第七十一話:月が綺麗ですね
月に吸い込まれるように、青い光が昇りその残滓が蛍のように僕等に降り注ぐ。
手に残った一対の指輪は、何の飾りもない銀色の指輪だった。
「これが、ダンジョントレジャーか」
「ダンジョンとして生まれてすぐ、消滅したのでダンジョンの魔力は込められてませんし、特別な価値はなさそうですね」
そっとファスがのぞき込んで来たので、見せてやる。
指輪は月の明かりを受け優しく光っていた。
「でも大事なものだ。二人と村人達を弔ってやらないとな」
「そうですね、ただ今は私達は疲労しています。一旦宿に戻りましょう」
【魔力合わせ】はかなり魔力を消費するはずだが、ファスは割と余裕の表情だ。
「そうだべな、それにカナエとバルさんは騎士団に秘密で来たんだから、帰らなきゃならねぇべ」
「……そうですな、その前に私はこの場所で祈りを……いえ、贖罪をしようと思います。何、騎士団のことなら明け方までに戻ればどうとでもなるでしょう。聖女様、後で宿で合流しましょう」
そう言ってバルさんは一人山小屋の方へ歩み寄って行った。その背中から自殺しそうな悲壮な感じはしない……そっとしておいてあげよう。
(ムゥ、デバンスクナカッタ)
ピョンとフクちゃんが頭に乗ってそう言った。あんだけゾンビを【聖糸】で八つ裂きにしといて、まだ暴れたりない様子のフクちゃんである。フクちゃん……恐ろしい子!!
「さて、帰ろうか」
流石に僕も疲れた。剣戟を受け続けた両腕は痣だらけだろうしフクちゃんの泡を出してもらわないとな。
帰ってからのことを考え始めた時、チョンチョンと背中をつつかれる。
あぁ、この感じはちょっと懐かしいな。図書館で話しかけられる時も、城で再会した時もこうだった。
「真也君。その前にちょっといいかな、言ってくれたよね。あの日何が有ったのか話してくれるって。私、明け方には一旦教会へ戻るから、今じゃないと聞けないし、それに伝えたいこともあるの」
ファスと違って、叶さんは魔力の消費の影響が大きそうで、大粒の汗をかき杖にすがるように立っていた。
それでもその目に映る意志はいっさい揺らいではいない。
正直なところ、あの日のことは今だ向き合うのは怖いのだけど、ファスやトア、フクちゃんから勇気をもらって少しずつ立ち向かえるようになったと思う。
「わかった、でもその前にポーション飲みなよ。時間はあるから」
「……ご主人様、私達は先に宿に戻っていますね」
ファスが礼をする。一緒に話を聞いていくのかと思ったのだが、違ったようだ。
「ファスさんありがとう」
「貸し一つですよカナエ、ではご主人様また後で」
「飯作って待ってるべ」
(マスター、アワ、ダスカラネ)
そう言いながら、皆は宿へ戻って行った。さぁてどうすっかな。
「……えっと」
話の始め方がわからず、なんかアタフタしてしまう。
そんな様子が可笑しかったのか、叶さんはクスクスと笑い、そっと前を指さした。
「あの木の上で話さない? きっと綺麗な景色だと思うから」
その指の先にはこのあたりの木々から頭一つ抜けた大きな木が一本生えていた。
「大分、高いぞ」
「うん、でも真也君なら私を背負っても登れるでしょ?」
悪戯っ子のように、下から見上げてくる叶さんの顔をまともに見れない。
彼女のこういう所は本当に卑怯だと思う。
結局、彼女を背負って、その木のできるだけ高く、二人が座れそうなそうな枝の辺りまで登った。
「うわー、すごーい、これは元居た世界じゃあちょっと見れない景色だね!」
「確かに、スゴイな。プラネタリウムだってこうはいかない」
いつか、ファスとフクちゃんと見た夜空も綺麗だったが、この景色もまた美しい。
青く光る月と星、木々が一斉に手を伸ばし光を受けるように枝を伸ばしているように見える。
青と夜と緑、手を伸ばせば届くような星空の中に僕等はいた。
「じゃあ、話そうか」
叶さんが下げている鞄からポーションを出して飲むのを確認してから、景色を見ながらポツポツと僕は話し始めた。
「僕には、親がいないんだ。僕を生んですぐに蒸発したらしい。両親揃ってね、だから僕は母方の祖父の家で育てられたんだ。祖父は……爺ちゃんは合気道の道場をしていて、味の濃いうどんが大好きな人だった――」
話は彼女が知らない僕の家庭事情から始まり、そして祖父が死んで両親の借金があったことを話した。
それはまるで立て板に水を流す様に、スラスラと口から流れ、他人事のように夜に溶けていく。
叶さんの顔は見ていない、見てしまったら、多分泣いてしまうから。
「――そんで、あの日が家の退去日だったんだ。悟志と叶さんにだけ挨拶して、僕は……自殺しようとした。自分の首に縄をかけて、括り付けた木から飛び降りたら、こっちの世界に来たんだ。これが、あの日にあったことの全部だ」
静寂と夜風が僕等の間を抜ける。彼女の顔はまだ見ていない、引いているのだろうか? それとも泣いているのだろうか?
