第四百六十四話:隠れ里での修行(真也、ファス)
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大森林を北へ北へと転移を繰り返して三日目。蟻塚が立ち昇る荒野の一角の隠れ里に一行は到着していた。周囲に立つ蟻塚により外界から隔絶されたようなその場所では、塩を含む土壌に適応したサボテンのような植物が栽培されており、牧場のように柵で囲われている。一般の牧場と違うのは本来家畜にはできない魔物達がその柵の中でサボテンのような植物を食んでいるということだろうか。
「ふわぁ、流石の吾輩でも連続の長距離転移は疲れたのだ……」
見かけ幼女のイズツミは先に黒毛が生えている耳と尻尾を動かしながら、隠れ里の中を歩いていく。
隠れ里の名は『マキビ』と言う。魔物の研究と通常の冒険者では対応が困難な蟻塚での依頼を表向きの理由として作られた里であった。
「わーい、イズツミだー」「イズツミー!」
ポンチョを着て仮面をつけた半獣人である子供達がイズツミに手を振る。
「様を付けるのだ。吾輩はここで、一番偉いのだー!」
「わー、怒ったー」「逃げろ逃げろー」
笑いながら引っ込む子供達に鼻を鳴らしたイズツミは、表情を柔らげて歩みを再開した。
かつてこの里を作った真の理由は彼等のような親から捨てられた半獣人の保護にあった。行く当てのない半獣人の子供を拾っていくうちに噂を聞いた半獣人やその連れ合いが集まってこの里はできたのだ。今や彼等の子供である獣人やダークエルフもこの里に生まれ育つようになっている。
「昔のことを思い出すのは年寄りの証なのだ。さて、修行はどうなったのかえ」
イズツミが歩みが進める先では里の一角にある練武場。とりわけ固い地盤の上に作られたその場所で真也と里を代表する武人達が試合をしていた。各流派の極意と呼ばれる領域に踏み入った四人の達人が同時に攻撃を仕掛け続け、真也はそれをほぼ完ぺきに捌きつつあった。イズツミは目を細めてそれを見ながら、横で編纂者として記録を取っているダークエルフの女性に話しかける。
「マトリ、様子はどうなのだ?」
「見ての通りです。すでに英雄殿は我らが知識として継承した各門派の動きを学び取り対応しつつあります」
「そんなの当たり前なのだ。元々の身体能力が違いすぎるのだ」
「否ですイズツミ様。私の目には、身体能力のみに頼っているようには見えません。……当初は『アイキ』という武道の理合いには懐疑的でしたが……」
独鈷を持つ半獣人が宙から稲妻のように空を蹴って落下するのを滑るように躱し、背後の槍を交わして落下した半獣人に軌道を合わせる。同時に襲ってくる曲刀を手甲で受け流しながら、流れるように窮地を脱する。一連の防御を一切の反撃をせず、間違っても相手を傷つけないようにしながら行っているのだ。これが反応反射による力尽くの防御ならばレベル差ということで納得もできるが、四つの凶刃はまるで霞や霧を裂くがごとく宙を切っている。そこに力は最小限しか用いておらず、しかもその霞はその気になれば上位のオーガを優に凌ぐ剛力で攻撃してくるのだ。マトリと呼ばれたダークエルフは筆を持つ自分の手が震えるのを抑えることができなかった。
『あれ』が殺意を持った時、まったく抵抗できず試合をしている四人は肉塊になってしまう。何よりも恐ろしいのは、それほどの動きを見ても感情的には真也に対する恐怖心が湧いてこない。あれほどの力を持っているのに一切の警戒心を持ちづらいのだ。激しく戦いにあって、ともすれば優しき舞を踊っているような……異質にして異様、真也が生まれた世界で地獄のような戦乱の時代を経て生まれた『アイキ』という武道と『真也自身』が持つその特性にマトリは気づき始めていた。
「……まだなのだ」
驚愕に値する真也の動きを見ながら、イズツミはなお首を横に振る。
「私は武に関しては知識しかありません。しかし、どう考えてもあの方は『達人』の領域に足を踏み入れています。五感を研ぎ澄ました先の第六感で視ずとも攻撃をしのぎ切る。そして思考の加速による指先までゆきわたる肉体の制御は武の極みと言えるのではありませんか?」
「『達人』とは強さではないのだ。ましてや技の冴えでもない。その流派が持つ理合いを体現した者が辿り着く極地なのだ。『問いかけることにこそ知識は意味を持つ』かつての我が師の言葉なのだ。何よりもシンヤが己の問いに答えを得ていない。本来ならば時間をかけて見つけるものだが……時間がないのだ。まっ、そこは他しだいなのだ」
