第七十話:VSラッチモ戦 後半
周囲でファス、叶さん、バルさんの魔術とワイトが呼んだアンデッド達が衝突するなか、僕とラッチモの戦いは意外なほどに静かに始まった。
お互いが【威圧】を発動しているために、後衛の攻撃の内の何割かは僕等の元へ引き寄せられる。
後ろから飛んできた水弾を首を傾げて通すと、それをラッチモが剣で弾く、ラッチモの足元から湧いた犬のゾンビが足に噛みつこうとする。
構わず踏みつぶし、そのまま【ハラワタ打ち】を放つ。
「アアァ”【聖光盾】」
光の盾で防がれ、軽やかなステップで横に回られる。
【ふんばり】を使い片足で方向転換、上段からの袈裟切りを【拳骨】で補強した左手甲で受ける。
一瞬の静止、すぐに僕等は飛びのく、それまでいた場所にお互いの後衛の攻撃が降ってくる。
ともすれば、フレンドリーファイアになりかねないギリギリの援護を受けながら、最前線で剣と拳を交え続ける。
地面から生える氷杭をラッチモがすり足で躱しながら、突きを繰り出してくる。
その攻撃に合わせて入り身で前へ、脇に手を差し込み変形の天地投げ。
「ッ!?」
鎧の腕部分がすっぽ抜け、投げが空かされる。抜けた部分から溢れ出た黒い液体が、犬頭となり噛みついてきた。
不意をつかれ、体勢を崩したが、すぐに手斧が飛んで来て犬頭を叩き切る。数で押してくるゾンビ達から後衛を守りつつトアがフォローを入れてくれた。
「大丈夫だか、旦那様」
「悪い、助かった」
トアは低い姿勢で動き回りながら、時に僕の援護を、時に後衛の守備を、時にワイトへの直接攻撃と、遊撃として戦場のバランスを読みながら、パーティーの維持をしている。
自分ができる最大限を迷いなく行うその動きは正直な所、期待以上の働きだった。
「ったく、やっかいな相手だな」
空っぽになった鎧の腕部分を投げ捨てる。ラッチモを見ると、肩から湧いた犬頭は形をかえ歪な腕を形成していた。
さらに、地面からひっきりなしにゾンビ達が這いあがってくる。
「数が多すぎますな、よもやこれほどまでに配下を増やしていたとは……」
回復と聖属性の魔術を次々に唱えながら、バルさんから焦った声が漏れる。
確かに、ワイトとラッチモだけでも厄介なのにこの物量差は不味いか?
「カナエ、トア、バル神官はそのまま戦線の維持をお願いします。さて、準備はできましたか? フクちゃん」
(マチクタビレタ)
ファスの言葉を受け、フクちゃんがピョンと飛び出してくる。
「ご主人様、ラッチモはお任せします。少し雑魚を減らします」
「任せた!」
グニグニと気持ち悪く脈動している腕で、大剣を振ってくるラッチモの攻撃を捌きながら返事を返す。
ファスの援護が無くなり、ゴーストや動物のゾンビが何体か襲ってくるがゴーストは手刀で切り裂き、ゾンビは殴り飛ばす。
「まだまだぁ!!」
己を鼓舞し【威圧】を一瞬も切らさないように注意しながら、拳を繰り出していると周囲の魔力が急速に高まる。
(コロス)
「うぉっと、糸か?」
そして、周囲に張り巡らされていた糸が、ゾンビだけでなく、ゴーストにも絡みつき、動きを封じ込める。
糸は まるで叶さんやバルさんの魔術のように月の光を反射するかのように淡い青色を纏っている。
……そう、フクちゃんは先日ゴーストなどの実体を持たない魔物に対抗するために、なんと聖属性を持つ糸を出せるように特訓したらしい。
昨日の話によると――
(カナエノ、ワザ、マネシター)
「……フクちゃん? 一応聞くけど、騎士団の人を食べたりはしてないよな?」
(シテナイ、セイスイ、イッパイノンダ、アト、レンシュウ、シタ)
「いっぱい飲んだって、そんなのでできるようになるもんなのか」
「今、フクちゃんのスキルを視ました、確かに【聖糸生成】のスキルを新たに習得しています。カナエがフクちゃんに頼まれて温泉の水を祈祷して聖水にしたと言っていましたが……」
僕にはスキルはまだ秘密ということで(寂しい)フクちゃんのステータスを鑑定紙で見たファスが驚いた表情を浮かべている。
「信じられません、本来魔物は聖属性のスキルを持つことは出来ないとされています。だからこそラッチモは教会にとっても想定外だったのです、それなのにフクちゃんまで聖属性のスキルを使えるなんて……聖水を【薬毒生成】で再現したのでしょうか? うーん、わかりませんがとてもすごいことです」
