第四百八十四話:船探し
丘を下ると僕らが見たのとは別方向から、毛深く角の無い牛のような動物が大量の荷物を体に括りつけて闊歩していた。
「でっか、象よりちょっと小さいくらいか?」
「オラも見たいことないだ」
体を寄せてくるトアも口を開けて、眺めている。検問所のようなものは無いようでそのまま街へ入ることができた。平屋の石造りの建物が軒を連ねている。一歩足を踏み入れた瞬間に磯と魚の生臭く、それでいてどこか懐かしい香りがした。
「あー、これ魚市場の臭いだ」
昔、爺ちゃんと一緒に回ったのを思い出すな。
「だべな、すでに嗅いだことのねぇ匂いがたっくさんあるだ。楽しみだべ」
「私としては、海藻も気になるし船を通じて面白そうなものがあるといいな」
トアが目を輝かせている。叶さんも興味深々の様子でリュックを揺らしていた。うん、これは市場巡りはマストだな。
「市場にも興味はありますが、まずはノーツガルへ行くための道を確認しなくてはいけませんね……冒険者ギルドのようなものはありませんが……船着き場近くに人が多いですから。情報を集めましょうか。ついでに宿も見つけたいです」
フードを被り直しながらファスが周囲を見渡して街の様子を探ってから方向を示す。フクちゃんはファスのローブの中へ隠れているようだ。
「んじゃ、行くだよ旦那様」
トアが手を引いて歩き出す。こうして並ぶと出会った頃と比べて目線が少し釣り合っていることに気づく。それでもちょっとトアの方が背が高いんだよな。ファスもだけど、トアも表情が明るくなったよなぁ。
「トアが楽しそうでなによりです。私も朝は楽しみましたからね。ご主人様との時間は皆で大事にすべきです」
「……私の番、早く来ないかぁ」
ファス的にもトアが楽しそうなのは嬉しいようだ。皆で街を周囲を見渡しながら街を見渡していく。
それほど大きくない街なので港へはすぐに到着。それほど大きくない帆船からマグロほどの巨大魚がガンガン運ばれている。運んでいるのはマーマンだが、人族の姿も多く見える。大森林では僕と叶さんしか人族がいなかったから逆に新鮮な気持ちになれる。
「さっきの牛もだけど、色んなものがデカいな。大森林とは違ったスケールの大きさだ」
「んじゃ、適当に話を聞いてくだ。あの貝売りがいいんでねぇの?」
というわけで、天秤棒にハマグリほどの大きさの二枚貝を山ほど積んでいる青っぽい肌の年配のマーマンに話しかけてみる。
「すみません」
「あい、いらっしゃい。卸したてほやほやだよ」
話を聞くだけってのもあれだし、ちょっと買うか。目配せをするとトアが腕を解いて貝の臭いをかぐ。
「紅玉貝だべな。殻がしっかりと閉じて、模様もはっきりしているだ。うん、一杯分もらうだ」
「はいよっ! 銀貨一枚だよ。犬族のベッピンさんは鼻だけじゃなく眼もよく利いてるな。あんたら、旅の人かい?」
瞳がギョロリと動いて僕等を見渡す。眼球がかなり柔軟に動くんだな。今の僕とトアはビオテコで買った狩装束に軽鎧をつけているがファスと叶さんはいつものローブ姿である。ちなみに、そういったマーマンのおじさんの格好はふんどしに腰蓑といったほとんど裸みたいな格好である。温かいとはいえ、風も吹いているのに冷えないのだろうか?
「はい、冒険者をしています。ノーツガルへ行く途中でどうやって行くのかを知りたくて」
「どう行くかって? そりゃ船だろ。今の時期は『逆巻き河』のせいで陸路は危険だよ」
「なるほど……えっと、どうすれば船に乗れますかね?」
「あそこの錨の看板がついた酒場へ行きな。船旅の募集をしているはずだよ」
水かきのついた指が向けられた方には木製の看板に錨のマークがついた建物が見えた。
「あそこがこの街の冒険者ギルドなんですか?」
「こんな小さい港町にそんなもんねぇよ。かわりにあの酒場で最低限の依頼の受注をしてんのさ」
「へぇ、なるほど」
そんなこと言いながら、貝売りの叔父さんは底の深いスコップのような器具を使って貝を掬うとトアが取り出した袋に貝を入れてくれた。
「ほい、確かに一杯分。最近はノーツガルに行く冒険者が増えているから、船はあると思うよ」
「色々と教えてくださってありがとうございます」
丁寧にお礼を言って、教えてもらった酒場に入る。強い酒精の臭いが立ち込めている。
壁には木製のボードが貼っており、何十枚も紙や木札が貼り付けられている。流木で作られたカウンターの奥には酒樽が積み上げられていて、店員らしき人族とマーマンが座っていた。客の種族も幅広く、丸く灰色の耳をつけた獣人や日焼けした人族、マーマンはもちろんいるのだがこれまで見ていないピンクっぽい肌にわずかに鱗を持つマーマンもいた。皆、自由に飲んでいるようだ。僕等にも視線は集まるが、近寄って来る人はいない。
「とりあえずカウンターに行くか」
