第七十三話:何を買うのか考えるのが楽しい。
ナノウさんの言葉が部屋に響く。全滅……ギースさんの部隊が?
「スタンピードは冒険者にとって有利な戦場ではなかったんですか?」
国の軍隊も参加し、有利な場所での戦闘が多い為に、冒険者にとってのお祭りのような場であると受付嬢のアマウさんは説明していたはずだ。
もちろん戦闘である以上、想定外の事態もあるとは思うが、あのギースさんが足を掬われるとは考えられない。
「そのはずなんだけどねぇ……とりあえず座りな、すぐにお茶がくるよ。調子に乗って痛い目を見ないようにわざわざ選抜試験までしたってのに、まさかウチのギルドの先発隊が消えるなんて思わなかったよ」
木製のしっかりとした作りの椅子に座ると(ファス、トアの分の席もあった)すぐにお茶がでてきた。
ナノウさんが報告書と思われる黄ばんだ紙を読み直している。
「婆さん、あいつに限って引き際を見失うことはないと思うぜ。スタンピードにも何回か参加しているはずだしな。それに、足取りがないってだけで全員死んだとは思えん。意外と国が用意している療養所にひょっこりいるかもしれん」
元聖騎士でギースさんの兄貴分のライノスさんが顎髭を撫でながら、楽観的なことをナノウさんに言う。
しかしその表情は険しく、本心からそう思ってないのは明白だった。
「いずれにしても、後発隊のことは考えなきゃねぇ……」
「馬鹿言えっ! 準備はできてんだ。先発隊のことがあるからこそ、俺達が行ってあいつらを探さなきゃいけねぇだろうが!」
腕を組みながら、ライノスさんがイライラとした声を上げる。
「落ち着きな、坊や達の前だよ。もちろん後発隊には予定通り……いや予定より早く行ってもらう。面子は練り直してもらうよ……報告では、スタンピード自体は順調に捌けているようだが、いくつかの部隊が消えているようだね。もっとも、国や冒険者ギルドの本部はスタンピードでは油断した部隊がやられることは、ままあると、特に危惧してないようだがね。……最近のアンデッド騒ぎといいきな臭い匂いがプンプンするよ」
「なら話は早いな、俺はとっとと準備を進めとくぜ、出発はいつにする?」
「一週間……いや五日後の朝だね。明日中に後発隊の面子をもう一度選びなおしときな、不測の事態にも対応できるように構成するんだよ」
「五日後だな、わかった。すぐにとりかかる、坊主はどうする?」
ライノスさんが、鋭い目で僕等を見る。ちらりとファスとトアを見ると、僕の背中を押してくれるように見つめ返してくれた(もちろんフードの中に隠れているフクちゃんの視線も感じている)。
すぐにライノスさんに目線を戻し、頭を下げた。
「参加させてください。経験不足かもしれませんが、必ず役に立って見せます。ギースさんにはこの世界に来てから何度も世話になっているんです。ここでその恩を返させてください」
「私達のパーティーは索敵に優れています。戦闘はもちろん、それ以外でもお役に立てるでしょう」
「なんなら、飯炊きは任せてくれればいいだよ、大人数の飯を作るのは慣れてるだ」
(アラクネ、タベル。ツイデニ、ハゲモタスケル)
フクちゃんは、アラクネが第一目標でブレないみたいだな。ただあまり良い印象を持っていなさそうだったギースさんのことも助けるために力を貸してくれるようだ。
ファスとトアは僕の思いを汲んで、ライノスさんに売り込みをしてくれている。
ギースさんには何度もボコボコにされて、起き上がれないほどに痛めつけられたが、その日々があったからこの世界でまだ生きていける。
素直に礼を言うのは照れ臭いが、恩を感じてないわけじゃない。
「フンっ、ほんの数日で、良い顔するようになったじゃねぇか。ギースの弟子だってんなら期待を裏切ってくれるなよ」
「後発隊に入れてもらえるんですか?」
「出発は五日後だぞ、必要なものはアマウにでも聞いておけ、言っとくが俺の部隊は楽じゃないぞ」
