第五十三話:技と意地
呼吸を細く長く、意識を内に沈め、振り上げた手刀に残る感触を考える。
いくら【拳骨】で強度が上げられているとは言え、肉と鋼であの感触はありえない。
まるで剣と剣が打ち合ったようなそんな感触と音。
集中して体を探ると【拳骨】【ふんばり】【掴む】の他に別の感覚がある。
最近、鑑定してなかったからなぁ、心の中でグチる。どのタイミングかわからないが新しいスキルを習得していたらしい。トアの【吸傷】をしたときか、ブルマンを倒した時か、それとも今この瞬間か。
まぁいいか、どんなスキルかは大体見当がついた。【重撃】を受けた手はガンガンと痛み、構えなおしたギースさんの圧力は最高潮、鳥肌は止まらず今まさに生きてるって感じだ。
「おい、楽しそうじゃねぇか」
「そうですか?」
「お前、笑ってるぞ」
ギースさんと僕の張り付けた笑みが深まる。
動き出したのは僕からだった。ギースさんの真似といっても剣と無手の違いがある。
ギースさん得意の上段から足払いの変形を、右手刀振り下ろしからの左貫手にアレンジする。
腕の鎧で受けられ、ギィンと音が響く。
体を入れ替えるように、振り下ろされた剣を右で切り払い距離をとる。
なんて初めてやるけど、指先はおろか剣を受けたはずの手刀すらなんともない。
「チィ、刃こぼれしやがった、しばらく見ない間に面白れぇ技を身に着けたな」
今の攻防で確認はできたと思う。新しいスキルはおそらく手刀に魔力でできた刃を付与するスキルだ、手の形を変えると魔力の刃は消える。リーチが伸びるわけではないらしい。
正直助かる、このスキルを使えばその剣を側面からではなく正面からある程度は受けられる。
威力を増す【重撃】と剣撃の軌道を変えるスキルにだけ気をつけて、増えた選択肢を叩きつけてやる。
「行きます!!」
「応! 来いっ!」
宣言し、突貫。右貫手、躱されて、足を踏んでくるので半歩引く、刃を前に立ててショルダータックルが来る。入り身で入り交差、振り返り、手刀と剣がぶつかる。
受け止め【掴む】剣を握る腕の内側に手を入れて絡み投げの体勢、剣から手が離れ、空かされる、そのまま拳が飛んできた。
額で受けて。右手刀を首筋に、躱した先に左鉤突き、綺麗に入った、【ふんばり】から全力で振り切る。
バァンと音がして、金属の鎧が波打つ感触が伝わりギースさんが地面から引っこ抜かれるように数メートル吹っ飛ぶ。
よしっ、今の打ち合いは完全にこっちが主導権を取った。この勝負ここからが本番。
勝機を見出した興奮に腕の痛みも忘れて、追撃の為に再び踏み込む。
ギースさんは動かない、そのまま拳を打とうとした瞬間。
「ッツ!!」
まるで槍衾に突っ込んでいるかのような恐怖が全身を支配する。
【ふんばり】で止まることすら思考にあがらず、恐怖のままに送り突きをだす、攻撃してギースさんを止めなければ殺されてしまうという感覚に体を乗っ取られてしまう。
結果、僕の攻撃はまるでそこに来ることが、あらかじめわかっていたかのように簡単に躱され、これ以上はないというタイミングでカウンターの横薙ぎが吸い込まれるように僕の胸に当たる。
「ガハァ――」
「ふぃ~、今のは効いたぜ。じゃあこっからはお待ちかねの【威圧】を入れていくぞ」
今のが威圧か、殺気をぶつけて相手の注意を引くスキル。ギースさんはさらにそれをフェイントに使ってきている。
……正直攻略法はわからないが、どうせ僕には行くしかない。
待ちの姿勢をとるギースさんに対して、手刀の型で仕掛けていく、拳や取り技も交え打ち合いのアドバンテージを取り、ここぞという場面で貫手を放った。
否、放たされた。一瞬の【威圧】により流れを勘違いし無為に打った貫手はただの隙を相手に晒した。
「【重撃】」
カウンターで振られる【重撃】がガードできるタイミングだったのは恐らくギースさんの手心だろう。
ガードごと潰され、文字通り地面に叩きつけられた。
「――上出来だ、短い期間でよくここまで……」
「うがぁあああ””」
一瞬気を失ってしまった。ギースさんは眼の前に立っている。腕はまだ動く、血がどこからか出ていた。
確認する余裕はない。頭に勇者戦の屈辱が蘇る。
……まだ、もう少し戦える。
ギースさんにかみ合う剣の型で切りかかる、ギースさんは笑っていた。とても楽しそうに。
【威圧】によるフェイントでまた攻撃を空かされる。
それがどうした、外れるとわかってさえいれば、怖いと知っていれば、後は気合でどうにかしてやる!!
