第五十一話:丁寧なレシピ
「あの男っ……」
ファスが露骨に嫌な顔をしている。僕がいつも稽古でボロボロにされていたので、ファスはギースさんに良い印象を持ってないというか、嫌っているっぽいんだよなぁ。
(カル?)
「なんでフクちゃんやる気まんまんなの? ダメだからね」
(ザンネン)
今のフクちゃんならワンチャン、ギースさんにも勝てそうだから怖い。
「知り合いだべか?」
「あぁ、こっちの世界へ来た僕を鍛えてくれた人だよ。オークデンって貴族の所の騎士団長でギースさんだ」
「はぇ~騎士団の団長さんだべか。大した人なんだなぁ」
「肩書だけ立派というだけですよ」
飲み比べで盛り上がるライノスさんとギースさんを見ながら、トアにギースさんの説明をする。
ファスさんはまだ毒を吐いてます。
それにしてもどうしてこんな所にギースさんがいるのだろうか?
「埒があかんな、オイっ一番強いの持ってこい!!」
「ドラゴンだって酔わせるやつでないと俺達はやられねぇぞ!!」
注がれた酒を飲み干し、一杯一リットル近く入りそうな木樽のジョッキを逆さまにしてライノスさんが叫ぶと。
飲み比べを見ていた、ナノウさんがどこから持ってきたのかドンと一升瓶を二人の間に置いた。
「仕方ないねぇ、あたしの寝酒用に買っといたんだがね『ドワーフの火酒』だよ。ギー坊の注文通りドラゴンだって酔わせる酒さ」
……わぁお。二人からそれなりに離れているはずなのに明らかに発生源があの一升瓶からであろうアルコール臭がこっちまで匂ってくる。
酒と言うより燃料と言われたほうがしっくりくるぞアレ。
トアが目をキラキラさせて解説を入れてきた。
「『ドワーフの火酒』は一口で立っていられず、二口で心臓が波打ち、三口でぶっ倒れる、っといわれる有名な名酒だ。オラもご相伴に与りたいべ」
「……それはもうお酒じゃないと思います」
ゲンナリした声でファスが返す。正直な所僕としてはどんなものか飲んでみたくはある。
しかしそれを寝酒にしているナノウさんもすごいな。
「婆さん、いいもの持ってんじゃねぇか。よしギースこれはイッキ飲みでいこうや」
「上等ですぜ兄貴、それと婆さんさっき俺に賭けなかっただろ、後悔させてやるからな」
「いいからさっさとケリつけな」
無色透明な酒が二人の木樽ジョッキに並々と注がれ、そのまま二人は酒をイッキに飲み干し机に逆さに置いた、……カンっと小気味よい音を響かせ、……そのまま二人ともぶっ倒れた。
周りの野次馬の喧噪がいっそう激しくなり、「賭けはどっちの勝ちだ!?」「引き分けに賭けた奴の総取りだよ!!」「ふざけんなそんなのあるかよ!!」「ハッハッハ、ぶっ倒れたハッハッハ」「今のうちにライノス旦那のおごりで飲んどこうぜ」「あのギースってやつやるじゃねぇか」等々ヤジが飛び交う。
倒れた二人はナノウさんにポーションのようなものを飲まされ、すぐに起き上がっていた。
飲み比べが終わり冒険者達は各々自分の机に戻り飯と酒を楽しみ始める。ちょうど人が捌けたので意識を取り戻した二人に挨拶しようか。
「お久しぶりです。ギースさん。ナノウさんとライノスさんもこんばんわ」
「おや、ヨシイじゃないか。アマウに聞いたよレッドブルマンを狩ったそうだね。ご苦労様」
「おう来たか、お前らに紹介したかった奴ってのはこいつだ。俺の昔の部下でなギースってんだ」
「うん? ……おう誰かと思えばお前か……ん? どうしてお前がここにいるんだ!!」
二度見された。うわぁ、完全に酔っぱらってる。絡みたくねぇ。
「あん? 知り合いなのか?」
「えぇ、稽古を付けてもらってたんですよ」
