第四百七十八話:大海原の景色
大森林の景色が歪む。次の瞬間に僕等を無数の葉が打ち付けた。
「うっぷ……なんだこれ」
「【闇斥】っ! 木の葉で満たされた小道のようですね。木の葉に紛れて何かがいるようです」
「クォルルルオオ!」
アグロの甲高い鳴き声が響き、ファスの斥力の魔術と風によって木の葉が押し返されていく。
周囲にちった木の葉の隙間から見えるのは木の根が複雑に絡み合った壁で、巨大なクワガタやカナブンのような甲虫が木の葉を切り刻んでいた。ただのデカい虫……じゃないな、小道にいる以上魔物である可能性が高い。アグロの飛行速度について来ている当たり、相当早いな。
「確かにこれは風を操れる【嵐王鷲】じゃないと通れないね。凄い光景……感動だよ」
「木の葉で隠れてるけんど、色んな匂いを感じるだ。こりゃ、楽な観光とはいかねぇだな」
トアが手斧を取り出しながら構える。
「周囲にも注意しよう。【竜の威嚇】で牽制を……おっと、アイラ!?」
「ミミー!」
懐に入れていた青石からアイラが飛び出してきた、鉱石でできた紅の瞳にゼリー状の身体を少女の形にしてボートに着地し……振り返ってめっちゃこっちを見てくる。表情がないので何を考えているのかわからないけどいつもと様子が違うな。
「……ミギュ!」
(追い払うって、あと、何か怒ってる)
フクちゃんが念話でアイラの意思を伝えてくれる。なんかめっちゃアイラに睨まれてます。
何で怒ってるんだ?
「ミっ!」
アイラが腕を触手に変えてその先から霧状の液体を撒くと、一気に虫達が離れて行った。
「アイラの能力が強化されていますね……それと何に怒っているかは見当がつきます」
「……あぁ、なるほど。そりゃ怒るだべ」
「え? 何?」
ファスとトアから呆れられたように睨まれています。
甲虫達は追い払えたし、ファスとアグロによって木の葉も防げているのでやっとこさ腰を落ち着ける。
小さくなってボール状の身体になったアイラは僕の前でピョンピョン跳ねている。叶さんがポンと僕の肩に手を置いた。
「察するに、真也君がアイラちゃんよりさきにプリちゃんを【眷属化】したことに怒ってるんだと思うよ。真也君のスケコマシ」
「えぇ、そんなこと言われても……えと、アイラ? 眷属になるか?」
「ミー!」
当たり前だと跳ねている。
「えと、一応皆に確認するんだけど……」
「アイラの魔物除けの能力は有用です。水を操ることに関しても私と相性がいいですし眷属にしていいと私は思います」
(手下ならいい、コイツ、ぼちぼち強い)
「いまさらだべ」
「当然賛成っ! 真也君のハーレムがどんどん拡大するね」
「いや、ハーレムメンバーじゃないから。じゃあ、アイラよろしく」
プリちゃんにしたように拳を突き出すとボール状の身体から触手が伸びてきてタッチをする。
奴隷紋が浮かび上がり、アイラの鉱石の瞳に吸い込まれていく。
「ミッ! ミギュ、ミ、ミー」
(魔力、強い場所、呼んで、だってマスターのこと、竜って言ってる)
「『小道』みたいな魔力の強い場所なら呼べるってことか」
「そのようですね。【眷属化】の影響でこれまでよりもしっかりと身体を保てるようです」
ファスが【精霊眼】でアイラを観察してくれた。
「ミ、ミ、ミギュ」
(疲れたから、帰って寝るって)
アイラはぴょんと飛び跳ねて、そのまま僕が持っている青石の中に戻っていった。
石の中にいるというわけでなく、石を通じて色々な場所を行き来できるのだろう。
「アイラの魔力はまだ残っていますし、魔物除けは効果を発揮していますね」
「ファスは大丈夫か? さっきからずっと【闇斥】を使い続けてるけど」
「問題ありません。隠れ里で学んだ回復量の分の魔力の常時展開の応用です。今の私ならこの程度の魔術なら何日でも展開し続けられます」
「凄いな。魔力の制御がこれまでよりもずっと洗練されている」
改めて魔力を探ってみると、まるで途切れることない泉のように魔力がコンコンとファスの中から溢れているのがわかる。……イズツミさん、一体ファスに何を仕込んだんだ?
