第六十九話:VSラッチモ戦 前編
「いきますよ、ご主人様」
「思いっきりやってくれ」
まだ少し暗い明け方の空の下、頭から刺すように冷たい水を目いっぱい浴びる。汗でべたついた体が一気に締まる。
見上げた太陽が黄色に見えるほどに昨晩の行為は激しかった(ギルドマスターに彼女らが教わったことの一端を思い知りました)。だが不思議と疲労はなく、ほとんど寝てないにも関わらず体の調子はすこぶる良い。
「ふわぁ、普通に風呂に入ればいんでねぇか?」
(ヨウシキビー)
まだ眠いのかウトウトしながら、そう言うトアは部屋に備え付けてあった浴衣のような部屋着をかなり乱暴に着崩している。胸元もはだけていて一見だらしなさそうに見えそうだが、高身長切れ目の美人ということもあり遊女のように様になるあたり侮れない。
というか目に毒なのでちゃんと着てください。
「こうすると、気合が入るんだよ」
「そうなんですか、では私も」
浴衣のままにファスが素足で庭園に降り、頭上に水球を呼び出しそのまま落とす。
首を振って水滴を払い髪をかき上げる仕草に(ベリーショートほどの短さだが)なんか少しドキドキする。
「確かに、スッキリしますね。ほらトアもしましょう」
「そうだべな。ちょっとベタついてるからな」
(サクバンハ、オタノシミ、デシタネ)
ちょっと、拗ねた声が頭に響く。フクちゃんが天井からピョンと降ってきた。そのままトアの頭に乗る。
「次はフクちゃんも一緒ですよ」
「オラもある意味不完全燃焼だからな、ファスだけずるいべ」
(ガンバル)
なんだか針のムシロだ。フクちゃんも一緒ってなんだよ、じっと行為を見られるのだろうか? それは恥ずかしいな。
結局フクちゃんとトアも二人まとめて水球を浴びて気持ちを引き締めていた。
水浴びをした後は、身体を拭き動きやすいズボンとシャツを着る。
もはや習慣となった柔軟を皆でしていた所で扉が開いた。
「おはよう! ってやっぱり同じ部屋で寝てるんだ……」
元気に挨拶してきたのは叶さんだった。真っ白なローブを着て、水色の宝石がはめられた細身の杖を持っている。さらには金色の糸で刺繍の入った手袋に雫のような意匠のイヤリングまで付けてる。
どれも魔力を感じるし、高価な装備っぽいな。
「おはようございますカナエ。もちろんです、ご主人様とは毎晩一緒に寝ていますから」
ちょ、ファスさん!? なにゆえにちょっと頬を染めながらそんなことを言うんですかね!?
叶さんは怯んだように一歩下がる。
「くっ、ま、負けないよ! うぅ……でもやっぱりフードを脱いだファスさん綺麗すぎでしょ。リアルエルフとかずるくない?……」
「まぁ、落ち着くだよ。カナエも十分に可愛いべ、うんしょっと、旦那様背中押してほしいだ」
「えっ、あぁうん」
なんだか居たたまれなかったので、これ幸いと開脚をしているトアの後ろに回り背中を押す。
トアも大分曲がるようになったな。
ちょっと前まで全然曲がらなかったのに今では胸が地面につくほどに曲がるようになった。つまり地面に押し付けられた二つの鏡餅が背中越しでも見えるわけで……。
「……ま、まけ……ない」
「い、一番奴隷は私です!」
「群れの序列は守るべ」
(ボクニバンー)
なんか女性陣が敗北感と戦っていた。こういう時男はどう言えば正解なんだろうな、教えてくれ爺ちゃん。
胃が痛くなるようなストレッチが終わり(ついでに叶さんもちょっとだけ柔軟していた)、今日の予定を確認する。
「とりあえず、騎士さん達はここから一番近い町へ行って応援と合流するみたいだね。原因不明の体調不良を訴える人が多くて一度ちゃんとお医者さんに診てもらうために撤退するみたいだよ」
(スグニ、ナオルヨ)
さらっとフクちゃんがなんか言っているが、僕は聞こえてない。
「狙い通りとは行きませんでしたが、概ね計画通りです。ご主人様を侮辱した罰です」
「もう、隠す気ないよな!!」
「今更だべ」
どうやら(薄々気づいていたけど)騎士団達の不調はファスとフクちゃんの仕業のようだ、大方寝静まってから毒でも流していたのだろう。
僕等が尋問したナイスガイ君への怒りを騎士団全員に向けたらしい。
「ファス、やりすぎじゃないか?」
「ご主人様がそう言われるのであれば次からはもう少しやり方を考えます」
(コノテニカギル)
それこの方法しか知らない人のセリフだからねフクちゃん。まぁ動きやすくなったのは事実だし、いいか。
僕も大分毒されているな。
「アハハ、私としては少し複雑な気持ちだけど……それでね、私も一緒に帰るって話なんだけどバルさんが協力してくれて夜にはここに戻ってこれるから」
「騎士団の目があるってのに抜け出せるのか?」
