第五十四話:魔術師の戦い
「旦那様、本当に大丈夫だか?」
(マスター、アワイル?)
トアが心配そうに問いかけてくる。あの後、治療室で回復魔術を施してもらい、全快とまではいかないまでももう一戦できるくらいには回復してもらった。
「余裕だよ、フクちゃんもありがとうな。大したもんだな魔術ってのは」
「いやいや、あの僧侶さん本気で驚いていただ。旦那様のことアンデッドじゃないかと疑っていたべ」
……まるで早戻しのように再生していく僕を見て魔物ではないかと疑ったらしく。なんか聖水みたいなものをかけられたりしました。
そのせいでファスが怒って一騒動あったんだけど、ナノウさんがやって来て一喝で鎮めてくれた。
そしてファスはナノウさんにどこかへ連れていかれたのだが、治療の最中だったので僕は何があったのか知らないのだ。
「それで、あの後ファスはどうなったの?」
「なんでも、ファスにも稽古をつけるって話だべ。旦那様と同じように、実戦形式でファスの力を確認するらしいだ」
「ファスは了承したのか?」
人前にでるのが苦手な彼女だ。断りそうなもんだが。
「……旦那様があれほど頑張ったのに、あんたは何もしないのか、ってギルマスに焚きつけられて二つ返事で了承してただ」
(コワカッタ)
「うわぁ……」
思慮深そうに見えて、ファスは意外と沸点低いからなぁ。
話しながら通路を登り、わざわざスペースを作ってもらった。訓練場が見渡せる二階渡り廊下に到着した。
下を見ると、杖を握りおニューの防具の上からローブを羽織りフードを目深に被る、見慣れた姿が見える。
周りを見ると、見物している人は僕の時よりもかなり増えていた。ヤジも飛び交い騒々しいことこの上ない。
ファスが翠眼のエルフであることは話題になっているだろうから、どの程度か気になっているようだ。
ファスは一人で少し緊張しているようだ。よしっ今度はこっちが応援する番だな。
「ファスー! ガンバレよー!」
(ファイトー)
「ファスー、怪我しないように気をつけるだよー」
声が届いたのか、それとも僕らを『視て』いたのか、こちらを見て手を振って返してくれた。
うん、大丈夫そうだな。
「そういや、ファスの相手って誰なの?」
「そこまでは知らないべ、オラは話の途中で旦那様のところに戻ったからな」
(アマウダヨ)
フクちゃんが答える。ってアマウさん!?
聞き返す前に、ちっこい体に真っ赤なローブを着て、三十センチほどのワンドを持ったアマウさんが入場してきた。
……なんていうか、小学生が魔法使いごっこしているようにしか見えないんだけど、大丈夫なのか。
「ああ見えて、あの子は意外と強いんだよ」
横を見ると、同じくちっこい体のナノウさんが台を置いてそこに乗っていた。
「魔術師なんですか?」
「そうだよ、本当なら一角の冒険者になれていたんだろうけどね……」
ナノウさんの表情に陰がさす、きっと複雑な事情があるんだろうな。
「受付嬢の制服が可愛いからって受付嬢になっちまったのさ」
「くだらねぇ!!」
想像以上にどうでもいい内容だった。まぁその人にとっては大事なことなのかもしれないけど。
「ホラ、始まるよ。シン坊は魔力を読めるのかい?」
「えぇ、スキルを察知するためにファスと訓練しました」
「なら、集中しな。魔術師同士の戦いってのは、いかに場をコントロールできるかだよ。ちなみにこの水晶で訓練場の音を聞こえるようにしているからね」
ナノウさんが手すりに置いた水晶からは訓練場にいる二人の声が流れていた。
便利だな異世界。というか、こんなものがあるなら盗聴もしほうだいじゃん。
ファスとアマウさんが構えて、二人の魔力が高まっていく。
先に仕掛けたのはファスだった。
『行きます! 【魔水喚】【魔水弾】』
周りに水球を呼び出し放つ。
『【魔土壁】です~』
アマウさんが土壁で防ぐ。視界が切れたのを見たファスが水球の位置とは逆に動く。
『【重力域】』
アマウさんの周辺にファスの魔力がものすごい速さで流れ高まっていく。
これは決まったか?
