第四百五十一話:花畑にて
「……全然寝てないのに体に活力が漲っているんだが?」
早朝。自身の体の異常に震えるナルミの肩を叩く。
「あー、毎回じゃないけど、トアの料理を食べるとそうなるな。ようこそこちら側へ」
「オラの料理のせいだけでもねぇだよ。旦那様の正式な奴隷になった影響もあると思うだ。ほい、二人共簡単なスープだべ」
トアが寝ぐせがついたボサボサ髪のままスープを渡してくれる。塩漬け肉のスープでこの世界でのインスタント料理みたいなものだが、トアの仕込んだ塩漬け肉だし、森で採取した野草やら薬膳の素材も入っているので美味しくて胃にも優しい。保存のきく乾燥したパンを浸けながら食べる。
「【経験値増加】もあるし、ある程度トアさんの料理を食べてれば嫌でも生物として強くなるよ。【竜人の眷属】の効果もあるから根本から変わっている可能性もあるし……怖くなった?」
「……フン、舐めるな。むしろ都合がいい、その為に【霊食】の料理を食べたのだからな」
「ご主人様の奴隷ならば当然です。しかし、急な変化は負担になりますから遠慮なく言ってくださいね」
「問題ないと言っているだろ。ジャムもくれ」
「ほいほいだべ」
ファスはすでにキチンと髪を整えて、お湯を作ったりとトアの料理を手伝っていたようだ。僕も身だしなみを整えて、騎乗蜥蜴に小道にいた虫(虫と言っても結構デカイ)を食べさせて食事を済ませれば朝食は終了だ。荷物を蜥蜴に積み込んで縛ると出発だ。
「キュイ!」
頭の上でアイラが跳ねる。ちょっとひんやりして気持ちいい。
小道の景色は変わらないように見えるが、ファスとナルミには微妙な枝の道の違いがわかるらしく、偶にある分かれ道も問題なく選択していた。これ、例え小道に入れてもエルフじゃないとまともに進むのは無理だな。
ただ歩くのも暇なので、アイラのおかげで魔物が近づかないのをいいことに、フクちゃんと毒を受けながら鬼ごっこしたり、ハルラさんとの稽古で学んだ体捌きをして鍛錬をして過ごした。
「そろそろ、出口ですね」
常に明るいので昼夜の感覚はないが、どうやらやっと出口のようだ
「キュルルっ!」
(マタネーだって)
「うん、じゃあな。魔物から守ってくれてありがとうなアイラ」
「あっ、アイラちゃんバイバーイ」
「キュウ!」
スライム姿のアイラが懐の青い石の中に戻っていった。
「可愛いよね、アイラちゃん。魔物を追い払えるのはスキルなのかな? それとも純粋に強かったりするのかなぁ」
叶さんが騎乗蜥蜴を寄せてくる。ちなみにその体は淡く光っており、継続回復し続けて乗り物酔いを力付くで抑えているようだ。
「どうなんだろ? あんまりそういう強さは感じないけどなぁ」
(ボチボチ)
フクちゃんの評価はぼちぼちのようだ。つまり、月光熊を始めとするB級の冒険者の討伐対象の魔物よりは強いということになる。……結構強いな。
「余裕があれば、模擬戦闘にアイラを誘ってもいいかもしれませんね。ご主人様、正面に見える壁が出口のようです」
小道に入った時と同じようにファスが呪文を唱えると枝が動いて道ができた。くぐると、真っ暗で埃っぽい所へ出る。微かに水の流れる音もするな。
「ファスさん。周囲に襲ってきそうな魔物や人はいる?」
「いませんね」
「なら大丈夫だね【光玉】」
叶さんが照らしてくれると、ここが洞窟のような場所だとわかる。
「外へ向かいましょう」
こういう時、本当にファスの目はチートだよな。出口に近づくと陽の光が眩しい。どうやらまだ明るい時間のようだ。外へ出て大きく伸びをする。
「空が見えるのが嬉しいもんだ」
見渡すと小道に入る前の森とは樹々の様子が違うことに気づく、これまで見た太く見上げるような樹々ではなく、細くひょろりとした木が多いな。シダっぽい草もあるし、植生が変わると移動したことを実感するな。
「やっと、外だべ」
(ワーイ、お外っ!)
皆も景色が変わったことが嬉しいようだ。
「河の音が聞こえるし、久しぶりに水浴びがしたいな」
地面は柔らかな苔に覆われていて、騎乗蜥蜴達はその苔を食べていた。これ、美味しいのか?
