第四百六十八話:【嵐王鷲】
「これ以上は里がもたないのだっ! 明日、旅立つのだ!」
「え?」
隠れ里での修行二日目の夜にしてイズツミさんにそう言われてしまった。ちなみに僕等はナルミも合流してトアが作った塩クッキーを食べながら、修行の進捗について話し合っている最中である。
「……すみません。私のせいかもしれません。【異界創生魔術】に結界が耐えられず里の北の一部を氷漬けにしてしまいました」
ファスが視線を斜めに逸らしながらそんなことをいう。え? それ大丈夫か。
「あちゃー、私もだよね。【星辰創生魔法】を攻撃に応用したのが不味かったかも。色々と歪めちゃったんだよね。治し方わかんないし」
叶さんはなんと時間に作用する魔術を習得してしまったらしい。うん、絶対ヤバい。普通に敵のボスとかが使う能力だよなぁ。
「あれは【水晶の書庫】には記録しない方がいいかもしれんな……」
ナルミも冷や汗を掻いていた。叶さんと一緒に【聖女】について調べたり修行していたはずなのでその脅威をよく理解しているのだろう。僕はまだ直接は見てないんだよな。一体、どんな恐ろしいことが起きたのだろう。
「ムグムグ、ボク、お勉強! 悪くない」
「オラも模型を使った模擬戦闘しかしてねぇだ」
ほっぺ一杯に塩クッキーを食べているフクちゃんと、お茶を淹れ直してくれているトアである。
うん二人は問題ないようだ。
「蜘蛛っ子は、提案した戦術がヤバ過ぎて冒険者ギルドにバレれば【禁忌】案件なのだ。料理人は戦術班が知恵熱でぶっ倒れたのだ!」
「「……」」
フクちゃんが吹けない口笛を吹いて、トアは無言でお茶を配る。二人共心あたりあるのか。
やれやれまったく。平和なのは僕だけか。
「僕は普通に武術の修行だけだから問題ないな」
「里の外壁である蟻塚を三つもぶっ壊しといて何言ってるのだ!」
「あれは、イズツミさんもノリノリだったじゃないですかっ! 『奥義をみせてやるのだ!』とか言って【召喚式】まで使ったのはそっちです。僕は受けただけです。というかマジでヤバイ攻撃だったし。まぁ、あの極限状態で相手を想う『活人』の妙はすこし分かった気がしますけど……」
「おかげで皆からとても怒られたのだっ! ……すごい怒られたのだ。グスっ」
褐色ケモミミ幼女が泣いてしまった。いや、でも本当に壊したのはイズツミさんの技なんだけどなぁ。
「いやまぁ……ごめんなさい」
納得いかないけど、見かけ子供に泣かれたら謝るしかない。
「というわけでっ! 丁度、偵察から『奴』が戻って来るし。明日に里を出発するのだ! 吾輩はこれからまたお小言を受けなくてはならないのだっ! うわぁあああん!」
と、言うだけ言ってイズツミさんは泣きながら【転移】してしまった。
「奴? 誰だろ?」
「わかりません。しかし、ご主人様は今日も苛烈な修行だったのですね。私達の中では唯一傷だらけでしたし。後でフクちゃんの泡でしっかりと身体を洗いましょう」
「私の睡眠回復も入れるね」
「一応、【霊食】の薬酒も飲んどくだ。ポーションと違って負担なく内側から回復力を上げるだよ」
「いや、もう治っているし心配しなくてもいいよ。それよりも出発の準備をしよう」
「だめー、マスターは寝るの」
フクちゃんに突撃されてそのまま倒れる。グフッ。
「後の準備は私達奴隷の仕事です。ご主人様はお休みください」
「仕事を任せるのも主の務めだ。さっさと寝ろ」
ファスが顔を寄せてくる。……こうなると逆らえないなぁ。その後、皆にしっかりと身体のケアをされて眠りについたのだった。
翌朝。
目を覚ますとファスが横で僕に抱き着いた姿勢のまま眠っていた。何度も見た光景だけど慣れることはない……まるでビスクドールが横で眠っているような錯覚すら覚える。伸びた金髪はサラサラと零れるように流れる。そこだけ世界がきらきらと光っているようでとそのまま光の中に消えるほどの透明感だった。思わず撫でると、長い睫毛が震えて瞼が開いて深い緑の瞳がこちらを見た。
「悪い。起こしちゃったな」
「いいえ、よい目覚めです」
そう言うとファスは首に手を回したまま顔を寄せて、キスをしてくれる。……ちょっと恥ずかしいと言うかファスが綺麗すぎて気後れしそうになるな。というか、接触してる肌滑らかすぎてちょっと同じ人間とは思えない。たっぷりと時間をかけてキスをした後に離れる。
「起きるか」
「名残惜しいですが、仕方ないですね……その横にある足もどかしましょう」
ジト目のファスの視線を追って反対を見ると、トアが逆さまに寝ていた。相変わらずなんという寝相。天井からはフクちゃんが子蜘蛛姿で降りてくる。叶さんとナルミも目を覚ましたようだ。
(おはよー)
「おはよう。うーん、よく寝たねー」
「こうして並んで寝るのも悪くはないな。おはよう主」
