第六十話:首無し騎士
「なんでここに吉井君が!?」
鎧の魔物を視界に収めつつ、横目で桜木さんを見てみる。
目立ったケガはなさそうだが肩で息をし、高そうなローブはあちこち破け、魔力の補充にポーションでも飲んだのか試験管が数本転がっている。
本当にギリギリだったようだ。桜木さんの後ろでは鎧の上から星と雫? のマークの入ったローブを纏った騎士と思われる男が数人呻き声を上げている。観察する余裕はないけど重症そうだ。
周囲にも倒れている人間がいる。激戦を物語るように周囲の木々の数本はへし折られていた。
「とりあえず、あの鎧は引き付けるから後ろの人に治療をしてくれ」
「だめだよ、あの騎士のアンデッドは普通じゃないの。それにワイトも厄介で……」
その言葉に応えるように、ゆらりと騎士の背後に雨合羽のような上着を着てフードをした小柄な人影が見える。どうやら何かを抱えているようだ。
というかこの騎士、首無いのか。
「……首無し騎士か、そんでワイトもいると……まさにモンスターって感じだな」
「吉井君、結界を張るから下がって! あのアンデッド、聖職のスキルが効かないの!」
切羽詰まったように叫ぶ桜木さんの声は震えていた。それでも僕を守ろうとしていることに驚く、負けてられないな。
鎧の騎士が大剣を構えなおす。相対するだけ温泉で火照っていた体が冷水を浴びせられたように引き締まる。
殺気といえばよいのか、少なくとも強い情念を感じる。あぁ、こいつ絶対強いや。
「フクちゃん!! 行くぞ!!」
(コロス!!)
背中で聞こえる桜木さんの制止を振り切り【ふんばり】から『く』の字を書くように、接近し左鉤突きから入る。
剣身で止められるが、それは構わない。
そのまま大剣を【掴む】で固定、【ふんばり】も使い全力でデュラハンの動きを止めると、すぐにフクちゃんが糸を巻き付ける。
【掴む】を解除し、糸に絡まったデュラハンの後ろにいるワイトへ抜き手を入れようとすると、攻撃へ入る前にデュラハンの存在感が増す。
意識が引き寄せられ、ワイトへ攻撃ができない。
「【威圧】使えんのかよ!!」
悪態が漏れる。このデカブツを何とかしないと、ワイトへは碌な攻撃ができそうにない。
デュラハンは剣で糸を切り払い再び構えなおす。
(ムゥ、ツヨイ)
「フクちゃん! 連携して騎士から叩くぞ」
デュラハンに向き直り、構える。
「吉井君! ワイトが横に!」
桜木さんの声が響く。
「へっ?」
それは完全に不意打ちだった。注意を切ったワイトが僕のすぐ横に立っていた。
雨合羽のその下の顔とその手に抱えていたものが月光に照らされる。ワイトの顔はごく普通の、ソバカスの女性だった。そしてその手には壮齢の男性の生首が抱えられている。
その光景に言葉を失う僕をワイトは見つめ、次の瞬間、女性の顔がニタァと歪な笑みを浮かべ、顎が外れるほど大きく口が開かれた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
絶叫。まるで頭の中でガラスが引っかかれたかのような音を至近距離で浴びる。
たまらず、のたうち回る。それはただの音ではなく、心を直接かきむしってくるような痛みを伴っていた。
(マスター! ムギュウ……)
僕を心配したフクちゃんがデュラハンに捕まれ、地面に叩きつけられた。
「吉井君!【星解呪】」
桜木さんが持つ杖から放たれた蛍の群れのような光の粒が僕に当たると、頭の痛みが薄れ意識がしっかりしてきた。
