第五話:本当はずっと叫びたかった
僕が自殺を選んだことは正しかったのだろうか? 目の前でうずくまる存在をみてそう思った。僕の置かれていた状況は生きることが不可能なほどに追い詰められた結果だろうか。
まず祖父が死んだ。脳梗塞だった。学校から帰り、台所をのぞくと祖父が倒れていた。病院ではすでに死んでいたと言われ。なんやかしらのことを聞かれたり、何かが書かれていた紙にサインをしたのを覚えている。家に戻り台所を見ると、うどんが二人分用意されていた。
祖父は甘いツユが好きで、僕はいつもそれに文句を言っていた。涙はでなかった。伸びきった二人分のうどんをむりやり食べた。
学校生活はそれなりに幸せだったと思う、友人も数人いたし、表立っていじめられることはなかった。ただ誰かと話しても頭の中を言葉が滑っていく、そんな感じがして、現実感のない空間で時間が過ぎていった。
祖父が死んで一週間後に両親の借金を返してもらいに来たという人が現れた。その人が言うには僕は両親の借金を返さなければならないらしい。でなければ三ヵ月後に財産を差し押さえられるらしい。到底支払いきれない金額だった。
いつからか眠れなくなり、漠然と死にたくなり。そしてついに首をつって、なんの因果かここにいる。
仕方なかった。
死んで当然。
もうどうしようもない。
そう思って自殺を選んだ、だから気になった。この奴隷は死にたいのではないかと、だって見るからに苦しそうで、未来なんてなさそうで、これ以上生きていても辛いだけだと思う。きっと彼女もそうだ死にたいと思っているはず、僕が死ぬことを選んだように彼女もそうであるはずだ。
ゆっくりと手を差し伸べる。この奴隷が「死にたい」と言った瞬間に全力でしめあげる。
指先が黒く醜い皮膚に触れる、その瞬間。
奴隷が手を払いのけ僕を押し倒し馬乗りになった。頭を強かに打ち(本日二回目の頭部強打だ)おもわず目を閉じると。ポタリと雫が垂れてきた。
奴隷は泣いていた。まともに叫ぶこともままならないであろう喉から必死に声を絞りだし、涙を流していた。
僕の胸倉をつかみ必死に声をだそうとしている。見上げるその目は美しい深緑の瞳だった。
「……死にた゛くない゛」ダミ声で聞き取りにくかったが確かに、そう言った。
望んでいた答えだった。
「そうだよな、わかるよ。死にたくなんてないよな。ごめんよ。わかりきってるよな」
あの時、首にロープをかけて木から飛び降りた瞬間、僕は後悔していた。悟志に助けを求めればよかったかもしれない。ちょっと自分で調べれば借金だってなんとかなったかもしれない。
自分で言わないことを選択したくせに、助けてほしかった。誰かに、助けてほしかった。
なんて無様な人間だ。こんな簡単なことを確かめるために彼女を傷つけたのか。
「僕も、生きたい。死ぬのは怖いんだ。本当に怖かったんだ」
そこからは意味のある言葉なんて出てこなかった。
ただただ、幼子のように声を張り上げて泣いた。祖父が死んで悲しかった、借金ができて途方に暮れた。
異世界でも役立たずのように扱われて悔しかった。
そんなことをひたすらに叫んだ。僕に馬乗りになっている奴隷のボロ布に縋りただ、泣いた。
彼女は最初は戸惑っていたが、自分の鱗が生えている手にボロ布を巻いて僕の頭をなでてくれた。
正直奴隷からみれば、わけわからないだろうと思う。変なことを聞いたかと思えば急に泣き叫ぶ男、自分でもドン引きだし、もし未来があるなら黒歴史決定だ。でも抑えられなかった。そのまま緩やかに僕の意識は暗転し。久しぶりに深く眠りに落ちていった。
……格子のはめられた窓から降り注ぐ光が顔にあたり意識が浮上する。なにか柔らかいものが後頭部にあることを疑問に思い、目を開けると、奴隷さん(そりゃ昨日の醜態を見られた相手にはさんづけもしたくなる)の深緑の瞳と目が合った。
OK大丈夫。完全に思い出して理解した。牢屋に連れてこられ、奴隷さんと契約をして、そのまま暴走をして奴隷さんに乱暴(性的な意味ではない)を働きそうになり、そして膝枕までしてもらっていると。
……そこから僕は流れるような動きで、土下座の体勢をとり
「昨晩は申し訳ございませんでした!!」
自分がしでかしたことに赤面を飛び越し真っ青になりながら声を張り謝った。奴隷さんは目を白黒させていたが、
「大丈夫ですか˝ら、謝らない˝でください」
とダミ声で手をワタワタしながらペコペコ頭を下げていた。その様子が妙に可愛らしくて、思わず笑ってしまい。そうしたら(顔のほとんどは鱗に覆われ表情がわからないので推測ではあるが)奴隷さんも少し笑っていた。
昨晩、僕は確かに救われた。あの時首に縄を巻き、木から飛び降りた僕はおそらく天文学的な確率を飛び越えここに連れてこられ、彼女の生きたいという言葉を聞いて自分も死にたくはなかったのだと自覚できた。もちろんそんなことは僕が勝手に思っているだけだし、ある種の自己陶酔なのかもしれない。
でもこれだけは言わせてほしい。
「本当にありがとう」
案の定、ポカンとしている奴隷さんをみてまた笑みが浮かんでくる。さてまずは名前を聞かなきゃな。
奴隷さんという言葉がなぜか好きです。