「見慣れた景色だ……ここまでくればもう庭のようなものだ。水浴びなら河よりもいい場所がある。案内しよう」
ナルミが苔を食んでいる蜥蜴を促して前に出る。そのままナルミに付いて行く。ちょっとした段差や崖が多く、清水が壁から染み出ていた。そんな景色の中を蜥蜴達は軽快に進んでいく。獣道すら舗装されていると感じるほどの道なき道を進み、何度目かの崖を登っていると花の香りが強くなる。
「なんか甘い匂いがするな」
「私にはもう視えていますが……すごいです」
僕に掴まるファスには崖の上の景色が見ているようだ。蜥蜴の爪が崖の上にかかり、登り切るとその光景に息を飲んだ。
「どうだ? なかなかのもんだろ?」
ナルミがこちらを振り返ってその光景に腕を広げる。それは一面の青色の花畑だった。背の低い、元の世界で言う所のリンドウに似た花が密集して咲いていた。
恋人の街で花竜に出会ったあの場所を思い出す。そういえば、大森林で花畑を見るのは初めてだな。
「シュドレンという花だ。北の森にのみ咲く花で、まぁ、私の故郷でも良く見る花だ。……この先に泉がある。私のとっておきの場所だ」
自慢げに笑うナルミが蜥蜴から降りて歩きだす。泉は花畑の中に隠れるように存在していた。泉の中央にはウィスプ達がフワフワと舞って、僕等が近寄ると警戒もせずに近寄ってくる。
「このウィプス達の悪戯によってこの場所は【水晶の書庫】を持つ者しか入れない……流石に【翠眼】には効果はないがな」
「薄っすらと結界が張っていることわかっていましたが、それでも拒絶されている感覚はありませんでしたね」
「なんか、旦那様にウィスプ達が集まってねぇか?」
淡く光るウィスプ達はなんでか僕に寄って来る。アイラといい、特定の存在を引き寄せる体質だったりするのだろうか? ウィスプ達は飽きたのかすぐに離れて泉の中央へ戻っていった。
「今日はここで野営しよう。雨期の前のこの時期は綺麗な月が見えることだろう。明日にはイワクラに到着する」
「いいのか? ここって特別な場所っぽいけど……」
「ウィスプ達が受け入れている以上、問題はない。【水晶の書庫】の中にいるウィスプ達もこの泉の生まれだ。久しぶりの里帰りに喜んでいるだろう」
ナルミが胸元から【水晶の書庫】を取り出すと、中からウィスプ達が現れて泉にいるウィプス達と一緒に戯れていた。なるほど、ナルミと同じように彼等も冒険をして戻って来たのだ。
「言葉に甘えるよ。でも花の上にテントは敷きたくないな」
「崖際になるが、花畑が見渡せる場所がある。そこなら花を避けて野営できるはずだ」
泉からすぐ近くに岩場があり、花が咲いていない場所にテントを張って、近くに釜土を作る。
野営の準備が整うと時間はすっかり夕暮れで花畑が朱に染まった。
「綺麗だな」
「あぁ、皆。シンヤを一晩借りるぞ」
ナルミがファス達にそう言うと、皆は顔を見合わせて頷いた。
「えぇ、ご主人様。今晩はナルミとお過ごしください……その後は私達ですよ?」
ファスの手が頬を撫でる。うん、これは後でしっかりとファローしとこう。
「ナルミ、精油渡しとくだ」
「がんばってねナルミさん」
(ふぁいとー、いっぱーつ)
「うむ。まぁ、できるだけやるだけだ」
ナルミは何でもないと言う風に皆に応える。
「……えっと、よろしく」
「もう少し気の利いたことは言えないのか?」
夕食を終えたその晩。ナルミに誘われて一緒に泉に向かう。夕暮れの朱から月明かりの青へ。暗がりが紫のニュアンスを花畑に与えていた。葡萄酒の瓶が置かれ、細かな意匠の入った硝子の杯を渡される。
「飲むぞ」
銀色の長髪を流し、エルフの巻頭着を来たナルミが横に座る。スっと通った鼻筋と切れ長の瞳が見える。その横顔は非現実のように綺麗だけど、いつもよりも少し……緊張しているようにも見えた。
「僕、酔わない体質なんだけど」
耐性スキルのせいか、巨人族と飲み比べできる程度には酔わないんだよなぁ。
「いいから付き合え。素面で過ごせるか。王城からとっておきのチーズも持ってきたんだ」
「見るからに貴重品だけど。持ってきて大丈夫なのか?」