立ち上がり、ワイトとデュラハンから距離をとる。フクちゃんもこっちへ戻ってきた。ダメージはありそうだがまだ戦えそうだ。
二体の魔物は寄り添うように立っている。
「フクちゃん大丈夫か?」
(ダイジョブ)
「吉井君こそ大丈夫? 意識はある?」
桜木さんが近寄って確認してきた。カッコ悪い所をまた見られてしまった。
「大丈夫大丈夫、回復ありがとう。あれはやばいな。まだ頭がガンガンするよ」
「……立てるだけすごいよ、あの攻撃だけならまだ私達だけでなんとかなったんだけど……見ててね【星矢】」
桜木さんの周りに光の玉が浮かんだかと思うと、すぐに矢となってワイトへと向かっていく。
がデュラハンが事も無げに剣で防ぎさらに大上段へ剣を構えなおした。
「デュラハンもアンデッドだから私のスキルは相性がいいはずなのに、まったく通用しないどころか……吉井君下がって!!」
ワイトが抱えている生首の口が開き宣言する。
「……アァ”【聖空刃】」
その言葉と同時に振り下ろされた大剣から桜木さんのスキルと同じような光を纏った飛ぶ斬撃が放たれた。
「【星光壁】」
杖を両手で持った桜木さんの声が響き、光の粒が集まり壁を作る。
斬撃と壁がぶつかり拮抗するが、斬撃が徐々に壁に食い込んでくる。
「……もう、魔力が……吉井君……逃げて……」
必死に逃げろという桜木さんの前に出て、壁ごと斬撃を殴りつける。
重い、ギースさんの【空刃】よりもさらに重いかもしれない。だけど――
「逃げられるかよ!!」
力まかせに拳を振り抜き、結界ごと斬撃を砕く。光が飛び散り周囲を照らす。
桜木さんは今のスキルで完全に力を使い果たしたらしく、へたり込んでいる。
肩で息をしながら、こっちを見る。
「吉井君は弱いクラスなんでしょ、私は大丈夫だから」
「少しは……」
「えっ?」
「少しは強くなれたと思うんだ。見ていて欲しい」
返事は聞かずそのまま前へ出て【威圧】を強める。桜木さんはもう自力で身を守るのは難しそうなので守らなきゃな。
僕の【威圧】に呼応するように、デュラハンが距離を詰めてくる。
すぐにフクちゃんが対応し飛び掛かる。敵は大剣で薙ぎ払おうとするが、フクちゃんはすでに張っていた糸を使い空中で方向転換し躱す。
(マスター、イマダヨ)
派手に空ぶったデュラハンのその隙に懐に飛び込み、勢いのまま【ハラワタ打ち】を入れる。
手ごたえは十分、鎧のその下にあった何かを掴み引き千切る感触が腕から伝わる。
「ア”アアアアアアアアアアアア」
ワイトの腕の生首が苦悶の声を上げる。
そのまま追撃しようとするが、ワイトが迫りまた口を開く。
「させないっ!【星兎】」
そのワイトに向かって、光でできた兎が体当たりをし絶叫を止める。
「これで……本当に空っぽだよ……」
そういって桜木さんは倒れた。あの状態から援護するなんて、本当に大したもんだ。
この好機を逃すわけにはいかない!!
もう一発【ハラワタ打ち】を入れようと構える。
(マスター、アブナイ)
がフクちゃんの警告、頭上に魔力と悪寒を感じ、反射的に横っ飛び。
僕が立っていた場所に半透明の人影が数体群がるように振ってきた。
見るとワイトの周囲から次々にゴーストが出てきている。あいつが呼び出しているのか。
「新手か、きついな」
(マスター、コイツラ、サワレナイ)
新たに襲ってきたゴーストたちはフクちゃんの糸をすり抜けることができるようだ。聖水があればなんとかなったのかもしれないが。
さらに、デュラハンが体勢を立て直し、ワイトからも魔力の強まりを感じる。
「まぁ、僕等はだいたいこんな感じだよな」
(マケナイ!)
