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第四百四十八話:名も無き紫鱗のリザードマン

 鉱山砦に月が昇る。大森林の中でそこだけ木々が逃げてしまったような砦から見る夜空は手を伸ばせば届きそうなほどに近い。砦の補修ために組まれた足場に乗って皆で食事をしていると、ミーナがやってきた。


「ごきげんよう。フフ、今日も良い月ですわね。雨期の前はこういう日が続きますの」


 身を清めたミーナは柔らかで薄い……というか、あまりに薄すぎる透けるような白布を体に巻いたような煽情的な恰好をしていた。頭には花を落とした茎の冠を被っている。布が重なっていない部分は透けてるし……。


「ブフッ! ミーナ、何て格好してんだ!?」


「ホヘー、すんごい格好だべ。横から見たら普通に見えるんでねぇの」


「……魔力を感じますね。特別な装衣ですか?」


「おぉ、でもファンタジーっぽい」


(ウスイ、ツヨイ)


 子蜘蛛姿のフクちゃんが興味深そうにチョンチョンと足先で白布の先を突いていた。フクちゃんの眼から見ても、この透き通るように薄い布は大したものらしい。


「私だって恥ずかしいですわよ。でも、これはちゃんとした意味がありますの、武器の一切を持たず、祈りを捧げる証しですわ。この地で死んだ竜へ鎮魂の祈りを捧げる正しき聖衣です」


 聞けば、透けるほどに薄い衣は高貴な身分をあらわしているとかなんとか、それにしたって凄い格好だな。


「人々に裏切られ、己の牙で殺された黒竜の怒りを鎮める為ですか……」


「えぇ、今晩は食事も食べることは許されず。ワインのみです……うぅ、お腹減りますわ」


「明日の朝食は豪華なもんつくるだよ。儀式は明日も続くのけ?」


「えぇ、朝日が昇ると着替えて、今度は砦の外へでてドルイド達と大森林に祈りを捧げて儀式は終わりです。本来なら民が集まるのですが、今は至る所で祝祭もしていますから砦の人達と宴をしましょう」


「お前、その格好で人前には出るなよ。肌を見せるのは私達やメイド達の前だけにしておけ」


 トアが作った梨のジャムをつけたパンを食いちぎりならナルミがそういうと、ミーナは淑やかなぐさで白衣を纏い直す。


「わかっていますわよ。その為にハルラも外の警備に回していますもの。人払いも終わっていますわ」


「楽しみだね。それに、私達も【聖宝】に興味あるし」


 叶さんは好奇心を抑えきれないと言わんばかりに、身を乗り出す。【聖宝】か……そういや結局僕は見てないんだよな。地下にいた時、なんとなく引かれているような感覚はあったけど。


「本来なら、【聖宝】がある広場へは誰も入れないようにしているのですが、先の【勇者】の件もありますし、先の戦いでカルドウスを名乗る影が【聖宝】について話していたことも気になります。皆さんも一緒にいて欲しいですの」


「当然、そのつもりだった」


 この儀式を見届けるのも結晶竜との決着の一つだと思うからな。


「良かったですわ。では、参りましょう。儀式が始まる月頂には時間がありますから、大森林に伝わる詩を私が唄いますわ」


 ミーナが指を鳴らすとハルカゼさんが片手で抱えれる程の小さなハープをミーナに渡した。


「ハープも演奏できるのか?」


「当然ですの、そうだ、シンヤ殿の詩も今日は曲に乗せてもいいですわね」


「それは勘弁してください」


 なんて話をしながら、足場から石造りの居住区を抜けてかろうじて人一人が通れるほどの道幅を下っていく。この螺旋状の道は結晶竜が砕いたはずだが、短期間でこの通路を通れるようにしたのは職人の頑張りを感じるな。崩れた場所には橋もかかっており、なんとか下に降りていく。中腹程で大きな横穴が掘られておりどうやらここから地下部分へいくようだ。穴の前ではモグ太が待っていてくれていた。