「待て待て待て、お前、あのボンボンに嵌められて死んだんじゃねぇのか?」
あぁなるほど、ギースさんはそう思っていたのか。面倒くさいがかいつまんで、僕等の近況を説明する。
お腹が減ったので話をしながら、肉のタタキと小鳥の姿焼を食べる。美味いなコレ、今度トアに作ってもらおう。
ちなみに僕がギースさんとライノスさんに話をしている最中、ファス達は横の机でナノウさんと話をしていた。
「いいかい、雰囲気が大事だよ。断れない雰囲気をあらかじめ作っておくんだ」
「なるほど」
「年の功だべなぁ」
(メモメモ)
……何を話しているかわからないが、まぁ楽しそうなのでいいか。
横の不穏な会話に冷や汗を垂らしながらギースさん、ついでにライノスさんにも何があったかを話した。
「……なるほどな、ヘっ、あいつらの企みはまんまと失敗に終わったってわけだ。いい気味だぜ。まぁお前もよくやったな、俺が仕込んだんだ、そうそう簡単に死ぬとは思わなかったが……おい酒だコイツに注いでやれ」
ギースさんが店員に注文をする。すぐに木樽ジョッキになみなみと注がれたエールが渡された。
「……僕のいた所ではまだ酒を飲んではいけない歳なんですけど?」
「しったことか、冒険者になったんなら、飲めないと話にならんぞ」
「ハッハッハ、ギース、偉そうに言っているがお前も昔はよく飲み潰れていたじゃないか」
「それも経験でしょう?」
「違いないな、ほれ、お前さんもいってみろ」
ギースさんとライノスさんに勧められエールを飲む。口に入れると苦みに顔をしかめそうになったが、喉を通ると苦みは気にならなくなり次にくる麦の香りが心地よい。
一気に飲み干しジョッキを逆さに振って空だとアピールする。意外と悪くない。
「それでこそ冒険者だ! おしっ、もう一杯持ってこい」
「料理もだ、辛いツマミと肉を頼む」
というわけで悪い大人に捕まり、散々飲まされてしまった。
しかし不思議と酔うということはなく(もしかしなくても【自己快癒】のせいと思われる)楽しく濃い味付けの干し肉や焼き魚などを酒と合わせて楽しんだ。
そして話は本来の目的であった【威圧】の習得の話になる。
「――というわけでギース、知り合いなら話は早いだろう。お前の【威圧】を見せてやってくれ」
「しっかたねぇなぁ。おい坊主明日またここに来い、稽古場があるからそこで俺の技を見せてやる。実戦方式でな」
うん、ギースさんとの稽古はいつもそうだった。
「ありがとうございます。【拳士】でも【威圧】は取れますか?」
「その説明も明日だな。今日はとにかく飲むぞ、なんせ俺が冒険者に戻った記念だからな」
「騎士の職を失ったの間違いだろう?」
「自分で辞めたんですよ、もともと向いてなかったんです」
「騎士団を止めたんですか? ギースさんほどの腕がありながら?」
そりゃあ、オークデンはもういろいろダメだろうが、それでもギースさんほどの腕があれば引く手数多ではないだろうか。
「あぁ、オークデン騎士団は解体されて、いっぺん自分が何したいのか考えてみてな。騎士を続けていたのは意地になっていただけだと思ったんだ、俺はこっちのほうが性にあってる」
「……そうか。ギース、髪はなくなったが男ぶりがあがったな」
「髪は関係ないでしょう!!」
「ガッハッハ、俺はまだフサフサだぞ」
結局その後も取り留めのない話をして解散した。なんていうか、美味しいご飯だったな。
宿への道をファス達と話をしながら進む。
「ムゥ……酔ったご主人様を介抱しようと狙っていたんですが」
わざとらしく拗ねたようにファスが言う。思えばずいぶん感情表現が豊かになったもんだ。
「スキルのせいかまったく酔わなかったな。お酒は美味しかったけど。そっちはどんな話をしてたんだ?」