そのまま勢いを殺さずに、やけくそのように、拳を繰り出す。
そんな攻撃が届くはずもなく、打ち落とされ、前のめりになり首筋を晒す。
頭上から殺気、見えぬままに頭突きをかます。
「見事だ」
声は横から聞こえた。【威圧】により殺気の出どころを勘違いさせされたのか……。
「……クソっ」
その後なにされたのかはわからない、ただ目の前に火花が散って吹っ飛ばされた。
……歓声が聞こえる。どうやら僕は仰向けに倒れているらしい。吹き抜けから見える青空がやけに遠い。
石畳から頭を離し、歓声の正体を見ようと辺りを見渡すと、一階と二階の通路から冒険者たちが顔を出して声を上げていた。
勝負の最中は集中していたのでわからなかったが、知らない間にギャラリーが増えていたらしい。
落ち着くと、痛みがぶり返し、もう一度倒れこむ。
あー、鼻血も出てるな、腕は全然動かない。他にも全身が痛い。
「ご主人様!!」
「旦那様!!」
(マスター、ダイジョブ?)
三人が寄ってくる。むぅ、また情けないところを見られてしまった。
「悪い、負けた」
「無茶をしすぎです!! フクちゃん早く回復を!!」
「待つだよファス、まず防具を外して、安全な場所に運ぶだ」
半狂乱になっているファスの声は、枯れていてガラガラだった。応援してくれてたんだろうな。
なんとか自力で起き上がろうとするが、力が入らない。度重なる剣撃に対応したせいで魔力も使い切ってしまったようだ。
「【重力域】捕まってください」
おお、便利。僕の身体を軽くして運ぶようだ。ファスとトアに捕まって訓練場を後にしようとすると、ナノウさんがやってきた。
「ほれ、シン坊コイツを飲みな」
口に試験管のようなものを突っ込まれる。柑橘系の味だった。飲み干すと全身に血が巡るように力が湧いてくる。
「奥に回復術士を用意しているから、治療してもらいな。いい勝負だったよ。あたしも熱くなっちまった」
「恐縮です。ファス、トアもう大丈夫だ」
今の飲み物のおかげで、歩けるくらいには回復した。すごいな異世界の薬。
「いやいや、いくらなんでもそんなに早く治るわけがないさね」
「そうですご主人様、とりあえず医務室までは運びますからね」
「ほら、さっさと捉まるだ」
(ムリシチャ、ダメー)
いや、本当に歩けるんだけどな。痛いけど。結局強制的に担がれ運ばれることになった。
振り返ると、ギースさんがこっちを見ながら、後で来いとハンドサインを送っていた。
そういや、一つ忘れてたな。
ファスとトアに離してもらい、ギースさんに向き直る。
「ありがとうございました」
一礼、稽古を付けてもらった時はこうするのが礼儀だ。ギースさんはどうせそっぽ向くだろうけど。
顔を上げると、ギースさんは右手を掲げ敬礼をしていた。すぐに敬礼を解いて引っ込む背中に、もう一度頭を下げファスとトアにつかまり医務室へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
通路へ戻ると、ギースは周囲の冒険者から称賛の声をかけられる。
調子よく答え進んでいくと、小さな老婆が寄ってきた。
「ちょっと。話があるから、よけとくれ、食堂で酒でも飲んでくるんだね」
ギルドマスターたるナノウの声でギースに群がっていた冒険者は食堂へ向かい、二人きりになる。
「なんだ婆さん? なんか用か?」
「ギルマスに何て言い草だい。ホレ、ポーションだ。二階の個室にも回復術士を用意したから、行くんだね」
「何言ってんだ、必要ないぞ」
ギースは肩を回して、問題ないとアピールをする。
「ホイッ」
「グッ」
ナノウは初動をほとんど感じさせない動きでギースの右脇腹を叩き、たまらず呻き声がもれる。
「折れてるだろ? 一発で鎧越しにアバラを持っていくとは、あの子もなかなかやるじゃないか」
「……相変わらず、鋭い婆さんだな。当り前だ、俺が仕込んだんだ。……思ったよりも強くなってやがったがな」
「ヒッヒッヒ、転移者ってのはバカみたいに成長するけど、あの子はこれからが楽しみだねぇ。それはそうと、あの子もう傷の回復が始まっていたよ、あんたも見栄を張りたいならさっさと治療してくるんだね」
「マジか……薄々わかっていたが、あいつの回復力は異常だな。ありがとよ婆さん」
手をひらひらと振りながらポーションを一気に呷り、ギースは二階へ上がっていく。
「あの人が生きていたら。なんて言うんだろうね。ホント転移者ってのは面白いねぇ。さて次はあのエルフの嬢ちゃんだね」
老婆はかつて連れ添った旦那に思いを馳せ、悪戯っ子のような笑みを浮かべ次の試合の準備のために歩き出した。
VSギース戦でした。
次回予告:ファスがあの人と戦います。
コメント&評価ありがとうございます励みになります。
感想&ご指摘いつも助かっています。ありがとうございます。






