第四百七十三話:流されるままに
ファスを守りながら千近い蟻達の攻撃をひたすら受け流していく。
思い出すのはイズツミさんとの修行。『ホウゾウイン』を自称する槍術は常に調和を重んじてきた。その思想や術理は合気にかなり近いものがある。
『槍の穂先に囚われてはならぬ、ホウゾウインの極意は『調和』。己が身を置く全てを力とする。貴様はすでに場の流れを感じ型を通じてそれを捕えているのだ。吾輩が一つ上の段階を教えてやる。捕えた流れに己を合わせよ。己を知り、相手を知り、全を知る。そこには攻防すらなく、危機も恐怖も無い。ゆえに敵は己の中にこそあると心するのだ』
先に開展を求め、後に緊湊に至る。武術に置ける有名な言葉だ。
先に大きく場を見て、次に精緻に技と意識を研ぎ澄ます。爺ちゃんもそうだった。大きく、それでいて細部にまで意識が行き渡るイメージ……。
「なんかわかって来た」
「ご主人様……これは……まるで、舞のようです」
始めは無秩序にみえた突撃も激流のような群れの動きも、受け流すうちに捕えれるようになってくる。個としての意識が薄い蟻だからこそ、まるで大きな一人の人間と相対しているように戦場の流れを知ることができる。剣の切っ先の揺れから相手の足さばきがわかるように、目線から次の攻撃を読み取るように、向かってくる一匹の蟻から全体の動きを把握できるようになる。アルラウネ戦で見えた『武』の感覚がイズツミさんから教わった技と噛み合う。まだ、完全ではないが、これが達人へ至る道。そして、こうしているとわかることがある。結晶竜との戦いのように、相手の想いが戦闘の中でで伝わってくるのだ。
(旦那様、聞こえるだか? 状況を相談したいべ)
「トアか。ファス、フクちゃん。迎えを頼むっ」
「かしこまりました」
「イエス、マスター」
トアからの【念話】が届き合流を要求された。【竜の威嚇】や【呪拳:鈍麻】で群れを誘導しながら走って来たトアと合流する。といっても僕は常に群れを受け流し続けているので、そっちを向けないけどね。後方にファスが氷柱を作り、皆はそっちに集合している。
(お、驚いたべ。旦那様……その大群を相手に倒すことなく、防御し続けてるだ)
(真也君。それ、どうやってるの? 目の前の光景が信じられないんだけど【スキル】なの?)
(いや、普通に武術だよ。【念話】する余裕もあるから情報を共有しよう)
ちょっと引かれている気がするけど、今はそれどころじゃない。トア達が巣を見て来た情報を教えてもらう。
(クイーン・アントが死んでいた。……それにカビの生えた蟻達。何かが起きてはいるようですね。イズツミに聞いても……答えてはくれないでしょうね)
ファスの【念話】が脳内に響く。
(そんで、旦那様はどうして蟻達を倒さずに受け流してるんだべ?)
(新技上手くいかなかったのかな?)
トアと叶さんの疑問に対して、僕が感じた違和感を説明していく。
(いや、なんていうか。群れと相対していて違和感があったんだ。最初はそれが何かわからなかったけど、こうして相対しているうちにわかってきた。コイツ等、僕等に対して明確な敵意が無い。まるで……何かをさせようとしているみたいだ)
何百匹もの突進を受ければ大抵の生物なら即死だろうけど。僕は違う、蟻達も最初の【威圧】でそれをわかって突撃してきた。あのまま突撃を受け入れたらどうなっていたのか……。おそらくこいつらは僕をこの激流の最奥へ飲み込むつもりだったんだ。その証拠に距離をとって蟻酸を使った攻撃や牙を使った攻撃はしてきていない。何度も突撃を繰り返し、僕を流れに引き込もうとしている。
(旦那様。蟻達にどんな意図があろうと、敵ではねぇだ。相手の狙いは無視してオラ達で群れの焦点を攻撃してから分断、殲滅すれば半日で群れを削り切れるべ。その後、安全にゆっくり蟻塚を調べることもできるだよ……どうするべ?)
