第四百九十二話:女神の祝福
潮の匂いと、大水球で歪んだ月明かりの中を人魂と一緒に幽霊船が進んでいく。傍からみたらどう見えるのやら……絶対怪談になっているだろうな。
「舵が勝手に動いているだ。思ったほど怖くはねぇだな。確かにこれはポカルのいう通り、やることがねぇだ」
「そうだと言ったっす。夜ならゴーストが力を貸してくれるっす」
木造船独特の木が擦れる音がしながら、僕等はなにもしていないのに船は勝手に操縦されているようだ。この船は小型の商船程度であり、一応横帆もあって調整が必要なはずなのだが勝手にロープが引かれている。
「帆の操作もしてくれるようですね。念のためフクちゃんが糸を張ってくれますが、船自身が己を操っていると言うのならこれが正しいのでしょう。参考にさせてもらいます」
勝手に動く舵や帆が風を受けてジグザクに動いていく。こういうのって後ろから風を受ける物かと思っていたが、実際は向かい風を斜めに受けながら進むらしい。ここ数日のトア先生の講義でなんとなくわかってはいるが実際に乗っていると不思議な感覚だ。砂漠船は砂の流れを読むって感じだったが、海では風が大事なようだ。
「それにしても、月がデカいな」
「ええ、星もはっきり見えます。海での船旅は初めてですが、砂船に比べるとかなり揺れますね。でも、風がとても心地よいです」
ファス程じゃないが【竜人化】の影響で僕も夜目が効くようになっていて星がしっかりと見える。
夜の海って本当に空が綺麗だ。水平線の先にある夜空は境目が曖昧で自分が海と空の間に溶けていくようだ。
「寝る気分でもねぇな、夜食でも作るだ。振り子式のコンロも練習したいし。それに……」
言葉を切ったトアは後ろを振り向く、そこにはほんの数十分前までハイテンションだった人物がうずくまっている。
「湯を沸かして、胃の調子を整える茶を淹れてくるだ」
「【星涙纏光】ぅうう……やっぱりリジェネだけだと、気持ち悪い……治っては気持ち悪くなるの繰り返しだよ。」
はい、予想通り船酔いにやられている叶さんです。一応継続的に回復して、それほど悪い状況ではないのだが、回復しては気持ち悪くなってを繰り返しているらしく、ゾンビのようにうめいている。
幽霊船による航海で一番テンションが上がってたのに、あまりに憐れだ。疲労だけは僕の方で引き受けてあげよう。
「……うぅ、オレ。ちょっと眠いっす」
そうこうしているうちにポカルが目を擦り始めた。僕等と合流してからは、安心したのかちゃんと眠気が来るようになったらしい。
「僕等はもう少し船の動かし方を勉強するから、ポカルは寝てていいぞ。ハンモックまで送るよ」
甲板の下に倉庫があるのだが、一角にハンモックが設置してありそこで眠るようになっているのだ。吊り下げられたハンモックは船と一緒に揺れることで体が動かないし何よりスペースの節約に持ってこいだ。ちなみにポカルはフクちゃんが編んで叶さんが祈りを捧げたミサンガを装備しており、ゴースト対策も万全だ。実際にこれを装備してから夜にゴーストが集まってくこともない。
ポカルをハンモックに乗せて甲板に戻るとファスは手に収まる程度の真鍮製の円盤が組み合わさったような器具を使っており、これで星から位置を確認していた。船の上のエルフってのもファンタジーだよな。
「問題無く使用できそうですね。不良品の可能性もあるので複数個買ったのですが、杞憂だったようです」
「懐中時計みたいだよなそれ、なんていうんだっけ?」
「星見板ですね。水平線に合わせることで星を観察して方位や時刻を明らかにする錬金機械です。船旅には必須ですね。昼間でも太陽を利用して使用することができます」
「便利だよなぁ。かっこいいし」
「ご主人様も使ってみますか?」
「折角だしやってみるか」
一応知識としては高速学習で頭に入れたしな。
「……うぅ、楽しそうだね。羨ましい……うっぷ、気持ち悪くなっては治っていく感覚。マジで最悪」
後ろからずるずると叶さんが這って来た。本当に可哀そうになってきた。【竜人化】の影響で体にも変化はあるはずなのに船酔いだけは苦手のようだ。
「仕方ありませんね。ほら、こっちですカナエ。体を起こしましょう」
「茶を持ってきただ」