(エッヘン)
ブツブツと推論を言い続けるファスを横目に、褒めて褒めてと擦り寄ってくるフクちゃんを撫でる。
……まさかわずか二日で弱点(というほど弱みでもないが)を克服するとは、フクちゃん……恐ろしい子。
――ということだった。
そしてフクちゃんが予めこの場所に張っていた糸は全て、対アンデッド属性を持ち実体を持たないゴーストすら縛りあげる聖糸だ。
縛り上げられたゴーストとゾンビは、そのまま動きを封じられ、あるいは誘導され一か所へ集められる。
「【氷牢】【重力域】」
そのまま氷の檻へ閉じ込められ(糸で縛られているのでどっちみち動けないが)ゾンビ達は潰され、ゴースト達は……。
「【生命吸収】魔力を補充させてもらいます」
ファスに生命力を吸い取られ煙のように消え去った。
この恐ろしい(実際やられたらと思うとゾッとする)コンボによって敵の数は三分の二ほどに減った。
おかしいな、僕の新技必要ないんじゃなかろうか?
「なんという……流石翠眼のエルフと言ったところですな」
「私、一応【聖女】なんだけどね……自信無くすなぁ」
「オラとしては、フクちゃんの頑張りに花丸上げたいべな。後で美味しいもん作ってあげるべ」
何はともあれ、これでラッチモとワイトに集中できる。
ラッチモは異形となった左腕で大剣を持ち振り下ろしてくる。
手甲で受け流して、数発拳を入れる。ただの拳なのでダメージはあまりないだろうが、それでも鎧のヒビが大きくなり次の攻撃が鈍くなる。
異形へとなるにつれて力は強くなっていったが、騎士としての剣術は失われワンパターンな攻撃になっているので対応しやすいな。
再び振り下ろされた剣に対し、入り身で懐に入り、足をかけながら肩で押し後方へ押し飛ばす。
体勢が崩れたラッチモに対し、全力の『ハラワタ打ち』が綺麗に入る。
鎧越しにその内部の存在そのものを【掴み】引き千切る手ごたえを感じた。
「オ”オォオオオオオオ”」
ヒビ割れた鎧から黒い液体が吹きあがり、ワイトが抱いているラッチモの頭部が苦悶の呻き声を上げた。
そのダメージからか展開されていた【威圧】が解け、ワイトへ意識を向けることができるようになった。
「今だ皆!!」
「仕留めます【魔氷杭】」
「妨害がないなら私だって、【流星雫】」
「行くべ!【飛斧】」
後衛からの総攻撃がワイトへ向かう、一際輝きを放つ叶さんの光弾が弾け、その眩しさに一瞬目を閉じる。
そして再び開けた僕の前には、ワイトを守るために全ての攻撃を受けたラッチモが立っていた。
大剣は折れ、鎧も砕かれ、それでも膝はつかず。それは皆が憧れたであろう聖騎士の姿そのものだった。
「本当に、すごいな」
思わず漏れた感嘆の声に自分でも驚きながら、腰を落とし止めを刺そうと構えると。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
それまでとは明らかに違う、真に迫った絶叫がラッチモの頭部とワイトから吐きだされた。
その声に呼応するように、地面から魔力の奔流が沸き上がってくる。
「ご主人様! 注意してください。この魔力、これではまるで……」
「吉井君!? なんだかおかしいよ」
(マスター、ウマレルヨ)
「生まれる? どういうことだフクちゃん?」
地面や木々に張った糸でゾンビ達を塞き止めていたフクちゃんの言葉の答えはファスがすぐに答えてくれた。
「あの大猿と似た魔力を感じます。あの二体はダンジョンマスターになりました!」
「ダンジョンなんかないぞ!?」
(イマカラ、デキル)
目の前で空間がかげろうの様に歪む、小さな山小屋がバラバラに分解され、膨らみ僕等を吸い寄せた。
悲鳴を上げることすらできず、全員が小屋に吸い込まれ、そしてその中の光景に目を見開く。
山小屋だった建物の内部は完全に異空間となっており、その場所は先程までの戦いが嘘だったかのようにおだやかで厳粛な教会の内部になっていた。
席にはゾンビではない、生前の姿の村人たちが笑みを浮かべて正面を向いている。
