第四百六十九話:最後の試験
「すごーい、全然揺れないよ! これなら私でも酔わないよ」
見下ろすと蟻塚に囲まれた半獣人達の隠れ里がどんどん小さくなっていく。
僕等は【嵐王鷲】のアグロが牽く木製のボートに乗っていた。アグロが鉤爪でロープを持ち、イズツミさん、ナルミ、ファス、フクちゃん、トア、叶さん、僕の7人を乗せて飛んでいる。
「風を操っているのでしょう。ほとんど羽ばたいていないのに凄い速度です」
立ち上がったファスも風を受けて心地よさそうにしている。冷たい風ではあるが、高レベルの身体のおかげか、はたまた【竜人化】の影響か多少冷たい風でも全く苦にならない。
「……寒い」
うーん、ナルミは寒そうだしレベル差の影響がでかいのかもな。
「一応、ボートは床が温まるように仕掛けがしてあるのだ」
一晩で長身褐色美女になったイズツミさんはポンチョを被って耳を保護するような頭巾をかぶっている。
「クンクン、雨の匂いがするだ」
(ムー)
フクちゃんはアグロを警戒しているのか、ファスのローブの中に潜って出てこない。
「クククゥロロオロロオロロ」
アグロが気持ちよさそうに声を挙げる。小型飛行機ほどのサイズで空を飛ぶ姿は確かに王の名にふさわしいだろう。
「それで、唐突にこんなボートに乗せて僕等はこれからどこに向かっているんですか?」
「そうですね。そのことについて話しましょう、カナエ。あんまり前に行くと落ちますよ」
「はいはーい」
「私は横になる……床が温かい」
ナルミは毛布にくるまって横になっている。最後まで着いてくるとは言っていたけど、無理していないかちょっと心配だな。
「うむ、これからお主等を連れて行くのはかつてファスが通った道なのだ」
ドカリと胡坐を掻いて尻尾を太ももの上においた姿勢で話し始める。
「そもそも、イズツミとお母さんはどのような関係だったのでしょうか?」
ファスは僕に体重を預けて手を握って来る。やや不安気な表情で、僕は手を握り返すことで応えた。
「フィオーナは【竜の呪い】について調べていたのだ。竜に関する知識は図書館でも禁書として扱われることが多く、出回らない。しかし、我等は違う。大森林の爪弾き者、かつて【魔尾】は生きる為に図書の樹の知識を他国に売ることで生計を立てていたのだ。図書館の検閲のない知識は本来持ち出しは許されないが、だからこそ価値が高い。フィオーナはそれに目を付けて吾輩の元を訪れた。一時は師弟関係も結んでいたのだ」
「お母さんの師だったのですか!?」
ファスは目を丸くしている。
「従魔に関する知識もその時教えたのだ。ある時、フィオーナは従魔を探すといって旅に出て、一年ほどして戻って来るとアグロを連れていたのだ。あれは大層驚いたものだ。結局、フィオーナはさらなる知識を求めて隠れ里を離れ図書館へと旅立った。そこからはお主等の方が詳しいのではないか?」
ファスが僕の手を握る。話すのが辛そうなので僕が話を引き継いだ。
「リング王からその後については聞きました。ただ、王城でファスのお母さんが呪いを引き受けた後、一人で呪いを受けながら隠れて住んでいたことは知らないんです。ファスの【翠眼】は最後の光景を記録していました。薬師ギルドの敷地の中でファスを生んで……」
「クロロロオロロロオロ」
アグロが声を挙げる。風に混じるその音はどこか寂しげだった。
「アグロも憶えているのだ……あれは、雨の強い日だったのだ」
※※※※※
何年も音沙汰の無かった弟子から手紙が届いた。
曰く、竜の呪いの元凶は取り除いた。
曰く、呪いは我が身を蝕み、もう長くは生きられない。
曰く、我が身だけならば、助けを求めるつもりはなかった。
曰く、子供を身ごもっている。
曰く、子供も呪われている可能性が高い。
