第四十七話:ややこしい話
僕とファスだけではどうしても解体がもたつくので、小清水さんが落ち着くとトアがブルマンの解体を手伝ってくれた。女子高生二人組は焚火に当たりながら休んでいます。
価値が高そうなレッドブルマンは最初からトアに任せている。
「生け捕りだと血抜きが楽だべ」
とか言いつつ、手斧で手際よく首筋を切り血が勢いよく飛び出るのを満足そうに見ている。
ちなみにファスが爆散させたブルマンは手が付けられない状態だったのでフクちゃんが美味しく食べました。
(ヒトガタ……モットタベタイ)
……フクちゃんに人間を食べちゃダメだと注意しておいて本当に良かった。なんだかフクちゃんは人型の魔物に執着しているようです。
レッドブルマンが生きながらに血を抜かれている間に、フクちゃんが毒で仕留めたブルマンを全員で解体していく、トア曰く皮はできるだけ綺麗に剥ぎ取りたいとのことだったので、任せてみると、厚手のククリナイフみたいな刃物で血すらあまり出さずに捌いていた。
大したもんだ。ファスも見ながらコツを掴んだらしく、トアの指示のもと内臓取りを器用に行っていた。
僕? 僕はむせ返る血の匂いにフラフラしながら食べるのに適さない内臓を埋める穴を掘っていました。
だってトアとファスが手際よすぎて邪魔になっていたからな。適材適所ってやつだ。解体に関してはおいおい覚えていこうと思います。
「肉は二三日置いといたほうがいいだけんどな、まぁ旨い事には変わりねぇべ。内臓は新鮮なほうがいいしな」
トアはアイテムボックスから調理器具を取り出し、いくつもの調理を同時にこなしていく。
【高速調理】のスキルの効果で焼いたり煮たりの効率が上がるようで、開始から10分かそこらで良い香りが周囲に漂っている。
「トア、お湯が沸きました」
「助かるだ、じゃあ先に香草を入れてっと。ファス、スープはオラが様子みるから網の方を見ていて欲しいべ」
「わかりました」
大体こんな感じで調理が進んでいきます。フクちゃんはモクモクとブルマンの食べられない部分を食べたりしてます。やることはないが、焚火のほうで毛布にくるまりながら、蹲る小清水とその背をなでる日野さんの傍に居るのは少し気まずいので作業が欲しいです。
まぁ、そんなことも言ってられないな。彼女達の話を聴く必要がある。貴族が仕込んでいた感情を昂らせる薬についても解毒が必要だろう。見ればトアはこっちを見て目配せしている。
ファスが調理をしている間になんとかしておけと言うことだろう。
いやファスもさすがにあの状態の二人にキツイことは言わないと思うけどな。
「フクちゃん。悪いけどこっち来てくれるか? 二人が薬の影響下にあるか知りたいんだ」
声をかけると、フクちゃんはレッドブルマンに串刺しにされたブルマンをほとんど食べ終わっていた。
……数百キロはあるはずなんだけどなぁ、物理法則もなにもあったもんじゃないな。
(リョウカイ、チョウド、タベオワッタ)
白い体を真っ赤に染めて来たので、ファスに水を出してもらって洗った。布で拭きながら焚火に近寄るとビクッと小清水が震える。
「えーと、大丈夫か?」
「…………」
無言だった。もう駄目だ、お終いだぁ。会話に心折れてトアとファスを見る。
(頑張るだ旦那様)
(私が言ってもまた話がややこしくなりそうです。ここは同郷のご主人様が行ったほうがよいかと)
と、アイコンタクトで返ってくる。薄情なやつらめ。
「あの、すみませんでした。私達いろいろあって……」
日野さんが謝ってくる。とりあえず会話を続けよう。
「いや、僕もやりすぎたと思っている。そっちの事情も気になるけど、まずは君らが貴族達の薬に侵されている可能性を調べたいんだけど」