取り出された包みは蝋で印がされていた。お高いことは明白だ。
「英雄への貢物だと言うと、料理人は棚の一番上から出して来たぞ」
「勝手に僕の名前使うのは止めて欲しいんだけど」
「いいだろ私は親善大使で……お前の女なんだからな」
ナルミを見るが目線は合わない。視線の先の花畑を見ながらナルミは一気に杯を呷って、瓶から葡萄酒を注ぐ。
「……」
「おい、照れるな。こっちまで恥ずかしくなるだろうが」
「照れるなってのが無理だ。それに、出会った時のことを思い出してた」
「闘技場か、私の汚点だ。だが、確かに思い出すのは悪くない。お前は……あの時よりかは幾分かいい男になった」
「本当に? 実感ないや」
むしろ皆の方が強く、そして魅力的になっている気がする。
「エルフの目は誤魔化せん。私達の主人なんだ胸を張れ」
「うん」
チーズを口に入れる。皆の主人か……責任重大だな。
葡萄酒を飲もうとすると杯が空なことに気づく。おかわりを注ごうとすると、ナルミが瓶を持った。
注いでくれるのかと、杯を出すと、その手を掴まれてそのまま口づけをされて葡萄酒を口移しに流された。
「ンっ……プハ……こうするのが、エルフの伝統的なやり方だ」
「……流石に嘘だろ」
「なんだ、騙されなかったか」
ニヤリと挑発的に歯を見せてるナルミ。褐色の肌に朱が差しているのは、酒のせいか、それとも……。
「言っておくが、私は里や王城では男共に何度も言い寄られたんだ。縛られるのが嫌で断り続けただけで、決して行き遅れていたわけじゃないからな」
「そんなこと思ってない。美人だって今も思ってる。一族の為に一人で危険な旅をしたことも尊敬している」
「……どのくらいの美人だ」
胸の鼓動が聞こえるほどに身体が寄せられ、首に手を回され爪を立てられる。
「この花畑くらいに」
「武術以外に女の口説き方を学んでおけ……馬鹿……私が人族の男に【変容】を解いて姿を見せたことの意味とか……他にも、言いたいことが一杯あるんだ。ミーナの奴に先を越されたことも含めて……」
コツンと額が当たる。
「今日は、寝かせないからな」
なんかめっちゃ漢らしいことを言われた。
翌朝。ナルミと水浴びをしてテントに戻る。
「おはようございますご主人様。ナルミ、ゆっくりと過ごせましたか?」
「おはようだべ二人共。今日は精のつくもん作るだよ」
「おはよー。どうだった?」
「おはよう皆……えっと……」
さて、こういう時ってなんていうのが正解なのか? 爺ちゃん教えて欲しいよ。
ナルミは眉間にしわを寄せて、不機嫌そうにつかつかと女性陣に近寄る。
「いいようにされた、あのドスケベに!」
ズビシっとこっちを指さして大声でそう叫んだ。
「言い方ぁ!! 悪かったってば!!」
開口一番に何言ってんの!?
「まぁ、真也君は体力無尽蔵で百戦錬磨だしね。私も最初はグダグダだったし」
「群れの雄なら当然だべ。オラ達も負けてらんねぇな」
(マスター、ムッツリ)
「一対一ですとかなり厳しいです。回復とバフを重ね掛けできるカナエでようやくと言ったところでしょうか? スタミナポーションも欠かせません」
なんでファスは冷静に戦力を分析しているんですかね。
「ガチでレベル上げ必須だよ」
「群れでの戦い方も知って置くだ」
「何言っても負けな気がする。一応優しくしたつもりなんだけど」
こういう時男は無力だ。女性陣があけすけすぎる。まぁ、僕が悪いんだけどもさ!
「次はこうはいかないからなっ!」
ナルミはこちらに向き直り、ベーっと舌をだして。
「覚悟しておけ」
僕にだけわかるように一瞬だけ少女のように笑った。
というわけでナルミとの逢瀬でした。そろそろ大森林から抜け出して新しい場所へ行くことに……その前に何かあるかもしれません。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。更新頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。感想が燃料です。一言でもいただけると嬉しいです。