曰く、どうしてもこの子だけは助けたい。
手紙を受け取ったイズツミが全速力で図書の樹にある隠れ家へたどり着いた時。
隠れ家の中には誰もおらず、そこには凄惨な戦いの残滓がこびりついていた。少しでも呪いの進行を遅らせようと調合された薬、体力を持たせるための付与の術式。呪いを解こうとした魔法陣。出産を遅らせて呪いを引き受けようとする術式。
「……フィオーナ」
我が子を守る為の孤独な戦いの痕跡だった。
叫び出しそうなるのを抑えてイズツミは半獣人の鋭い嗅覚を使ってフィオーナを追う。
その日は雨が強く、匂いが流れてしまっていた。薬師ギルドに辿り着いたが匂いは途切れている。
「どこにいるのだ! 吾輩なのだ! イズツミだ! フィオォナァアアアアア!」
押しつぶされそうな不安に急かされるように叫ぶも返答はない。
「……この声は!」
雨音に混じる微かな産声。半獣人でなければ到底気づかないほどの小さな声を拾ったイズツミは走りだす。そこは薬草を置く小さな物置小屋。そこにはやせ細り、鱗まみれの痛々しい肌で横たわるかつての弟子の姿があった。その腕には同じく鱗にまみれた赤子が大事そうに抱かれていた。
※※※※※
風の音がやけに大きく感じる。ファスはしっかりとイズツミさんの話を聞き続けていた。
「進行する呪いを止める方法は当時の吾輩の元にはなかった。なによりもファスの立場はあまりにも悪すぎたのだ。王の子が竜の呪いに侵されているという事実を知れば、貴族はそれを利用して王族を失墜させるに違いない。それはフィオーナの望むところではなかった。吾輩は、フィオーナの隠れ家から呪いの資料をできるだけかき集めてビオテコを離れた」
「貴族から逃げる為にファスをラポーネに運んだのですか?」
「それもあるが、一番の理由は呪いの進行を遅らせる優れた術士を探していたのだ。吾輩は【召喚士】であり呪いは専門ではない。治療のためには知識だけでなく、経験も必要だったのだ。かといって大森林で経験と能力がある協力者は思いつかなかったのだ。そこで吾輩はかつて、交流のあったラポーネの知人を頼った」
「それが、私を育ててくれたお婆さんですね」
「そうだ。ナゴ・コルパト。薬学に優れ、ラポーネに住むエルフとも交流のあった元冒険者の【魔術士】なのだ。奴はかつて、飛行船を使い大森林へ訪れたことがあったのだ。その時の縁を吾輩は頼った」
「ぼ、冒険者だったのですか……聞いことなかったです」
ファスが身を乗り出す。呪いで苦しむファスを支えた優しい人だったと聞いている。
「頭でっかちで、厳しくて……優しい奴だったのだ。奴は壮健なのだ?」
「……病で亡くなりました」
「そうか……吾輩は結局フィオーナもお主も救うことはできなかった。赤ん坊を渡した吾輩に対し、ナゴは赤ん坊はすぐに死ぬだろうと言ったのだ。呪いに縛られるのがわかっている子を生かすつもりもないと……それでも吾輩には奴しか寄る辺はなかった。ナゴは口ではああ言っておきながら全力でファスを助けたのだな。一度大森林へ戻ればラポーネに便りを出すのも難しい。正直、吾輩はもうお主は死んでいるものと思ってたのだ。その事実を確認することが怖かった。すまなかったのだ」
イズツミさんが両手をついて頭を下げる。ファスは首を横に振る。
「いえ、お婆さんと過ごせた時間は私の宝物です。あの時間があったから私は生きることを諦めなかったのです。ですから、お婆さんと私を引き合わせてくれた貴女に感謝します。きっと、母も感謝していると思います」
「……年を取ると涙もろくていけないのだ」
「クロロオロロロロオロ」
アグロが喉を鳴らす。
「フフ、アグロも忘れるなと言っているのだ。フィオーナが残してくれた小道の地図と入り口を開ける為の呪文を使って精霊の小道を進み、アグロに乗って山脈を超えたのだ」