そこで小清水が顔を上げ、日野さんが怪訝な顔をする。
「薬、何のこと?」
「あの、私【鑑定士】のクラスですけど、私達に特に異常はないかと」
やっぱり日野さんは、鑑定ができるクラスだったか。便利なクラスだな。
「二人とも、こっちへ来てから、気分が昂ったり。恐怖に対して麻痺したりしてないか?」
「それは……異世界に来たら、多かれ少なかれ変化はあるでしょ?」
「心当たりがあるんだな。フクちゃん二人を見てくれ」
(リョウカイ)
「ヒッ、く、蜘蛛!?」
「なるほど、吉井さんの従魔なんですね。可愛いです」
布からでてきたフクちゃんを見て、小清水は後ずさり、日野さんは興味津々というように身を乗り出した。
「フクちゃんは、解毒ができるんだ。僕は鑑定よりも信用している、大人しく診られてくれ」
「わかりました。蜘蛛ちゃんよろしくお願いします」
「ちょ、留美。気をつけなさい。何をされるかわからないわ」
「そ、そのつもりなら、武器だって取り上げられてるよ。それにこの蜘蛛ちゃんのスキルは確かだよ」
フクちゃんがしばらく腕に引っ付いた後、牙を突き立てる。
日野さんは大人しくその様子をみている。オドオドしているかと思っていたけど、どうしてなかなか肝が据わっている。
(ドク、スコシ、アッタ)
牙を抜いてフクちゃんがそう言った。やっぱりか、鑑定をすり抜ける状態異常なのかそれとも薬として処理しているのかその辺はわからないな。
「えっ? 毒? そんなはずは」
「次、小清水」
「ま、待って。私、虫が苦手で……きゃ」
(ウゴクナ)
フクちゃんの糸が巻き付き、小清水の動きを封じる。……別にエロいとか思っていませんよ。ただ体をくねらせる仕草が妙に艶めかしいなぁと思っただけで。
まじまじと見ていると、背中から殺気を感じたので目を逸らす。いやぁ空が綺麗だなぁ。ハッハッハ、怖くて振り返れない。
そうこうしているうちにフクちゃんの解毒が完了し糸が解かれる。
「特に変わった様子はないと思うけど……?」
「とりあえず、その薬について話すかな。その後そっちの話を聴かせてもらおうか」
というわけで、貴族達が転移者に対して恐怖を薄め、感情を昂らせることで判断力を奪っていたことを話した。
「ごめん、千早ちゃん。鑑定で見破れない方法があるってこと考えてなかった。多分鑑定をすり抜けるように毒にも薬にもなるように調整されていたんだと思う」
「いいのよ留美。話を聴いているうちになんだか頭がスッキリしてきたわ。本当におかしかったみたいね。この点に関してはお礼を言うわ吉井」
「礼ならフクちゃんに言ってくれ」
僕は何にもしてない。さて、ようやく建設的な話ができるかと思ったらトアが鍋を持ってきた。
まずは腹ごしらえかな。
「話はもういいべか?」
「一段落ついたところだ。お腹がすいたしまずは食べようか」
「あの、私達は……」
物欲しそうにこっちをみる女子高生二人。無言でファスが食器を目の前に置き、トアがスープを注ぐ。
「この状態で、食べさせないなんて言わないよ。トアの料理は旨いぞ」
「ご主人様が敵対しないのであれば、とりあえず私も敵対はしません」
「ご飯は大勢で食べるほうが旨いだよ」
(マスター、タベサセテ)
フクちゃんが膝に飛び乗り、甘えてきた。フワフワの腹毛を撫でながらスープを冷まし飲ませる。
僕も食べるかな。スープは昨日の干し肉のスープと違い、ゴロっとしたほどよい大きさの肉が入っておりスプーンに乗っけるのが難しいほどにトロトロに蕩けている。
トアが拾っていた香草とフキのような植物の茎が入っており、肉と一緒に掬って食べると肉が噛む前に口の中で溶けてなくなり、フキの鼻に抜けるようなスーッとした香りと一緒に旨味が広がる。あー旨い。