『それは、キャンセルですね~』
『なっ!?』
どこか間の抜けた、アマウさんの一声でファスの魔力が霧散した。
「フム、エルフの嬢ちゃんはマジックキャンセルを知らないんだね」
「なんですかそれ?」
「魔術師ってのは、あんたみたいに体の中じゃなくて、場に対して魔力をもって働きかけるだろう? だから相手の魔力に干渉することで魔術系統のスキルは不発にすることができるのさ。無論、出の速いやつや、相手のすぐそばの場で起きたスキルのマジックキャンセルは難度が上がるけどね。
直接自分の領域に働きかけてくる魔術は打ち消すことができるのさ。
魔術師同士の戦いは、いかに自分の場を広げ相手の干渉をかいくぐり、こちらのカードを通すかの勝負になる」
「……えーと、つまり?」
急に言われても、理解が追いつかん。
「つまりだべ、魔術師の戦いは打ち消されない、打ち消しにくい魔術を使い、自分の場をコントロールしつつ有利を取りながら、本当に通したい魔術を隙を作ってブチかます。ってことだな」
「そういうことだよ、理解が早いじゃないか」
……わかってたし、ただちょっと自分の言葉にするのが遅かっただけだし。
というかトア頭の回転速いな。
訓練場に目を戻すと、マジックキャンセルを知らないファスは劣勢のようだ。
土の魔術を使う、アマウさんに防戦一方になっている。
『術の発動が早くて羨ましいですね~【魔土弾】』
『ぐっ【魔水弾】』
ファスの水弾とアマウさんの土弾が激突するが、直接土を利用して弾丸を作る(石畳をぶち抜いて弾がとびでている)相手の方に物量で押し切られる。
『このっ【重力域】』
ファスが自分周りの重力を強め、土弾を落とす。
なるほど、同じ【重力域】でも相手の近くで発動させる場合ではキャンセルされて、自分の近くならば相手の干渉前に発動まで持っていけるのか。
『むぅ、そのスキルやっかいですね~。では【巻込流砂】』
「あのバカ、石畳の修理にいくらかかると思っているんだい」
ファスの足元の魔力が高まり、石畳が砕け、渦巻く流砂が半径三メートルほど発生しファスの足を絡めとる。
『きゃあ、【重力域】』
ファスが流砂から一メートルほど浮かび上がる。便利な能力だな。あぁでも、それはこの俯瞰した視点で見れば一目瞭然の悪手だ。
『はい、詰みです~【魔土弾】』
飛び上がっているファス。その周辺の魔力が高まる。
アマウからの勝利宣言を受けたファスは、フードを脱ぎ、静かに、しかし力強くそれを否定した。
『それは、キャンセルです!!』
今度はファスの周囲で、アマウさんの魔力が霧散する。
「おや、知らないふりだったのかい」
横でナノウさんが顎に手を当てて感心していた。
「いえ。ファスは多分、今できるようになったのだと思います」
「ほう、マジックキャンセルの魔力の使い方は一朝一夕で身に着くもんじゃないんだがねぇ」
(ファス、ズット、レンシュウシテタ、マリョクノ、ツカイカタヲ)
そう、ファスは備えていた。呪いが解けるずっと前から、牢屋にいる時も森で筋肉痛で動けなくても、宿屋でも草原でも空いた時間さえあればずっと魔力の操作を行っていた。
もし何かチャンスがあった時に決して逃さぬように、辛抱強く備えていた。
『やりますね~じゃあそろそろ本気で行きますよー【魔岩弾】』
アマウさんの近くの石畳をぶち割り岩でできた弾丸が飛ばされる。威力は先ほどとは比べ物にならないだろう。
『ご主人様はあの男から学ぶ姿勢を貫きました。私も、貴女から学びます【魔水喚】【魔水壁】!!』
呼び出した水壁を作り、岩弾を受け止め弾き飛ばす。どうやら、水壁は流動しているようだ。
『なっ、どんな魔力ですか!!』
アマウさんが驚きの声を上げる。あれどのくらいの水量なんだろうな? 千リットル以上は余裕で水量ありそうだけど。というかさらっと新しいスキル使ってない? 後で確認しよう。
