第四話:あなたに聞きたいことがある
「知らない天井……ではないな」
昨晩からいる部屋にうつぶせに寝かされていたようだ。ペタペタと顔や体を触ったり、動かしてみて確認してみるがなんともない。
(もしかして、回復魔術でもかけてくれたのかな。魔法とかありそうだし)
格子がはめられた窓から外を見てみるともう夕暮れのようだ。朝起きてすぐ中庭に連れていかれて、そのまま騎士っぽいおじさんと手合わせして、吹っ飛ばされたので数時間ほど寝ていたようだ。
それにしても、あの手合わせの時よく一太刀目躱せたなぁ、うまいこと左足でふんばれて……そういや、スキルに『ふんばり』ってのがあったっけ、それの効果か?
試しに「ふんばれ」と念じてみると、靴の裏に吸盤が生えたように固定された。片足で立ってみても一切揺るがない。あの時左足を軸にできたのは間違いなくふんばりの効果だろう。
(これは多分、体幹も強化されてるな、無茶苦茶な姿勢でもふんばれそうだ)
地面を掴めるということは力を十全に伝えて打撃がだせるということだし、投げ技もずっとやりやすくなるだろう。『拳骨』といい本当に格闘に特化したスキル構成になってるのな。
次に『掴む』を試そうとしたら、ノックもなしに乱暴に鍵(もちろん内側からは開けられない)が開けられて、入ってきたのは見たことない男だった。どうやら使用人の一人のようだ。
「おい、移動だ。離れでオークデン様とソヴィン様がお待ちだ」
「オークデンってアグーさんのことか、ソヴィンというのは誰ですか?」
「このコスタ伯爵領における最高の召喚士様だ」
多分あのローブだな。逆らう理由もないので、ここに呼ばれた時に着ていた学生服だけもって案内されるままに離れに行った。
一瞬外に出たものの暗くて景色は見えなかった。離れに入るとそのまま奥の部屋に……。
(おもいっきり牢屋なんですけど)それまでの部屋から(悪いほうに)ワンランク上の住み心地な部屋だった。あぁもうこれは一刻の猶予もないな、早く逃げる準備をしないといけない。
そんなことを思っているとローブの人とアグーさん、そして中肉中背に顎髭を蓄えロープを持った男が入ってきた。
「オラ! さっさと歩け」
男がロープを引っ張ると全身をローブ(というよりはボロ布だが)にくるまった小柄な人が、引きずられるように入ってきた。体を丸めビッコを引いて歩いている。見るからに調子が悪そうだ。立つこともままならないのか、部屋に入るなり倒れこみうずくまり低く濁った声で呻いていた。
「チッ、お客の前で無様な」
「まぁまぁそう言うでない。おや傷が治っているようだな。誰かが余計なことをしたようだ。中庭での立ち合いは実に見るに堪えないものでしたな」
アグー(さんづけはやめよう)がニヤニヤしながら脂ぎった顔を向けてきた。下手に嫌味を返してこれ以上境遇を悪くしたくないので話題を変えてみる。
「そこの人は? ずいぶんと体が悪そうですが」
「おおぅ、このゴミですか。これはあなたのためにわざわざ町の奴隷商に頼んで用意させた考えうる限り最低の奴隷です」
「うちの若いもんが珍しい者好きが買うんじゃないかと、商品にもならないもんを持ってきちまって、こっそり処分しようとしてたんですが、ちょうど子爵様から連絡がきましてね。悪いという意味ではこれ以上のモンはありませんぜ。なんせ、ホラ」
そう言って奴隷商がロープを引き、中腰になった奴隷のローブをはぎ取った。その下には何も着ていなかったらしい。
「世にも珍しい竜の呪い持ちです」
焦げている。と最初は思った。体つきは病的にほっそりとしていて、手足は長い、髪は生えておらずこの暗がりでは性別は判断しにくいが、腰や体のラインからおそらく女性だと思う。身長は150㎝くらいか? 頭のてっぺんから耳の先、足の先まで全身を黒い鱗に覆われ鱗の間からわずかに見える皮膚も焼けたように爛れている。その部分は社会学の教科書にのっていたある感染症患者のようだった。
「なんとおぞましい」ソヴィンが数歩後ずさる。
「おい、この呪いは伝染るのか?」口もとを押さえて、アグーが離れる。
「えぇ、そりゃあ病気や呪いについて勉強するのも手前の仕事ですから、竜の呪いは簡単には伝染りませんが主従契約など特殊な形で繋がりがあれば少なからず契約したものに影響を与えます。それで、本当にこんなのと契約するんですかい?」
「無論ワシ等ではない。そこのできそこないだ」
(もはや、取り繕うこともしなくなったな。順調に立場が悪くなっているのがよくわかる)
憎しみのこもった目を向けられながらそんなことを考えた。どうやら僕に対する嫌がらせのために奴隷を用意したらしい。そこからは使用人数人に取り押さえられた後、無理やりにナイフで指先を切られ、そのまま彼(彼女?)の胸元に浮き出た紋に押し付けられた。どうやらそれで主従契約が完了したらしい。
触れた瞬間指先から血液が流れてくるように何かが身体を伝うのを感じた。現状特に影響はないようだ。
「ほい、多少やり方を工夫しやしたが、これで確かに契約できましたぜ。内容は普通の奴隷契約でよかったんですかい?」
「よい、上に報告するさいにはそのほうが都合がよいからな。体面上は世話をするための奴隷を直接買わせてやったということにしておけ。ワシの懐の深さがそれとなくわかるようにしておけよ」
「わかりやした。あくまで普通の奴隷を買い与えたということで。あとで書類は届けさせます。またご贔屓に」
そう言って奴隷商は出ていき、ソヴィンとアグーも出て行った。出ていく際に。
「役立たずの転移者に穢れた呪われ者、よい組み合わせだ」とアグーが言った言葉が石造の部屋に響いた。
さて、どうしよっかな。まぁでもこれは聞いておきたい。これだけははっきりさせたい。ぼろ布を体に巻きつけ部屋の隅でうずくまる呪われ者と呼ばれた人に近づき声をかける。
「もし死にたいなら、殺してあげるけどどうしてほしい?」
本作におけるメインヒロインをやっとだすことができました。