「……王族とそれに連なる者しか使えない小道を何でお前が使えたんだ? イワクラ家のように特別な方法を知っているのか?」
毛布にくるまっているナルミが頭だけを出して、イズツミさんに質問をする。
「賢者が作った古い小道の入り口でファスを抱きながら呪文を唱えたら道が開いたのだ。それが特別なことなのかは確かめるすべはないのだ」
「……そうか」
そういうとナルミはまた毛布の中に入っていく。よほど寒いらしい。
「だから【四色】からお主のことを手紙で知らされた時は本当に驚いたのだ。この眼で見るまでは信じられなかったが、確かにフィオーナの面影があるのだ」
「リング王にも言われました。私は母親似のようですね……少し、嬉しいです。お母さんもアグロに乗ってこの風を感じたのでしょうか?」
「クロロロオロロ」
「そうだって言っているみたいだな」
「そのようですね」
ファスがクスリと笑う。話を聞き終えた安堵したようだ。その後もファスのお母さんや育てのお婆さんの話をイズツミさんから聞いているとアグロが嘶いて高度が下がっていく。
「問題の場所に着いたのだ」
「問題の場所?」
風のクッションが敷かれているかのようにゆっくりとボートは着地する。そこは蟻塚の上のようだ。
ボートから降りると、正面に一際大きな赤褐色の蟻塚が五つほどそびえたっていた。今までみた空の蟻塚ではなく、ヒグマのような大きさの蟻が所狭しと出入りしている。人によってはかなり辛い光景かもしれん。
「おっきい! なにあの蟻塚!」
叶さんが目を輝かせている。うん、叶さんはそういう人だよな。
「あの蟻塚の頂上付近に自然の【精霊の小道】があるのだ。そこへ行かねばならん」
イズツミさんが指さした先は五つある蟻塚の中でも一際高い塚だった。
「「「え?」」」
パーティー全員がイズツミさんを見る。今、なんて言った?
「毒蝶が宙にある【小道】を使って移動するのは見たことあるか? あれと同じなのだ。アグロならばそこに侵入できる。それが山脈を超えて海に出る最短の道なのだ。しかーし、今は大きくなった蟻塚によってその道は塞がれているのだ」
「えと、ちなみに。蟻塚に近づいても大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないのだ。普通に攻撃されるし、あの蟻塚にはクイーンアントが住んでいるから死に物狂いで抵抗されるのだ。近づくだけで他の蟻塚からも蟻が出てくるであろうな。恐らく二千匹はいるのだ」
ニンマリと笑うイズツミさんを見て、僕等も勘づいてくる。これ……もしかして。
「蟻塚の近くまで飛んで、ファスの炎弾で破壊するのはどうだべ?」
「奴らはギ酸を吐いてくるし、羽蟻もいるから難しいのだ。それにこれはお主等にとって学んだ知識を生かす絶好の機会なのだ。アグロの力は使わずに己の力で突破してみせるのだ」
トアはその返答を聞いて、蟻塚をみて考え込む。叶さんはワンドを取り出してうっきうっきで肩のストレッチを始めた。
「つまり、二千匹の蟻を相手して蟻塚を崩せばいいってわけね。面白そう!」
(狩り?)
フクちゃんもローブから顔を出している。
「雨期が始まるのは大体六日後なのだ。それまでに蟻塚を攻略するのだ! これが、吾輩が最後に送る最終試験なのだ!」
高らかな宣言と共に大森林最後の戦いが始まった。
お婆さんのビジュアルはコミカラズ第四話で出ています。興味がある方は是非、コミックス一巻を読んでみてください。
蟻塚攻略に関しては、詳しく描写せずにさらっとやろうと思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