「おはようフクちゃん、叶さん、ナルミ。トア、起きるぞ!」
「ワフ……」
凄い格好かつ、シャツがはだけて煽情的になっているトアを起こして着替える。
トアは髪質が硬いので寝ぐせがついているのだが、それが愛嬌があるなぁ。トアが下の階の炊事場で朝ごはんを作っている間に出発の準備を整える。そうしているとトアがお盆を持って戻って来る。
「飯だべー。修行で疲れているだろうし、今日は疲労回復の献立だべ」
用意されたのは、麦のお粥に温野菜のスープで煮卵がついていた。
お粥は味がしっかりと付いていて淡泊な温野菜によく合う。煮卵は昨晩から仕込んでいたらしくショウガや少し甘めの木の実の風味に、かすかに香辛料の刺激がした。うん、美味しい。
「とても落ち着く味です。お肉もいいですが、たまにはこういうのもいいですね」
「毎日美味しいご飯で凄い贅沢している気になるよ。美容にも絶対いいよね」
(タマゴ、美味しい)
「エルフの伝統的な薬膳料理だな。朝食としてこれ以上のものはない」
ナルミは特に気に入っていた。上品にお粥を食べるさまはまさにエルフだな。
ちなみに僕の器はすでに空です。
「トア、お粥おかわりしてもいいか?」
「はいはい、旦那様にはいいとこどうぞ」
朝食を終えると見計らったようにダークエルフのマトリさんが迎えに来てくれた。
「朝食は終わりましたか? イズツミ様がお待ちです。所定の場所までご案内します。荷物もお持ちください」
「あれ?【転移】はしないんですか?」
いつもならあの幼女の転移で移動してたのに。
「本日は、長距離の【大転移】をするので魔力を温存する必要があるのです」
とのこと。というわけで歩いて里の外壁を担っている外壁の蟻塚の一つへ向かう。
到着すると、慌ただしく【旅団】の半獣人達が中と外を出たり入ったりしていた。
「行きましょう。頂上にイズツミ様はおられます」
螺旋状の階段を登って頂上へ行くと幼女はおらず、190㎝ほども身長のある半獣人の女性が長い尻尾を揺らしていた。こちらの気配を察知して振り向く。
「む、来たか。待っていたのだ」
獣人独特の鋭い双眸と太い骨格。惜しげもなく露出した褐色の肌と鍛え上げられた肉体。
しかし、その容貌には確かに面影がある。
「えと、まさか。イズツミさん!?」
「魔力の質が同じです。しかし、ナルミのように【変容】でもないです。間違いなく肉体が変わっています」
「ニャハハハ、いい反応なのだ。雨期が近づくと吾輩はこの姿になるのだ。子供の姿の吾輩もプリチーだが。こっちの姿もいい女であろ?」
豪快に笑う姿はやはり僕の知っているイズツミさんで頭が混乱しそうになる。なんかもう無茶苦茶だな。腰に手を当ててのけぞると前をあけたポンチョから胸部装甲が突き出ていた。
おおぅ、トアよりデカいんじゃないか?
「……やはり、獣人の暴力。半分エルフだとは信じられません」
ファスが自分の胸をペタペタ触っている。
「身長が違うとはいえ、あれは凄いね。筋肉のせいかドーンって感じだし」
「ファス落ち着くだ。地面が凍っているだよ」
「【魔尾】は年に数回、姿を変える。前に話した禁書を使った事故のせいだ」
(デカイ、あと、まぁまぁ、ツヨイ)
フクちゃんが強い判定をしている……体格的にもあの姿の方が幼女の時より戦闘力は遥かに上だろう。
手合わせしたいな。
「吾輩に見惚れるのは別によいが、踏ん張らないと飛ばされるのだ。アグロが来るのだ」
イズツミさんが空を見上げると、雲一つない青空に稲光が走り、尾の長い三本鷲が【転移】したように急に現れた。谷間での奇襲の際にフクちゃんを上空へ引き上げたという魔王種に間違いないだろう。
「リング王の話にあった。母が乗っていたと言う三本尾の大鷲ですね」
ファスの言葉にイズツミさんは大きく頷く。
「アグロという。貴様の母より託されたのだ。早く会わせたかったが、移動のことを考えて蟻塚の先行調査に行かせていたのだ」
大鷲が翼を畳んで急降下してくる。ぶつかると思ったが途中で翼を広げると風が巻き起こる。
「皆、私の後ろへ下がって。【星涙光壁】」
叶さんが結界を張って風を避けてくれる。そのまま大鷲は風と共に地面に降り立つ。
「クルルゥルルル」
喉を鳴らしたアグロはゆっくりとこちらへ歩み寄る。そしてファスをみると脚を軽く曲げ翼を広げながら頭を下げる。それはまるで主人を前にした騎士のようにも見えた。
「……この眼が記憶しているのがわかります。私は、生まれてすぐあなたに乗せられた……母の友でいてくれたこと、ありがとうございますアグロ」
膝をついたファスはゆっくりと手を伸ばして大鷲に自分の額を当てながら、優しく抱きしめていた。
修行編は一旦終わりです。
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