「い、いろいろです。ねっ? トア、フクちゃん」
「そ、そうだべ、いろいろだ」
(トップシークレット)
「……まぁいいけど」
「ちゃ、ちゃんとしたことも聴きましたよ。ご主人様がいたところの料理とか」
「うん、いろいろ聞いたから、今度作ってみるべな。旦那様に満足してもらえるように頑張るべ」
絶対にろくなこと話してないな。まったく……ただ料理は楽しみだな。
宿に着くとまだ食堂は空いているのにあまり人はいないようだ。
少し気になったが、疲れているので部屋に行こうとすると、僕等を見た女将に呼び止められた。
「ちょっと待った! あんたキズアトを買った冒険者だったね。あの子はどこだい?」
どこだも何も横にいるけど? もしかして気づいてないのか。
髪とかは同じだしわかりそうなもんだが。
厄介ごとの予感がするのでファスに目配せをすると、頷きトアに耳打ちをしてくれた。
どうやらトアに黙っているように言ってくれたようだ。流石ファス。
「何かあったんですか?」
「何かあったじゃないよ、あの子がいなくなってから数日だというのに客は減るばかりさ、今日はレシピ通りの材料を使って料理を作らせたってのに、味が落ちたとかいつもと違うとか文句まで言われる始末だよ! どうしてくれるんだい」
材料をかさまししたせいで客足が遠のいたのだろうか。それにしたってトアを買い取ってまだ数日だぞ、早すぎるような気もするが。
「それで、トア……キズアトに会ってどうするんですか?」
「決まっているだろう! さっさと厨房に戻ってどうして味が戻らないのか確かめさせるのさ、レシピが不完全だったに決まってるからね」
「彼女は僕が買い取ったはずです。女将も納得してくれたじゃあないですか、料理の得意な奴隷をまた買ったのでは?」
「御託はいいから、あの醜い傷面を引っ張ってきな!! レシピが不完全なら契約は不履行だよ。あの子には戻ってもらうからね」
顔を真っ赤に叫ぶ女将、あぁさっきまであんなに幸せな気分だったのにな。
自分でも少し驚いているけど、僕は今結構怒っている。
短い付き合いだがトアのことをかなり大事に思っていることに気付かされた。
感情に任せ、女将の胸ぐらを掴もうと手を伸ばそうとすると後ろからトアが口を開き喋り始めた。
「ごめんなさいだ旦那様。でも黙ってられねぇべ」
トアは女将に対する恐れがぶり返しているのか、微かに手が震えてはいるものの、その視線は一切ひるまず、かつてその背中の傷のせいで丸めていた背中をピンと伸ばし真っすぐに前を見据えていた。
「オラが残したレシピに書き残したことはねぇべ。この宿へのせめてもの恩に報いる為に細かなことまで書いていたはずだべ」
……黙ってトアに道を譲る。女将を見ると最初はバカみたいにポカーンとしていたが、次第にワナワナと震え始めた。
「お、お前、キズアトかい! なんだってそんな……」
「オラの名前はキズアトなんて名前じゃねぇべ、旦那様が付けてくれた『トア』って名前があるだ」
「あんたの名前なんて知らないよ、あんたは名無しのキズアトさ、さっさと厨房へ戻りな! その器量なら客引きもできるだろう、上客に尻尾の一つでも振っておいでよ、そこのあんた、金は返すからキズアトを返してもらうよ!!」
女将はいよいよ混乱してわけわからんことを叫んでいる。その声を聞いて食堂の客や宿の従業員もこっちをのぞいている。
「悪いけど、トアは僕らのパーティにとって欠かせない存在でね、例え払った金の倍額出されても手放す気はない」
「ご主人様、そろそろ私も我慢の限界です。火を噴いていいですか」
(カル?)