「一番奴隷として己を高めることは当然のことです。ご主人様が武の道を極めるのならば私は魔道の頂点を目指します」
なんか凄いこと言っているけど、僕はまだ達人の領域に指をひっかけた程度だと思うぞ。
「おかげで落ち着いて景色を楽しめるね。全然ゆれないから私でも酔わなくて最高だよ」
アグロが牽くボートは小道の中を進んでいく。
「出口はまだ先の様ですね。何度か着地して過ごさないといけないかもしれません」
「保存食も水も余裕だべ」
というわけで、何度か着陸して休憩を挟みつつ。小道を進んでいく。
途中でなんどかアイラが勝手に出てきては魔物除けをしてくれるので大変楽だ。楽すぎて、筋トレでもしたいが狭いボートでは難しい。うーん、暇だ。
「せっかくなので、今のうちに合わせ技について考えようよ」
同じく暇していた叶さんが提案してきた。
「だべな。あと戦闘時における簡略化した指示についても共有しときたいだ」
「成長した能力について話し合うのも大事ですね」
(マスター、ご本、読んでー)
皆も暇なようで、隠れ里で学んだことや新しい技のアイデアなどを話し合う。
こういう時間も大事だよな。朝夜もわからない小道を続けること体感、三日目に差し掛かったところ。
「皆、出口が見えました」
ファスが杖で先を示した。
「ホントに? やっとか……」
いくら不思議な光景とはいっても、こうも変わり映えしなければ流石に飽きてしまっていた。
「クエェエエエエエエ」
アグロが叫び、風のクッションと共にボートが降ろされる。
「あ˝あ~、背骨がボキボキ言ってる」
「いくらアグロちゃんのおかげで酔いづらいとはいえ少し疲れたよ」
伸びをしながらボートを降りる。叶さんもお疲れのようだ。この辺は木の葉も吹き付けてこないようで、壁はツタが絡んでおり塞がれている。ファスが壁に手を当てた
「ようやくつきましたね。出口の呪文はイズツミから聞いています。では開けますよ【エガコ・リヴィリス・シムシム】っ!」
王族であるファスが呪文を唱えることで出口は開かれる。ツタが解かれると蜃気楼のようにぼやけた空気の壁が出現した。
「クエェエエエエ!」
一際高くアグロが鳴き、ファスに嘴を寄せる。
「アグロ、運んでくれてありがとうございます。向こう側から戻ることはできますか?」
「クエェ」
アグロは自分の尾羽を嘴でちぎりファスに渡した。
「これは……ありがとうございます。大事にしますね」
アグロは翼を広げてお辞儀をすると、元来た方向へ飛び立っていった。
「じゃあなー、ありがとうアグロっ!」
手を振ってお別れ告げる。アグロは別れは済んだとでも言うように一度だけ旋回してすぐに見えなくなった。
「かっこよかったねー。乗り物としても一番だったかも」
「実際、この道はアグロでねぇと進むのは相当大変だっただよ」
(マスター、早く行こー)
僕と同じくボートでの移動に飽きていたフクちゃんはもう待ちきれないと言うように、僕の頭にピョンと乗って来た。モゾモゾと懐の青石からアイラも顔を出す。
「アイラもここまで魔物を退けてくれてありがとう」
「ミミッ!」
無表情ながらどこか得意気に声を出してアイラは青石の中に戻っていった。
「よっし、さぁ行こうっ!」
皆で一緒に空気の壁に入っていくと、周囲が唐突に暗くなる。
でも暗いけどちゃんと見えるな。なんだか夜目が効くようになったみたいだ。
「【光玉】っ! ここは、洞窟みたいだね」
「出口はすぐそこです」
叶さんの足元を照らしてくれたので、それを頼りに洞窟を上に昇っていく。
外へ出ると一気に日差しが差し込んで来た。小道の外は朝だったらしい。元の世界と同じような潮風が一気に吹き付けてくる。
「おぉ! やっと海に……海?」
洞窟は小高い丘にあったようで、見下ろす形で光景が広まっていく。
それは紛れもなく海だった、しかし、僕の知っている海とは違う部分があまりに多い。
「うわぁ、島が浮いているよっ! 波もグネグネしてる」
「オラ、海は初めてみただ。でっけぇ鳥の魔物が飛んでいるだ」
「私もです。巨大な水球が浮いていますね。あの中に魚もいるようです。フム……大森林から少しだけ見た海とは随分印象が違うようですね」
(ボクも初めて、あのキラキラ面白い!)
どこまでも青い海原の上には虹の柱が立ち、島や水球が浮かび上がっている。
その周囲を巨大なペリカンのような鳥たちが飛び回っているかと思うと、水球から水球へとサメのような生物が跳んでいるのも見える。ツッコミどころが多すぎるぞ。
「ハハハっ、こうでなきゃな。流石異世界だ!」
圧倒され、思わず笑みが浮かぶ。まるで、まだまだ知らないことだらけだぞとこの世界に言われているようだった。
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