第四百六十七話:活人へ道
蟻塚に囲まれた半獣人の隠れ里『マキビ』その中にある木造建ての客人用の屋敷。
その一室で、正座をして冷や汗を掻く男がいた。
はい、僕です。一応この国では英雄扱いされているはずなのに圧倒的な肩身の狭さです。
「それで……シンヤは何をしたのだ?」
胡坐姿で尻尾をパタパタ動かすイズツミさんがジト目でこっちを睨みつけてくる。横には僕の修行を記録していたダークエルフのマトリさんがぴっちりと前髪を整えながら羊皮紙を広げた。
「我が隠れ里『マキビ』が誇る武技の達人四人は彼に受け潰されました」
「潰した覚えはないんですってば!?」
「……反撃はしておらんのだろ。聖女の回復もあるというのになぜ修行を中断したのだ」
「受け潰されたと言うのは身体のことではなく、精神のことです。つまり心を折られたのです」
マトリさんの言葉に思わず泣きそうになる。
「……すみません」
「お、おうなのだ。説明するのだ」
「では、記録した内容を説明します。英雄殿は当初は【アイキ】のみの受け技によって、攻撃を防御していたのですが、徐々に動きの幅が変わっていき。ラポーネの騎士剣術、拳闘のパンク・ボクス、さらには『王の懐剣ハルラ・ルームトロン』がまとめ上げたと言う魔剣体術が【アイキ】の型に混じり始めたのです。その結果、四人の攻撃は完全に封殺されました」
「一応皆さん、楽しそうにはしてくれてたんですけど……」
「未知の武術に喜んでいますがこれ以上は修行にならないと全員が終わりを申し出ています。これ以上は効果はないと四人は判断しました」
か、悲しい。イズツミさんは大きくため息をつきながら立ち上がって伸びをした。
「ふぁ……なるほどなのだ。打たずして打ち、斬らずして斬る。気組みを制されてしまっては確かに修行相手にはならないのだ」
「英雄殿はやはり達人の領域に足を踏み入れていると言わざるを得ません」
「と、マトリは言うがシンヤはどう思うのだ?」
「……まだ、自分が何かを掴んだって感じはないです。強いってことが一体どういうことなのかわからなくて……」
「その答えを求めてこれまで学んだ武術を取り入れたのであるか」
他の四人は確かに流派の在り方を体現していた。しかし、僕はまだ【合気道】を理解したという実感がない。だから、色んな武術を使えば合気の目指す強さが見えてくると思ったのだ。結果、修行相手の心が折れるとは思わなかったけど。
「強さに迷うか。しょうがない、予定より早いが吾輩が一手授けるのだ。マトリ、ご苦労だったのだ」
「私はまだ英雄殿の観察を続けたいのですが?」
「一旦、報告書を纏めるのだ。【転移】」
「あ、ずるいですイズツミ様っ!」
「え? あっ、これ僕も……」
グルンと視界が回る。青空が広がっていた。ここは……里を囲む蟻塚の頂上のようだ。里を見下ろすと風が吹きあがって気持ちがいい。振り返るとイズツミさんが自身の身長の倍はあろうかという巨大な槍を持って立っている。その穂先は十字に別れていた。
「その槍は……」
「谷間では狭くてコイツを振るえなかったのだ。貴様が『成る』為に知識を授けてやる。強くなりたいのであろう? 仲間を守りたいのだろう? ならば甘さを捨てるのだ。優しさは槍を鈍らせる……奇襲の際にも我等を気遣ったな。でなければ確実に何人かは死んでいた。お前がそうであるから奴隷達も殺しはしなかった。これまではそれで何とかなっていた。しかしお前の甘さはいつか仲間の死につながるのだ。人を殺したことはあるか?」
「……はい」
「であるなら、悩む余地はないことはわかるであろう? 突き詰めれば武とは敵を殺す技術なのだ」
「……何が言いたいんですか?」
「お主が達人の領域に至れぬのはその甘さが原因なのだ。殺意を持って敵を制す、それこそが武の極みであり目指すべき強さ。疑問の余地なく、吾輩の十字槍はそれを体現する」
