第四百七十二話:蟻塚の異常
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クイーン・アントがいるとされる奥の蟻塚。その内部にトアと叶はいた。
「真也君達がそれなりに蟻達を引き付けてくれたはずだけど、意外とまだ内部には結構いるねー。蟻さん達は大混乱しているみたいだけど。【ハグレ】って子達なのかも」
「しっちゃかめっちゃかに動いていたべな。まぁ、あの【威圧】を受けたらしょうがねぇだ。それにしても中が広いから上の階に行く通路を探すのが手間だべ。それにしても……カナエの新技、とんでもねぇべ。それが【聖女】の真の力だべか」
トアが目を細めて横を見る。その先には興味津々と目を輝かせて巣を見渡す叶の周囲には蟻達が仰向けにひっくり返っていた。叶もトアも戦闘後らしい疲労は見られていない。強いて言うならば、青白い光の残滓が朧に瞬いているのが確認できる程度だった。
「んーどうだろ? まだまだ応用できそうだし、イメージもあやふやだから。要練習ってとこかな。トアさんこそ、面白そうなことしようとしてたよね。見てみたいなー」
「今度、旦那様との修行とかで見せるだ。んじゃ、ファスが視た通りに上に行くだ」
クルクルと斧を回して、腰のベルトに差し込む。
「そうだね。それにしても、真也君達を囮にして敵を誘い出した隙に私達がクイーン・アントを叩く。と見せかけて実はそのまま真也君達が正面からも巣に迫る挟撃策ってあまりに力技な作戦だね」
「しっかりと地形を把握した上で力技ですむならそれはそれでいいだ。旦那様の新技である『合わせ技』ありきの策だべな」
「フッフッフ、渾身の技だもんね。あれが決まれば正面に展開している蟻達は全滅するはずだよ」
「……それにしては、外はまだ騒がしいだ」
トアが耳をピクリと動かし首を捻る。
「ありゃ、初めての合わせ技だし失敗したのかな? じゃあ、急いでクイーン・アントを倒さないとだね」
ワンドを構え直して、歩き出す叶をため息をつきながらトアが追い越す。
「とりあえず。ファスが目星をつけたクイーン・アントがいる場所を目指すだよ」
「了解。私は魔力温存で後衛でいい?」
「それでいいだよ。少しはオラにも出番が欲しいだ。他の蟻達も集まってきているし、走るだよ」
「乗り物よりその方がいいよバフ撒くね。【星女神の鼓舞】」
トントンとブーツの爪先を叩く。二人は同時に走りだした。
そうして、二人は蟻塚の内部を進んでいく。始めに襲ってきた精鋭はもう居らず、トアの手斧により蟻は切り伏せられ通路を進んでいく。
「【喰い裂き】っ! っと、こっちからも来たべな」
時に【空渡り】を使って通路を無視して上層を目指していくが、徐々に蟻達が迫って来る。その動きは不規則で下の階で見た蟻達とは違って酔っているようだ。
不規則ながら包囲しようとしてくる蟻達に対し、トアは両手の斧を大きく振りかぶった。
「こいつら、変な動きを……一気に倒すだ【飛竜斧】っ!」
投げられた手斧は暴風を纏いながら生き物のように縦横無尽に駆け回り、蟻達の身体がミキサーにかけらたようにバラバラになる。手斧はトアの周囲を旋回しながら蟻を刻んでトアの手に戻る。
「可愛い蟻さんが……【星女神の洗浄】。風の強弱とか斧の軌道が随分凶悪だけど、新しいスキルなの?」
降りかかる体液を光の泡で洗い落としながら叶が尋ねる。
「んにゃ、いままでのスキルと変わりはねぇだ。『思考の加速』で操作が精密になっているだけだべ。それにしても、今の蟻達。なんか切り心地が変だべな。腐った肉や骨みたいだったべ」
「……んー。そうかもね」
叶が切り裂かれた蟻の死体の一部を持ち上げる。そこは黒い外殻に青い何かがへばりついている。
「それは、なんだべ?」
「さぁ? 苔っぽくもあるけど。通路にも生えているね……腐っているみたい。これ、本当に生態系の乱れによる暴走なのかな?」
「とりあえず、クイーン・アントを見ないことには判断のしようがねぇだ。蟻達の様子もおかしいし気を付けるだよ」
二人がさらに進み、ファスが目星をつけた蟻塚の最上階に辿り着くとその光景に息を飲む。
「これって……」
「どういうことだべ?」
二人の前にはクイーン・アントが佇んでいる。これまで見たどの魔蟻よりも巨大で深紅の外殻を持ち、異様に膨れた腹部が産卵を想起させる。背中には巨大な羽が生えているが力なく項垂れていた。
身体全体には青緑の何かが繁殖し、頭部のほとんどが腐り今にも崩れそうになっている。
群れの中枢をなしているはずのクイーン・アントはすでに物言わぬ死体となっていた。
トアが、ナイフを取り出してクイーン・アントの死体から青緑の苔のようなものを削りとる。
「これはカビだべ。クイーン・アントにカビが繁殖しているだ」
「待って待って、おかしいよ。魔蟻達って女王を中心に活動しているんだよね。外の蟻さん達は明らかに組織だって動いていたし……誰が蟻達を統率しているの? 【念話】を使っていたのはフクちゃんが確認してたよね」
「イズツミが言った情報には間違いがあったってことだべ。この蟻塚にいる蟻達は様子がおかしかっただ。あの混乱した動きは女王を守るんじゃなく、別の目的があったのかもしんねぇだ。イズツミがわかりやすい討伐試験を出すとは思っていなかったけんど、一筋縄では行かないべ」
トアが立ち上がり、物言わぬクイーン・アントを見上げる。その時周囲の壁から水気を帯びた生理的に嫌悪感を催すようなグチャグチャとした音が聞こえた。
「うわぁ、ホラーゲームで良く聞く音。となるとお約束では次に来るのは……」
「……構えるだよ、カナエ」
壁から蟻達が飛び出してくる。その外殻にはカビが張り付き、背中から茸が生えており、これまでの蟻よりも二回りは大きく顎はせり出し象の牙の様であった。こうしている間にも体は大きく成長している途中のように見える。
「ゾンビ蟻ってところかな?」
「【ハグレ】が成長した姿ってとこだべ。一匹くらいなら……」
トアが言い終わる前に壁から、より大きなゾンビ蟻が何十匹と飛び出してくる。その顎には通常の黒い蟻が咥えられている。バリバリと音を立ててその蟻を喰らったゾンビ蟻は感情の感じられない黒い洞のような目で二人を捕える。
「カナエ、虫が好きだったべな。新技で相手してあげればいいんでぇねの?」
「アハハ……確かに虫は好きだけど。流石にこの状況で戦うのはよくない気がするよ。……逃げようか?」
「だべな、戦ってる場合じゃねぇだ。旦那様と合流するだよ!」
二人は踵を返して一目散に逃走したのだった。
次の章に行く予定だったのに……書いてて楽しくなってしまう。
トアと叶はわりと馬が合うようです。
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