第七十四話:嬉しければ尻尾が揺れる
屋台に寄り道しつつ宿へ戻ると、入ってすぐ威勢のよい挨拶が迎えてくれた。
「お帰り! ギルドの用事は終わった?」
そう言って迎えてくれたのは、かつてトアが働いていた鉄の狼亭で給仕をしていた、猫の獣人のミーシャだった。
「ありゃ、ミーシャじゃねぇか、ここで働いてるんだべか? 宿をとった時には見なかったべ」
「あのねぇ、あの時間帯が忙しいのあんたもよくわかってるでしょ、台帳みたらヨシイの名前があったから、今か今かと待ってたんだから」
「ミーシャがいるなら話が早いべな、さっそく夕飯にしたいべ、旦那様とファス(とフクちゃん)はもう腹ペコみたいでな」
「……すでにあなた達の身体から屋台の料理の匂いがかなりするんだけど……?」
鼻をヒクヒクと動かしたミーシャに、ジトっとした目を向けられるが仕方ない、あれしきの量で僕等の腹は満たされないのだ。
なんとなく話に入りづらかったが、視線を向けられたので挨拶でもしとこうか。
「えと、こんばんわ。そういうわけで夕飯をお願いできますか?」
「あー、そのことなんだけど……お願いっ! 助けて欲しいの!」
両手を合わせて(異世界にもこのポーズあるんだなぁ)上目づかいでお願いされてしまった。
「助け?」
「どうしたんだべミーシャ?」
「実は今、この宿のメインの料理人が、鍋を運び損ねてケガしちゃって厨房に人手が足りないの、そんな時に隊商がきちゃっててんやわんやなわけ、今晩だけでいいからトアを貸してくれない? ちゃんとお礼も出すから」
グイっと顔を寄せてくる、近い近い、後ろでファスさんから冷気が漂ってくるような気がしたので、トアを見る。というか僕にお願いされるのが違和感なのだが、一応トアの主人ということもあるので僕にお願いするのが筋になるのか。
「トアがいいならいいけど、疲れてないか?」
「馬車に揺られて、退屈してたくらいだべ、旦那様さえよければ厨房で思いっきり料理したいだ」
トアの方はやる気らしい、なら大丈夫か。でもラッチモとの戦闘があってからまだ数日しかたってないので一応疲労は軽減しとこう。
わかった、と言いながら手に触れ【吸傷】をすることで疲労の一部を負担する。
本当に疲れは無いようで疲労を引き受けた感覚はなかった。
「旦那様ー、そんなことしなくていいから、ホラ、部屋へ行くだ。ミーシャ、旦那様の荷物を運んだら厨房へ顔出すだ、調理着と湯の準備を頼むだよ」
「合点よ、本当に助かったわ、これで女将に貸しもできるしねー、ヌフフ……」
うーん、たくましいな。
二階の部屋へ入ると、トアはすぐに清潔な服に着替え「よっし、いっちょ行ってくるだ」と言って下へ降りて行った。
「なんていうか……すごいよな、トアならどこでもやっていけるんだろうな」
高校生だった僕には、就職はまだ少し未来のようなことで、トアのように何年も働いて技術を持って必要とされる人がとても凄く思える。
「何言っているんですか? ほら体を拭きますよ。トアがご飯を作るなら夕飯は期待できますね」
(ゴハンー)
そんな僕のセンチメンタルな心情は食欲に流されるのか、まぁ僕もお腹減ったけど。
「……トアは、どこでもやっていけるかもしれませんが、彼女が居たい場所はご主人様の隣なんですよ? どこでもやっていけるなんて、トアが聞いたら怒ります」
(マスター、デリカシー、ナイ)
「……ごめんなさい」
グゥの音もでない。ついでのお腹もグゥ、なんてつまらないこと考えながら部屋に準備してあった、行水用の水で体をファスに拭いてもらう。
もちろんフクちゃんの泡つきで。
僕の後にファスも体を清め、着替えを済ませる。
しばらく雑談しているとドアがノックされた。
「旦那様ー、ご飯持って来ただよー」
「ニヒヒ、お酒もあるよー。トアを貸してくれたお礼だってー」
トアとミーシャのようだ。この宿の食堂は今は団体客で埋まっているらしく、部屋に直接ご飯を持ってきてくれたらしい。
ファスがローブを着なおし、フードで顔を隠したのを確認してドアを開ける。
「おっ、ちょうどいいタイミングだったみたいだべな。ホイ、サリココのお頭つきだべ、後はスープとパンだべ」
サリココのお頭つき、とトアが言った料理は、簡潔に言うならエビの丸焼きだった。ただそのデカさが尋常じゃない。
長さにして70㎝ほど、太さは直径10㎝もあるだろうか? 鉄皿からあふれんばかりの巨大なエビがドンと目の前の机に置かれる。
焼いたエビの周りに米が敷かれ、その上から緑のソースがかけられている。