(それがいいんだろうけど……)
常識的に考えて、ここはトアの言う通りに一方的に群れを倒し切ればいい。
狙いがわからないとはいえ相手は魔物で、いつ襲い掛かって来るかわからない。
だけど、何かを伝えようとしてくる相手を無視して倒すことが正しいとは思えない。
殺し合いだろうと……だからこそ、命のやり取りをする相手のことをないがしろにしたくない。
これは僕の弱さだ。
谷間の奇襲でもそうだった。自分が人質を救出しようと飛び出したところを狙われて危機に陥った。
自分の甘さが仲間を危険にさらす。不必要なことをする必要がない。
己の決断で仲間を失うことが怖い。やっぱり、ここは安全に……。
『真也、恐れる必要はない』
「えっ?」
爺ちゃんの声が聞こえた気がした。一瞬動きが止まってしまい。蟻達の突撃を受け流しながら、体勢を立て直す。
気のせいだ。合気道の技を使うから爺ちゃんのことを思い出しただけだ。間がズレて迫って来る蟻をギースさんのタックルで吹っ飛ばす。体に刻まれた技は師匠との思い出を想起させる。
『やりたいようにやれっ! 俺の弟子が、なぁにビビってんだ!』
また、そう言われたような気がした。そりゃ、ギースさんならそう怒鳴るだろうよ。
あの人は本当に乱暴で、厳しくて、カッコよかった。
(ご主人様っ!)
ファスが【念話】を飛ばして来たかと思ったら、なんと氷柱から飛び降りて来た。
「えぇ!? ちょ、今は不味いって」
蟻の群れを少し受け止めて流れをずらす。囲まれないように【空渡り】で位置調整をしていると氷の壁とフクちゃんの糸で周囲の蟻達が弾き飛ばされる。そのままファス達は僕の元に寄ってきた。
「結界張るね【星涙大光壁】。これでしばらく持つよ」
氷と糸に重ねるように叶さんが結界をはり、ファスが一歩前に出て僕を凛と見据える。
「私は蟻達は殲滅するべきだと思います」
「僕もそれが正しいと思う」
ファスはいつものように僕を見つめる。真っすぐな視線を僕を決して逃さない。
「そう思ってはいないのでしょう。私達がご主人様のことを理解していないとお思いですか?」
「でも、僕のせいで皆が傷つくのは嫌なんだ」
「私もご主人様が傷つくのは嫌です。失うことだって怖くて体が震えます。でも、私達のせいでご主人様がしたいことを諦めることは許せません。だから……一緒に強くなりましょう。いつか誓った時のように、一緒にこの世界で生き抜くのです。貴方も私達も傷つくことを恐れる必要はありません。私達の大好きなご主人様が優しいままでいられるように。例えどんな敵がいようとも、お互いを鍛えて高めればそれでいいのですっ!」
「マスターの好きにすればいいよ。皆はボクが守るし、テキは全部コロスから、ダイジョブ」
「そのためのオラ達だべ」
「そうそう、遠慮なんかされたら嫌だからね。やりたいことを自由に思いっきり楽しもうよ」
「……」
谷間の奇襲で痛感した己の弱さ。皆を失う恐怖。このままではダメで変わらないといけないとイズツミさんに教えを乞うたのに。ファスの答えは違っていた。
今の僕のまま強くなってしまえばいい。
それがどれだけ怖くて、厳しいものでもファスは逃げることを許さない。『貴方のままでいて』とかいうロマンチックな言葉をこんな叱咤として言われるとは思わなかった。息を吐く、うんなんか胸が軽くなった気がする。
「なんか、下手に力を持ったせいで自分で抱え込みすぎてたな。ゴメン、皆、迷惑かける」
イズツミさんにも言われたばかりだ。竜の力よりもずっと大事なものを僕はもう持っていた。
「それでいいのです。私達は奴隷なのですから。それで、これからどうするのかご主人様のやりたいことを教えてください」
手甲を締め直す。なにせ、今からアホなことをするのだ。
「蟻の群れに逆らわず、魔蟻達が何を伝えたいのかを探る。蟻達に何が起きているのか知った上で群れを倒すかどうか判断したい」
「はい、心配ですけどご主人様は私達が守ります!」
「普通に考えてこの群れにされるがままになるとか……まっ、真也君なら大丈夫か。【星光竜鱗】防御バフかけとくね」
「マスター、これ、持ってって」
フクちゃんがミニフクちゃん人形を渡してくれる。
「私の目とフクちゃんの分身を辿って必ず追いつきます」
「わかった。待ってるくれぐれも気を付けてくれっ」
「普通に考えて旦那様の方が気を付けた方がいいだよ。オラ達もすぐ行くだ」
フクちゃん人形を胸当ての中に入れる。うっし行くか。
ファス達が再び氷柱で上に避難して叶さんの結界が解かれる。黒い激流が僕に向かってくる。
「……やっぱちょっと怖いかも。ぐっ、うわぁあああああああああああああ」
轟音と共に僕を飲み込んだ。やはり蟻達に攻撃の意図はなく(それでも気を抜けば圧殺されそうだけど)、そのまま僕は蟻塚の方へ運ばれていくのだった。
一匹が数メートルの蟻の大群にされるままになってもファスが許可するくらいには大丈夫な真也君です。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。更新頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。感想が燃料です。一言でもいただけると嬉しいです。