第四百七十一話:魔蟻の太母【クイーン・アント】
―――ある魔物研究者の手記―――
大森林には様々な魔物とそれを取り巻く自然環境で絶妙なバランスが保たれている。
【怪異花:モルダ・フローラ】と【毒蝶:ミルダ・パピリオ】が良い例だろう。あの二柱の強大な魔物の捕食関係によって大森林の魔力の循環はなされている。
さて、私がこの大森林で最後に観察することができた魔物が【魔蟻】である。
この【魔蟻】も大森林に置いては欠かせない存在のようだ。彼等が作る蟻塚によって海の栄養素が森へ染み渡り、逆に海へ戻る海水には森の栄養がふんだんに入り込む。まさに偉大な自然が成せる御業だ。
このように大森林において循環の一部を担う【魔蟻】達であるが、その【魔蟻】を統べる存在であるのが【魔蟻の太母:クイーン・アント】だ。【魔蟻】達は【念話】を使い統一した意思の下、群れを維持する。クイーン・アントの強みはその適応力である。数によって外敵を退け、様々な環境に適応した個体を生み出すことで生き延びていく。そこに個の意識は無い。女王を中心とした完全な群れ『巣』こそが【魔蟻】そのものと呼べるのだろう。
完全に統制された【魔蟻】だが、稀に巣に異常をきたすことがあるようだ。巣を自由に歩き周り縄張りを出る蟻を【ハグレ】と呼びそれらは女王の支配を受けないどころか、共食いまでしてしまうようだ。
外的ならば対処のしようもあるが、身内に暴れられてはたまったものではない。【ハグレ】が一度現れ始めると統制は崩れ、正常だった蟻達までもが支配を外れる。
現地の半獣人から聞いた話だが、そんな時【魔蟻の太母】は変わった方法で群れの秩序を取り戻すらしい。
その方法とは――。
※※※※※
真也達の全力の【威圧】。
蟻塚から七十キロ以上離れた大森林の樹々が大きく騒めく。
大森林の樹々は思い出していた。
空を焦がす黒い爆炎を、尽きることなき赫怒に満ちた瞳を、巨木を容易く覆う翼の影を。
幹を揺らし、軋む音は悲鳴のように告げていた。
支配者が戻ってきたと。
震える幹から鳥と虫が一斉に飛び立ち、狼煙のように高く立ち昇る。
遠く離れた蟻塚からそれを見たイズツミは呆れたように鼻息を出した。
「フン、樹々たちが童のように嘶いているのだ」
「無茶苦茶だアイツ等……カナエの【付与】がなければ私も泡を吹いていたな。トレントに対して【威圧】使った時とは比べ物にならんぞ。グッ、オェエエエエ」
戦場から離れた空の蟻塚の頂上から様子を見ていたイズツミとナルミであったが、ナルミは耐えきれず嘔吐してしまう。そんなナルミにイズツミは竹筒を差し出した。
「他の団員を連れてこなくて正解だったのだ。聖女の【付与】に【眷属化】の庇護下にあるナルミ嬢ですらこの距離でその様とは……ポーションを飲んでおけ。おそらくだが、あれは限りなく【竜王】が放つ【威圧】に近いものなのだ。……シンヤとファスだけならともかく、あのフクという魔物が【王】としての要素を補完している。【眷属化】の影響もあるとはいえ、やはりただのオリジン種ではないのだ。さて、シンヤはちゃんと気づけるかの?」
「カロロロロロロ」
羽毛を逆立てたアグロがイズツミを睨みつける。
「案ずるなアグロ。ダメだったら、雨期の終わりまで吾輩が鍛えてやるのだ」
そう言ってイズツミは胡坐をかき、双眼鏡を取り出して覗き込んだ。
※※※※※
囮として蟻塚から魔蟻達をおびき寄せる為にとりあえず全力の【威圧】を放った僕等だったが、その影響に自分でも驚いていた。
「成果は上々……というより予想以上ですね」
「前もトレントに使ったけどあれ以上だな」
「むふー、うまくいったの」
目の前にいる蟻の群れ、今にも向かってきそうだった数百匹の蟻達が見渡す限りひっくり返っていた。
注意を集めるとか言うレベルじゃないぞこれ。
「かろうじて死んでいないようですね。死にかけている個体もいるようですが」
「三人で【威圧】を合わせるのは考えないとな。叶さんとトアは巻き込まれていないか?」
