第六十七話:乙女の駆け引き
バルさんと協力してデュラハン(とワイト)討伐をすることになった翌日の早朝。
微かに白む空と少し冷やかな山の空気を吸い込みゆっくりと吐き出す。特訓二日目だ。
今日もファスと叶さん、女将とトアの組み合わせだ。トア達は旅館の仕事を一通り片付けるらしい。手伝いを申し出たが、笑顔で断られてしまった。フクちゃんは一人で特訓したいらしい。なんかファスが色々アドバイスしていた。うーん、なんか嫌な予感がするけど大丈夫だろうか?
アンデッドとの戦いでゴーストに毒と糸が通用しなかったことをわりと気にしていたみたいだし、思い詰めていなきゃいいけど。
ストレッチしながら、トアとフクちゃんのことを考えていると、準備が終わったのかファスと叶さんが寄ってきた。
「本当に回復しててびっくりだよ。真也君、今日はどうする?」
「どうするも何も、昨日と同じようにするつもりだけど? 叶さんとの連携とかもちゃんと形にしたいし」
練習ってのは繰り返さないとダメだしな、短期間で基礎能力を上げるのは難しいから連携や技量的な部分を鍛えたいと思ってる。まぁひたすら防御し続けるだけなんだけどね。
「そのことに関してですが、昨日の特訓の最後、ご主人様の動きが良くなる瞬間が何度かありました。カナエの補助を的確なタイミングで受けれる位置に移動したり、私の魔術を先読みして躱すなど、なんというか……噛み合っているというのでしょうか? そんな場面がありました。その動きを増やしていけばいいと思います」
なんかファスさんが難しいことを言ってきた。そりゃあ何時間も動き続ければ流れで何となく補助が来るタイミングや攻撃を受ける感覚ってのがわかるもんだ。
「あ、わかる。吉井君って、ここしかないってタイミングで動いてたよね、あれってどうやってるの?」
「なにって言われても、まぁ叶さんのかけ声とか感覚で、リズムというか息を合わせてるって感じかな」
「では私の攻撃は?」
「それも同じで、ファスと呼吸を読んでタイミングを計っているだけだよ。後はギースさんがやっていた【威圧】のフェイントの真似で攻撃を誘ったりとか……」
「「……」」
叶さんとファスが黙ってしまった。いや、特別なことじゃないと思う。爺ちゃんもよく僕との型稽古で後ろ取りや多人数の打ち込みなど見る前から流れで躱していたと思う。それ以前に昨日は死の間際 (マジで死ぬかと思った)で集中力が上がっていたし。
それでも昨日は結局捕まってボコボコにされ宿に運ばれたんだけどな。
「……確かにご主人様は相手に合わせて、動かれることが多いですがそれはあくまで対面した相手との白兵戦で、回避と受けを遠距離の魔術に対応して行うのは難度が違うと思います」
「そうだよ、昨日の最後の方なんてほとんど私達の方を視ずに動いていたし、ぶっちゃけ気味悪かったよ」
……それは、ほとんど意識が飛んでたからだと思う。
「……フム、てっきり自覚があったのかと思ったのですが、私が見た限りご主人様はこれまでの戦闘よりも確実に変わっているように見えました。もしかすると新しいスキルがでているのではないでしょうか?」
「マジか、ちょっと見てみるかな」
ファスがそう言うなら、新しいスキルが出ている可能性があるな。ちょっとワクワクしながら鑑定紙で確認してみる。
――――――――――――――――――――――――
名前:吉井 真也 (よしい しんや)
性別:男性 年齢:16
クラス▼
【拳士LV.36】
【愚道者LV.34】
スキル▼
【拳士】▼
【拳骨LV.35】【掴むLV.32】【ふんばりLV.32】
【呪拳(鈍麻)LV.18】【手刀LV.15】【威圧LV.10】
【愚道者】▼
【全武器装備不可LV.100】【耐性経験値増加LV.22】【クラス・スキル経験値増加LV.24】
【吸呪LV.32】【吸傷LV.27】【自己解呪LV.24】【自己快癒LV.30】
【呼吸法LV.15】
――――――――――――――――――――――――
……レベルは上がっているようだけど、特に目新しいスキルは無いようだ。威圧が順調にレベルアップしているのは素直に嬉しいです。
「特に変わったところはないみたいだぞ」
「そうでしたか……となると既存のスキルが関係しているのでしょうか? となると怪しいのは【呼吸法】ですね、持久力などが上がるようなスキルだと思っていたのですが、ご主人様は先ほども『息を合わせる』など呼吸を示唆するように言われておりましたし」
そういや【呼吸法】に関してはわからんままだったな、確かに単純に空気を吸って吐く以上に呼吸の意味は大きい、特に僕が学んだ武術では特に重要視されていた。『呼吸力』という言葉があるくらいだし、ファスの呪いを解くときも呼吸を意識して痛みに耐えていた。
