第六十四話:暖かくて
僕の返答を受けファスが頷き、誰もが口を閉ざした。
教会はこの村を意図的にアンデッドが発生できる状態にすることで【聖騎士】になる為の教会騎士たちの経験値の場にしたってことか。
あるいは、本当に事故で滅びた村を訓練場として使っていたとか? どっちにしてもあまりよい気はしない。
重々しい空気を押しのけてファスが口を開く。
「推測でしかありませんが、教会がこの村が滅びた理由に関わり利用していた可能性はあると思います」
「敬虔な宗教騎士が首を差し出すほどのことがあったってことだもんな。といってもファスの言う通り推測でしかないけどな」
「そうだね。確かにこれ以上ここで考えても堂々巡りかも、他に情報を持っているとしたらやっぱりバルさんかなぁ」
「誰だべ?」
トアが耳をピクピク動かしながら質問する。
「ほら、宿で休んでいるお爺さんだよ。結構偉い人みたいで私に白星教のことを色々教えてくれるの」
「あぁ、昨日助けを呼びに来た人か、でも確かあの人信仰心が強いから教会の不利になることは喋らないんじゃなかったっけ?」
「それならご主人様、私が尋問してみましょうか?」
「……それはやめような」
なんだか最近ファスさんが過激です。いや割と最初から過激だったかもしれん。
ともかくこれ以上ここにいてもしょうがないので、気絶しているルイス君を担いで、宿への帰路につく。
なんとなく全容は見えてきたが肝心の部分がわからない。もやもやした気持ちを抱えながら、宿へ戻りとりあえず道で気絶していたと女将に説明してルイス君を広間に戻しておいた。
広間ではすでに何人かの騎士がちょうど目を覚ましたようで、叶さんを見て身だしなみを整えていた。
そして件のバルという老人も気が付いていたようで、僕等を見つけると歩み寄ってきた。
着替えたのか、昨日見たボロボロの服ではなくゆったりとした綺麗な祭服だった。
「おぉ、聖女様。ご無事だとは女将から聞いておりましたが姿をみることができて、一安心しました。さきほどルイスが聖女様を探しに飛び出したのですが……」
「え、えと、ルイスさんならやっぱりケガが酷いようで、道に倒れていたのを見つけてしん……冒険者の彼に運んでもらいました」
しどろもどろになりながら叶さんが何とかごまかす(誤魔化せてないかも)。バルさんはこっちを見て大仰に礼をした。
「おぉ、貴方は昨日の冒険者様ではないですか。女将から聞きましたぞ、我らを助けていただき感謝いたします。私共だけではあの首無し騎士を退けるどころか聖女様を守り切れなかったやもしれません」
「いえ、困ったときはお互い様ですから」
「なんと謙虚な! お若いのに立派でいらっしゃる。失礼ですが生まれを聞いても?」
へっ? う、生まれ!? どうしよう。一応転移者としては死んだことになってるし日本とは答えられないよな。叶さんと同じ日本人顔で黒髪だし、もしかしたら転移者じゃないかとカマかけられているのだろうか?
ファスにアイコンタクトで助けを求める。ファスは微かに頷き前へ出た。
「神官様。ご主人様は生まれを言うことができません、どうかお許しください」
「……なるほどそうでしたか、いや、これは失礼なことを聞いてしまいましたな。年を取るとどうも詮索癖がついていかんですな」
どういうやり取りなのかわからないけど、なんか話がついたっぽい。
後でファスに聞いた話だけど、この世界では貴族の中には後継ぎ争いを回避するために子供を家から放出することがあるのだという。そういった子は家の名を名乗ることを許されない代わりに、運が良ければ従者を宛てがわれて偽名で騎士になったり、学校へ行き商人などになるのだとか。
つまり僕は適当な田舎貴族の妾の子とかそういう感じで、何か訳ありだという含みをファスは持たせたようだ。
ともかく、ここは話を変えるが吉だ。ついでにラッチモについて何か知っているか反応を見てみるか。
「お気になさらないでください。ところで件の首無し騎士は強敵でした、一体どういう存在なのか知りませんか? ワイトを守っていたようにも見えました」
「……私にはわかりませんな。教会からは凶悪な魔物が現れたので聖女様と共に討伐するよう命を受けただけですから」
バルさんの表情も変わらず、おかしなところは見られない。
「あの首無し騎士は【聖騎士】のスキルを使っていたように思えます。何か心当たりはありませんか?」
バルさんの目線が揺れ、ピクリと眉も動き腕を胸に当てた。しかし叶さんを見てすぐに視線を僕に戻す。
「あの首無し騎士が生前、教会の騎士であった可能性があるかもしれないとは事前の情報で知っておりました。悲しいことです……」
ダメだな。何か知ってそうだけど駆け引きは得意じゃないし、これ以上は叶さんに迷惑が掛かる。
「そうですか、昨日の今日でまだお疲れでしょう。ゆっくり休んでください。僕等はワイト討伐の依頼を受けているので、ワイトや首無し騎士についてもう少し調べてみようと思います」
「そうですか、ではお言葉に甘えて。少し休ませてもらいます、今日はまだ女神様への祈りも捧げておりませんですしな、では聖女様失礼いたします」
「はい、私もこの人たちとワイトと騎士について調べます。辛いなら回復魔法をかけなおしましょうか?」
「いえ、私も神官の端くれでございます。魔法なら自前で用意できますからな」
深く礼をしてバルという老人は広間の隅に戻り、おそらくは女神へ祈りを捧げ始めた。
やっぱり何もわからなかったな。とりあえず、部屋に戻ろうとすると後ろでファスとトアが目配せをしていた。なんだ?
