第四百五十三話:エルフの里と魔物使い
イワクラの街は僕の感覚で言うと大きな里といった印象だ。見たことない植物の畑や果樹園が多く、土壁の建物が多く見られた。その街を全力で蜥蜴を走らせる。程なくして、立派な屋敷が見えた。日本家屋に近いが、ところどころ屋敷を木が突き破って生えているのが大森林の建築っぽい。蜥蜴から飛び降りたナルミについて庭を走り抜けて玄関へ転がるように駆け込んだ。
「ナルミだ。父上はいるか!」
「お嬢」「お嬢だ」「ナルミ様が帰られたぞ!」
ザワザワと屋敷内の注目がこちらに集まる。うーん、皆ダークエルフなの凄い光景だな。
「おぉ、ナルミ! 後ろにいるのは人族……手紙にあった【死線の英雄】か」
出てきたのは笹耳に褐色の肌、銀髪を短く借り上げた青年で年はナルミよりもやや年上の様に見える。黄みがかった瞳に童顔で言うまでもなくめちゃくちゃイケメンなダークエルフだった。
「父上っ!」
「父……若いな」
「どう見ても二十代前半にしか見えないよね。エルフは本当に年がわかんないや」
叶さんと顔を見合わせる。そんなこと言ってる場合ではないかもしれないが他のエルフと比べても若く見える。
「匂いでわかるだよ」
(普通にワカル)
「見た目でもわかりますが?」
トアやフクちゃんは独自の感覚で、ファスは同族ということもあって相手がそこそこの年齢であることはわかるようだ。うーん、これ人族の感覚がずれてるまであるな。
「アシギが賊に攫われたと聞いた。どうなっているのです?」
「う、うむ。奥で話す。誰か湯桶を持ってこい」
「そんなことしている場合か!」
「そうか、そうだな。よし、えと、じゃあ……」
ブチンと何かが切れた音がした。言うまでもなくナルミから聞こえている。
「さっさと奥の間へ行くぞ!」
「……一応綺麗にしとくね。【星女神の洗浄】」
ワンドが振られて青白く光る泡が僕等に当たって弾けると汚れが地面に落ちていく。これ、泥とか花粉とかも落とせるのでめっちゃ便利なんだよな。
「おぉ! 女神の奇跡であるか。【水晶の書庫】にあった通り、白藍に近い……今代の聖女をこの目で見るとは、今のスキルを見るに女神が眠る……痛い痛い! ナルミ、耳は、耳は止めるのだ」
叶さんのスキルを観察していたお父さんが耳を引っ張られて、連れていかれていた。
僕等も付いて行くと、木製の床に薄い敷物が敷かれた部屋に案内される。
「名乗りが遅れて申し訳ない。手前、イワクラ家当主。ハクト イワクラと申します」
「吉井 真也です。『吉井』が姓で『真也』が名です。こちらは僕の仲間で、ファス、フク、トア、叶です」
念話で僕から紹介して欲しいと言われたので皆の名前も紹介する。
「噂はかねがね。愚生の不始末を一人で取り返そうとしたナルミを助けてくれたこと、イワクラ家として一人の父親として心より御礼申し上げる」
「いえ、今はそれよりもナルミさんの弟が攫われたということについて教えてください。僕等は人探しが得意ですし、力になれると思います」
「これ以上、英雄殿に迷惑をかけるわけには……」
「シンヤ、話を進めていいか」
敢えてなのか、ファス達と同じ僕等側に座っていたナルミからの提案が入る。確かに、ここで時間を使っている場合じゃない。
「頼む。あと、こういうかしこまったのは、ここまでだとありがたいかな」
「それは慣れてもらわないと困るがな。さて、父上これ以上イワクラ家は主に対して恥もかきようがない、言葉に甘えた方が得策だ。礼なら私が生涯をかけてする予定だから心配不要だ。主の実力は保証する、早く弟のことを話してくれ」
「……わかった。お前がそれほどまで言うのであれば余計な問答は控えよう。息子が攫われていたことじゃが、ことの始まりは里の近くで泥蛙という魔物の活動が活発になったのである。そのことに付いてアシギに部下をつけて調査を行い、冒険者への依頼を纏めるように指示を出したのだ。何せ結晶竜との戦いで国中の冒険者や兵が疲弊していて、効率よく対処せねば森に被害がでる」
「マドフロッグと言う魔物はまだ見たことないですけど、そんなに強力な魔物なんですか?」
僕の質問にはナルミが答えてくれた。
「一体ならば問題はない。毒も無いデカいだけのカエルだ。冒険者の危険度でもDランク相当だろう。しかし、マドフロッグ達は蟻塚の蟻を狙う。下手に蟻塚を刺激すれば蟻塚全体を支配するクイーンアントの逆鱗に触れて、周囲に被害が出るんだ」
「うむ。かといって、マドフロッグを完全に駆逐すると、今度は蟻塚から出るはぐれ蟻達が増えすぎて街を襲い始める。大森林のバランスを保つのは容易ではないのである。雨期になると土を固めた蟻塚が脆くなるからの、マドフロッグ達はそれを狙って活発になるわけじゃ」
