第五十八話:異世界温泉宿
冒険者の朝は早い、いや言ってみただけだけどね。
今日は僕よりもファスとフクちゃんの方が早く起きていたらしく、ファスはすでに着替えをすませていた。
爆睡しているトアを起こし、皆で柔軟と簡単なランニングをして、冒険者ギルドへ向かう。
朝のギルドは良い依頼を取ろうとする冒険者達でにぎわっており、なんだか魚河岸みたいだ。
受付へ向かい順番が来るといつも通りアマウさんが応対してくれた。
「おはようございます~。ヨシイさん、ワイト討伐の依頼ですねー?」
「おはようございます。アマウさん。えぇ、ちなみにその依頼Eランクの僕らでも受けれるんですか?」
確かゴブリンとか低級の討伐依頼しか、まだ受けられないはずだ。また討伐報酬無しかな? それでも別にいいが。
「大丈夫ですよ~。本来ならCランク相当の討伐依頼ですけど、こちらから特別にお願いしているわけですし、正式に受けれるようにします。その為の書類も夜なべして作っておきました~」
「では、私が記入しますね」
ファスがサラサラと書類に記入していく。手続きはトントン拍子に進み、ワイト討伐の依頼を受注することができた。
「……はい、これで全部ですね~。ファスさんの字は綺麗なので助かりますねー。ところで皆さんはどうやって旅館まで行く予定ですか?」
そりゃあ、……あれ? 足のことは考えてなかったな。馬の脚でだいたい二日だっけ?
「行商に話しつけて、近くまでは乗っけてもらおうと思ってただ」
トアの発言にファスもうなづいている。どうやら二人の間で計画は出来ていたらしい。トアが加入してからなんだか手回しが早くなってる気がするな。
「フフ~、そんなことだろうと思っていましたよ。なんとこっちで足を用意しましたー」
「レンタルの馬車だべか?」
「そうです。しかも無料ですよー。どうです? すごいでしょう? ちょっと暴れ馬ですがその分足は速いですよ~」
褒めてオーラを全開にしてアマウさんが胸を張る。無性に頭を撫でたくなるのでやめてください。
「そりゃあ、助かるべ。でもすまねぇ旦那様。オラずっと宿で暮らしていたから馬の操り方なんてしらねぇべ」
「気にするなトア、というか僕も無理ですね。結局ギースさんから習わずじまいでしたし」
「私もできません。馬が乗れるということになるとは思いもしませんでしたし」
場が一瞬凍りつく。アマウさんがなんかプルプル震え始めたぞ。
「え、えと、じゃあ私が一生懸命頼んでやっと確保した馬車は……」
なんか涙目になりながら小声で言い始めたぞ。どうしよう。
ええい、ままよ。こうなりゃヤケクソだ。当たって砕けてみよう
「と、とりあえず。簡単な操作だけ教えてもらえればできるようになるかもしれませんし、一度見せてもらってもよいでしょうか?」
「そ、そうですね。もしかしたら簡単に乗れるようになるかもしれませんし」
「せっかく用意してくれたんだしな」
いたたまれなくなり提案し、とりあえず用意された馬車まで案内された。
「……いやぁ、これは、なんていうか」
「なんでこの馬車が残っているかわかった気がします」
前に乗った貴族の竜車ほどではないが、僕らが使うには十分な大きさ幌馬車の前に繋がれた馬を見て立ちすくむ。いや、だってこの馬。
(スゴク……オオキイデス)
鼻息を荒くして「やんのか、あ”あぁん」みたいな目でこっちを見てくるその馬は。僕が仮に馬術を習っていたとしてもこの子は操れない自信がある。
黒〇号って名前が付きそうなほどに大きな馬が繋がれていた。ちょっと小さな象くらいあるんじゃね?
