第四百七十五話:プリンセス・アント
黒い激流と青い堰。激流が黒蟻でそれを止めて流れを遡るとするのがゾンビ蟻だ。
この流れの始まりに女王蟻はいる。まずは、それを見つける。ファスにお願いするのが簡単かもしれないが、どちらにせよこの流れを遡れるのは僕だけだ。
「……卒業試験にしては、ちょっとだけ苛烈だけどな」
力付くではダメだ。流れを受け流しながら登る。魚が海から河を遡るように、水の流れを受け流しながらそれでも前に進む。黒蟻の背から背に跳びながら呼吸を整える。宙がえりしながら手甲を締め直す。両の手を中段に置き、黒蟻達の流れの先端とゾンビ蟻がぶつかる瞬間の流れを探る。
「今ッ!」
波が岩にぶつかるその瞬間を捉えるように、流れに入った。背を走り抜けるもすぐに上からも蟻が覆いかぶさって来る。逆らわず、流れを壊さぬように慎重に遡る。真っ黒な視界の中、無数の蟻達をひたすらに受けつつ進む。背を走り、腹を潜り抜け、天地無用に走り続ける。
「見つけた……」
流れの中心。ゾンビ蟻達から懸命に逃げる一匹の黒いボロボロの羽蟻。それがこの流れの中心だった。
僕が近づくと羽蟻はこちらを向いてその顎の先をこちらに向ける。そこにはバレーボールほどの白い繭が一つぶら下がり、羽蟻はそれを僕に向かって投げつけた。
「あぶなっ!?」
激突を回避しながら繭をキャッチする。微かに脈動するそこからは強い魔力を感じる。見ると羽蟻は崩れるように倒れ群れの中に飲まれていった。
「女王蟻ってこれ卵? いや、もしかしてこの繭って蛹か?」
(……マスター)
懐のフクちゃん人形から【念話】が響く。あれ? なんか【念話】越しの声の調子がどことなく暗いような……。
(ウワキモノー、ソイツ、コロス!)
(何言ってんだフクちゃん!)
なんかフクちゃんさんが荒ぶってらっしゃる!?
(どうやら、同じ虫系の魔物として思う所があるようです。女王と言うくらいですから雌でしょうし……ご主人様……)
呆れたようにファスがそう言う。
(いや、流石にこれは不可抗力じゃん!)
(この件については後で話すとして……そろそろ合流できそうです。私達の位置がわかりますか?)
奴隷の主人としての【スキル】で意識を集中するとファス達の位置がわかる。かなり近いな。
(わかる。そっちに向かうよ)
(ムー)
後でフクちゃんには謝っておこう。とりあえずファスの元へ向かおうか……この激流にも慣れてきたな。と思っていると、手に持っている繭がドクドクと脈打ち始める。
「うおっ、だ、大丈夫かな? おわっ!?」
ニョっと赤く小さな顎が繭から飛び出して次に金色の王冠をつけた頭が飛び出る。芋虫のような幼虫の姿ではないが、バレーボールほどの繭(蛹?)から出て来ただけあって黒蟻と比べるとめっちゃ小さい赤い蟻だった。体も赤ければ眼もルビーのように赤い。
到底飛べないような先の丸い小さな羽が生えていて、赤茶の縞模様が腹部についていた。いつか見た、ファニービーにちょっと似ている気がする。触覚でツンツンつついてきてこそばゆい。思ったよりもファンシーな奴が出てきたな。
「……」
「……」
思わず見つめ合ってしまう。え? 何この時間?