「でかっ、そんでいい匂い!」
「うわぁ、大きいですね。サリココは地中に棲む、大型の虫です」
(ジュルリ)
虫なんかい! どこをどう見てもでかいエビにしか見えないんだけどなぁ。
あぁでもいい匂いだ。潮っけを含んだ香ばしい匂いが部屋に充満する。
「ここから南に大分行ったところにある、地中街の特産品らしいべ。隊商で扱っている商品だけんども、無理言って一尾もらったべ」
「いやぁ、トアの料理が好評でねぇ。気風のいいお客さんがチップ替わりにくれたのよ。すんごい美味しいんだから」
地中街? 地中海じゃなくて? まぁその辺のことはファスに追々聞けばいいとして。
とりあえず、目の前のご馳走を食べようか。
「じゃあ、とりあえずいただきます」
「いただきます」
「ホイ、一番いい所は旦那様にどうぞだべ」
(オイシー、ミガシマッテマスナー)
「うぅ、私も食べたいけど、まだ仕事があるのよねー」
「ミーシャの分も取っておいて後で食堂に持っていくから、仕事に戻るべ、オラも旦那様と飯くったら戻るからな」
「本当? 絶対持ってきてよ!」
心底残念そうにしているミーシャには悪いが、トアが切り分けてくれた身に齧り付く、プリプリとした歯切れのよい肉が酸味のあるソースと絡まって旨い。
下にしかれた米も含め、あっという間に完食してしまった(もちろんミーシャ分も残している)。
「いい食べっぷりだべな。料理人冥利につきるだ。じゃあオラは厨房に戻るべ」
食器を手際よく片付けながら、トアは一階に戻り、結局帰って来たのは深夜になってからだった。
翌日、爆睡しているトアをファスが起こし、日課の走り込みと柔軟をした後に簡素な朝食をとりながら今日一日なにをするか話し合う。
「とりあえず、買い物にいけばいいのかな?」
「そうですね、服と食料、それと冒険に必要な細々した物を買いましょう」
(オヨウフク、ミタイ)
ファスとトアが何を買うか話し合ってると、フクちゃんがピョンと二人に割って入る形で意見した。
服が見たいってなんでまた?
「あぁ、そうですね、そっちの準備もありましたね」
「そんなら、旦那様とは別行動がいいんでねぇか?」
「えっ、なんで?」
僕もフクちゃんと一緒に買い物したいぞ。なんだか最近フクちゃんが構ってくれなくて寂しい僕です。
(ヒミツ―)
「フフ、すぐにわかりますよ。フクちゃんのこともありますが、分担して買い物をすれば、午前中には必要なものを買い揃えられそうですし、私はフクちゃんと、ご主人様はトアと買い物をしましょう」
「いやいや、ファスはエルフなんだから狙われやすいはずだろ、別行動はちょっと怖いんだけど」
ギルドで顔を晒しているし、噂にはなっているだろう。正直ちょっと心配なのだが。
「心配してくれてありがとうございます。でも今は自分の身は自分で守れますよ、フクちゃんもいますし」
(マカセテー)
「旦那様の気持ちはわかるけんど、ファスなら大丈夫だべ、買い物が終わったらギルドで待ち合わせて合流すればいいべ」
(マスター、オネガイ)
ウルウルした目でフクちゃんがお願いしてくる。
「わかったけど、何かあったらすぐにフクちゃんの【念話】で連絡してくれよ」
フクちゃんの糸をそれぞれ手首に巻いて宿を出た。こうしていれば、ちょっとした距離なら連絡がとれるはずだ。
ファスとフクちゃんは衣類や寝袋など布製品を見に行くようだ。
僕とトアは食材と野営の道具をそろえる予定。
「♪~とりあえず、保存のきく食材と野営に必要な消耗品の補充をするべ」
「了解、ご機嫌だなトア。キャンプグッズは個人的に好きだから、僕も楽しみだ」
鼻唄を歌いながら尻尾をブンブン振り回して見るからに機嫌がいい、女性って買い物が好きなんだな。
「……なーに言ってるだ。ホレっ」
いささか乱暴にトアが腕を絡めてくる。悪戯っ子のような笑みで僕を見て。
「フクちゃんには感謝しねぇとな」
そう言って、僕を引っ張っていく。結局買い物が終わりギルドに着くまで組まれた腕が解かれることはなく、僕は赤面したままだった。
ちょっと待って、物語が全然進んで無いやん!! すみません。「宿で一晩過ごして買い物をした」というただこれだけで一話書いてしまいました。また更新が大幅に遅れていることも重ねてお詫びします。
というか予告まで進まないとか、さすがに胃が痛くなってます。
次回からはもう少し物語も進めていこうと思います。
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