無言に耐えきれず、横を見ると、叶さんはじっとこっちを見つめていた。
真剣な凛とした表情で、僕を見ていた。
肩より少し長めの黒髪を緩やかな風で流し、その整った顔を赤らめ、その黒い瞳を潤ませ、彼女は息を吸った。
僕はその一瞬だけは、怖かった。彼女の言葉が怖かった、あの日、諦めてしまったことを糾弾される気がしたのだ。
「ねぇ、知ってる?」
彼女の言葉はそう始まった。
「真也君が多分知らないこと、私があなたにずっと言いたかったこと」
そこで言葉を切り、彼女は空を見上げ僕もつられて空を見る。そこに見えるのは視界を埋め尽くさんばかりの大きな月。
「……月が綺麗ね」
静かに、だけどはっきりと彼女の口からでた言葉、国語の時間に習った、古い文豪がある英文を翻訳した言葉。
彼女がなぜ今のタイミングでその言葉を言ったのか僕にはきっとわからない。
でもその意味は伝わる。僕のしたことを受け止めて、それでもなおその思いは揺るがなかったことを、その喜びを彼女は、僕に伝えてくれたのだ。
とても嬉しいことで、本当に涙がでるほどありがたいのに、僕は応じられない。
「ありがとう、でも僕はこの世界から帰るつもりはないんだ」
「ファスさん達がいるから?」
月を見上げながら話は再開される。自分のことを話した時なんて比べれない程に胸が高鳴っている。
「うん、この世界をもっと見ていたいってのもあるけどね。僕はファスのことが好きなんだ」
「知ってた」
「ゴメン、もしダンジョントレジャーで帰還アイテムが出たら真っ先に悟志と叶さんに渡すから」
月から叶さんに視線を戻し言い訳のようなことを言いながら徐々にしどろもどろになる僕を叶さんは、微笑を浮かべ見つめていた。
その顔は新たな決意に満ちているようで、僕が言うのはおこがましいが失恋をしたばかりの表情ではない。
「いらないよ、そんなもの。私も帰る気なかったし」
あっけらかんと言い放つ彼女はとても楽しそうに笑っている。
「へっ?」
「それに~ファスさんが好きなのはわかったけど、トアさんはどうなの~?」
先ほどまでの真剣な表情から悪戯っ子の表情にガラリと変わり、詰めよって来る。
「あーいや、トアはなんていうか、……好きなんだけど……」
トアとの距離感は本当に微妙なところで、憧れとか、親友と言うか、でも好意はあるわけで、あれ? 僕最低じゃね?
「フクちゃんもいるし」
「いや、フクちゃんは違うじゃん!?」
ファスやトアに負けないくらい強い、家族のような特別な感情を持っているけど、さすがに恋愛感情ではない……はず!!
「私がいても問題ないよね?」
「倫理的におかしいでしょ!」
「この世界、多重婚OKらしいよ?」
「向こうで家族も待ってる、叶さんは戻るべきだ」
そんな僕の言葉を満面の笑みで受け流し、叶さんは両手で僕の頬を挟む。
今度は真剣な顔、本当にコロコロと表情が変わる人だ。
「ねぇ、真也君。私が聞きたいことは一つだけなの、あの月をどう思う?」
真っすぐに見つめられる。僕の視界は叶さんで防がれ月は見えない。
「……ずっと、綺麗だと、思ってた」
混乱して思わず漏れた言葉。
「私も!!」
抱きしめられ、必死で【ふんばり】バランスをとる。
あの月に負けないほどに輝く叶さんの笑みを前に一つ思う。
爺ちゃん……もしかして僕、取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。
……聖女の戦闘力が高すぎる。というわけで吉井君完敗です。ラッチモ編はこれで終わりです(予定より大分長くなってしまいました)
次回ですが、叶視点かトア視点の閑話を挟むか、本編を進めるかで悩んでいます。もし、こんな閑話が読みたいという感想があればそれをかきます!!(感想こなかったら書いてから決めますね)
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。本当に嬉しいです。
感想&ご指摘助かります。本当にモチベーションが上がります。ありがとうございます。






