第四百五十八話:反省会②
「それで、ファス達はどんな状況だったんだ?」
あの奇襲の最中は煙でそっちの状況がわからなかったからな。ファスが真剣な表情になって口を開いた。
「はい、ご主人様が人質のアシキさんと合流してからのことですね」
※※※※※
轟音が鳴り響き、火煙で視界が防がれる。さらには爆発でマドフロッグ達も吹っ飛ばされている。魔力を使わない火薬での爆発に完全に意表をつかれたファスは真也と引き離された事実にパニックになり、叶も反応が遅れてしまう。そんななかでいち早く動き出したのはフクとトアだった。迫る爆発からパーティーを守るべく少女の姿になったフクは糸で瓦礫を集めて壁を作り、トアはせまる煙を吹き飛ばそうと斧を構えた。
「【飛――ぐぁがああああああ」
パシュン。
マドフロッグの中から出た匂い袋が前に出たトアの鼻先に命中する。命中した袋から黄味がかった粉末が広がりトアが悶絶する。
「【魔氷壁】」
混乱のままにファスは常人には聞こえないほどの早巻きのような高速の詠唱を行い。瓦礫を補強するようにトアの前に氷の壁を展開し、叶も遅れて対応しようとする。爆発してからのことを考えるとここまでの対応も高レベルに裏打ちされた超人と言ってもいいほどの速さであったが、叶がワンドを振る前には爆発が間に合ってしまった。糸で集めた瓦礫と氷により衝撃は防ぐが煙までは防ぎきることができず。パーティーを催涙煙が包む。
「私の周りに集まってっ! 【星女神の浄化域】っ!」
「ガフッ! わかっただっ!」
悶えながらトアがファスを回収して声を頼りに合流し、叶の【スキル】により煙が雨粒のような青白い光の粒に押し返される。わずかに煙を押しのけ、さらに立て直しをしようする皆の前に仮面をつけた一団がマドフロッグの中から現れた。槍を持ち、結界を破壊しようと振りかぶる。
ファスが瞼を閉じたままで相手を捕捉し、迎撃しようと杖を構えたその時。周囲の壁から地面にかけて召喚陣が浮かび上がる。四方から槍を持つ手練れと周囲の召喚陣という絶対絶命の状況であった。
しかし、その全てを白い奔流が薙ぎ払う。
「コロス」
蜘蛛の女王による静かなる宣言。催涙煙なぞ効果もあるはずがない、周囲の陣は【結晶糸】で無効化。奇襲を行った者達は一瞬で毒が滴る糸で拘束する。容赦なく致死の猛毒を纏わせたはずだが身に着けていたポンチョのような衣で丸まって防がれていた。ならば一人ずつ切り殺すと糸の性質を変えようとすると、空気の塊が自身の周りに展開されている。
「なにこれ?」
魔術ならば防げると展開した【結晶糸】の効果も無く、次の瞬間にはフクは煙を糸のように引きながら上空に引き上げられていた。
「キュアアアアアアアアアアア!!!」
「……なに、オマエ?」
上空に現れた召喚陣。暴風と共にその中から現れたのは三本尾の大鷲。翼開長七メートルはあろうかという巨大な怪鳥が周囲の大気を操りながらその場に召喚されたのだった。
「邪魔するな」
【空渡り】で空中に巣を展開し、フクは現れた強敵に対し全力の威嚇を放ったのだった。
※※※※※
「……すごいことになってるじゃん」
ファスやフクちゃんの話を聞きながら、状況を確認するとんでも無い状況だった。
自分のことで精いっぱいかつ、煙のこともあって上空のことなんか気づかなかったけど、怪獣大決戦じゃん。正直見たかったわ。
(アイツ、ニゲテバッカ)
ファスの頭に乗っているフクちゃんは不機嫌そうに前足を振る。
「そいつはアグロなのだ。【天空鷲】と呼ばれる鷲の魔物の中でも魔王種にあたる【嵐王鷲】なのだ。【蜘蛛の女王】引き離す為に協力してもらったのだ。気難しい奴だが、フィオーナの娘とその主に試練を与える為と説明したら手伝ってくれたのだ」
イズツミさんが耳をピコピコ動かしながら補足してくれるが、聞き流せないことを言う。
「王から聞いた話で母が鷲に乗って移動したとありますが……」
「その鷲がアグロで間違いないのだ。何を隠そうファスに合わせたい相手と言うのがそのアグロだぞ。まぁ、奴のことは後で説明するのだが、まずは戦闘の振り返りなのだ」
「そうですね。フクちゃんのおかげで敵は拘束できていましたが、新手がやってきてその対応をしていたのです。いち早くトアが立ち直ってくれて斧でご主人様に私達の無事を伝えてくれたのですが……」
「真也君の絶叫が聞こえたんだよね。真也君のあんな声初めて聴いたよ」
