第四百九十九話:港での歓迎
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時は真也が港へ入る少し前に遡る。
ブラン・ロゼの仮拠点となっている屋敷の一室。ブラン・ロゼの団長代理を務める小清水 千早は鏡の前で飾り気のないブローチを取り付けては角度を確認していた。
「変じゃないわよね?」
奴隷契約のスキルによる感覚と叶からの連絡によれば、本日には真也達はやってくるはずだ。団員の女子達のことを考えて真也のパーティーとは距離を置く方針を取っているとはいえ、もしかしたら真也と会うかもしれないし、いつもの乗馬服のような戦闘服では味気ない。しかし、大っぴらに着飾るのは論外だ。となれば戦闘の邪魔にならないオシャレの一つくらいはと、団員に隠れてこっそりと買っていたブローチをああでもない、こうでもないと鏡の前で調整しているわけである。
「……ん」
ブローチの角度が決まると、次にポニーテールを結び直し全身を確認する。
身体のラインにフィットしている乗馬ズボンと膝まである皮のブーツ、上半身はピッチリとしたシャツに白薔薇の刺繍が施されたタイトな短い丈の白いジャケットを着ていた。腰には革製のベルトを巻いており彼女の得物である日本刀を固定できるようになっている。千早としては露出を控えつつ礼服と戦闘服を兼ね備えている機能的な衣服のつもりだが、彼女のしなやかな体が強調されている為に本人の意図しない形でブラン・ロゼの人気を集めている一因になっていた。
鏡の前で睨めっこしている千早だったが、唐突に扉が開かれる。
「千早ちゃん!」
扉を開けたのは日野 留美子。手のほとんどが隠れたいわゆる萌え袖のような厚手の上着にズボンとスカートが合わさったようなキュロットスカートを履いている格好だった。年齢よりも大分幼く見える童顔にフレームのしっかりとした丸メガネをかけている。
「留美!? きゅ、急にどうしたのよ」
「た、大変だよ。急いで下に……わわっ、紬ちゃん」
留美子の後ろからはブロン・ロゼに於いて千早と双璧をなす人気を誇る麗人、中森 紬である。
その格好はいつも来ているジュストコールではなく、白薔薇の刺繍がされたフロックコートだった。かつてショートヘアーだった髪は今では毛先が肩につくミディアムほどの長さになっており、中性的と言われていた容貌は美しさはそのままに女性らしさを持ち性差を越えてあらゆる人を魅了する美貌を誇っていた。髪はしっかりとセットされており、薄っすら化粧もしているようだ。
「緊急事態だと言うことだよ」
「……紬、あんた何、化粧なんかしてんのよ?」
「君こそ、見ないブローチだが?」
「「……」」
視線がぶつかり、火花が散るが。留美子がピョンピョンと跳び跳ねながら間に入る。
「す、ストップだってば」
「おっとそうだった。千早、港へ向かうぞ。冒険者ギルドを止める必要がある」
「港って……私達は近寄らないんじゃないの?」
「そうも言っていられないようだ。A級冒険者が出る事態に発展している。……うちの子達が気づく前に港へ行くぞ【紋章術:転移の空扉】」
紬が懐から羽ペンを取り出すと、宙に扉が描かれる。
扉が開かれると三人は同時にその中へ入っていく。途端に騒音が耳朶を打つ。
「急げっ! 例の船はもう港の直ぐ傍だ!」
「港鎖の準備はできたか! 岩亀を高所に配備しろ! 空にも牙海猫を放っとけ!」
マーマンを主とする港の守備を担う者達が大声で指示を出し合い、防御態勢を整えていた。
千早達がノーツガルの街へきて二週間ほど立つが、これほどの騒ぎは見たことがない。
「一体何事?」
「先程、我々の元にも応援の要請が来た。この街に対して異常な要素を持つ船が近づいているとのことだ。その船があまりにも高速な為に、船の行き先に危険を知らせる連絡が届いたころには目の前に来ていたと言うわけだ。緊急時につき、貴族から応援要請が至るところに飛ばされている。我々もその一つだが、場所は海上、主戦力としてはやはり冒険者が期待されているようだ」
ツカツカと革靴の足音を響かせて紬は一つの見張り台を目指す。
「一応、聞いておくけど。その船って……」
千早が言い終わる目に、目の前に巨大な影が振って来た。
スタンスを開いて鯉口を切る。影の正体は巨漢のマーマンだった。
「よぉ、お前が噂の【鬼姫】か。良い殺気だぁ」
その巨漢は青味がかった肌の色をしていた。深い緑色のザンバラ髪を雑にまとめ、半裸の上半身にはトライバルの入れ墨が掘られている。
「貴方のことは聞いているわよ。【鉄鱗】のグバ……この街に二人いるA級冒険者のうちの一人ね」
「知ってんのかよ。しっかし、ケツでも触ろうとしてんだが隙がねぇなぁ、お前俺の女にならねぇか?」