「それがいいと思います」
「だべな」
皆でカウンターに行くと、僕が人族だからか同じ人族のおにいさんがこちらへ来てくれた。顔に十字の傷が入っており、腕には鱗のようなタトゥーが入っていてかなりの強面だ。
「注文は?」
こういう時はなんか注文するのが筋なんだろうけど、何を頼めばいいのかわかんないんだよな。
ファスを見るが、無言で首を振られる。こういう時はトアに任せるか。というわけで皆の視線がトアに集まる。
「そこにあるのはエールだべか?」
「そうだよ。いっとくがエールは水の変わりだ、それだけで売ってねぇぞ。酒ならラムかブランデーを注文しな。それ以外はくそ高い山羊乳か酸っぱい果実水しかねぇぞ」
「なら『メルアクヴォ』で人数分と塩漬け肉とナッツを頼むだ」
なにそれ? と聞きたいが店員は頷いて金属製のジョッキを取り出しながら僕をジロリと睨む。
「獣人の嬢ちゃんはともかく、後ろのガキは腹こわさねぇか?」
「問題ないだ。あと、ノーツガルへの船を探しているだ。ここなら探せると聞いただよ」
「……」
店員は無言でジョッキに琥珀色のラムを入れて、後ろの酒樽のコックを開いてエールを注ぎ込む。
うわー、酒で酒を割っているよ。最後にライムのような果実をざっくりきったものを木製の皿にのせてジョッキと一緒に差し出してくれた。
「肉とナッツは後で席に持っていくから、ジョッキもってテーブルに行きな。船は木札を見て後は船と直接交渉だ。今は大水球が近いから護衛ありの船しか出ないぜ」
「どうもだべ」
というわけでジョッキを持って空いているテーブルに座る。汚れた椅子に座り、持って来たジョッキを煽る。
「……薄い」
めっちゃ薄かった。なにこれ? 大森林で飲んだワインは慣れないながらに強い味があったのだが、これはマジで味の薄い酒だ。
「まぁ、こんなもんだべ。旦那様ライムを入れるだよ」
トアが切ったライムを絞ってくれてもう一度飲むが、それでも味はすっぱいだけのレモン水でありそのくせまったく味わいのない酒精だけが主張してくる……端的にいって不味い。これなら水の方がマシだぞ。僕等の反応を見てトアが苦笑しながら説明してくれる。
「『メルアクヴォ』ってのは船旅で飲まれる酒で『腐りにくい水』って意味だべ。オラ達はファスのおかげで水には困んねぇけど普通は違うだ。陸路なら防腐の付与がされた水袋や水筒で事足りるけんども、補給が難しい船旅ではさらに腐りにくい薄い酒を水袋にいれるんだ。あのカウンターの中にあった酒ならこれが一番飲みやすいから注文しただ」
「なるほど……まぁ、水分と考えたら飲めないこともないか」
「トアがあの『酒精の種』を大事にしていたのがわかりますね。これは……お酒ではなく酒臭い酸っぱい水です」
「酔えない私にとってはむしろアルコールの風味が邪魔なだけ。まぁ、これも文化だよね」
(フツー)
ローブの中から顔出したフクちゃんがファスのジョッキから酒を飲むが。別に感想もないらしい。
程なくして、机に塩の効いたナッツと薄いハムが置かれる。
「ナッツは美味しいな……」
「少し固いですが、歯触りがいいですね」
『メルアクヴォ』と違って、ナッツはめっちゃ美味しい。少し炒っていて風味が豊かだ。
ハムは……うん、しょっぱいだけです。トアが作る燻製肉の方がずっと美味しい。もうこれナッツだけでいいな。僕等がナッツやハムを食べている間にトアは木札を見たり、店員と話をして何か交渉してくれている。いつもなら、他の冒険者から絡まれるとかありそうだけど、別にそんなこともなく普通に過ごすことができた。なんか肩すかしをくらった気分だ。
「旦那様。いくつか船を見繕ってきただ」
「私も交渉しましたのに」
「だよね」
待機していたファスと叶さんはやや不服そうだ。実際僕も見て回りたかったが、トアが自分がすると言い出して席を立ったのだ。
「ファスとカナエは目立つだよ。オラはこういうの慣れているしな」
「僕は?」
「こういうのは奴隷の仕事だべ。あと、旦那様が動くとまた雌を連れ込みそうだべ」
「ええ……」
流石にそんなことはないと思うぞ。
「まっ、適材適所だべ。とりあえず皆で船を取りに行くだよ」
「服も見たいなー」
こうして、特に問題もなく僕等は船を取る為に酒場を出たのである。うむ、僕等にしてはあまりに順調だな。歩き出してすぐにファスから【念話】が飛んできた。
(ご主人様、酒場から私達を付けてくる者がいるようです)
……まぁ、そんなうまくはいかないか。と心の中でため息をついたのだった。
これで今年の更新は最後です。本年もお世話になりました。来年も真也君達の冒険をよろしくお願いします。それでは良いお年を!!
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