その視線の先には神官のローブを着たラッチモと、修道女の服を来たソバカスが特徴的な女性がいた。
おそらくマリーさんだろう。
「これが、あの二人のダンジョンか……」
「もともと暴走した地脈を利用した儀式です。ダンジョンができていてもおかしくはありませんが、こんなダンジョンは本で読んだことはありません」
「旦那様、席に村人達がいるべ、これはあの二人の夢なんだろうな」
「悲しすぎるよ……」
「あぁ女神よ、二人からこの未来を奪った。私に罰をお与えください……」
(ニンゲンッテ、ムズカシイ)
バルさんは、泣き崩れていた。
この場所に二人が永遠にいることができたなら、それができたならどれほど良かっただろう。
そう思うと、どうしても拳を握る気にはなれなかった。
茫然と立ち尽くす僕等に、マリーが一歩踏み出した。
「――――」
後ろから、ラッチモがその腕を掴み引き寄せようとするがマリーはゆっくりと首を横に振る。
その手を振りほどき、僕等を見据える。
「終わらせてください。この人は真面目すぎるんです。せっかく騎士になったのだから、私のことなんて忘れてくれてよかったのに、『子供の頃の約束をかなえよう』なんて言って村へ戻ろうとして……その後も死んだ私のことなんてなかったことにすればよかったのに、首なんて差し出してきて、本当にどうしようもない人……」
苦笑する彼女は振り向き、ラッチモを見つめる。ラッチモは俯いて涙を流している。
「――――」
「嬉しかったわ、ラッチモ。そして悲しかった、あなたを愛していたから」
ラッチモは声を出せない。その喉から黒い液体が少しずつ漏れていた。
マリーはラッチモの頬を撫でて、再びこちらを向いた。
「ここは、泡沫の夢。女神様が私達に許してくれた奇跡です。私達の願いは叶いました。だから、どうか私達を終わらせてください」
マリーはゆっくりと頭を下げ、振り返り涙を流すラッチモを優しくその胸に抱き寄せる。
「はい、必ず」
そう言った。
その言葉を発した瞬間に、泡が弾けるように夢が終わった。
村人達は腐りはてた死体へ、ラッチモとマリーはデュラハンとワイトへと姿を変える。
デュラハンは鎧から黒い液体でできた肉塊がはみ出しのたうち回っている、ワイトは雨合羽のいたるところが裂けその隙間から人間の口が生えている。
「皆、出し惜しみは無しだ。全力で行くぞ!!」
「はい、ご主人様」
「マリーさん。大丈夫だよ、もうこんなこと繰り返させはしない!」
「もうひと踏ん張りだべな」
(レッツゴー)
「女神よこの老いぼれに力を貸し与えたまえ」
【呼吸】を意識し、集中力を高める。自分の無意識部分、血流や心臓の拍動すらもコントロールできるほどに意識を体の隅々まで渡らせる。
合掌、そして諸手を中段へ。その動きの最中ゾンビ達が群がり一つになり、巨大な犬の姿となった。
そのまま突進してくるが、糸へ絡め取られ転倒する。
「ガァルルルルル」
(マカセテ)
「【聖矢】こっちは我らで抑えましょう」
ゾンビ犬にトアが両の斧を叩きつけ、戦闘形態となったフクちゃんが飛び掛かり、牙を突き立てる。
バルさんが光の矢を呼び出し打ち出す。
あっちは任せて大丈夫そうだな。そしてルーティーンは終わった。
「ファス、叶さん」
「いつでも大丈夫です」
「私もいけるよ!」
真っ赤な絨毯を歩き教会の中心で、もはや人の姿すら保てなくなったラッチモと相対する。
ワイトは後ろでフワリと浮き上がり、無表情に僕等をみていた。
ラッチモが異形となった左手を振り下ろす。
踏み込み、懐へ。
「【魔氷杭】」
ファスの魔術が足元から発現しようとする。
僕はその魔力を【掴み】発動場所をずらす。
結果、氷の杭は僕の手から打ち出されるように出現し、ひび割れた鎧の隙間へ突き立てられる。
これが僕が【呼吸法】を意識することでできるようになったことの一つだ。
ファスと呼吸を合わせることで、魔術が発動するタイミングを読み取り、ギリギリの間合いで発動前の魔力を【掴む】ことで魔術そのものを自分の武器のように扱うことができる。
特訓で無茶苦茶な魔術に晒されながら、なんとか身を守るためにと破れかぶれに発動寸前の魔力に手を伸ばすと、【掴む】のスキルで干渉できることを発見したわけだ。