『色々試してみましょうか【闇衣】』
ファスの周りの光度が下がり、さらにその範囲と効果は広がっていく。
『ふえぇ、なんですかコレ? キャンセルです!』
涙目でキャンセルしていくアマウさんを塗りつぶすように、ファスの魔力が場を支配していく。
例え、自分の周りはキャンセルできても、ファスの姿は闇に溶け上から見てもよくわからない。
『で、でも。これはファスさんも見えないはず』
周囲を暗くしてしまえば、ファスも見えづらくなる。だけどもファスの眼は特別製だ。【精霊眼】は闇を見通す、そもそも魔力を読み取るファスにとっては、暗闇はなんら足かせにならない。
『たしか、こんな感じでしたね【巻込泥沼】』
『きゃあああああ、キャンセルです! ま、魔力の流れがあちこちから……』
『なるほど、やはり出の速いスキルが欲しいですね』
水晶から悲鳴が聞こえる、すんでのところで発動を阻止したらしい。もう新スキルのバーゲンセールだな。
あれ? 僕の新スキル(手刀にちょこっと刃がつくよ)とかもうどうでもよくない? ……おかしいな目から汗が。
「だ、旦那様? 大丈夫だべ?」
(マスター、ナイテル?)
「大丈夫だ。ちょっと自分のスキルについて考えていただけだ」
今はファスの応援に集中しよう。なんか凄いことになってるけど。
『こ、こうなったら。大技です~【砂嵐】』
訓練場内で魔力が渦巻く。
『キャンセルです』
『読み筋です! 本命はこっちです~【魔創土人形】』
ほとんど見えないが、魔力を読むに成人男性ほどの土でできたゴーレムが複数体出ていた。
「あの子のとっておきだね。殺しても起き上がる不死の土人形だ」
ナノウさんの解説が入る。殺しても起き上がる……閃いた。良い鍛錬に使えそうだ。
「旦那様変なこと考えてるべな」
(ビョウキー)
病気とはなんだ。シツレイな。
『……【闇衣】を使いながらはまだ難しいですね』
訓練場が晴れ渡る。見えるようになると、訓練場のいたるところに水球が浮かんでいる。
なるほどそれで魔力の流れを読みづらくさせていたのか。
『同時詠唱系のスキルですね。本当に羨ましい限りです。でも! 私のゴーレムちゃん達はつおいですよ~』
『えぇ、確かによい鍛錬になりそうです。技を借りますね【魔氷弾】』
気が合うなファス。
水球が弾丸の形で凍り付き、一斉に掃射された。多分これも新スキルだな。
何かのゲームのように景気よくゴーレムが破壊され土くれに戻るが再び形をとろうとしている。
『くっ、でもでも、ゴーレムちゃん達は何度でも……』
『こっそり試した時は燃費が悪いと思っていたのですけど、こう使えばいいのですね【生命吸収】』
『へっ?』
ファスが土くれに近寄って手をかざすと、人の形をとろうとしていた土くれは力を失い崩れ落ちる。
あっという間にゴーレムは全てただの土に戻された。
『こ、降参です~』
その後周囲を水球に包囲されたアマウさんの降伏宣言により、ファスが勝利した。
フードを脱いだその美貌のままに僕の方へ近寄って。
『勝ちましたよ、ご主人様ー』
と叫び手を振ってきた。周囲の観客席からすごい殺気が飛んできてるんですけど、というか【威圧】使っているやついるだろこれ。
【威圧】を受け流しながら、考える。
ファスさん? 強すぎじゃね? なんかギースさん戦を経て得るものがあった気がしていたけど、気のせいだったわ。相手の技術どころか【スキル】まで体得したファスに手を振り返しながら。
一刻も早く【威圧】を習得しようと心に誓う僕だった。
遅くなってすみません。ファス単独での初戦闘でした。
次回予告:頭にチンパン人形。
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