「『問い』?……あの動きの先があるというのですか? 信じられません」
「槍を持って対面した吾輩にはわかるのだ。シンヤは我が師の流派『ホウゾウイン』に似た『活人』の領域を目指しているのだ。もし、シンヤがその領域に達した時……奴は竜の力すら手中にできるようになるのだ」
「……」
「記録を怠るでないぞ。吾輩は他を見てくるのだ」
「わかっています」
イズツミが【転移】を使って次に目指したのは、厳重に結界が張られた場所だった。
近づくだけで空気が重くなり、冷気は肺を切り裂くようだった。記録を取っているのは年老いた猿の半獣人の男性で、焚火にあたりながら横目でイズツミに視線を移す。
「オジジ【翠眼】はどうなのだ?」
「お前もそんなに年は変わらんじゃろ……伝説に違わぬ特異よ。回復量の数だけ常時魔術を展開し続ける。ひと時も休まず呼吸のように魔術を使い続ける。A級冒険者ほどの【魔術師】ならばそれも可能であろうが、完全な【翠眼】ともなれば規模がケタ違いじゃ。すでにその技術の先へと到達しつつある。魔術師とは魔術を扱う者をさすがあそこまでくれば『魔術そのもの』であるな」
「……正直、吾輩。ちょっとやりすぎちゃったかもなのだ」
「ワシもそう思う」
二人の年寄りが氷柱と黒点の中で座して黙想するファスを見てため息をつく。そのファスは、ゆっくりと立ち上がり結界の中心から二人の元へ歩み始めた。一歩踏み出すごとに地面は凍り付き、その肌には鱗のように氷が張りついていた。周囲の光は黒点に吸い込まれ、圧縮されて霧散しては氷に当たって光の粒となって弾ける。常時で回復量分の魔術を展開し続け、さらに任意で己の内と周囲に満ちる莫大な魔力を消費することでその規模は広がり続け飽和する魔力だけで結界は震え始める。その中心にいるファスはあまりに非現実的で美しく、精霊がエルフを借りていると言われても納得してしまうほどだった。
「イズツミ、ご主人様の修行はどうですか?」
「順調なのだ。そちらも思考の加速による『魔術の常時展開』はものに……というかもう別物なのだ」
「そうですね。今は【水晶の書庫】に書かれていた地脈の魔力の操作による『魔術の常時展開』をできるか練習しているのですが、まだまだ上手くいかないものです」
「それを魔法陣無し常時展開できてしまったら本当に伝説の賢者なのだ。しかし、ここまで集中が持続しているのはすごいのだ。先の奇襲ではやはりシンヤのせいで心が乱れていたのだな」
イズツミの言葉にファスは瞼を閉じて、考えこみ。そして再び開かれた瞳は冷たく輝いていた。
「その通りです。奇襲された時、ご主人様と分断されたことに私は慌て、貴女の思惑通り判断を誤りました。きっと、これからもご主人様が離れれば私の心は乱れるでしょう。それを否定することはできません。しかし、迷うことなくご主人様の為に何ができるかを考え続けることでもっと速く、深く考え続けることができることに気づけました。ご主人様の危機に強く心が乱れた時こそ感情を抑えるのではなく、その心の揺れを信じてご主人様の為に動けるようにします」
ゾッとするほど冷たい視線だった。それは奇襲をしたイズツミ達に対する怒り、そしてなによりも不甲斐ない己への怒り、それを一切抑えることなく魔術へのパフォーマンスへと昇華している。
「お、おうなのだ。励むのだ」
めっちゃ怖いのだ。とか思っているイズツミである。
「はい、もう少し集中します。新しい魔術の発想が浮かびましたので」
そう言って結界の中心へ氷と闇を引き連れて戻っていくファスを見てイズツミは目線を逸らす。
「な、なんか吾輩のせいで変なスイッチ入っちゃったのだ」
「己への怒りを御するのではなく、怒りのままに感情の力を主人への想いを持って制御しておる。ありゃもう、手が付けられんわい。地脈の魔力の制御をものにすれば今はまだ不完全な【異界創生魔術】の完全習得もできるじゃろうな。里が滅ぼされんように英雄殿によく言っておいておくれ」
「わかったのだ。シンヤには全力で【翠眼】の機嫌をとるように言っておくのだ。耳が凍るから離れるのだ。オジジ、後は任せたのだ」
「いや、無理じゃって、記録することしかできんわい」
「吾輩はナルミと一緒にいる【聖女】の元に行くのだ!」
先が凍り始めた耳を抑えながら、イズツミは逃げるように【転移】をした。
真也君が一歩一歩進んでいる横で、ロケットブーストしているファスさんでした。
他の面子も……。
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