「……や、やっぱり駄目ですよね、ライノスさんとか一部の冒険者には好評なんですが~」
「流石にこれは僕らには――」
ベチャッ
「わぁヨシイさーん、大丈夫ですか?」
「ご主人様!?」
……顔に唾をかけられてしまった。鼻で笑い「小僧が俺に乗れるとでも?」というような視線が馬から飛んでくる。
ここはおとなしく退散したほうが良さそうだ。トアが渡してくれた布で顔を拭きながら下がろうとするとファス達が一歩前に出た。
「……さて、どうしてくれましょうか?」
(バサシニ、シヨウ)
青筋を浮かべたファスは【恐怖】を発動させている、馬がその迫力に一歩下がると、すでに飛び移っていたフクちゃんが巨蜘蛛となり首筋に牙を置き、寸止めをしている。
「ヒ、ヒヒ~ン!?」
「【魔氷杭】」
体を捩って払い落そうと動き始めたその時には、氷の杭が飛び出し馬の自由を奪っていた。
絶妙な角度で刺さるか刺さらないかのギリギリで飛び出る杭と、完全にマウントをとっているフクちゃんの恐怖を受け、ほどなくして馬は泡吹いて失禁しながら気絶した。
「……ヨシイさん?」
「はい、なんでしょうアマウさん」
その光景を見ながらアマウさんと会話する。ちなみにトアはそうそうに温泉宿近くまで乗っけてくれるよう商人と交渉するため出て行った。
「なんといいますか。ファスさん、この前の模擬戦とは魔力の練りが全然違うというか、すでに私では逆立ちしても勝てない魔力量と精度なのですが……」
いつものように語尾を伸ばすことなくアマウさんがどん引きしながら聞いてくる。
うん、僕も逃げ出したいです。
「ファスはこの町に来てから魔術師になったので、アマウさんと模擬戦したときは、レベルがかなり低かったんですよ。なんかゴブリンを狩りまくって行くうちにレベルが上がって『やっと魔術師として戦えるようになってきました』とか言ってましたね」
レベルアップにより、元々多かった魔力量が飛躍的に伸びたらしく。新しい技をゴブリン相手に実験しまくり、魔力切れで中断することがなくなった魔力のコントロールの鍛練をずっとしているしな。
まぁ僕も常に負荷をかけながら戦闘してたけど。
「明らかに普通の魔術師を置き去りにしているんですけど!! 私、二度とファスさんとは戦いませんよ!!……それで、あの蜘蛛ちゃんはいったい? 動きが速すぎてほとんど見えませんでした~」
「あぁ、フクちゃんですね。……僕がふざけ半分で教えた寝技とか、格闘術を独自に研究していたらしく、森で夜中にこっそり大型の魔物を複数体、狩っていたみたいですね。そのせいか糸と毒はもちろん近接戦闘でも手がつけられなくなってしまって……」
八本の脚を駆使した機動力、糸と毒の有用性。それが最近フクちゃんの中で噛み合って来ているらしく。
もはや、自分より数倍大きい敵も難なくしとめているらしい、フクちゃん……恐ろしい子!!
