第五十五話:チンパン人形
「ご主人様、見てくださいましたか? 私勝ちました!」
二階の通路から一階へ降りると、勝負の興奮冷めやらぬファスが、フードを脱いだまま満面の笑顔で走ってきた。褒めて欲しいと顔に書いてある。
ちなみにアマウさんは、他のギルド職員に抱えられて奥に運ばれていった。多分魔力切れかな?
「あぁ、見てたよ。すごかったな。今まで魔力操作の練習をしていた成果が出てた」
「すごかったべ、ケガはないだか?」
(ボクモ、マケテランナイ)
見た感じ、特にケガがないようで安心した。っと、やっぱり周りの視線が少し気になるな。
ファスは興奮して自覚がないようだが、息を切らせて、頬を赤らめ戦果を報告するファスは凶悪なまでに可愛かった。なんていうか普段大人しい分ギャップがある。
「アマウさんの魔力を観察して、真似しようとすると次々に魔術のスキルが頭に浮かんで、とてもすごい経験でした。他にも色々と応用できそうなことがたくさんあって」
勝負のせいで完全に舞い上がってるな。アドレナリンが出まくっているんだろう。
「落ち着けファス。大きなケガはないようだけど、まずは体に異常がないか確認するぞ。フクちゃんに【回復泡】を出してもらわなきゃな」
(ブクブクー)
「は、はい。すみませんご主人様、私興奮しちゃって……」
「何言ってんだ。魔術師として一対一で戦って初めて勝ったんだ、興奮しなきゃ嘘だろ」
タイマンでの戦績がほぼ全敗である僕がいうんだから間違いない。言ってて悲しくなるけど。
「まずは、引っ込むべ。ここは周りから丸見えだからな」
というわけで、先ほど僕が治療された部屋に戻ろうとすると、ナノウさんに呼び止めらえた。
「待ちな、もう一人いるだろう?」
もう一人? フクちゃん……はないな。となると――
「オラだべな」
「いやいや、ナノウさん。トアは最近まで戦える状態ではなくて、そもそも料理人ですし」
「じゃあスタンピードには参加しないのかい? 冒険者として参加するならどうせ試験は受けるんだ、今のうちに課題を見つけとくべきだと思うけどね」
そ、そりゃあそうだろうけど。トアは草原でもまともに戦闘してない。正直これからじっくりと準備をしたほうがいいと思うんだが。
「旦那様、ギルマスの言う通りだべ。オラがこのパーティーでやっていく以上、戦う力は必要だ。足手まといはご免だべ。今のうちにオラの力がどの程度か知っておきたいべ。せっかく武器と防具も揃えてもらったしな」
トアはやる気なようだ。……正直心配だけど、本人がやりたがっているなら止めるのは野暮だろう。
「わかった。ケガしないようにな」
「ニシシ、旦那様に言われたくねぇべ」
僕は自分のことは棚に上げるから。
「話は決まったようだね。相手はD級の冒険者だよ。向こうから希望があってね」
この一連の戦闘訓練はナノウさんなりの優しさなんだろう。自分のことは自分でやるようにとか言っておきながら。随分気をもんでくれているようだ。感謝しなきゃな。
「トア頑張ってください。落ち着けばきっと大丈夫です」
(ムー、ボクモ、タタカイタイ)
「ファス、ありがとうだべ。フクちゃん、すまないべな、後で美味しいご飯作るから許してほしいべ。それとちょっとお願いがあるんだけど」
(ナニー?)
コショコショと何か内緒話をフクちゃんとしてからトアは訓練場の中央へ向かった。
僕とファスとフクちゃんは先ほどの二階の通路から戦いを観戦することにした。
「ファス、治療はいいのか?」
「はい、なんともありません。一応トアの戦いが終わった後に治療室へ行こうと思います。小さな擦り傷とかはフクちゃんが治してくれますし」
(オマカセアレ)
「一応、僕も治療できるんだけどな」
「ご主人様の場合は治療ではなくて、ダメージを引き受けるだけですからダメです」
(ボクガ、ナオスノー)
振られてしまった。無理やり【吸傷】してやろうか。
トアを見てみると、二本の手斧を器用にクルクルと回し手遊びをしている。器用だな。
何度か斧を回した後、左の斧を逆手に持ち、右手の斧を順手に持ち、自然体に構える。