四股を踏むように深く腰を落として槍を構えるイズツミさん。奇襲の際の短い槍とは圧力がまるで違う。武人としての彼女の本気の姿……産毛が逆立ち、心臓がドクドクと脈打つのがわかる。
「殺す気でくるのだ。でなければ吾輩が貴様を殺すのだ……【凶獣化】。いくぞ【召喚式:神速招来】」
刹那、地面を踏み割って踏み込まれる。
空気の壁を突き破り音を置き去りにするその突き技を前に……僕は昔のことを思い出していた。
※※※※※
『ねぇ、爺ちゃん。合気道は最強だよね』
小学校からの帰りに道場に飛び込んで仗を振っていた爺ちゃんに問いかける。
『道場に入る前には一礼をしなさい。なんじゃ、藪から棒に』
『学校で友達が最強はボクシングとか空手だって言うんだもん。合気道が最強だよね!』
『『最強』とはどういうことを言うのじゃ?』
『そりゃ、全部の敵を倒すことだよ。ババーンてヒーローみたいに』
強ければ偉いという小学生の価値観のままに、自分が学ぶ武道が最強だと言いたかった僕はそう爺ちゃんに言ったのだが、爺ちゃんは大笑いしながら首を横に振った。
『ガッハッハ、倒すことが最強かと言われればその意味では違うと言わざるをえんのぉ』
『えぇー……』
でも爺ちゃんは強いし、カッコイイし、だから最強であって欲しかった。不貞腐れる僕の頭を爺ちゃんは撫でる。
『最も強いという意味ではないが、合気道は『無敵』じゃぞ。それはある意味では『最強』とも言える。それではダメかのぅ』
『無敵?』
『そう、無敵じゃ。なぜなら――』
そう言って爺ちゃんは教えてくれたのだ。【合気】に伝わる究極の屁理屈。
最強無敵の理を。
※※※※※
音を超えた一閃。その突きの余波で空気が切り裂かれが砂煙が舞い上がる。
「この期に及んでまだそんなことをしているのだ?」
突き出された十字槍の内側、イズツミさんの顔の前で拳は止めている。
「……わかってて煽りましたよね?」
拳を引っ込める。ポタリと血が滴った。頬が微かに切れたか。イズツミさんに礼をする。
「む、吾輩の完璧な演技を見破るとはやるのだ」
「いや、露骨でしたよ……思考を止めるなんてイズツミさんが言うわけないし。……突き詰めれば武とは命を奪うもの、その技術を磨き上げる道があることは理解できます。その道を行くなら確かに僕は甘すぎるし、弱いです。実際にこの世界で人を殺した時にそのことを考えないようにしたり、殺意を持って拳を振ったことも何回もあります」
宙野相手とかな。
「でも、だからって悩まないなんて僕にはできない。命を奪いあう戦いであっても、どれほど憎い相手であっても向き合って考え続ける。そうすることしかできないです」
「その結果、仲間が死んでもよいのか?」
「死なせません。これは感情論だけじゃない。敵だろうと相手を想う先に、僕の信じる『強さ』はあると思います」
空を見上げる。うん、なんかわかった気がする。この『強さ』こそが合気道の術理の体現、達人の領域へ通じる道だ。
「フン。思考を止めた答えに価値はない。『問いかけることにこそ答えは意味を持つ』わが師の言葉なのだ。目指すべき強さを知った今のお主なら『ホウゾウイン』の槍術。活人の理を授けるに値するのだ」
「えっ、宝蔵院っ! 確かに十字槍だ!」
「む、お主の世界の槍術なのだが、知っているのか?」
「漫画で読んだことがあります!」
「まんが? と、とにかく構えるのだ」
「はい、よろしくお願いします!」
あの宝蔵院の槍術を体験できるとか、テンション上がるわ。
「……やっぱり、こいつただの戦闘狂な気がしてきたのだ」
呆れながら十字槍を構えるイズツミさんを前に中段の構えを取る。
爺ちゃん。
僕、やっぱり合気道が好きだから、爺ちゃんの合気道で強く成って見せる。
だから見守っててくれたら嬉しいな。
実際、真也君は戦闘狂的な部分がありますよね。
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