簡単な戦闘訓練でも十回に一回くらいしか勝てないしな。一応主としては勝率をもう少し高めたいんだけど。
「なんていうか、すみません」
「……いえ、いいんです~。転移者の凄さをここで実感できてよかったと思います」
「僕は関係ないですよ、多分あの二人は僕がいなくてもこうなっていたと思いますけどね……」
いや、ほんとに、一応ファスやフクちゃんを守るほどに強くなるのが目標なのだが、このままだとマジで置いていかれそうだぜ。
というかトアも実はかなり戦闘のセンスがありそうなんだよな、どうしてこうなった。
結局使い物にならなくなった馬は置いといて、トアが話をつけてくれた隊商に護衛がてら乗っけてもらうことになった。馬の乗り方、勉強しなきゃな。
隊商の人たちは、快く僕らを迎えてくれた。特にトアの料理が評判良く、ぜひまた僕らに護衛の依頼をしたいとまで言ってくれた。
結局、あらかじめの話よりもかなり近くまで送ってもらい、そこから走って(最近走りこみが温いと思っていたからちょうどよい機会だった)宿があるという山に到着した。途中からファスは背負ったけど、トアは根性で最後まで走りきった。
「この辺かな? 着いたな、ファス【重力域】を解いてくれ」
「はい、かなり強めにしていたのですが、最後まで走りきるとは、流石ご主人様です。私も体力をつけなければいけませんね」
「こっちは普通に走ってフラフラだべ。さ、流石に疲れただ。でもレベルが上がったおかげか体力も少しはついたべな」
(オンセンー)
緑豊かな山と山の間にいくらかの家屋が建っている。山を見ると日本を思い出すな、実際かなり日本に近い風景だと思う。あまり火山という感じはせず、山間の小村というような感じだ。
ただし……。
「廃墟ばかりですね」
ファスがあたりを見渡していう。そう小さな家屋はあれど、その中に生活感はなく荒れ果て廃村のようだ。
「ファス、宿はわかるか?」
「はい、道なりに進み、少し山を登った場所に見えますね」
「もうひと踏ん張りだべな」
人は通っているのか、整備された道を進んでいくと、それなりに大きな宿に到着した。この世界ではあまり見ない二階建てだ。見れば湯気のようなものも見える、ということは露天風呂があるのか楽しみだな。
宿の奥には厩舎が見え、やたら装飾されている馬車が数台見える。
「話では、ワイト騒動で宿は閉めているって話だけどな」
「どうやら、先客がいるようですね」
「とりあえず、入ってみるべ」
扉を開くと土間のようになっていて、この世界では珍しく土足厳禁のようだ。
いや、宿ならこの形式が普通なのだろうか?
出迎えはなく、シーンとしている。ただし綺麗に掃除されており、なかなか良い雰囲気だ。
「すみませーん。冒険者ギルドからやってきたものですがー、どなたかいらっしゃいますかー」
「はーい、ちょっと待ってぇン」
やけに低音の声で奥から返事が返ってきた。そして奥から、ドタドタとやたらでかいおっさん(またおっさんか……)がでてきた。
「あのー、僕らワイト討伐に来た――」
「アラァン、アラアラアラ、ナノウさんたらずいぶん若い子寄こしたのねぇ。歓迎するわ、私はこの宿の女将のラーバよ、よろしくねぇん」
「女将?」
「女将というのは女性がなるものでは?」
「はじめて見るタイプだべ……」
(キンニクモリモリマッチョマンノヘンタイダ)
タンクトップから鋼のような筋肉を惜しげもなくさらす、自称女将ことラーバさんに一同から突っ込みが入る。
「文句あんのか、ああ”ん」
ドスの聴いた声で脅されたので皆でアイコンタクトをしてこの話題をスルーする。
「い、いえ、えと、僕はヨシイと言います。こっちはファスとトア、そして出ておいで、これが僕の従魔のフクちゃんです。よろしくお願いします女将」
アイテムボックスはあるとはいえ、普通のリュックとかも背負っているのでいったん落ち着きたい。
このおっさんと絡むのは気合いが要りそうだしな。
「あらぁん、坊やは話がわかるのねぇん。お・か・みの私が案内させていただくわ、といっても今は従業員ちゃん達も帰して、私一人だけだし部屋なんて使いたい放題なんだけどねぇ」
「それでは、表に泊まっている馬車はいったい?」
ファスが僕の影に隠れて質問する。ラーバさんに対し警戒心を抱いているようだ。
まぁ気持ちはわかる。
「あぁ、あれね。宿は閉めているって言っているのに急に訪ねてきた人がいてねぇ、まぁ白星教会なんだけどねぇ」
どうやら、あの馬車は白星教会のもののようだ。うん? 教会が来ているならワイト討伐に僕らの出番あるのか?