ダークエルフの親子二人がうんうんと頷いている。毒蝶と怪異花といい、この森の生態系は多種多様で規模もでかい。ハクトさんが話を続ける。
「アシギの奴は先日調査を終えてな。どの程度マドフロッグを倒せばもっとも被害が少なく済むかを冒険者ギルドへ伝えて依頼を出した。一安心と胸を撫でおろしておったが、三日ほど前からマドフロッグ達が活発になっての、しかも数を増やして街の近くに来ていると言う……アシギは今朝方、狩りをしているはずの冒険者へ様子を聞きに行った先で野盗に襲われたという、ワシも先刻知らされたばかり、アシギのみ攫われて部下は全員帰ってきておる。聞けば、相手はマドフロッグに指示を出し他にも強力な魔物を連れていたという……つまり、魔物使いである可能性が高い。一体では脅威でないマドフロッグも指示を受け、人と一緒にいるならば十分に脅威度は跳ね上がる。どうするかと思案していたらナルミと一緒に英雄殿が来られたのである。ふー、緊張したのである」
話し終えたハクトさんは息を吐きながら、額をごしごしと擦る。
「なるほど、大体話は見えました。つまり、魔物を操っているその相手からナルミの弟であるアシギさんを助ければいいんですね。そのマドフロッグがいる狩場の場所を教えてください。僕等が出ます。皆、それでいいかな?」
「ご主人様の仰せのままに」
「うん、急ごう。部下のエルフさん達が帰ってきているのに向こうから要求が無いのが不気味だよ」
「人攫いってのはどこの国にもいるんだべなぁ」
(コロス?)
「相手によるかな。ナルミ、案内できるか?」
「大体の場所を聞けば問題ない」
ナルミの言葉を受けてハクトさんが懐から地図を取り出す。
「アシギに持たせた物と同じ地図がこれである、この辺が狩場である」
羊皮紙に描かれた地図を一瞥するとナルミは立ち上がった。
「わかった。行くぞ、シンヤ、頼む。愚弟を助ける手助けをしてくれ」
「もちろんだ」
「すまぬ、街の兵にも指示を出して探索はしているが……相手が魔物使いとなると力不足だ。今は英雄殿を頼るしかないのである」
「大丈夫です。兎に角すぐに出発します。」
戦闘に備えて鎧がしっかり装備されているか確認して。騎乗蜥蜴の元に戻る。
ナルミ、カナエさん、ファスが蜥蜴に乗った。僕とトアは走った方が対応できるかな。フクちゃんはファスの頭に乗っている。
「疾っ!」
街の正面から北西に進み森へ入る。道は整備されており走りやすい。地面を見ると草花は少なくなってきており、赤茶の土が斑にのぞいていた。蟻塚がある場所にマドフロッグもいると言う事なのだろう。
「ファス、敵影が確認できたら【念話】で伝えてくれ。一度止まって弟さんの救出最優先で動く」
「かしこまりました。まだ何も見えません……というより、森にいる魔物すらいない……。皆、警戒を強めましょう」
「うん……でも、この速度は【スキル】使っても吐きそう……」
「頑張るだよ。……匂いっつう匂いもねぇだな。こりゃ、敵は相当手練れだべ」
(問題ナイ、ボクが、全部コロス!)
「目的地まであと少しだ。ここからは敵を刺激しないように歩きで行く」
先頭のナルミが速度を落とし、蜥蜴から降りた。ファスがクルリと首を動かして一点を見た。
「見つけました。ここから10時の方角、峡谷にいます」
「敵は?」
「岩柱に縛られているエルフが一人だけです。敵の影は見えません……【隠密】を使っているようにも見えませんが……近くにマドフロッグの姿もあります。放置すれば襲われるのは時間の問題でしょう」
「助けるしかないね。でも峡谷か、地形的にも絶対罠だよね。狙いは救助にきた冒険者……最悪、私達を想定している可能性もあるかも」
「ファスが敵影を見つけられねぇってのが不穏だべ。どうするだ旦那様?」
「僕を先頭にして進むしかない。ファスはこれまで通りに警戒を頼む。トア、もし奇襲されたら僕が敵を引き付けるから人質を救助するのはまかせた。フクちゃんは常に糸を出しておいてくれ。ナルミはどうしたい?」
「一緒にいた方がいいだろう。お前等から私が離れるのを敵が狙っている可能性もある。最も安全な場所はお前の傍だろう」
「わかった。叶さんから離れないでくれ」
何かあっても叶さんなら防御も回復もある。ナルミ自身も【狩人】のクラスを持つので警戒は得意だったはずだ。
「了解した。我が主」
陣形を整えて、弟さんを助け出す為に僕等は峡谷へ向かって慎重に進み始めた。
次回:敵の正体は?
ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






