第四百七十九話:野宿飯
「よっし、行こう」
「うぅ、スマホが欲しいよー。写真撮りたかった……」
目の前に広がる大海原を馬鹿みたいに見つめていたが、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。
指で四角を作って画角を確認している叶さんを急かして、荷物を背負い直す。
「今までは客車や他の移動手段があったので、こうして普通に荷物を背負うのも新鮮ですね」
「それでもアイテムボックスのおかげで大分楽だべ」
「冒険って感じだよね」
フクちゃん以外の全員がリュックを背負っているのだが、何かあった時にすぐに動けるように僕とトアは少し荷物が少なめになっている。ファスと叶さんがデカいリュックを背負うのはなんとも納得がいかないな。
「もうちょい僕が荷物を持ってもいいぞ」
「ダメです。本来なら奴隷が持つべき……という建前は置いておいて、奇襲を受けた際に前衛を担当するご主人様は荷物を少なくしておいてください。場合によって私達をかかえることもありますから」
(ボクは?)
見知らぬ場所で警戒しているのか子蜘蛛姿のフクちゃんが体全体をちょっと傾げる。うん、可愛い。
「フクちゃんは奇襲に警戒、防御と全ての状況に対応してくれるので、荷物は持たなくて大丈夫です。遠距離の攻撃手段や防御の魔術がある私と叶がもっと荷物を持ってもいいくらいです」
「実際はファスの索敵があるから楽だけんど、冒険者の基本として前衛は荷物を少なくするもんだべ。金があるなら荷物持ちのパーティーメンバーがいることもあるけんど、オラ達にはいらねぇな」
「レベルアップもしているし、このくらいの荷物なら軽いくらいだよ。リュックも最高級品使っているしね」
提案してみたがにべもなく断られてしまった。しょうがないからその分、しっかりと前に出て皆を守れるように注意していこう。
「とりあえず、ここってどこなんだ?」
今いる丘からとんでもない海は見えるが、人里らしいものは見えない。
「隠れ里で地図を貰っています」
ファスが、地図と方位磁石を取り出して位置を確認する。
「この丘ですね。ここからですと海沿いに『コメルコ』という港町があり、そこからさらに海岸沿いを進むか船でノーツガルへ行けるようです。方角的には丘を回るので、ここからは町が見えないのでしょう。私の目でもまだ見えないので、今日中に着くのは難しいかもしれません」
「じゃあ、とりあえずその港を目指すか。まずはこの丘を降りないとな……」
下を見るが割と角度のある斜面だ。まぁ僕等には問題ないか。
「れっつごーだよっ!」
さっそく叶さんがピョンと跳んでキラキラと光の粒をばらまきながら滑空していく。
「先頭は前衛じゃないのか? よっと」
「あっ、待ってくださいご主人様」
(とぶのだー)
「さっそく陣形が崩れてるだ……」
丘を蹴って【空渡り】で一気に下る。背の低い草と木が多く、見晴らしはめっちゃいいな。
大森林とは何もかも違いすぎて、違和感がある。
地面へ着地。風が強いな。道らしい道はないが歩きやすくはある。湿気はあるものの、ぶっちゃけ大森林の方がジメジメしていたし、ずっと過ごしやすいかもしれん。
「海沿いっていうからなんか寒いのかと思ってたけど、ちょっと暑いくらいだな」
「オラ、よくわかんねぇけど。宿にいた頃に出会った海から来た商人は薄着だったべ」
「風が気持ちいい温度だね。室内でこの服装だと少し暑いかも」
歩きながら、新しい環境への感想を言い合う。地図を頼りに道を探していくと、すぐにみつけることができた。これで自分たちの居場所がわかりやすくなったな。そのまま丘を回るように海を見ながら進んでいくと、どこからか水音が聞こえて来た。
「河があるべか? せっかくだしちょっと覗きたいだ。どうせ今日は野宿になるだろうし、保存食でない新鮮な食材が欲しいだ」
「大賛成だ。キャンプと言えば魚だよな。フクちゃんの糸をつかってなんかやってみようかな」
「大丈夫ですご主人様。私が水中を見通して魔術で引き揚げますので」
「僕の出番が……」
(ボクのデバンも……)
ファスが胸を張って申し出る。ファス一人で火も、水も大概の食材も用意できてしまうのだった。うん、男子としてちょっと寂しいです。だって釣りとかしたいじゃん。
行き先からそれほど離れないということで、寄り道をして河を目指していく。
近づくにつれて、徐々に水音が大きく響いてくるのがわかる。
「うわぁ、すごっ!」
遥か先に見える大山脈へ向かって河が海から遡っていた。道はやや傾斜がついているというのに、水流は遡っている。河幅は三十メートルほどでわりと大きな河が物理法則を逆らうように逆に流れていく光景は海と同じように不思議な光景だ。
「雨期に河が遡っていくということは聞いてたけんど、イメージとは違ったべ。もっと雨の中でそうなってるもんだと思っただ。それに、噂に聞いてた河よりも大分小さいだ」
