第四百七十四話:『知』と『力』
黒い濁流に飲み込まれていく。最初は圧死させられるかとも思ったけど、全然平気だな。
「フゥ……ちゃんと呼吸もできるな」
ファスの水魔法による呼吸塞ぎを日頃から
受けている経験が生きているのか、息も苦しくない。
例え息ができなくなっても三十分以上は無呼吸で動けるし、割とどうにかなるもんだ。
それにしても……。これ、地下に向かってないか。蟻塚の地下……複数ある蟻塚は地下で繋がっているのか? それならファスが気づきそうなものだけど……。
「うぉっと!? なんだ?」
何かがぶつかる音が前方からして、波を伝うように衝撃が身を包む。
「フゥウウウウウウ」
衝撃に強張ろうとする体に対し呼吸を止めないことで脱力。【拳骨】を調整しながら衝撃を逸らす。
そのまま宙へ投げ出されながら、周辺の状況を確認。薄暗いけどなんとか見えるな。
「それで、何とぶつかったのか……」
蟻達の背を跳び跳ねながら、群れの前に行くと。全身からカビを生やした一回り体の大きい青い蟻達が黒い蟻達を捕食していた。コイツ等、一体なんなんだろう?
(ファス、聞こえるか?)
懐かフクちゃん人形を取り出して【念話】してみると、微かに反応がある。
(……さ……様、ご主人様聞こえますか!)
お、繋がった。
(聞こえるぞ。僕の位置わかるか?)
(はい、フクちゃんが蟻達を捕食して【分身】を中間地点にする【念話】のスキルを補強するように簒奪してくれました。これで今までよりも遠距離での【念話】が可能です。無論【位置補足】で場所もわかっています!)
(一杯、食べた。ケプッ)
(距離に応じて相応に魔力は消耗するから、私とトアさんは近づくまであまり話さないようにするよ)
(だべ、オラ達の考えもファスに伝えとくだ。旦那様からの【念話】はちゃんと聞こえてるだ)
トアと叶さんも返答があったが、距離が遠いと大変らしい。僕は魔力の消費とかよくわからないからなぁ。
(それで、僕はどこに運ばれたんだ? なんか地下っぽいけど)
(蟻塚から離れた場所にある地下空洞です。地下の水脈に繋がる場所のようです)
そういえば、空気がなんか湿っぽいな。かなり広い場所のようだ。
大森林でよく見る発光する苔が生えて周囲が青白く。その中で多数の黒蟻の群れと数では劣るが体が大きなゾンビ蟻が衝突を繰り返している。
(蟻塚から離れたのか……いよいよ、コイツ等は何をさせたいんだ?)
(わかりません。蟻達が邪魔で見透すのが困難です。ただ、ゾンビ蟻とそうでない蟻が争っているのはこちらからでも確認できますね)
(わかった。僕も調べてみる。近づいたら教えてくれ、合流を目指そう)
(かしこまりました)
ここで一旦【念話】を中断する。その間にも上下左右から黒蟻にゾンビ蟻が襲ってくるので、躱しながら走り回って状況を確認するが……ゾンビ蟻達は頭や体が破壊されても動いているのが気持ち悪いな。あれどういう仕組みなんだ?
「僕はファスと違って目がいいわけでもないからな……体でぶつかるか」
黒蟻達が僕をどうにかしたいってのはわかったんだ。ゾンビ蟻達にもぶつかってみるか。
「僕はここだぞ。お前達が何をしたいんだっ!」
【竜の威嚇】を発動、二つの群れが一斉にこちらに注目して向かってくる。さて、狙いを教えてもらおうか。二つの濁流を受け流しながら、その意を探る。
『合気とは、意と合わせること。流れを知り、合わせ、制す。まずはしっかりと背筋を伸ばして相手を見なさい』
爺ちゃんはそう言ってたっけ。イズツミさんが何度も言っていた『調和』とも通じる。
思い出すのは結晶竜との最後の戦い。命のやり取りのなかで確かに相手を意を汲み取り、僕等はわかり合えたと信じている。蟻達と分かり合おうとは思わないが、しっかりと向き合うことでわかることは確かにあるんだ。
「……何かを……目指している?」
激流のような突撃をなんども受け流すうちに確かにそこに意思のようなものをゾンビ蟻達からも感じた。黒蟻はどこかを目指し、ゾンビ蟻は何かを探している?
考えろ。黒蟻はなぜ僕を運ぼうとした? トアと叶さんが見たゾンビ蟻は何を探していた?
この状況でそれは一つしかない。
「……クイーン・アントだ。もう一匹女王蟻がいる」
すぐに【念話】で今、浮かんだ考えを伝える。
(皆、聞こえるか? わかったぞ。黒蟻はもう一匹いる女王蟻を守ろうとしていて、ゾンビ蟻は女王蟻を探しているんだ! 黒蟻を誘導しているのは女王蟻だ。僕等を使ってゾンビ蟻を排除しようとしている)
(女王蟻がもう一匹いるのなら。討伐して群れの頭を潰しますか? その後でゾンビ蟻もまとめて焼き払えます)
(いや、ゾンビ蟻も女王蟻を探しているみたいなんだ。……下手に女王蟻を倒したらどうなるか……)
『調和こそが『ホウゾウイン』の極意であるのだ』
もう一度イズツミさんの言葉が脳裏によぎる。そもそもこれは彼女からの修行の締めだったはずだ。
単に効率的に蟻を討伐するのが試練?