しょうがないので、この日は船幽霊の操縦を見ながら叶さんの介抱を皆でして過ごしたのだった。
翌朝。トアの淹れたお茶のおかげでいくらか復調した叶さんは日の出と共に宣言をした。
「祈る。こうなったらもうこれしかないよ! 女神様。私に乗り物酔いを克服する【スキル】をください!」
「それで好きな【スキル】がでれば苦労はしねぇだ。ほれ、しっかり水分は取るだよ」
「大丈夫っすか?」
トアが横からお茶を差し出し、寝起きのポカルが心配そうに叶さんを覗き込んでいる。
「……ずっとお祈りしているけどやっぱり難しいかな。でもせっかくの船旅なのに楽しめないのは悔しいよ。そうだっ、フクちゃん。一緒にお祈りしてくれない? 世界一可愛いフクちゃんのお願いなら女神様も聞いてくれるかも」
「えー、今、操縦中」
少女姿のフクちゃんは帆に糸を張って一人で複雑な操作をしていた。昨日の幽霊船がしていた風の受け方をすでにものしているあたり、フクちゃんさん本当に凄いっす。
「そこを何とかっ! 今度、真也君との夜を譲るからっ!」
なんか知らない所で僕が譲られました。
「しょうがないなー」
指先から糸を切り離したフクちゃんが子蜘蛛の姿になって、叶さんの頭に飛び乗る。
普段は叶さんからの接触を断っているフクちゃんなのでレアな光景だ。
「女神様、なんとか船酔いを克服できる【スキル】をください!」
(ナンマンダブー)
「いや、フクちゃん流石にそれはダメだって……あれ?」
フクちゃんを頭に乗せた叶さんの周囲に青白い光の粒子が降り注いでいる。それらは結合して象形文字のような形になって叶さんの中に入り込む。
え? うそでしょ。
「キター! 真也君、鑑定紙貸して」
「う、うん。どうぞ」
一心不乱に鑑定紙を覗いた叶さんは顔を上げてワンドを取り出す。
「試してみるね。【星命の完全祝福】っ!……やった、気持ち悪くならない。これまでの回復じゃなくて、完全に船酔いを防ぐスキルだよっ! 女神様ありがとうございます! フクちゃんもありがとー、フクちゃんも私の女神だからね」
(しゃあなしやで)
「本当に欲しい【スキル】をものにしちゃっただ。とりあえずおめでとうだべ」
「流石転移者と言ったところでしょうか? 船酔いを防ぐスキルにしては大仰な名前ですね」
トアとファスも呆れながら叶さんの様子を確認する。
「間違いなく船酔いを防げる【スキル】だよ。より正確にいえば人体の恒常性を異常なレベルで保ち続ける効果っぽいね」
「……つまりどういうこと?」
「この【スキル】というか付与の影響化にある限り、飲み食いしなくてもお腹は減らないし喉も乾かない、真空でも水中みたいな場所でも問題無く生存し続けられるってことだと思う」
「「「は?」」」
僕、ファス、トアの声が綺麗に重なる。ヤバいこと言ってないか?
試しに叶さんに【星命の完全祝福】を付与してもらって、海に入ったのだがまったく呼吸が必要なくなっていた。これまでは息を我慢して数十分いると言った感じだったが、これはそれとはまったくの別物で感覚的には呼吸できていると言う感じだ。他のメンバーでも実験してみたが、効果は同じだった。どう考えても船酔いを治すとかそんなレベルのスキルではない。
「効果も一日は余裕で持つから朝一でかけ直せば、船酔いはかからないね。これで旅を楽しめるよ」
「……最上級、いえ、伝説級の女神の奇跡のようですね。ご主人様の奴隷としてとても有益です。やりましたねカナエ」
水中で効果を確かめたファスが水分を衣服から取り除きながら深く頷く。
「もうなんでもありだべな。まぁ、カナエが元気になってよかっただ。さて、日中はオラ達が船の操縦をするだよ。皆で協力してノーツガルを目指すだ」
こうして意図せずになんか新しいチートとその恩恵を授かった僕等なのだった。
星の女神様いくらなんでも叶さんに甘くないか? あの、僕にも派手なスキルとかくれてもいいんですよ?
毎日かけ直せば恐らく老化すらも防げるくらいにはチートな【スキル】です。
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新頑張るのでポチっていただけると嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