「面目ない。全身の骨が砕けたかと思うほどの激痛で何もできなくなったな」
僕の方の状況もかいつまんでファス達に共有すると、イズツミさんが得意げに胸を張る。
「うむ、あれこそが今回の作戦の骨子にして勝利条件なのだ。あれはかつての【翼のある竜】の死の再現なのだ」
「……死の再現?」
ファスの周りの気温が下がる。思い切ってファスを抱き寄せた。
「ふぁ、ご、ご主人様!?」
「僕は大丈夫だファス。今になって思えばあの攻撃はやっぱりおかしい。多分……幻覚とかそういうのですよね」
目覚めた時の身体の状態といい、実際にダメージがあったとは考えずらい。
「……ご、ご主人様私は別に怒っていたわけではありません」
(イイナー)
ファスに腕から脱出される。が、すぐに横に戻って来た。ちょっと拗ねた表情でこっちを睨みつけてくるが、可愛いのでよし。
「仲良きことは良きことなのだ。話を戻すのだ。英雄殿が言う通り、あの【スキル】自体にダメージはあまりないのだ。あれはフィオーナの忘れ形見……一度限りの竜殺しの幻覚なのだ。フィオーナが図書の樹から掘り出した竜王の知識、その中にあった竜王を失った翼のある竜達が持つ死の記録。それを用いて過去の転移者が放った【竜殺し】を再現して使ったのだ」
「それが死の再現というわけですか」
ファスの言葉にイズツミさんは頷く。
「うむ、竜にゆかりのある英雄殿が感じたのは過去の竜の痛みの記憶なのだ。正直、本当に効果があるかは半信半疑だったのだ」
「……どうりで」
痛かったわけだ。文字通り死ぬほどの痛みだったのだから。夢で見た竜達の骸骨を思い出していると我慢できないというようにナルミが前にでる。
「それで……結局、ファタムとお前は何をしたかったんだ? 己の知識で英雄に勝ると言いたかったのか? 言っておくが、『魔尾の旅団』は拘束されお前も呪いで死にかけた。この状況のどこが勝利者だ」
ナルミが不快感をあらわにして詰め寄るとイズツミさんは、幼い風貌のままに正面から睨み返す。
「そうであるな。吾輩達は別に敗北者といっても良いかもな。だが、吾輩達は結果として英雄を行動不能にした。手段を選ばぬなら、我々の全滅と引き換えに聖女か料理人一人くらいは殺せていたかもしれん」
「それが勝利だとでも言うつもりか?」
「そうだとも。仮にこれが実戦で依頼者のファタムが英雄殿を本気で害する存在であれば、吾輩達が何人死のうとも、それは勝利と言えるのだ。これから英雄殿が戦う相手は命をそう使う可能性があるのだ。手駒の命を犠牲に致命的な損失を負わせようとする相手がいる。ビオテコでの戦いでは【転移者】の死体を使って自爆させたのであろ? それを命じた奴が生きた人間で同じことをしない道理があるか? 吾輩達は英雄殿よりも弱かったが知識を使い工夫することで成果を得た。捨て身の獣は格上を喰らうことがままある。そのことを身を持って【四色】は伝えたかったのだ。挑戦者としての戦い方は英雄殿はできるだろう。しかし、強者として玉砕してくる挑戦者を迎え撃つことに慣れていない。足元をすくわれる前に、ここでそのことを学ばせたかったのだ。吾輩としてもフィオーナの娘をみすみす死なせたくはないからこそ、この無謀ともいえる依頼を受けたのだ」
詰め寄るナルミに静かにイズツミさんはそう告げた。そうか、これが僕が感じた敗北感の正体か。
僕達は初めて、自分達よりも弱い相手に負けたのだ。
「……ナルミ下がってくれ」
「シンヤ……」
前に出て、頭を下げる。今日よりも強くなるために。
「負けを認めます。旅団の人達に関しても、イワクラの皆さんに解放してもらえるように説得します。その上でお願いがあります」
「……言ってみるのだ」
「僕等に足りないことを教えてください。仲間を……失いたくないんです」
これからの戦いで生き抜くために、僕等が学ばなければならないことをイズツミさんは知っている。
「求める者に知識の扉は開かれる。傲慢な竜には決してできなかったことなのだ。よかろう、この国を出るまでの短い間ではあるが【魔尾の賢狼】イズツミがお主等を最強にしてやるのだ」
不遜な台詞とは裏腹にイズツミさんは優し気な表情でそう告げるのだった。
作中で述べたこと以外にも様々な対策をしていたのですが、全部書くとキリがないくらいに色々していたイズツミでした。
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