とりあえず部屋へ戻るとさっそくトアが口を開く。
「ファス、気づいたべか?」
「えぇ、流石ご主人様です」
なんのこっちゃ?
「旦那様が【聖騎士】と言った時、胸のあたりを押さえてたべ」
「祭服なので分かりにくかったですがかすかに服が盛り上がってました。何かを隠しているのでしょう。ご主人様の巧みな話術によって反応してしまったようですね」
「というわけで、オラがフクちゃんにそれをとってくるようにお願いしただ」
……全然意識してなかったけどな、ちなみに隣を見ると叶さんが僕を見て目を輝かせている。
「真也君、すごいね。探偵みたいだよ」
「いやいやいやいや、何にも考えてないから! しかし、フクちゃん大丈夫かな?」
(ダイジョブ)
ドサッと上からフクちゃんが落ちてきた。少し大きくした体に小さな手帳を巻き付けてある。
(ミッション、コンプリート)
サクッと盗ってきたらしい。フクちゃん……恐ろしい子。
フクちゃんから手帳を受け取り、開いてみる。何枚か紙が挟まっているが、メモのようだ。
走り書きが多く読みづらい。
転移者のチートで文字を読むことはできるが、崩した文字は中々にわかりづらいのでファスにお願いして読んでもらう。
「……ラッチモが使っていた手記のようですね。間に何枚か古い紙も挟まっています。紙は、何かの指示のようですが恐らく暗号なので読むことはできませんね。メモは最初の方は、稽古の予定など取り留めのない内容ですが、どうやら後半は違うようです。『上級司祭様の指示書を見つけた、信じられない内容だ。司祭様は自身の陣営の騎士達を聖騎士にするために、地脈による浄化を止めてアンデッドを生み出している』……『過去に何度も行っているようだ。調べる必要がある』……『あぁそんな、女神よ……』このページに暗号で書かれた指示の内容が解読された状態で書かれていますね。……『指示-01から06まで手順に従い村を魔物に襲わせるべし、再利用できるよう留意すること―優秀な騎士が位を捨てて故郷へ帰ることを許すわけにはいかない、幸い件の村は良い立地だ。女神様の加護だろう』とあります。……最後のページです『私は教会の言う通り死人になった彼女を殺した。それが彼女を救う唯一の方法だと教えを受けたからだ。だがそれは違った。あぁ女神よ私を憎みたまえ、私も貴方を憎みます。私の愛した人々はこれから新たに召喚されるであろう【聖女】と穢れた騎士達の為に再び辱められようとしています。女神よ私はそれを見過ごすわけにはいかない。もう何もかも遅すぎだということはわかっています、それでも私は自分を許せない。ごめん、ごめん、愛していた』……以上です」
……村がなくなったと知らされた時、アンデッドになった故郷の人々を倒した時、それからも必死に戦い続け【聖騎士】になり、それが全部誰かの私欲の為だったと知った時、ラッチモは一体どんな気持ちだったのだろうか?
わかるわけがない、でも何となくは想像がつく、許せなかったのだろうと思う。
何よりも自分自身が許せなかったんだ。
あの首無し騎士はかつて自分ができなかった。愛する人を守りたいという願いを歪な形で叶え 成就し?たのだ。
僕はそんなラッチモに対してどうする? どうしたい?
隣で泣いている叶さんの方を向く。
「叶さん。聞きたいことがあるんだけど」
「グスッ、ズビッ、何?」
「叶さんなら、再利用なんてそんなことをさせないように、完璧に成仏させてあげることはできる?」
叶さんは袖で涙と鼻水を拭い、杖を握りしめて宣言した。
「できる! いえ、やるわ! 絶対に!」
「ご主人様、よろしいのですか? ワイトを倒すということはラッチモの意志を無視するのでは?」
「かもしれない。だからこれは僕のエゴだ。例えラッチモが今の状況を望んでいるとしても、僕は……それは悲しすぎると思う。ラッチモに憎まれてもいい。それでも僕は……止めなきゃダメだと思う。あの二人は安らかに眠るべきだ」
ファスが僕の頬に手を伸ばし、優しく撫でる。
「でしたら、私も一緒に憎まれます。貴方の痛みは私の痛みです。貴方の悲しみは私の悲しみです。どうか一人で抱え込まないでください」
「オラのことも忘れねぇで欲しいべ。こう見えて、何かを背負うのは得意だべ」
(マスター、ダイジョブ、ミンナ、イッショ)
トアとフクちゃんも体を寄せてくれる。
触れ合った部分から熱が伝わってくる。それはただひたすらに温かくて、だからその温かさをもう感じ取れないラッチモのことを思うと悲しかった。
最初からバルさんのメモとればルイス君があんな目に合わずに済んだのに……。遅くなってすみませんでした。
次回予告:対デュラハンの特訓!!
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