「それは大丈夫かな? ほら私聖女だから馬車の中でお祈りしてるから邪魔しないでね、とか言えばだれも馬車に入ってこないだろうし、バルさんも教会の中ではそこそこ偉い人だからどうとでもなるよ」
「わかった。じゃあ夜にここで合流しよう。じゃあ叶さんのことは良いとして今晩アンデッド達が活発になるっていうなら宿は大丈夫かな?」
騎士団にはもし宿に何かあった時の為の防衛を押し付けるつもりだったので、当てが外れてしまった。
「ん、まかせてぇん」
「今度は見えていました」
再び扉が開かれ、自称女将こと筋肉モリモリマッチョマンが現れた。
「おはようだべ女将さん。朝飯の準備だべか」
「その準備をしようとしてたら気配を感じてね。朝早くから起きてると思ったら、今夜のことを話し合っていたのねぇん。この宿のことは大丈夫よぉ、叶ちゃんが作ってくれた聖水もあるし、そもそもここは精々ゴーストが数体くる程度だったから、私一人でも十分よ」
というか過剰戦力なような気がしてきた。なんならおっさん一人でラッチモ倒せるんじゃないか?
「誰がオッサンだあ゛ああああん?」
「すいませんっした!」
なんで心が読めるんだよ、これが元A級冒険者の実力か(乙女の勘では断じてない)。
「女将さんなら大丈夫だべな」
「私達はラッチモとワイトに集中すればよいでしょう。あの二人を倒し、バル神官の言う通りにカナエが儀式を壊せば悲劇は繰り返されません」
「色々複雑だったけど、やることは単純だな。ラッチモを倒せばいいってわけだ」
(ガンバル)
フクちゃんも気合十分だ。
準備運動も終わったし、軽く体を動かすか。
「トア、軽く組み手に付き合ってくれよ」
「了解だべ、裏の薪置き場が広くてちょうどいいべ」
「では私は、それを眺めながら瞑想をして魔力を練っておきます」
(イト、ハッテクル)
「私は馬車に戻るよ、じゃあ今晩ね」
簡潔に今晩のことを確認し、一旦叶さんと別れる。前もって準備をしていたのか騎士達は調子が悪いにもかかわらず、迅速に撤収していた。帰りがけに騎士団の連中がこちらをみて何かを言っていた。
トアは聞こえているようで耳をピクピクと動かしている。
「何言ってんだ?」
「くだらねぇことだべ、残念だけんどあいつらとの共闘は無理だべな」
内容はわからないが、トアが言うならくだらないことなんだろう。
さっさと旅館の裏へ行き、組手を始める。昨日とは違いゆったりと簡潔に体を動かすだけだ。
トアも体の動きを確認するように斧を振っている。取りと半身、踏み込み下がる。リズムと呼吸をトアと合わせる。うん、気持ちいい。ファスは毛皮の上に正座し瞑想をしている。
注意して魔力を感じると、周りの魔力が複雑に蠢いているのがわかる。牢屋にいたころからしていた魔力操作の練習だが、あのころとは比べ物にならない精度だ。
そんなことを思えるほどには緊張は解けたようだ、……やっぱり昨日の行為のせいだろうか? だとしたら我ながら現金なものだなぁ。
快調に身体を動かした後は、騎士団が残していった食料を使った昼食を楽しみ、温泉に入り、ファスと魔力操作の訓練をトアも交えて行った。
夕方には至る所に糸を張ってきたフクちゃんが帰って来たので、防具を装備し(ファスが着させてくれた)手甲をきつく締める。
空をみると、夕日と月が山を挟んで対面している。
「不備はありませんか、ご主人様?」
「ないよ、ファス達はどうだ?」
「問題ありません、カナエが祝福した聖水も持っています」
「オラも大丈夫だ。それにしても、綺麗な夕日と月だべな」
(ゼッケイゼッケイ)
夜が近づき月の輪郭がはっきりとしてくる。フクちゃんを頭に乗せていつもの決まり事を行う。
合掌、息を深く吸い、細く長く吐く。
「……じゃあ、行こうか!」
「はい!」
「うっし、行くべか」
(カツゾー)
「いってらっしゃねー、ご飯を作って待ってるわぁん」
女将の見送りを受け、旅館から出て山道へ向かう。
目的地はバルさんが教えてくれた。叶さんが襲われていた場所から近い少し開けた場所、そこに地脈溜まりがありそこが儀式の中心部となっているらしい。
夕日を押しのけ月が昇る。
昼間に準備していたフクちゃんの案内を受けながら山道を進むと、不意に開けた場所にでた。
そこにはボロボロの小さな小屋が建っていた。
木々に埋もれてしまうほどに小さな山小屋を改造したのだろう、綺麗なステンドグラスもパイプオルガンもない、しかし手作りの小さな星と雫の印その場所が教会であることを示していた。扉にウネウネとミミズがのたくったのような字で『ラッチモとマリーの教会』と書かれている。
「彼らの秘密基地だったのかな? それが偶然儀式の中心部と重なっていたのか」
「舞台としてはできすぎですね」
「笑えねぇべ」
(オモイデ、アッタノカナ?)