……あれ? なんか強そう。というか上から見る限り隙がないぞ。
そういやトアの戦闘を見るのはこれが初めてになるのか、トア自身かなり久しぶり(昔戦闘奴隷だったらしい)のはずだが落ち着いているように見える。
『さて、久しぶりの戦闘だべな』
今回も例によって下の音が手元の水晶から聞こえるようになっている。
ギャラリーはファスの時と比べるとほとんどいなかった。
構えたトアの前に、冒険者がやってくる。
「ご主人様、あいつは……」
「うん。どこかで見たような顔だな」
初めてギルドを訪れた日にファスの顔を見せろと因縁を付けてきた男だ。
横で台にのって見物をしているナノウさんを見ると、悪戯っ子のように笑みを浮かべている。
「向こうのたっての希望でねぇ、何か因縁があるらしいけど。冒険者ならどうにかしな」
「僕でしたらいくらでも相手しますけど」
これじゃあトアは必要以上に痛めつけられるかもしれない。
「大丈夫です。ご主人様、トアは負けません」
「だけどトアはずっとケガでまともに運動すらしてなかったんだぞ」
「話すのは後回しだよ、下で何か始まってるようだね」
確信を持っているようなファスに反論しようとすると、ナノウさんの言葉に遮られた。
下をみるとあの男がトアに近づいていた。
『おう、おめぇ。あのエルフの所のパーティなんだろ?』
『そうだべ』
『あそこの男に、虚仮にされた礼をさせてもらうぜ』
『旦那様への用ならオラが受けるだ』
『そうかい、じゃあその体に聞いてもらおうか? ギヒッ、見ればなかなかいい体じゃねぇか。楽しまさせてもらうぜ』
『……オラが男に言い寄られる日が来るとはなぁ、旦那様に感謝しねぇとな』
『何言ってんだ?』
『うん? 御託はいいからかかって来いって言ってんだべ』
『あぁ゛上等だ。この場で剥いてやるぜ犬っコロ』
男が背中から蛮刀を抜く、刃渡りは60㎝ほどだろうか? 刃先に行くほど刃が大きくなっており、振れば遠心力で威力がでる代物だ。ようは鉈みたいなものだと思う。
「フクちゃん、もしもの時止めに入れる準備を頼む」
(タブン、イラナイヨ)
フクちゃんまでそんなことを言う。いつでも飛び降りれるように気持ちの準備をしながらトアを見ると、こっちをみてニカッと笑っていた。
いやいや、相手を見なさい。
『どこ見てやがる!』
蛮刀が振り下ろされる。トアの耳がピクリと動き、見ないままに逆手の手斧で受け流す。
『おっと、すまねぇ。じゃあ行くべ』
トアが手に持った手斧をしなるような軌道で振る。体を大きく使い上下左右から激しく攻撃をしていた。
へぇ、ああ使うのか。面白いな、是非手合わせしてもらいたい。
『ぐっ、てめぇ調子にのるな【重撃】』
威力のある斬撃が振り下ろされる。トアはほとんどつま先だけの動きで下がり躱す。
『ギヒヒ、距離さえありゃあこっちのもんよ【空刃】』
そのまま飛ぶ斬撃を出す。ギースさんと同じ戦法だな。あれがこの世界の【剣士】の定番なのかもな。
ただしギースさんとは練度がまるで違うけど。
『おっとっと、意外と躱せるもんだべな』
男はバカの一つ覚えのように【空刃】を出す。二三回スキルを使うと肩で息をしていた。
「あの人本当にD級なんですか?」
「ヒッヒッヒ、あの手合いはチームで動くからね、連携さえ取れればあの程度でもD級くらいにはなれるだろうね」
どんどん大振りになっていく【空刃】は隙だらけに見える。トアはタイミングを見ているようだ。
『フゥ、フゥ、このっ、犬コロめ。【空刃】!』
『ホイ、隙ありだべ【飛斧】』
男の飛ぶ斬撃に合わせて、トアが右手の斧を投げる。
しかし、手斧は男の横を弧を描いて通り過ぎた。
『ギャハハ、下手くそめ。斧が一本で俺の剣が受けれるか?』
好機と見たのか、男が距離を詰めるべく踏み込もうと足を出し、派手に転んだ。
『何だと!! あん? 動かねぇ!!』
男の横を通った手斧が男の周囲をグルグルと周り、その後地面へ深く突き刺さった。
その斧の柄に糸が巻かれているのが上から見ているとわかる。あれは、フクちゃんの糸か?