流石にここで【息吹】は不味いですよファスさん。でも気持ちはわかる。正直この女将の醜悪さはオークデンにすら匹敵する。
「ありがとうだべ皆。女将さん、オラはもうあんたの道具じゃねぇべ。トアとして旦那様達と生きていくだ」
「あんた、このあたしに育ててもらった恩を忘れて、よくもそんなことが言えたもんだね。獣人は義理堅い種族ってのは大ウソだね」
女将のその言葉に反応したのは食堂からこっちを覗いていたミーシャだった。
走って近寄り、その耳を立たせて歯を向いて一気にまくしたてる。
「よく言うわよ、キズアトはあんたが金の勘定をしているあいだに、料理以外にも見られないように客が寝てるうちから宿の掃除やいろんな仕事をしてたんだからね! あんたにズタボロにされてもそこまでしてくれた子によくもまぁそんなことを言えたものね! キズアトは恩に報いるどこに出したって恥ずかしくない立派な獣人よ!」
「ミーシャ……」
「ごめんね、キズアト、私、どうすることもできなくて、貴方のこと奴隷だから仕方ないって思ってて……ホント最低だよね」
「何言ってるだミーシャ、ありがとうだべ、その言葉だけでもう十分だ。あとオラの名前はトアだべ。旦那様につけてもらったんだ」
「うん、うん。傷治ってよかったね……トア、いい名前だと思う」
二人は大粒の涙を出しながら抱擁していた。
ちなみに僕も少し泣いている。いや、泣くでしょこんなの。良かったなトア。隣を見るとファスも多分泣いていた。
さて女将とはどう落とし前を付けるか。そう思っていると、ミーシャの声を聞いた従業員や客が声を上げ始めた。
「おう、そこの嬢ちゃんがいつも料理を作ってくれてたのか。旨かったぞー」
「キズアトさんの料理を再現しろってのが土台無理なんだ。材料も安くしやがって、女将、俺はこの宿辞めさせてもらうぞ」
「ここの料理を食べると元気が出てたんだ。それが女将のせいで台無しだ」
「みっともないぞ女将!!」
声は次第に大きくなり、中には金を女将の足元に投げて宿を出ていく客の姿もあった。
女将は肩を落とし無言で金を拾ってそそくさと奥の部屋に引っ込んだ。
声を上げていた客たちは、明日には宿を引き払うと言って自分の部屋に戻っていった。
従業員の中にはトアへ謝りに来た人もいて、それなりに時間を取られた。
騒動が静まるとトアは一人、どこかへ行き。戻ってくるとランプの明かりを頼りに紙に何かを時間をかけて書いていた。そして書き上げると、その紙を大事そうに封筒に入れてまた部屋を出てすぐに戻ってきた。
ベッドから半身を起こして尋ねる。
「何してたんだ?」
「けじめだべ、厨房へ行って調理について間違っている所を見つけてきただ。……旦那様。オラ今まで一人でいたんだと思っていたんだ。でも違ったんだなぁ」
「そうだな、悪い状況になると、諦めて誰かに頼ることもしようとしなくなるからな、僕もそうだった」
「旦那様もだべか?」
「うん。そうだった。そしてトアと違ってそれに気付けなかったんだ」
かってに絶望して、自殺しようとして後悔していた。ホント恥ずかしい奴だよ僕は。
不意に後ろから抱き着かれ、頭にはピョンといつもの感触。
「ご主人様はここにいます。気づけなかったなんてこと言わないでください。私達はご主人様に頼られたいのですよ」
(マスター、ボクガ、マモッテアゲル)
そして正面からトアに抱きしめられ後頭部を撫でられる。
「旦那様に何があったのかオラはまだ少ししかわからねぇけど、でも大丈夫だ。オラ達がついてるべ」
そうしてその日の夜は更けていった。
余談ではあるが、その夜のことをきっかけに宿から客は離れ、従業員もやめてしまった為に鉄の狼亭はしばらくして潰れたらしい。
そしてそのさらに後に小さな屋台が町に現れたという話を聴いた。
出される品はかつて鉄の狼亭での名物料理『サブサラル』という揚げ物料理だった。声を上げて客を呼び込むのは壮齢の恰幅の良い女性で、その後ろには小さな文字でびっしりと誰にでも作れるようにわかりやすく丁寧に書かれたレシピが置かれていた。
女将との決着です。えっVSギース戦?
次回予告:VSギース戦
すみませんでした。予告詐欺はしないように気を付けます。
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