キツイ状況だが、それでも集中は切らさない。強がりの笑みを浮かべ両の手を中段に置き半身に構える。
フクちゃんの闘志もいささかも鈍ってはいないようだ。頼もしいかぎりフクちゃん……頼りになる子。
先に動いたのはゴースト達だった。向かってくるゴースト達に拳を見舞うが感触は無い。
やはり物理攻撃は効かないようだ。すぐに三体四体とゴーストが身体に群がってくる。
全身から熱が奪われるような、思考が鈍くなっていくような感覚に襲われる。これがゴーストの攻撃か、なかなかにいやらしい。
ん? 待てよ。鈍くなる? ものは試しだ。【呪拳:鈍麻】を発動させまとわりついてくるゴースト達を殴ると、今度は感触があった。発動させたスキルによっては攻撃が効くのか。
さらに【手刀】を発動し切りつけると今度も手ごたえがあった。まるで霧のようにゴースト達が霧散していく、しかしゴースト達は次々に湧いて出てくる。フクちゃんはゴースト達に対する攻撃手段がないようで、後手に回っているようだ。
「フクちゃん、一旦僕に飛び乗れ」
(クヤシイ……)
小さくなったフクちゃんを回収し【手刀】でゴーストを切り伏せていく、ゴーストは単純なようで【威圧】に面白いように反応し寄ってくる。
が、問題は数だ。次々に出てくるし、この隙をデュラハンが逃すはずがない。
ダメージからは回復したのか、デュラハンがまた切りかかってくる。
フクちゃんも援護をしてくれるが、ゴーストが邪魔して思うように動けないようだ。
デュラハンをかいくぐってワイトがゴーストを呼ぶのを止めないと、どうしようもないぞ。
徐々に追い詰められていく、その焦りのせいで大剣を捌きそこねてしまった。
なんとか躱そうと身を捻ると、地面から氷の杭が飛び出し、デュラハンを弾き飛ばした。
さらに、水滴を散らしながら手斧が周りのゴーストを切り刻んでいく。
「遅くなりました、ご主人様」
「聖水の瓶だべ、籠手にかけるだ。効果は短いけどアンデッドに強い効果があるだよ」
「助かったよ、二人とも」
聖水の入った瓶をキャッチする。ファスとトアが来てくれようだ。
「わわ、倒したそばから生えてくるべ」
「なら根こそぎいただきましょう【生命吸収】」
周囲をファスの魔力が塗りつぶす。ゴースト達は近寄ったそばからファスに命(ゴーストにあるのかどうか微妙だが)を吸い取られていく。このスキルは生気を吸収するスキルらしいが、生きている相手に対しては弱らせなければ効果が薄い反面、ゴーレムのような擬似生命の存在に対しては一瞬で命を吸い取りきることができるという。なんとも扱いづらいスキルだとファスに聞いたことがあるが(ファスはアマウさんからいろいろ聞いたらしい)ゴーストには効くのか。
「さて、仕切り直しだな」
「あれがワイトですね、手に持っているのはあの騎士の首ですか、聖水を直接かけてやりましょう」
「暗くてよく見えねぇけんど、死体の臭いだべな」
(アイツラ、イナケレバ、ボクノデバン)
ゴーストがいなくなったことで動きやすくなったのかフクちゃんが飛び出して、小さな蜘蛛から戦闘形態になる。
形勢が逆転したのを悟ったのか、ファスに飛ばされたデュラハンはワイトの元へ戻りこちらに向き直っている。
その鎧は大きくひび割れ、ダメージは深そうだ。
「アァア””【聖光乱脈】」
こちらが攻撃する前にデュラハンが地面に剣を突き刺し、魔力を流した。
地面のあちこちから光の柱が噴き出る。魔力を読んで回避するが、デュラハンへは近づけない。
「チッ【魔水弾】」
ファスが光の柱を躱しながら聖水を弾丸にして飛ばすが、デュラハンが受け止め、すぐにワイトと一緒に溶けるように消えていった。
「逃げたのか?」
「そのようです。今のスキルは聖騎士のスキルのようでしたが。なぜアンデッドがあのスキルを使っていたのでしょうか?」
「それよりもまずは……この人たちをどうにかするべ」
「……そうだな」
周囲に倒れている白星教会の面々を見ながらトアが嘆息しながら言った。
その後、倒れた人たちを宿へ運び終わったのは明け方近くだった。
更新遅れたうえに、またもや予告まで進めなくて申し訳ありませんでした。
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