あったさ、だから儀式を行ったバルさんはこの場所に手を触れなかったのだろう。
不意に背後から酸っぱいような不快な匂いと共に気配を感じた。
「……ご主人様、予定よりかなり早いですが」
「あぁ、来たな」
「叶とバルさんはまだ来てねぇべな」
(サキニハジメヨウ)
まるで最初からそこにいたように首無し騎士と首を抱く女性が立っている。
デュラハンのひび割れた鎧の隙間からは絶えず黒い油のようなものが溢れており、ワイトが抱いている頭部の目からも黒い油が涙のように垂れている。感じる殺気は先日とは比べ物にならないほどに強い。
「なまじダメージを負ったばかりに、回復しようと淀んだ地脈の魔力を取り込んだようですね。ここ数日大人しくしていたのはそういった理由もあったのでしょう」
「彼等をほっとくとどうなる?」
「行動範囲を広げ多くの人を襲うでしょう」
「そうか、やっぱり止めなきゃな」
ゴーストが足元から現れ、名乗ることなく距離を詰めてきたデュラハンが錆びた大剣を振り下ろす。
ゴーストは無視し、大剣を正面から両手を交差させ受ける。この前よりさらに重い。
大剣を受けたために動きが止まった僕にゴーストがまとわりつき、すぐに聖水の水弾で射貫かれる。
手斧が後ろから投げられ、デュラハンが剣を回し弾く、その隙にハラワタ打ちの構えに入るが、ワイトが迫り絶叫、覚悟はしていたが不快感に足が止まる。お互いに距離をとって構えなおす。
「仕切り直しか」
「あの声は厄介ですね」
「旦那様、ゴースト以外の匂いもするべ」
(マワリニイッパイ)
「召喚術ですか、あのワイトのスキルですね」
ワイトの周りからできてきたのは、腐った犬に猪、鳥などの山の動物、そして……。
「ゾンビか」
地面から抜け出すように召喚された白骨に鎧から漏れている油がまとわりつき、肉が付けられる。腐った死体の風貌でかつての村人達が現れた。その数は二十から三十ほどだ。しかもまだ増えそうな感じすらする。
「ファス! 叶さんがいないが例の技で取り巻きを一気に片付けるぞ!」
「いえ、ご主人様。その必要はありません」
暗闇を切り裂くように尾を引いて光の兎達がゾンビに突進していく。
「お待たせ、もう始まってるの!?」
「いやはや、これは大事ですな」
カナエとバルさんが小清水達が乗っていた犬の頭を持つ馬に乗ってやってきた。すぐに光球が浮かび周囲を照らす。ありがたいこれで大分戦いやすいな。
「ア”ア【聖十字】」
ワイトが抱える頭部が宣言する。ラッチモが持つ大剣が淡い青色を帯び、光の兎を切り伏せていく。
おまけに【威圧】で存在感を増し周囲のアンデッドへの攻撃を牽制している。
「やっぱり防がれちゃうね」
「防がれてもいいから、ワイトとゾンビに攻撃を続けてくれ、ラッチモは僕が引き受ける」
そう言いきる前に光の飛ぶ斬撃が叶さんに飛んでくる。それを殴り砕きラッチモの前に立ち【威圧】する。
「どこ狙ってんだ、相手は僕だろうがぁ!!」
その言葉に乗っかるように、何重もの光の兎と聖水の水弾と、何体ものゴーストとゾンビが、対峙した僕等を中心に激突した。
遅れてすみません。一万字に迫りそうなので前後編に分けます。
後編は今週中には、遅くとも来週の日曜日までには投稿できると思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。
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