そしてこの技にはもう一つ上の段階がある。
前準備にファスの氷杭を鎧の中に差し込み、ラッチモを串刺しにする。
さぁ、新技だ。
「ファス! 叶さん!」
合図を飛ばすと二人から魔力の流れが足元に集まる。
「【魔氷杭】」
「【星兎】」
【呼吸法】により息を合わせ、二人の魔術を発動前に【掴み】混ぜ合わせる。
すると二つの性質を持った魔術が生まれる。ただし無理やりに魔術を変化させるからか、この方法で魔術を混ぜると異様に魔力を消費するらしく、調子にのって何回か練習しただけでファスと叶さんが魔力切れを起こしてしまった。
右手で地面から【魔氷杭】を掬い取り、左手で光が集まり形になろうとした【星兎】を誘導し、混ぜ合わせる。
「魔術合わせ【星氷槍】」
「オオオォオオオオオオ””」
聖属性の魔力を帯びた氷の槍を拳に乗せてラッチモの心臓の部分を射抜いた。
「【重力域】」
「【流星雫】」
さらに、【ふんばり】で壁を蹴り、教会の天井近くへ跳ぶ。
その場所で、重力を増す【重力域】と弾ける光弾である【流星雫】を合わせる。
「魔術合わせ【流星重撃】」
「オ”……オ”」
重さを持った、光弾をダンクシュートのように叩きつける。
巨大な肉塊とかした体の内側から光弾が炸裂し、ついにデュラハンが膝をついた。
「ハァ……ハァ……ファス、まだいけるか?」
「勿論です」
手刀を振りかぶりギースさんの剣の型に構える。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ファスが【息吹】を使い黒炎を吐き出す。
まともに当たれば爆発する黒炎を、ギリギリで【掴む】ことで手刀に乗せて振り下ろす。
加速した炎弾は、まるで猛禽類の爪ように弧を描く。
手刀が当たる瞬間、膝をついたラッチモにそれまで静観していたワイトが抱き着く。
「――――」
圧縮した時間のなかで彼女がラッチモに囁いた言葉が聞こえた気がした。
炎弾を纏った手刀はそのまま、二人に突き刺さり、爆発した。
【拳骨】が無ければ僕の腕も吹っ飛んでいただろう衝撃に吹っ飛ばされる。
「ご主人様!?」
「真也君、大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫。ラッチモは?」
前を見ると、黒い液体を吹き出していた鎧は跡形もなく吹き飛ばされており、大事そうに首をかき抱いたワイトが横たわっていた。
「旦那様、これを見るだ」
(ダンジョンノ、オワリ)
声の方を見ると、トアとフクちゃんとバルさんが相手をしていたゾンビ犬が倒れ、崩れている。
ここがダンジョンならダンジョンマスターである二人を倒したことで、ゾンビ犬も倒れたってことか。
「叶さん、浄化を」
「うん、任せて」
魔術合わせで魔力を消費し、かなり辛そうではあるが、強い意志を感じさせる表情で叶さんはワイトの前に立った。
「おやすみなさいラッチモさん、マリーさん。……女神様、二人がずっと、ずっと一緒にいられますように。そして眠りが二度と妨げられませんように……【星光清祓】」
ダンジョンマスターが倒されたからか、教会はボロボロと崩れていく、その崩壊のなか淡い青色の光が上に昇っていく。
叶さんは金属の護符を地面に置き、杖を叩きつけた。
護符はまるで飴細工のように細かく砕け、天へ上る光はその明るさを増していく。
明かりは、僕等共々教会全体を巻き込んで広がっていった。
――――――――
気が付くと、僕等は元居た山小屋の前に居た。
山小屋は崩れ、その残骸の前に小さな小箱が置いてある。
その小箱を開けると、星と雫の意匠が入ったペアの指輪が入っていた。
ダンジョンの唯一の宝であるその指輪は、月の明かりを受け、悲し気に輝きを放っていた。
はい、というわけでラッチモ戦が終わりました。想定よりかなり長くなってしまいました。
次回予告:聖女は絶対あきらめない。
ブックマーク&評価ありがとうございます。嬉しいです励みになります。
感想&ご指摘ありがとうございます。いつも助かっています。感想がきてますという通知を見るだけで嬉しい今日この頃です。