戸惑っていると、周囲の蟻達の動きが変わって来る。先程よりもより明確な整った動きだ。
腕の中のクイーン・アントはよじよじと僕の腕を登って頭に乗かってきた。
「誘導しているのか?」
黒蟻の流れが整って、移動を始める。先程までの飲み込んでくるような動きもなく安定して移動する。
当然、女王蟻を狙う青蟻もやって来るが、手刀で切り払う。
「なるほど、もう隠れなくても、逃げなくてもいいってわけか。あー、僕の言葉わかるか? 仲間と合流したいんだけど?」
話しかけるも反応が無い【念話】もちょっと特殊っぽいし会話は難しいか。と諦めたが、群れの動きが変わってファス達の方へ向かっていく。
「おぉ、凄い」
僕自身も青蟻を倒しながら走っていくのですぐに近くまで移動することができた。
かなり近いところまで来ると壁が黒い爆炎で破壊されて、ファス達が飛んでくる。
「ご主人様! やっと、見つけました」
「そこ、ボクの場所っ!」
少女姿のフクちゃんが空中で子蜘蛛姿になって、僕の頭のクイーン・アントに体当たりして頭に乗って来る。
「何この子っ、可愛い~、ふぁああああああ」
落ちたクイーン・アントは叶さんがキャッチして抱きしめている。うん、嫌がっているから止めなさい。
「これが、女王蟻だべか。一応成体の姿だけんども、これじゃあ王女だべな」
「じゃあ、プリンセス・アントだね。プリちゃんと呼ぼうよ。プリちゃん!」
「……」
(好きに呼べばいいって)
【念話】に切り替えたフクちゃんが通訳をしてくれる。同じ虫の魔物だけあってフクちゃんはクイーン・アント……プリちゃんの言葉がわかるようだ。
「旦那様。それで、状況はどうなっているだ?」
「ゾンビ蟻達はそこのクイーン……プリちゃんを狙っている。もっと言うならゾンビ蟻達を操っている意思があるって感じかな。黒い蟻達の流れの中心はプリちゃんだったけど、青いゾンビ蟻達を操る奴もいると感じるんだ。それを倒せば群れの暴走は落ち着くと思う」
ピョコピョコとプリちゃんも触覚を動かして同意してくれる……ように見える。
(そうだって言ってル。悪いキノコが敵)
「あー、やっぱりキノコ系の魔物か。ゾンビ蟻を見てそうだと思ってたよ」
叶さんが強く頷く。カビに寄生されているゾンビ蟻を見れば確かにキノコしかないよな。
「フクちゃん。プリちゃんに『精霊の小道』を使うために蟻塚を壊してもいいか聞いてもらっていいか?」
(……いいって、場所も教えてあげるって)
ピョコッと触覚が立ち上がる。どうやら交渉成立のようだ。多分だけどイズツミさんの試験的にも女王蟻に協力を取り付けるようにするのが正攻法なんじゃないかな。
「んじゃ、行くか。まず僕が群れに入って流れを探るよ」
「いえ、その必要はないようです」
黒蟻達が列をなして移動を開始する。まるで雪崩のようだ。
(ソイツが知ってル)
どうやらプリちゃんが黒蟻を操って僕等をゾンビ蟻の首謀の元へ連れて行ってくれるようだ。
「おぉ、流石プリちゃん。万が一にも寄生されないようにプリちゃんにもバフかけるねー」
魔物好きであり虫好きである叶さんはバフを掛けながら喜色満面といった様子でプリちゃんを撫でている。様子を察した青蟻は壁を作って僕等を止めようと動いているな。
「ちょっと、路を開けてくる」
フクちゃんを頭に乗せたまま、流れの先頭へ出てゾンビ蟻達の壁の焦点に切り崩す。
(ム、マスター、スゴイ)
「ありがと。なんか敵の脆い場所とかわかるようになってきた」
相手の攻撃を受け流し、防御の弱い所をつく。全体の流れのなかでの攻防の要訣がわかった気がする。うん、ちゃんと強くなっている実感が出てきたぞ。
その後も何度かゾンビ蟻の壁ができる前に連携を崩して黒蟻達の流れを補助していると、地下の水脈に辿り着く。幅は五十メートルほどだが水脈の向こう側は全く様相が変わっていた。
「これは……」
「あの奥が目的地のようですね。蟻達は寄生されることを恐れて近づけないようです」
それはカビだらけの場所で、天井から壁まで青いキノコとカビが生えていた。
「見るからに毒々しいな。僕等でも近づいたら危ないんじゃないか?」
(ちょっと、見てくる)
「フクちゃん。無理しちゃだめだぞ」
フクちゃんが宙に糸を張って向こう岸に行ってすぐに戻って来た。
(マスターとボクならヨユウ。毒はザコザコ)
「私達でも大丈夫でしょうか?」
(ビミョウ、解毒薬作る)
フクちゃんは【スキル】でキノコの毒に対する薬を作ってくれるようだ。