(サッキ、タノマレテ、イトヲダシタノ)
「最初の打ち合いの時には巻き付けていました。流石トアです」
あの大きな動きはフェイントか、全然わからんかった。恥ずかしいからわかってた風な顔をしておこう。
『まだやるべか?』
倒れた男に対し斧を振りかぶり、トアが質問する。勝負ありだ。
『……降参だ』
男ががっくりと項垂れた。
「ヒッヒッヒ、レベルが上の相手に圧勝かい。あの子センスがあるね」
実際、フクちゃんの糸を抜きにしてもかなり良い動きだった。時間にしても数分ほどで終わっている。
トアは戦闘に関してはこっち(凡人)側だと思ってたんだけどなぁ。結局負けたのは僕だけか、マジで気合入れないとダメだな。
その後、ほぼ無傷の二人の身体をチェックし(回復術士がね、残念ながら僕じゃない)、ギースさんと話すために食堂へ向かった。
僕の新しいスキルや皆のステータスも気になるけど、鑑定紙を人前で使うのは止めた方がいいだろうから夜まで我慢かな。
食堂へ行くと、ギースさん、ライノスさん、アマウさんが同じ机を囲み、ご飯を食べていた。
「おう、来たかヨシイ」
「ムグムグ、お疲れ様ですー。さっきはやられましたー。というかファスさん強すぎです。モグモグ」
「アマウ、食いながら喋るんじゃねぇ。坊主、なかなかいい戦いだったぞ」
「ありがとうございます。少しは強くなったつもりだったのですが、全然ダメでした」
「まだまだ、負けやしねぇよ」
挨拶もそこそこにギースさんに本題を切り出す。
「【威圧】の大事さがよくわかりました。それで習得の方法なのですが……」
「おう、まずはこのスキルが取得できる職業についてだが、ぶっちゃけ近接職ならどんなクラスでも習得できる。それで取得の方法だがな、兎にも角にも敵の注意を引くことだ。まぁ普段から壁としてパーティに貢献していたら自然と習得しているもんだ」
身構えていた割に随分と緩い条件のようだ。
「そんなことでいいんですか?」
「待て待て、自然と言ったが、その方法ではかなり時間がかかる。しかもお前はスタンピードで【威圧】を使うかもしれんのだから習得だけでなく、扱うための修練の時間もいるだろう」
「確かにそうですね」
ギースさんがしていたように【威圧】を使ったフェイントも身に着けたいし、時間はないのかもしれない。
「だが安心しろ。このギルドには驚くほど短期間で【威圧】を身に付けられるとっておきの方法がある」
なんですと。
「そ、それは一体どういう方法ですか」
ファスだけでなくトアまでなんか才能がありそうな現状、置いていかれるわけにはいかない。
強くなるためならなんだってしよう。
焦る気持ちから、急かすように説明を求めると、ライノスさんが飯をどかして、机にドンと何かを置いた。
「コレを使うんだ。俺もギースもこれで【威圧】を習得した」
そこに置かれたのは両手にシンバルを装備し目を見開いて歯をむくように笑っている猿の人形だった。
絶妙に腹立つ顔してんなこいつ。
「……コレでどうしろと」
「お人形ですね、可愛いです」
「どっか聞いたことあるようなー、なんだったべかなー」
「テメェ、コレとはなんだ。コレとは、これこそがこのギルドに伝わる伝説のチンパン人形だ」
なんだ伝説のチンパン人形って。
「……一応話を続けますけど、これをどうすればいいんですか」
「疑ってやがるな。まったく。これは先代のギルドマスターが作ったもので、尻尾をつまむと」
シャンシャンシャンシャンと割と大きな音でシンバルをたたき出した。この動きも含めて元の世界でみたことある玩具だな。
(イヤナオトー)
フクちゃんが反応した。どうやら不快な音らしい。僕はそうでもないが。
「と、こんな風に音を出す。この音は魔物にとって非常に耳障りらしくてな。音を止めさせようと襲ってくる。つまり何もしなくても注意を引くわけだ」
「なるほど。じゃあこれを持って、魔物がいるであろう場所に行けばいいんですね」
僕がそう言うと、机を囲んでいた三人はやれやれと首をすくめた。なにこの流れ。
「それだと、襲われた時、対処できないじゃないですかー」
「まったくだ。そんなこともわからんとはな」
「この人形は、高度な魔術が組み込まれていてな……」
ギースさんがチンパン人形をそのまま僕の頭に乗っけた。ピタッとくっついて安定して乗っかる。
ん? というかこれ……取れない。人形を取ろうと引っ張るが髪どころか頭皮に引っ付いたように離れない。
「このように、一度頭につけると【威圧】を習得するまでは決して取れなくなる」
「呪いの装備じゃねぇか!!」
「大丈夫ですかご主人様!?」
「あー、ごめんだべ旦那様。その人形のことは聞いたことあるんだけんど、すっかり忘れてたべ」
(マスター、ニアッテル)
必死に取り外そうとする僕を肴に大人たちは爆笑している。というか周りの冒険者も笑っていた。
さては皆知ってたな。
「プクク、似合ってるぞ」
「アハハ、それ付けてる人久しぶりに見ましたー」
「ギャハハハハハハ、このギルドの伝統だ。それを外したきゃさっさと森にでも行ってゴブリンでも倒してこい、それにしても似合ってるな坊主、ハハハッハハハ、腹いてぇ」
こうして、僕は【威圧】を習得するために頭にチンパン人形を付けて森まで行く羽目になった。
森への道中で商人や他の冒険者に笑われまくったことは説明するまでもないだろう。
指をさされて笑われるたびにフォローしてくれるファス達の気遣いが心に痛い。
……確かにこれは【威圧】を覚えられそうだ、主に羞恥心と怒り的な意味で。
森に着き、シャンシャン鳴るチンパン人形を頭に乗っけながら、次々にやってくるゴブリン共を殴り飛ばしつつ、質の悪い大人達への復讐を心に誓うのだった。
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
猿の人形を作ったのはナノウさんの夫で先代の転移者です。もちろん悪意しかありません。
次回予告:各々のステータスを把握します。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。
感想&ご指摘いつも助かっております。ありがとうございます。