他のマーマンにはない縦長の瞳孔が狭まり、千早の身体を撫でるが。千早は視線を逸らせて歩き出す。
「状況を教えなさい」
「はん、いいぜぇ。ついてこい」
グバが巨体を翻し、勢いをつけると跳躍を繰り返して見張り台の上へ昇っていく。
「まったく、この私を口説かないとは失礼な男だ」
「わ、私は影の中にいるね」
【紋章術】を展開した紬が飛び上がり、【忍者】のクラスを持つ留美子が千早の影の中に消える。
千早は柄に手を置いたままに、跳躍し僅かな凹凸に足をかけて数歩で見張り台の上に辿り着いた。グバは古びた袋から巨大な戦斧を取り出して担ぐ。袋はアイテムボックスのようだ。
「グハハハハ、連絡が有ったのは今朝のことだ。異常な帆船がこのノーツガルに向かって来ていると言うものだ。とんでもねぇ速度でなぁ」
千早と紬には一瞥も無く、グバは一心に港の先の水平線を睨みつけている。
「足の速い船なら水生の魔物に牽かせることもあるでしょう。珍しいけど、港がこうなるほどではないわ」
「その船は、大水球の魔物に何度も、何度も襲われていたそうだ。中にはダンジョンマスタークラスの魔物もいたらしい。その全てを返り討ちにしたそうだ。海賊船のような髑髏の船首を持ち、魔物の皮を接いだような帆を持っているとよ。悪趣味な船だぜぇ」
「「……」」
千早が天を仰ぎ、紬が頭を抱える。
遠慮がちに千早がグバに話しかける。
「あー、それだけなら。腕利きの冒険者が乗っているとかじゃないかしら?」
状況を整理する為に落ち着かせようと千早が質問するがグバはニヤニヤしながら首を横に振る。
「俺もそう思ったさ。だがよぉ、その船が通った後には氷塊が浮かび、時に船から大風が吹くそうだ。さらには船の近くから異常な海流が連続して発生することもあるらしい。確認した奴がいうには、水中に巨人がいて海の中をしっちゃかめっちゃかにかき乱しているようだったとよ。極めつけは、魔王種クラスの魔物がその船から何度も出てきては何かに倒されているらしい。船自体が未知のダンジョンに繋がっている可能性もある……そんなのがこっちに異常な速度で向かって来てんだ。港へ入って見ろ、大混乱になるぞ。連絡を寄こした護衛の冒険者は恐怖に震えていたぜ。あの船にはおぞましい何かがいるってな」
氷塊は恐らくファス、大風が何かは見当がつかないが、異常な海流はおそらく真也が水中戦用に身に着けたという水流を操作する技、魔物は言わずもがなファスの新技である新しい創生魔術のことだとブラン・ロゼの三人はすぐに気づく。どうにか場を収めようと、紬が前に出た。
「あー、そのことだが【鉄鱗】殿? おそらくだが……その船は敵でないというか、おそらく我等の知り合いだ」
「知り合いだと? どういうことだぁ?」
「どういうことも何も、その者達は特別A級冒険者【死線の英雄】を冠する真也一行のパーティーだ。間違いない。あぁ、間違いないとも」
「【死線】っていうとあれか? 大森林でリザードマンの魔王種をぶっ倒したっていう。……馬鹿言うな、あの話から三か月程度だぞ。どうやって大森林からここへ来れる?」
「実際に来ているのだからしょうがないでしょう。彼等の身元は私達ブラン・ロゼが保証するわ。合流すればアナスタシア王女やミナ王女の後見も確認できるはずよ」
千早がそう言うとグバは頭を何度か捻り。ガクンと頷くと、見張り台から声を張り上げた。
「野郎どもぉおおお、船に乗ってんのは少なくとも『ヒト』だぁあああああああ。歓迎の準備をしろぉおおおおおお! 岩亀から岩石を撃てるようにしておけぇえええ!」
「「「オォオオオオオオオ!!」」」
「何を言っているの!?」
「正気か【鉄鱗】殿。真也は二国の王女の後見を持っている。これは問題になるぞ」
千早が詰め寄り紬が苦言を呈するが、グバは尖った歯を見せながら嗤う。
「ここまで大騒ぎして、おさまりがつくかってんだ。あんた等が間違えてたらそれこそ大変だぜぇ。そんならいっそこのままぶつかった方が止まれるってもんだろぉ。吟遊詩人が唄う通りの【英雄】様ならよぉ。この港の歓迎だって受けてくれるはずだ。俺としてもよぉ……噂の【死線】とは戦ってみてぇのよ! さぁ、来たぜ!」
緊急時の狼煙を見て他の船が港から離れ、一隻の船が港へ近づいてくる。
髑髏の船首に、ツギハギの帆。その先頭には手甲を絞り上げる真也の姿があった。
船が港門を越えると鎖で退路が塞がれる。
「出迎えてやれ!」
グバの号令を受けて、高所に配備されていた巨大な岩の甲羅を持つ亀から岩石がその船へと発射されたのだった。
次回、真也君。肉食獣たちに見つかるのまき。
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