「オラもそこで霊食材を見つけただ。直感だけんど、キノコ系の敵に対して耐性がつく料理が作れると思うだよ」
トアが手に盛った半透明なキノコを掲げる。キノコと戦う前にキノコを食べるのか。
「万全を期すべきですね。準備をして進みましょう」
「なら、安全に準備できるように背後のゾンビ蟻達を減らしてくるよ」
今も黒蟻達が止めてくれているしな。
「そうですね。私もお供します。カナエはプリちゃんを守っていてください」
「了解。結界を張って待ってるね」
そうして、簡易的なベースを作ってから背後のゾンビ蟻達をある程度減らしていると【念話】で準備ができたと連絡が入る。戻るとすでにめっちゃいい匂いがしていた。叶さんが僕等の身を清めてくれたので遠慮なく香りの元へ近づく。
「凄い良い匂いがするんだけど……」
(オナカ、ヘッタ)
「松の匂いに近いですね」
「横から見てたけど、調理で形を持ったらまんま松茸だったよ」
どうやら今回の調理は網焼きのようだ。トアは真剣な表情で簡易の釜戸に網を置いてキノコを焼いている。半身に切られたキノコはかなりおおぶりで十五センチほどはありそうだ。
「霊キノコの網焼きだべ。イワクラで買った燻製卵黄を削って振りかけるだよ」
トアの調理によりしっかりと形をもった霊食材であるキノコの上におろし金で削られた燻製卵黄がこれでもかと振りかけられる。そこに焼けた石を網と挟み込むように上から押しあてると卵黄がチーズのように溶けだし燻されたような香りキノコの香りと共にぷぅんと立ち昇った。さらにトアは止めとばかりに取り出した柑橘の汁を絞ってキノコにかけた。おいおい、犯罪だろそんなの。
「ほい、旦那様には一番いいとこどうぞ」
こんな状況でもしっかりと皿に盛り付けて出すのはトアのこだわりなのだろう。
キノコの香りと卵黄の薫香が合わさって、食欲の扉をノックしてくる。なんとか全員に配られるまで待つと、僕等から食べるように視線を向けられるので、一気にかぶりついた。
「いただきます!」
じゅわり、旨味を凝縮したようなキノコの汁が口の中にはじけて次に燻製卵黄の塩味が舌に乗る。これ、香りが抜群だ。味は卵黄のクリームっぽさが強すぎる旨味をまろやかにまとめてくれる。微かに薫る柑橘の果汁も含めて色々な香りが混ざっているのにまったく喧嘩せず一つの料理として完成していた。
「優勝した……」
優勝するしかなかった。
「わかる。……美味しすぎ……」
カナエさんも感動しているようだった。日本人に刺さる味つけなんだよなぁ。トアのドヤ顔を見るに確信犯なのだろう。完全に僕の好みを把握されている。
「ハグハグ……これはとても美味です。せ、戦闘前にこんな贅沢をしてもいいのでしょうか?」
(マイウー)
ちなみにプリちゃんも叶さんから料理を食べさせてもらっていた。表情はまったくわからないが、触覚がプルプルと震え、感動しているようにも見える。
「ん、もうちょいしっかりと調理したかったけど。まぁいい感じだべ。これでキノコに対する耐性もできたと思うだ」
「凄い美味しかった。効果はどれくらいの時間残るんだ?」
「何言っているだ旦那様。これは叶のバフみたいなもんじゃなくて『料理』だべ。そりゃ、食べたてが一番効果あるけんども、基本的にはずっと効果は残るだよ」
「「……」」
横でハグハグとキノコを食べるファスの横で静止する僕と叶さん。
え? 今、凄いこと言ってなかった?
「え、えと、トアさん。もしかして今までの【霊食】による調理による強化って永続的に上乗せされ続けるの?」
叶さんが尋ねるとトアはキョトンとした表情になる。
「そりゃそうだべ。皆の【直感】だって残っているでねぇか」
確かに。そう言えば初めてトアの【霊食】を食べた時に手に入れた【直感】はまだ残っているし消える様子も無い。その後に食べた【霊食】による上昇もずっと上乗せされ続けていることなって……。
「とりあえず……食べよっか。うん、すっごく美味しい!」
叶さんは深く考えず現状を受けとめたらしい。笑顔でキノコにかぶりついてる。
「だな。トア、凄く美味しい」
「な、なんだべ。二人して褒めたってなんも出ないだよ。ほい、おかわりどうぞ」
「あっ、トア。私もおかわりです」
(ボクもー)
キノコのボスと戦う前になんだけど、うちの料理人ガチでヤバイかもしれない。
ちなみに【霊食】だけでなく通常の食事も微量ですが【栄養増加】により常に強化が上乗せされ続けています。
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