あの物事をこねくり回すような人がそんな単純なことを言うはずもない。
(ご主人様?)
(あー、わかったような気がする。ファス、多分これは……『調和』させればいいんだ)
※※※※※
真也が黒蟻の群れに飲まれたのを望遠鏡で見たナルミはイズツミに詰め寄っていた。
「おい、我が主が蟻に飲まれたぞ! 何が起きている!」
先程までナルミと同じように望遠鏡で様子を見ていたイズツミは、大の字になって空を見上げている。
「クイーン・アントは巣に異常があると外部から強い魔物を誘導したり取り込んで異物にぶつける習性がある。シンヤのやつ逆らわずにそれを利用したな……ナルミ嬢、知を得たいならば【水晶の書庫】で魔茸種のことでも調べるのだ。あぁ、この土地特有の種であることを条件にしないとおそらく出てこないと思うぞ」
ナルミは胸元の書庫からウィスプを呼び出して情報に検索をかける。すぐに空中に光の
「魔茸種は……この土地では魔蟻達と共生しているようだが……」
「その通り。塩分を多く含むこの荒地ではまともな植物は育たん。蟻達の主食はキノコなのだ。魔茸は自らの身体の一部を食料として蟻に捧げ、魔蟻は蟻蜜を栄養素として魔茸に渡すことで共生関係が成立しているのだ。しかし、そのバランスが崩れ暴走した魔茸達が女王蟻に寄生して蟻達を乗っ取ろうとしたのだ」
「……暴走していたのは蟻ではなく魔茸種ということか」
「原因は当初の推測通り結晶竜との戦争が原因なのだ。だが時期が悪かった……ちょうどクイーン・アントの代替わりだったのだ。次代の女王を生んだクイーン・アントは力が残っておらず。生態系のバランスが崩れて暴走した魔茸に寄生され、一部の蟻達はそのまま魔茸に寄生されているのだ。次代の女王蟻はマタンゴから逃れ、ゾンビ蟻達は女王蟻に寄生しようとそれを探している。これがこの蟻塚の現状なのだ」
「異常事態だ。生態系が崩れるぞ。なぜ手を打たなかった?」
「ナルミ嬢、少しは自分で考えることをしたほうがいいぞ。まぁ、説明してやるのだ。稀ではあるが過去にも何度かこういうことは起きているのだ。対処方もわかっている……簡単な事なのだ。何もせず雨期を待てばいいのだ。多少は塩分の耐性がある魔茸種も海水が直接登って来る雨期には勝手に弱るのだ。そうすれば魔蟻達が力を取り戻し自浄作用で勝手に元の巣の姿に戻るのだ。しかし、今回は雨期を待てないのでシンヤ達に解決を試験として託したのだ」
「……」
パクパクと口を動かしたナルミは一度口をつぐみ、考えを整理してもう一度口を開いた。
「お前はシンヤに何をさせたいんだ?」
イズツミは大人の姿になり伸びた髪をかき上げながら体を起こしてナルミをみる。
「吾輩は冒険者、そしてフィオーナの師だった者としての責務を果たしているのだ。【四色】からの依頼は奴らに足りぬ『知』を授けること。そしてサイゾウ、ヒルゼンからの依頼は【竜の後継】を見極めること。『知』無き『力』は周囲を巻き込み身を亡ぼす。かつての竜達がどうだったのかは詳しいことはわからぬがこの森での黒竜の記録を見る限り御していたとは思えん。この最終試験では奴らが里で得た『知』と『力』を正しく使いこの荒地に調和をもたらせるかを見極めていたのだ。力で群れを殲滅すればそれは叶わなかったが……ちゃんと思い止まれたのだ。【翠眼】【原初】【聖女】【天与】そして……【竜王】。いまだ未完ではあるが、シンヤは力を御せる器をこの試験で示せそうなのだ」
そこまで言うとイズツミは愉快そうに笑う。
「なぜ笑うイズツミ?」
「笑いもするのだ。強大な力を思うがままに振るった竜達。その後継は『武』を識るものだった。知っておるか? 『武』とは力を止めることを差し示す。それは敵の力だけを差すのではない。己の力を御する術も含むのだ。それを先人達は『武術』と名付けた。かつての竜達の唯一の欠点を補う者が竜を継いでいるというのだ。クックック、偶然か必然か。知りたくなってしまうではないか。脳が渇く……しかし、今は後始末の準備なのだ。アグロっ!」
「クエェエエエエエエエ」
イズツミが声を挙げると空を旋回していたアグロが降りてくる。
「何をするつもりだ?」
イズツミは乗って来たボートに繋がる紐をアグロに握らせて自身もそれに乗り込む。
「ここまで来て、シンヤ達が失敗するとも思えないのだ。見送りの準備をするのだ。さっさと乗るのだ」
「まったく、好き勝手に……」
ナルミはぶつくさといいながらボートに乗り込んだのだった。
さすがにそろそろ蟻塚攻略終わります。更新頻度をあげたいのですが、時間が中々できずすみません。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