「モグっ」


「まぁ、モグ太が案内してくださるの? フフフ、あの冒険を思い出しますね」


「確かに。というかここって、結晶竜に瓦礫を落とした穴を改修したのか」


 鉱山部分はモーグ族の縄張りだ。叶さんが出してくれた光の灯りを頼りに上がったり下がったりを繰り替えしながら少しずつ地下へ向かう。最後に横穴を通ると舗装された石畳に崩れた壁画の道へ出る。どうやら元々の道と合流したようだ。


「モグモ」


「案内はここまでで大丈夫ですわモグ太。また、明日。宴で合いましょう」


 モグ太と別れて巨人族も通れそうな道を進む、壁画には竜達が森の上を飛ぶ様子が描かれていた。その先に鈍い鉄色の開かれた門が見える。


「着きましたわ」


「お待ちしておりました、ミーナ様。王族近衛一同、この日を待ち望んでおりました」


 刺繍の入った薄緑色の祭服を来たメレアさんが出迎えてくれた。ハルカゼさんを先頭に他のメイドたちも列をなして道を作り奥の壁まで続いている。


 遠くから森の木々の音が聞こえるほどに静かな場所だった。


 歩を進めてつきあたりの壁の前で頭を上げる。そこに縫い付けられるように細い鎖で牙を結んだものがかかっていた。祭服に身を包んだメイド達が両脇にならび目線を下げていた。ミーナが振り返りハープを鳴らす。


「ここが祈りの間。黒竜の呪いは歴代の王族がこの場所で祈りを捧げることで少しずつ地脈に戻っていると言われています。……竜の呪いが森に禍を為さぬように【聖宝:竜殺しの鎖】が我等を守っている。それが伝えられている教えですの」


 【竜殺しの鎖】を見ると、ズクズクと胸の奥が疼く。僕の中に影として訴える竜王の魂が何かを伝えようとしているのだろうか?


「ご主人様。何か、感じますか?」


 ファスが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕の中の胸の疼きはひどくなり手を当てる。


「うん。何かある。というより、何かが起こりそうだ」


 嫌な予感がする。


「私もです。この感じは……ミーナ姫、そして近衛の皆さんも下がってください。やはり鎖はレイセン……カルドウスの信奉者に何かをされたようです」


「え? これから旅中で考えた私の詩を……な、なんですのこの魔力は?」


 カタカタと鎖が震える。壁が悲鳴を上げ、天井からパラパラと破片が落ちた。陽炎のように空気が歪み、それは魔力を伴うオーラとなって浮かび上がる。


「ご主人様。この魔力、まさか!」


「姫様、後ろへお下がりください! ナルミ様も!」


「クソ、何が起きている!」


 魔力に敏感なミーナとファスが反応し、祭服姿のメレアさんがミーナとナルミの手を取って下がる。

 【竜殺しの鎖】が見えない力に引っ張られるように壁から剥がれて浮かび上がり、鈴のような音をたてながら伸びて、広がっていく。見かけの長さなんて意味をなさず、音が響くたびに鎖は伸びていく。

 宙で回る鎖の中心から滴るように黒い影が落ち、鎖はその陰に()()()()、影と鎖から姿が露わになる。


「マジか……」


 この恐ろしい形を忘れるわけがない。戦った時よりも二回りほど小さいが、確かにそれは【結晶竜】の影だった。補習工事がされたばかりの鉱山砦で暴れられたらたまったもんじゃないが、だからと言って待ってくれる相手でないことは誰よりも僕等が知っている。メイド達の中には恐怖で座り込んだものもいたが、メレアさんが魔術で吹っ飛ばして通路へ押し込んだ。……乱暴だが効果的だな。

 

