターが集団で湧いただと!? 聞いたことないぞ」
……なんかすごいシリアスな感じで話しているけど、えっ? 強いのコレ? どう見ても弱そうなんだけど。
ギャグみたいな見た目なんだけど。
「このゴブリン強いんですか?」
「……油断すると死ぬぞ」
「マジで!?」
思わず敬語を忘れて返してしまった。そんな強いのか、玩具で遊んでいるようにしか見えないんだけどなぁ。
「というか、集団で出たなら儲けのチャンスじゃん。さっさと行こうよ、どこで目撃されてんの?」
瓢箪みたいな水筒から多分酒を飲みつつネルネさんが急かす。
確かに、レアなモンスターなら自分達で倒したいのが冒険者というものだろう。
「細かな場所はわからんが、俺達が担当しているカラヤツ荒原の左辺だ。高速で移動しているから見つけるのは困難でな、妙なことに弱いパーティーを狙うような知性のある動きをしているらしい」
「俺達がさっき戦ったオーク共も連携が取れた動きをしてたぜ、レノ、やっぱり今回のスタンピードはおかしい」
「何かあるのは間違いないが、とりあえずは目の前のことだ、これ以上負傷者がでるのは防ぎたい。そこで索敵能力と機動力に優れたお前らを探してたんだ」
「なるほど、俺達には鼻と耳があるからな」
「他の獣人のパーティーにも指示を出しておくが、無理はするなよ。こいつらは厄介だぞ」
「任せろ、こいつもいるしな」
ポンと背中を叩かれる。
「ルーキーか、デュラハンを倒したらしいが、使えるのか?」
「驚くぜ。素手でオークの頭を握りつぶしやがった、動きも人間離れしている。間違いなく化け物だ」
「いや、化け物って……」
もう少し言い方ってものがあるんじゃなかろうか。
「どんまいだべ旦那様」
トアが肩に手を置いて励ましてくれる。
「いやいや、トアさんも十分すごいですからね。足の速さでネルネさんと互角とか、普通じゃないですよ一撃でオークを倒してましたし」
「うん? ファスやフクちゃんに比べればオラなんて全然だべ【料理人】のクラスだしな」
「……戦闘職じゃないのか」
「まったく、これがDランクかよ。自信がなくなってくるぜ」
ぼりぼりと頭を掻くガンジさんを見てレノさんがクスクスと笑う。
「大丈夫そうだな、すでにギルド本部がホッピングゴブリンに報酬金をかけている。俺もライノスが戻り次第現場に行くが先に行って儲けてこい」
「りょうかーい、ほら、さっさと行くよ。他の冒険者に狩られたら大損だからね」
場所を確認し、待ちきれないと走り出したネルネさんの後を追いかける。
休憩なしで朝からずっと動きっぱなしだが、皆体力には余裕があるようで一度も止まることなく最後にホッピングゴブリンが目撃された場所まで来た。
「微かに匂いが残ってるべな」
「……こっちだ」
トアとマクセンさんが地面に顔を近づけて、匂いを辿るとホッピングの足跡を見つけた。
モックさんが耳を立てて、キョロキョロと首を動かす。
「み、見つけました、向こうから移動する音が聞こえます。かなりの速度で移動しているようです」
「方向がわかるなら、先回りしよう。ルーキー、ネルネ、トア、先行して敵を足止めしてくれるか、俺達も後から追いかける」
「任せて、行くよ。ヨシイ」
「はい、了解です」
「さて、走るだな」
足の速い、僕等三人が先回りするようだ。
地面を蹴って、地図を横目に荒原を走る。高低差があるこの荒原は遠くを見通すことが難しく、なかなかゴブリンを見つけられない。
「ハァ、ハァ、匂いは近づいているべ」
それなりの距離を走っているせいか、さすがにトアは息切れしてきた。
「大丈夫か、トア?」
「フヘェ、いやいや、なんで息も切れてないの? ヨシイやっぱおかしいよ」
「ギースさんのシゴキに比べればこの程度なんでもないですよ」
重りを付けて、石を積んだ荷車括り付けられ延々と走らされたからなぁ。
あれ? なんだろう目から汗が零れてきたや。
「ハァ、大丈夫だべ。旦那様、こっから真っすぐ行けば、ゴブリン達の進行方向へ行けるべ」
「わかった。じゃあちょっと先に行ってるよ」
「クッ、このネルネ様が足で後れをとるなんて、屈辱だー」
そんなネルネさんの声を聞きつつ、速度を上げて突っ走る。
すぐにビョンビョコ跳ねる帽子を被ったホッピングゴブリン達を見つけた。
……本当にホッピングに乗ってるよ、しかもすごいスタイリッシュに乗ってやがる。
「オラァ!!」
とりあえず、群れの側面に突撃し突きを放つ。が、ホッピングを傾けて躱され、爪で反撃される。
手甲で受け止めるが、スライディングしてくる(無論ホッピングで)ゴブリンに足を掬われ空中から飛び掛かるゴブリンに対応しきれず、ホッピングの足の部分で踏みつけられる。
「ギギィイイイイイイイイ!!」
「ぐえっ」
ちょ、嘘だろ。この威力、ギースさんの【重撃】並みだと!?
だが、ギースさんに比べると体勢の崩しがまだ甘い。掬われたが地面に着いた瞬間に体を捻り衝撃を逸らす。踏みつけを逸らされたゴブリンが地面を抉る。
「ゴメン、舐めてたわ!」
あの踏みつけを連続して続けられるとかなりキツイぞ。
地面に着地したゴブリンを殴り飛ばし、他のゴブリンに備えようと構えなおすと、ビョンビョンと音が響く。
……まさか……上を見上げると、一斉に十体近いゴブリンが流星のように飛び掛かってこようとしていた。
「ちょ、待ってえええええええええええ」
すみません。まさか決着がつかないとは……。吉井君はかなり人間やめているようです。
次回予告:魔物に不穏な動きが……。
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