そのことを質問してみる。
「それがねぇ、どうやら、ワイト討伐に来たわけじゃないらしぃのよね、どんな目的か話してくれないの、ラーバ困っちゃう。馬だけおいて、食糧補給したらすぐに出て行っちゃったのよ、だからあなたたちのこと頼りにしてるわよぉ」
バチンとウィンクをし体をくねらせしなを作る自称女将ことラーバさんに、そこはかとない苛立ちを覚えつつ、やっとこさ部屋に着いたようだ。
「うわぁ、すごっ」
「わぁ」
「大したもんだべ」
(?)
思わず声がでた。案内された部屋の扉を開けると、かなり大きい板張りの部屋だった。
部屋の中心には囲炉裏のようなものがあり、その囲炉裏から少し離れたところにある太い柱がかっこいい。
そしてなんといっても、この光景だ。部屋から見えるものは庭園とでもいえばよいのだろうか、小さな池がありその池の奥には山肌が露出している。幾層にも重なったチャートが池に映り『絵』として完成しているような絶景だった。
「最高ですね、特にあの池と山肌が綺麗です」
「あらぁん、坊やわかってるわね。このお庭の手入れのために離れられないのよぉ」
「こんないい部屋使っていいんですか?」
「もっちろんよぉ、せっかく手入れしているこの景色を見てもらわなくちゃ、私もさびしいもの」
なんてできたおっさんなんだ、ラーバさん。貴女間違いなく女将だ(おっさんだけど)。
「ありがとうございます。がんばります。じゃあさっそく、ワイトの情報を聞いてもよいですか?」
「アラアラ、仕事熱心なのは感心だけどぉ、ここに着いたばかりでしょう? 今日は休みなさい。今夜は私が腕によりをかけて料理を作るからね」
「それなら、オラも手伝うだ。こう見えて料理人なんだ」
「ダメよぉ、お客さんに仕事させられないわ、トアちゃんも料理人ならもてなされる経験もしたほうが絶対いいわよ、今日は女将にお・ま・か・せ❤」
「そうだべか? じゃあお言葉に甘えるだ」
まぁ移動は少し疲れたし、今日はお言葉に甘えて休むか、となれば気になるのは……。
「女将さん、それなら、あの、温泉につかりたいのですが?」
「アラアラ、私としたことが、温泉の説明をしてなかったわねー、温泉は内湯と露天があるんだけどぉ、今日は誰もいないから好きな方使ってもいいわよん」
イエスッ!! 久しぶりの風呂だ。しかも露天風呂、もうこれ以上望むものなどない!!
女将から風呂の注意と場所を聞きファス達に一言いって露天風呂に向かう。
「あ、ちょっと待ってくださいご主人様」
「うん? どうしたファス?」
「えと、もうお風呂へ入るんですか? ホラ夜の方が月が綺麗ですし……」
「もちろん夜も入るぞ、食前食後に入るつもりだったけど」
「それなら……計画通りに……そ、そうでしたか、私は夜入るので、ごゆっくりしてくださいね」
なんか挙動不審だな? まぁいいや、いやぁ、楽しみだなぁ。
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吉井が風呂へ向かったあと女将が料理のため出て行こうとすると、ファス達に呼び止められた。
「女将さん、ちょっとお話があるだ。コショコショ……」
「アラアラ、乙女の秘密会議ね……」
(ボクモー)
「あらぁん、可愛らしい子ねぇ、従魔を連れてるなんて将来有望よねぇ」
「それで……こういう、文化がご主人様の故郷ではあるらしくて……」
「あらぁ、皆あの坊やのこと大好きなのねぇン。いいわ、私そういうの大好きよ」
「では、みんな手はず通りにお願いします」
「任せるだ……ちょっと緊張するべな」
(マニアワナカッター……)
「フクちゃんはスタンピードでアラクネを食べるまでの辛抱です。私たちも手伝います」
「そうだべ、一緒に可愛がってもらうべ」
「いいわねぇ、若さだわ……」
独りのんきに露天風呂を堪能している間に奴隷達と女将の間で秘密会議が行われていることなど吉井は知る由もなかった。
あ、危なかった。馬車の件で終わる所だった。
次回予告:温泉といえば混浴です。
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