だとすればこのスキルは、誰かと呼吸を合わせることで行動のタイミングを読み取るなど様々な意味合いを含んでいるかもしれない。
「特に意識してなかったけど、その可能性を考えて意識してみるよ」
「そうですね、では、今日も頑張りましょう」
「ファイ・トーだよ」
笑いかけてくるファスと杖を掲げる叶さん。
さぁ、今日も頑張るかね。
「ファス、昨日と同じ様には行かないぞ」
攻撃のタイミングは掴めてきた。昨日のような無様な真似は繰り返さん。
するとファスは笑みを深め、凛と翠眼の光を強める。
「もちろんですご主人様。昨日と『同じ』攻撃なんてしません。攻撃を誘われていたことがわかった以上私もそのつもりで仕掛けて行きます」
「っ! 【星光鱗】【星守歌】【星光癒】真也君、グットラック」
ファスからの魔力の高ぶりを感じ、叶さんにより防御を上げる光の鱗が体の周りをただよい、精神抵抗を上げる旋律が頭の中に響き、さらにはダメージを受ける前から回復呪文が飛んできた。
この判断の早さ、昨日の特訓の成果が如実に現れてるな。
そしてそれはファスも同じだということを、次の瞬間には思い知ることになったのだった。
一方その頃
トアと女将は日を追うごとに元気が無くなっていく騎士団達に、朝ご飯を出した後に旅館の掃除(主だった部分のみ)、昼食の下ごしらえ等をこなした後に宿のすぐ裏にある薪置き場へ来た。
薪を保管するために簡素な屋根が取り付けられ、ちょっとした物置に空間を作った感じだ。少し手狭だが飛び上がりでもしなければ屋根は邪魔にならないだろう。
「ここに来たってことは、斧で薪割りだべか」
「やーねぇ、そんなんじゃないわよ。お昼の準備もあるから、あんまり遠くに行くと帰ってくるのが手間でしょ、だからここで特訓よ」
まるで、手遊びでもするように滑らかに斧を抜きながら女将はトアに向き直る。
「もう貴方に教えることはないわ、後は実戦あるのみよぉ」
「いやいや、縦振りと横振りしか教わってねぇべ」
クネクネと体をしならせる女将にジト目でトアが突っ込みを入れる。事実彼女が女将から教わったのは単純な二種類の斧の振り方だけだった。
「そこが隠し味ね、トアちゃん。良い女に必要なのは駆け引きってことよ」
「……意味がわからねぇべ」
「そのうちわかるわ、さぁ、かかってらっしゃい。私からは仕掛けないから、トアちゃんが一本とれば特訓は完了よぉん」
「よくわかんねぇけど、女将が言うなら胸を借りるべ」
トントンと跳ね、踏み込みを感じさせず距離を潰し、トアは正面から斧を振り下ろす。
女将はそれを半身に躱し、両の手斧を横に振り、トアは斧を交差させ受ける。が勢いは止まらず後ろへ飛ばさせる。
「……現役でもまだいけるんでねぇか?」
「あら、あ・り・が・と♡」
トアは返答せずに突進、斧を立てる構えから右手の斧だけを横に倒す。左の斧は囮、爪先から生み出した力を腰で回す。女将から教わった全身の力を叩きつける身体操作、その応用だった。
鈍い音が響く、女将は一歩も動かず腰を切る動きだけ斧を振りトアを攻撃ごと弾き飛ばす。
やったことはトアのしていることと何ら変わりはない、ただそれをよりコンパクトに無駄なく行っただけ、しかし付け焼刃といえその技術の一端を使っていれば、それが途方もない積み重ねの果てに手に入れるものであるとトアは理解できた。
「なるほどなぁ」
「あら、何かわかったかしらぁん?」
「小手先の技じゃなく、基礎を固めろってことだべな」
トアはまたも突貫。満身の力を以って斧を振る。そして弾かれる。
何度か同じことを繰り返し、さらに膝蹴りを腹にくらう。
「がはっ」
「大外れよ。残念ね、このままじゃあ、坊やの足手まといのままねぇ」
「何だとっ! 【飛斧】だべっ!」
わかりやすい挑発。しかしそれはトアの持つ、いつかパーティから置いて行かれるのではないかという不安を刺激するには十分な言葉だった。
崩れ落ちそうになる体に喝を入れ、そのまま女将の足に下段切り。退き躱されたがその手を止めず、コマのように一回転その勢いのままに右手の斧を投げる。当然【飛斧】のスキルを乗せている。
真っすぐに飛ぶ斧はまるで小さな竜巻、だが女将は涼しい顔で迎撃する。
「【双斧重撃】」
踏み込みで地面が揺れるほどに、斧からの威力を風で感じるほどに、その一撃は凄まじかった。
挑発され、激昂した頭が冷水をかけられたかのように冷える。
本来なら一度や二度弾き飛ばされても相手を追い、切り裂くまで回転を止めない【飛斧】だったが、余りの威力に小石のように弾き飛ばされる。
「旦那様から貰った斧が!」
跳ねるように駆け寄り、斧を回収する。
斧には風を連想される文様に一筋の傷が入っていた。あの一撃で粉砕されなかったことが幸運だとも思えるが、それはトアにとって喰いしばる口から血がでるほどに悔しく、衝撃的なことだった。