ほへーとトアが河に手を突っ込んで流れを確認する。
「微かではありますが、山脈の上の方に雨雲が見えます。向こう側は雨期に入っているのかもしれませんね。河に関しては山脈のふもとでいくつかの河が合流して洞窟河川となって山脈の中を通るようです。その為に魚人族でも熟練の船頭しか船を操れないと隠れ里で聞きましたね」
「こんな河がたくさんあるのか、おもしろいな。まだ明るいし、河沿いに港を目指して歩いていくか。いい感じの場所があれば拠点にしよう」
「賛成だよ。日程的にはまだ一ヵ月ほどあるし、久しぶりにのんびり旅したいもんね」
(おさかなー)
大森林の旅を経てレベルによる身体能力の向上に、足場の悪い場所を歩き続けてきたのも相まって僕等の足取りは軽い。特に休憩もすることもなく、日が傾くまで歩いたところで河が蛇行してできた内側の平坦地で野宿をすることにした。砂利が多いし、水はけもよくいい感じだ。水面はまだ大分下の方にあるらしく浸水することもないだろう。念のため、河から少し離れた高い位置にテントを張る。魔物もいないし平和すぎて、逆に不安になるな。そんな僕の心配をよそに皆は野宿の準備を進めていく。
「いい感じに乾いた石があっただ。ファス、火を頼むだ」
「任せてください」
「じゃあ、僕とフクちゃんで魚取って来るよ」
「ご主人様。それは私が……」
「いいって、いいって、ファスは火の番を頼むよ」
ファスばかりに面倒を掛けるのは気が引けるし、何よりも僕等が魚とりをしたいのだ。ファスが野宿の準備をしている今がチャンスだ。
「私も結界を張り終えたらそっち行くねー」
(マスター、れっつごー)
フクちゃんを頭に乗っけて、河沿いまでいく。河の流れは相変わらず逆方向だが、それほど早くはない。一応フクちゃんに警戒用の糸を張ってもらった後に狩装束を脱ぎ、手甲を外してパンイチになる。
「魚いるかな? フクちゃん、網を作れるか?」
(あいあいさー)
フクちゃんが脚や口から糸を出して器用に編んでいく。あっという間に網の完成だ。
ファスがいれば、どの辺に魚がいるかも見通せるだろうけどわからないってのもいいもんだ。
「よっと!」
何度かトライ&エラーをしながら網が広がるように投げては引き上げていく。
うーん、何も取れないな。しょうがないのでフクちゃんを頭に乗せた状態で【ふんばり】で河の上を走りながら深い所を狙って網を投げていく。
「おっ、なんか感触あるぞ」
(やったー、マスター、がんばれー)
グンと惹かれる感じがある。これは魚だとしてもかなり大物だ。フクちゃんの応援を受けながら陸を目指して移動し、網を引いていく。すると頭の中に【念話】でファスの声が響いた。
(ご主人様聞こえますか?)
(聞こえるぞ。今ちょうど網に何かがかかったところだ!)
(それ、魔物です)
「は?」
問い返す前に、一メートルほどの巨大な鋏が唐突にこちらに突き出される。
躱して、網をさらに引くと片方の鋏だけがバカでかいカニがブクブクと泡を吹きながら威嚇してきた。鋏を開け閉めして今にも襲い掛かってきそうだ。
「これは……めっちゃ美味しそう!」
(ゴハンっ!)
(旦那様、今そっちに向かってるだ! 絶対に逃がすでねぇだよ!)
食材ということでトアもこっちへ来ているようだ。【念話】から強い意志を感じる。
(任せろっ!)
一瞬で食欲に支配された僕とフクちゃんから何かを感じ取ったのか巨大なカニは泡を引っ込めて全力で河の深い所へ戻ろうとしている。
「逃すかぁ!」
(コロス!)
【竜の威嚇】で注意を引き寄せて、フクちゃんが糸を飛ばして網から逃げられないようにしていく。
網に繋がる糸がピンと張り、綱引きが始まった。
「うぉおおおおりゃあああああ! カニ鍋だぁあああああああ!」
【ふんばり】を使って網を引き揚げて陸までカニを引き上げる。力比べで勝てると思うなよ!
そのままカニの元へ奔り寄る。鋏を広げるがあまりに遅い。フクちゃんが鋏を開かないように糸で固定し僕の手刀が鋏の根本の関節から切り落とす。
「身はできるだけ傷つけないようにしないとな」
甲羅を掴んで【呪拳】を発動。一気に動きを封じる。数秒も持たずカニは動かなくなった。
捕獲完了だ。
「でかしただ。流石オラの旦那様っ!」
「美味しそうですね! 砂漠で食べた虫達を思い出します」
「は、速いよ二人共」
ファス達も合流して獲物を確認する。
「オラの【食材鑑定】によるとこのカニは味噌も身も美味しく食べられるだよ。甲羅も旨味たっぷりだし、腕が鳴るだ!」
というわけでこの日は、トアが存分に腕を振るい。焼きガニ、茹でガニ、甲羅酒と料理を堪能し、新たな冒険の初日を楽しんだのだった。
旅の始まりはやっぱり食事だよね。港の料理とかも色々書きたいです。
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