「砦にいる全員に避難を促してください!」


 影から目を離すことなく指示を出す。


「シンヤ殿、ファス! 私も残りますわ」


「馬鹿、足手まといだ。我が主……死ぬなよ!」


「ナルミ、姉さんのことは任せます。ここは私達で対応します。そうですよねご主人様?」


「あぁ、行くぞ皆っ!」


 ファスの言葉に頷いてアイテムボックスから手甲を取り出してつける。ギチギチと音がして、新しい姿になった相棒もやる気十分のようだ。


「早い再戦だべな。飯を食ってて良かっただ」

 

 トアが斧でジャグリングをして構える。


「見た所あの結晶の体じゃないし、意外と簡単に倒せたりしないかな?」


「オマエは、何度でもコロス」


 叶さんがワンドを振り、フクちゃんがドレス姿で手袋から糸を伸ばす。


 叶さんが部屋全体に結界を張ってくれた。さて、どうなる?

 

「モーグ族や他の人達が逃げる時間を稼がないとな」


 さぁ、どうくる? チャージか? それとも結晶を地面から生やすか? ブレスも考えられる。

 頭の中で立ち回りを組み立てながら名乗りを上げる為に、前に踏み出す。が、様子がおかしい。影に食らいついた【竜殺しの鎖】は結晶竜の影を締めあげ、さらに鎖を伸ばし続けている。


「……抗ってるのか」


 影からは戦意を感じるが、鎖はまるで結晶竜を取り込もうとしているように見える。

 脳裏に戦場での戦いが蘇る。僕等の決着はまだついていない。


「ふざけんな!」


「ご主人様!? 危険です!」


 飛び掛かり、鎖を掴む。助けるわけじゃない、ただ、許せなかった。


「おい、結晶竜。また邪魔をさせるつもりか、僕等の戦いをこんなものに!」


 次の瞬間鎖が伸び僕に巻き付く。影から牙が抜かれてこっちに向かってくる。


「上等だっ! かかってこい!」


 牙を掴むが伸びた鎖が巻き付いてくる。なんだこれ? 体ではなく、精神を押さえつけてくるような……。クッ【浸食】で鎖を引きちぎろうとしても【呪拳】が使えない。意識が……。


 言葉無き絶叫が響いた。


 鎖のせいで半分が塞がれた視界の中、影の中の結晶竜が僕を見て叫んでいた。影は手を伸ばし、鎖を引き寄せる。影が鎖を取り込むように……。


「なるほど……そういうことか」


 何をしているかはすぐにわかった。黒竜の呪いを受けたもの同士のシンパシー。この鎖にすべきは呪いで引き千切ることじゃない。


「【吸呪】っ! オォオオオオオオオオオオオ!」


 鎖から流れ込んでくるのは、戦場を伝う無念。エルフ、巨人族、獣人。そしてリザードマン達の苦しみと怨嗟。

 穢れを流し込まれたのはメレアさんだけじゃなかった、そしてこの鎖に施された術こそが【結晶竜】の魂を縛っていた。竜の瞳の魔力を流された結晶竜ほどの強者が、どうしてカルドウスなんかに従ってたのかその理由がこの砦全体をダンジョン化しようとした術の正体だった。


 メレアさんの時の比ではない濁流のような穢れの奔流を結晶竜と引き受け続ける。


 鎖の拘束が緩んで地面に落ちる。体がバラバラになりそうだ……。遠くで皆の声が聞こえて、叶さんの回復が降って来る。


 ――決着を。


 そう言われた気がした。横を見るとそこには紫鱗のリザードマンが立っていた。

 通常のリザードマン比べても小さく、酷く痩せているように見えた。よくみればそれは肉体を持っておらず鱗に見えた者は、光の粒だった。鎖は地面に転がり、もう何にも巻き付いていない。