戦闘奴隷として顔を傷つけられても、宿で馬車馬のように働されていたときも感じたことのない怒りが燃え上がる。それは女将にではなく、自分自身の無力さにだった。
かつての彼女なら仕方ないと諦めていただろう。しかし今の彼女は諦めるわけにはいかなかった、どうしても旦那様の役に立ちたかった。自分が弱くとも旦那様もファスもフクちゃんもきっと許してくれるだろう。あるいは、料理さえできればよいと思ってくれるかもしれない。
しかし、トア自身がそれを許せない。自分でも強欲だと思う、それでも旦那様の為に強い自分になりたかった。それは理性とは別の場所に眠っていた、獣のような本能。
「じっと斧を見つめて、どうしたのかしらぁん。もう諦める?」
「まさか……自分でも意外だべ、オラって静かにキレる質だったんだべな」
そう言いながらトアは熱せられた感情の中にぶれない芯を感じていた。驚くほどに頭が冴えている。
息を吐くと喉が鳴り、背筋が曲がり犬歯がむき出しになる。
木の葉が空気を切る音でさえ聞こえるほどに心を研ぎ澄ます。
(どれだけ、力を込めようが今のオラじゃあ、弾かれるのが落ちだべ。相手は格上、だけんども諦めねぇ)
「良い顔じゃない、来なさい」
「ガァルルルル!!」
トアは高く跳び上がり、両腕の斧を振りかぶる。
「力任せじゃあ、話にならないわ」
「わかってるべ」
怒りの表情を引っ込め、ニヤリと笑うトア。その斧は屋根の骨組みに左腕の斧を叩きこむ、軌道を変え女将の後ろへと着地。
「なるほどねぇ!」
飛び散る破片を払いながら、トアに向きなおる。
すぐに来るであろう一撃に備え女将は斧を構えるが、トアの右手に斧が無いことに気付き顔色を変える。
「しまっ」
女将の頭上から屋根をぶち破り【飛斧】によって威力を増した斧が降ってくる。
トアは屋根を斧で叩き軌道を変える時に、すでに片方の斧を【飛斧】で飛ばしていた。
重力を受け勢いの増した斧を受け止め弾き飛ばすが、その隙を逃すトアではなかった。上の【飛斧】に対して昨日斧が握れなくなるほどに練習した全力の横振り、しかもより下へと狙いをつけた足を切り飛ばす一撃。
女将はその攻撃を防ごうと斧を下に持っていくが、万全の体勢ではなく弾き飛ばされる。
「一本だべな」
「……上下の挟撃、お見事よ」
二人は一息つき、休憩しつつ用意した水筒から水を飲む。
「どうトアちゃん、あたしの言いたいことわかった?」
「なんとなくわかったべ、要は料理と同じだべな。ないものにとらわれず、あるもの使って上手ぇもん作りゃあいいってことだべ」
バチンと女将がウィンクを返す。
「そういうこと、大事なのは工夫よ。あたしが教えたのは技じゃなくて体の使い方だけ、後は好きにしなさい。あの坊やは型にはめたほうがやりやすそうだけど、トアちゃんは自由にやるほうが合ってそうだものね」
「旦那様は、変な所頑固だからなぁ」
「男ってそういうものよ。あぁそういえば、斧のことゴメンなさいね。大丈夫だった?」
「傷が入っただけだべ、また生産ギルドへでも行って直してもらえばいいだ」
もう一度、傷の度合いを見ようと斧を取り出すがその斧には傷一つついていない。
「ありゃ、直ってるべ」
「……稀に自己修復できる武器があるって聞いたことあるけど、もしその斧がそうならとんでもない業物ね」
「旦那様はダンジョントレジャーって言ってたけんど……」
「つくづく面白い坊やねぇ」
その後、斧の素振りと戦い方を簡潔に教わったあと、昼食を作りに旅館へ戻ると。
「と、トア助けてくれ」
涙目になりながら両肩にファスと叶を抱えた、吉井に合流した。
「どうしたんだべ旦那様」
「いや、呼吸を意識したら面白いことができて、楽しくなって色々試したらファスと叶さんが倒れて――」
「あ、あの技は使えますよご主人様……ガクッ」
「……魔力が切れるとこうなるんだねー、恥ずかしいけど、せ、せめてお姫様だっこがよかっ……た」
「叶さん! ファスぅうううううううう!」
また、旦那様がよくわからんことをしてしまったらしい。午後からは旦那様の方に合流しようか、と考えながらトアは踵を返す。
「トア、置いて行かないでくれ!」
「いや、二人とも幸せそうだべ」
実を言うと自分も抱きかかえて欲しかったりするが、まぁ今度の機会でいいだろう。
あたふたする吉井を見て笑いながら、トアは腕をまくりをして昼食を作りに厨房へ向かっていった。
更新遅れて申し訳ありませんでした。GWがもらえれば進めたかったのですが……。
結局ラッチモ戦まで進めませんでした。トアを書くのが楽しかったんです。
次回予告:VSラッチモ戦と吉井君の新技!?です。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。
感想&ご指摘いつも助かっています。更新頑張ります。