「大丈夫です。問題なく移動しています。ちなみに後方で待機しているナルミは吐いてますね」
「……後で謝っておこう。それより、二人共ここからが本番らしいぞ」
【威圧】を放った瞬間に一気に敵意がこちらを向いた。数百数千の意識が統合されて一気にこちらを向く。ひっくり返った蟻達を乗り越えながら黒い津波のようにこちら向かってきた。
どうやら僕等を最大の敵として認めてくれたようだ。さっきの斥候達とは違う、完全に個を消して特攻してくる。これが蟻の怖さだな。
「僕が引き付ける! 二人共気を付けてくれ」
「フフフ、いつかのゴブリン狩りを思い出しますね」
軽やかに笑うファスが杖を振ると足元から周囲に氷華が咲き始め、水でできた鳥たちが羽ばたく。
「マスター、もう行っていい?」
フクちゃんが待ちきれないとロンググローブから糸を伸ばす。
「というか、もう来てるって!!」
見上げるほど高くなった黒い津波が僕等に覆いかぶさるように倒れてきた。
なんだ? なんか違和感があるな。
壊れたバイオリンのような音。フクちゃんが放った糸で覆いかぶさんとしてくる津波が切り裂かれた。
地面からは氷の菖蒲が蟻を串刺しにしながら咲き誇る。
「切り込むっ!」
氷の華をかき分けながら正面に相対。吹き付けられるギ酸を躱しつつ、突きで吹っ飛ばしながら『型』で相手を捕える。動きながらも全体の連携に直感で得た全体の流れを考え続ける。
どこを攻撃すれば、どこに投げれば、どうすれば皆を守れる?
無秩序に突撃してくる蟻達、その激流を読み切る。【竜の威嚇】を調整して僕に流れを誘導し、隙間がないように見える黒い激流を正しく受け流す。
が、数百匹の突撃は完全に受け流せない。この流れは一旦止めないと不味いか。
「ファスっ! 一度受けるっ!」
「はいっ!」
「オォオオオオオオオオオオ!!」
腰を落として、【ふんばり】で体を固定して【掴む】で流れを受け止める。蟻達が僕と後ろからの仲間の突進に耐え切れず潰れていく。
堰き止めた蟻達がつぶれながら積み重なって丘のようになり、それをファスが作り出した氷の鱗を纏う大蛇が大口を開けて食らいついた。
空いたスペースに入り込んで、一息をつく。体液でべとべとだ。ファスが水を出して洗ってくれる。
「蟻塚の蟻はこっちに来てるか?」
「かなり出てきてはいますが、内部にまだ相当数残っていますね。【生命吸収】で魔力も補充できましたし、作戦通りフクちゃんとの新しい合わせ技でも大多数を一度に倒せると思います。【息吹】もいつでも使えます」
「マスター、新技使う?」
糸で敵を纏めながらフクちゃんも聞いてくる。あの非人道的新技か。
選択肢としてはありだけど……。っと、次の集団がまた突撃してきたな。
「とりあえず、今のテンポで相手をしながらちょっと考えたいことが……チッ!」
話の途中だがファスの大蛇を掻い潜って蟻達がやって来た、【手刀】で足を切り落としながら【念話】で会話していく。
(なんか、流れの中に違和感があるんだよな)
(違和感ですか?)
(あぁ、わかりづらいけど、殺気とは別の感じがある)
黒い濁流の中に、何か意図のようなものを感じる。意思なんて全く感じられないこの蟻達でそんなものを持ち合わせているとすれば群れから別れた【ハグレ】か……。
(敵のボスがなんかやってる)
そう、群れの中枢であるクイーン・アントしかいない。
フクちゃんも猛攻の中で何か違和感を感じているようだ。
(クイーン・アントですか……わかりました。一気に殲滅はせずトア達の連絡を待って今は受けましょう。ご主人様に負担がかかりますが大丈夫ですか?)
(動き足りないくらいだ!)
なんとなくだけどこの違和感は無視しない方がいい気がする。トアと叶さんの二人が何か情報を得てくれればいいのだけど……。
久しぶりに魔物研究者の手記が出てきましたね。もしかしたらちょっとだけ話数を足すかもしれません。(遠い目
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