「あぁ、決着をつけよう」


 立ち上がる。呪いを付けた影響はあるが、それは向こうも同じだ。


「ご主人様。大丈夫ですか? 一体どうなっているのですか?」


「大丈夫だ。どうなってるかって言われてもよくわかんないな。だけど、すべきことはわかる。【結晶竜】と決着をつける。皆、サシでやらせてくれ」


 相手も僕との決着を望んでいたくれた。その想いに応えたい。


「わかりました……ご武運を」


「男の子っていつもこうだよね」


「フクちゃん、下がるだよ。これは邪魔しちゃダメだべ」


「ちぇー」


 皆が下がってくれた。【結晶竜】は待ってくれたようだ。

 深呼吸して合掌。中段に手を置いて構える。


「ギース・グラヴォが弟子、吉井 真也。推して参る」


『……』


 返答はない。もう【結晶竜】でない、ただの名も無きリザードマンとでも言うように低く前傾に相手は構えた。なぜ戦うのかと言われても言葉では説明できない。必要のないことかもしれない。ただ、こうすることしか僕等にはできない。


 合図は必要なかった。同時の突進。激突の瞬間、相手が地面を割るほどの急停止。その勢いのまま尻尾が側面から飛んでくる。屈んで回避。勢いは止まらずそのまま回転した相手の右鉤爪、手刀で受けて中段突き。

 構わず大口を開けた噛みつきがくる。横面打ちで顎を打ち抜いて、入り身投げの体捌きで側面に入る。

 が、読まれて低い姿勢から横蹴で吹っ飛ばされる。


「そんなことできたのかよっ!」


 巨体ではできなかった名も無き紫鱗のリザードマンの体術。なんと雄弁な千言に匹敵する訴え。

 わかるよ、お前も鍛えてたんだ。

 強さに憧れて、ずっと一人で鍛えてきたのだろう? 

 あの、圧倒的な【結晶竜】としての強さじゃない。強者に立ち向かうために積み重ねた日々が確かにあったのだと名も無きリザードマンとのやり取りでわかる。


「行くぞっ!」


『……』


 ならば、僕も示そう。全身全霊を持って強敵おまえを倒す為に。

 鉤爪の代わりに【ふんばり】を用いた前傾姿勢。引き絞るように貫手を腰に構える。立ち回りはまだ真似できないが、この技だけはハルラさんとの修行でなんとか形にした。


 不格好な【リザードマンの突進チャージ】の再現。


『……』


 応じて名も無きリザードマンも前傾姿勢。

 呼吸が合うその瞬間の刹那のやり取り。

 ただ相手よりも早くたどり着くことだけを目指した愚直な突進。


 手と手と触れ合い。僕の貫手が相手の爪を破りながら進む。


 紫の光が舞う。あぁ、まるで桜の散り際のよう。


 ――誇ってくれるだろうか?


 相手の胸に僕の貫手が刺さる、その一瞬。名の無きリザードマンと目が合った。


 ――敵よ、我が宿敵よ。この戦いに勝ったことを。


 胸を破り、勢いは止まらず。体を引き裂き紫鱗の光が舞う。


 ――誇ってくれるか?


「……あぁ、生涯忘れない。本当に、最後まで強かったぜ」


 光が舞う中で、拳を突きあげる。勝鬨は上げられなかった。

 どうしてか、胸が苦しくて。

 だからせめて精一杯、拳を上げ続けた。

二話に分ける予定でしたが、ここまで書き切りたかたったので……文量がとんでもないことに……。

5/15に無事にコミックスが発売されました!!! 

ふじさわ犬一先生のオマケや私もSSを書いていますので是非手に取ってください!!


ブックマーク&評価ありがとうございます。ここまで読んでいただけたことが嬉しいです。

感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。

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― 新着の感想 ―
文字で描写された動きだけでなく、その戦いの内にある強さと戦いを熱望した者たちがお互いを好敵手として認め戦いの内に交わした情念が見えるかのよう。熱くてとてもいい
さらば結晶竜!お前もまさしく強敵(とも)だった……! 力無き故に苦しんできた結晶竜との決着が、力無きものの牙である武術によるものなのがまた泣ける。 リザードマン流必殺の貫手、果たしてどういう技名がつく…
カルドゥス陣営は不粋な連中だなぁ
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