そう言って、ライノスさんは部屋を出て行った。
「ありがとうございます!」
部屋を出ていく背中に、もう一度頭を下げる。
ナノウさんが中身を飲み干したカップを静かに置いた。
「さて、次はシン坊達の話を聞こうか、報告書より実際に聞いたほうが面白そうな内容だからね」
幾分か柔らかくなった表情でナノウさんにお茶のおかわりを用意しながらそう言われたので、ワイト討伐の顛末を隠すことなく話した。
教会のことに関しては正直話すかどうか迷ったが、へたに隠したところでお見通しな気もするし、ありのままを説明することにした。
時折ファスの補足を挟みながら一時間ほどで何があったかを簡単に説明すると、ナノウさんは顎に手を当てて、何かを考えているようだった。
「……なるほどねぇ、ふむ、面白い話だったよ。あたしの方でも少し思うことがあるから教会の方には適当に探りを入れてみるかねぇ。それにしても教会の儀式があったとはいえダンジョン化まで起きるのは穏やかじゃないねぇ。とにかくご苦労だったね。報酬ははずんどくよ。今日は疲れただろう、旅の準備もあるし今日はよく休んどくれ」
そんなことを言われてしまったので、部屋を後にして一階に戻ると報酬の査定がまだ終わってないとのこと。
「うーん、どうすっかなぁ。少し早いけどご飯にする?」
「時間があるのならば、一度防具を整備に出してみてはいかがでしょうか? 一応手入れはしているとはいえ、ラッチモ戦でかなり疲労しているはずです」
「そうだべなー。ギルドお抱えの職人に整備してもらったほうがいいべ」
(ソダネー)
む、防具の整備とかはファス、トア(実はフクちゃんも手伝っていたらしい)に任せっきりだったかなぁ。いや、自分でしようとはしたんだけど、主人がする仕事じゃないって突っぱねられたんだよなぁ。
一応手甲だけは、自分で油塗ったりしてるけど、仕上げはファスにやってもらってるし……。
先の戦闘で痛んでいることは確かだし、一回ここで整備してもらう必要があるかもしれないな。
「そうだな、じゃあ、マジロさんのところ行こうか」
「ですね」
「だべなー」
(オナカ、ヘッター)
というわけで、解体場へ向かう。なんか久しぶりな気がするなぁ。
今日も今日とて解体場で声を張り上げるマジロさんを見つけて、防具の整備をお願いした。
「お前らなぁ……確かに防具を作る時に口利きしてやったが、俺の本業は魔物の解体だぞ、防具の整備ならそれようの受付があるからそっちいけ……なにぃ? スタンピードに行くからすぐにしてほしい? チッ仕方ねぇなぁ、馴染みの職人に頼んでやるよ」
なんか文句言いながらも、整備の手続きをしてくれた。
専用の受付があったのか、悪いことしたなぁ。丁寧にお礼を言って防具を渡す。
ちなみに防具は着ていたので、脱いだ後、動きやすい服装に着替えてます。
ファスは分厚いローブを被っているのでいつもとそう印象は変わらない。
そうこうしているうちに、ギルドの職員が査定が終わったと報告に来てくれた。
「お腹も減りましたし、受付にいきましょうか」
「そうだな、疲れたし、さっさと報酬を貰って今日は宿で休むか」
「帰る前に市場へ寄って、食材を買いたいべ」
(オナカ、ヘッター)
いい加減、フクちゃんが限界なのでさっさと受付に向かうと、台に乗ったアマウさんが待ってくれていた。
「お待たせしましたー、めっちゃ早く終わらせましたー」
まるでお使いを済ませた子供のように胸を張って、アマウさんが書類と小袋を机に置いた。
「ありがとうございます。助かります」
「はい、どういたしまして。えーと報酬は依頼者の宿の女将さんと、未然にダンジョンの拡大を防いだとしてギルドからの報奨金を合わせて、金貨四枚です。端数は切り上げてますよー」
えーと、金貨一枚が雑に日本円に直すと、大体十万円だから(銅貨一枚の屋台の串焼き一本を五百円と考えた場合)……四十万円ほどか……えっ? 多くね?
「いやいや、多い多い。そんなにたくさん貰えないですよ!」
「そうなんですか?」
ファスが隣のトアの顔を見る。
「うーん、どうだかな? 依頼でダンジョンを潰したとしたら報酬としてかなりもらえるけんども……まず依頼を受ける前に依頼料をしっかり見てなかったしなぁ。相手がアンデッドだもんで討伐証明部位も持って帰ってないし……オラにも相場がよくわかんねぇだ」
「もともと、スタンピードに行くための試験を免除してもらえるってんで、受けた依頼だからなぁ」
転移者である僕と世間知らずのファスだけではなく、お金のことに関してはそこそこ詳しいトアまでわからないらしい。
そんな僕等をみてアマウさんがため息をつく。
「ハァ、あのですねー。ワイトの討伐だけでも金貨二枚は固いのですよー、強力な魔物の討伐は依頼料に加えてギルドからの報酬がでます。今回は緊急ということでいつもより多く報酬がでますしー、ダンジョンの鎮静に、ラーバさん(女将の名前)の達成証明では多数のゾンビやゴーストまで討伐したのですよね? 残念ながら証明部位がないのでそちらの報酬はあまりありませんが、それらを加味すればもっと貰ってもよいのですよ? ヨシイさん達のランクが低いのでかなり安くなっているのです。申し訳ないのでギルマスが少し色をつけてこの報酬というわけです。ちゃんとしたダンジョンの討伐依頼なら白金貨がでますよー」
そうなのか、儲かるんだな冒険者。まぁ実際の所、叶さんの力も借りていたし、この世界の常識ではこのくらい貰ってもいいのかな?
「そういうことなら、わかりました。えーと、ありがたく頂戴します」
「はいどうぞ、現金を持つのが不安ならギルドに預けることもできますよー」
銀行みたいなこともできるのか便利だな、よくわからんのでトアを見て目線でどうするか聞いてみる。
「旅の準備と防具の整備があるから、半分預けて残りは持っていればいいと思うだ。ただ細々したものが欲しいから、金貨一枚を白銀貨五枚、後は銀貨と銅貨にしてもらえれば助かるだ、それでいいだか旦那様?」
「うん、それでいいよ。お願いできますか?」
現金はある程度持っていた方がいいというのは同感だ。
「了解です。ではこちらの書類にサインをお願いします」
ファスがサインを書き、手続きは終了した。
お金の入った小袋をしまい。もう一度アマウさんにお礼を言おうとすると、先にアマウさんに話しかけられる。
「あのですねー、ギースさんのことなら心配ないと思いますよー、お婆……ギルマスもライノスさんも立場上、最悪のことを考える癖がついているだけなのです。なのでヨシイさん達はスタンピードを楽しめばいいと私は思います、頑張ってくださいねー」
ニッコリと笑みを浮かべてそう言われてしまった。多分、励ましてくれているのだろう。
「はい、ギースさんがそう簡単にやられるとは思ってません。ありがとうございます」
「うんうん、あっ、もしスタンピードへの買い物が終わって、時間があるなら細々した依頼もありますので、よかったら受けてくださいねー」
そう言って、バイバーイと手を振ってくれるアマウさんに頭を下げて、ギルドを後にする。
宿への帰り道、適当な食材を買いながら、屋台で棒にさした練り物(きりたんぽみたいな感じ)を買って食べた。プリプリとした弾力が癖になる。
フクちゃんにも食べさせると、気に入ったようで、すぐに一本食べてしまった。
(マイウー)
「美味しいかフクちゃん、明日は買い物かな?」
「そうですね、予備の服も欲しいですし、旅の仕度も必要です」
「オラとしては、せっかくアイテムボックスがあるんだから、食材を買いだめときたいべな」
(ボクモ、フクミタイ)
フクちゃんも服が見たいのか? ファスとトアは頭の中で何を買うか考えているらしく、楽しそうに上を見上げている。
この世界の女性も買い物は好きなんだろうか?
「何買えばいいかわからないから、買うものは二人に任せるよ、その代わり荷物持ちなら任せてくれ」
「ご主人様、お願いですから、いい加減、奴隷の扱いを覚えてください」
「荷物持ちはオラ達でするだ」
いやいや、荷物持ちも楽しそうなんだけどな。結局、余計なことを言ったばかりに宿に着くまで延々とお説教をされてしまった。
ギースさんのことは気になるが、気を張り続けることは難しい。
今はスタンピードに向けて準備をしっかりすることにしよう。
なんだかおっさんがヒロインみたいな扱いになりそうで怖い今日この頃。投稿速度が遅くてすみません。もう少し早く投稿できるように頑張ります。
次回予告(当てにしないでください):買い物&主人公、肉体労働する。
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