「あの、いただきます」
「私も、いただきます」
二人もソロソロと木匙でスープを啜り目を丸くする。
「美味しい……」
「うわぁ、美味しいね千早ちゃん」
「串焼きもあるべ、一番いい所は旦那様どうぞ、血と酒で作ったタレもあるだよ」
串で焼かれた肉が配られる。ラクトワームも刺さっているのが気になるが別に抵抗はない。
肉は部位によって焼き方を変えているらしくこの辺も非常に芸が細かい。
先ほどの蕩けている肉とは違い。噛み応えのある赤身やコリコリした食感の内臓には個性にあった下味がしっかりとついており、そのままでも飽きることなくいくらでも食べれそうだ。
「旨いべか? 旦那様」
ジーっとこっちを見ながらトアが聞いてくる。ピコピコと耳が動いている辺り答えをわかっているが聞きたいだろう。
「旨いよ、元居た世界でもこんな旨い肉食べたことない」
「よかったべ」
ニカっと笑うトア、一見すると美人系で冷やかな印象を相手に与える器量をしているが、笑うととたんに人懐っこい印象に変わる。
「ファスも料理を手伝ってくれてたんだよな。美味しいよ、ありがとう」
「私はトアの指示通りに動いただけですが、でもご主人様にそう言っていただけるととても嬉しいです」
ファスは照れたように笑みを浮かべ、串焼きを上品に食べはじめる。食いしん坊だけど食べ方がどこか上品なんだよなぁ。卑しい感じが一切なく、本当に美味しそうに食べる。
「……千早ちゃん。私胸やけがしてきたよ」
「奇遇ね私もよ」
横で、そんな僕等のやり取りを見る女子高生二人の視線が刺さるが、無視して肉をほおばる。ラクトワームもプリッとして中々美味だ。この世界の野菜のおいしさにびっくりしたのを覚えているけど、肉も旨いんだなぁ。
スープと串焼きはすぐになくなり、トアが予め仕込んでいた煮込みが次にでてきた。
その煮込みもあっという間になくなり、全員が一息ついた時分に小清水がポツポツと自身の境遇を話し始めた。
「私達を召喚した貴族は、なんていうか、『そういう』対象としてしか私達を見なかったの。呼び出した貴族が私を見てなんて言ったと思う? 『君を僕の三番目のお嫁さんにしてあげる』よ、その場で横っ面をひっ叩いてやったわ」
話をまとめると、小清水と日野さんはいくつかの貴族達が共同で召喚したようで、最初から複数人同じ場所に呼ばれたようだ。そして呼び出した貴族は小清水達をダンジョンを踏破する戦士としてではなく、優秀な女として迎えるつもりだったようだ。
そのため、パワーレベリングもさせず。ひたすらに宝石や貴金属を与え懐柔させようとし続けたとのこと。
「よく無事だったなぁ。無理やり襲われそうなものだけど」
「ご主人様。転移者は須らく保護する義務があります。諸侯会議で糾弾される危険性があるので、乱暴な手を使わなかったではないかと思います」
そういやそんな話があったような、なかったような。
「それもあるだろうけど。私達に対して、ちやほやしとけばすぐに嫁にしてほしいと言うような女だと思っていたみたいね」
「実際、前回召喚された転移者の女性はそうだったみたいだから……」
「前回? 先代の転移者のこと何か知っているのか?」
日野さんが興味深いことを言った。先代の情報はほとんど知らないので気になる所だ。
「少しだけ、資料を読む機会があって。私のもう一つのクラスは【忍者】なのでこっそり屋敷を調べたんです」
【忍者】だと!? なにそれカッコイイ。思わずリアクションしそうになるが話の腰を折りたくないので我慢する。
「ちなみに私は【侍】と【剣士】よ。まぁ予想できると思うけど。この刀も先代の転移者が作ったものらしいわ」
「なにそれカッコイイ!!」
今度は我慢できなかった。だって侍とか男なら一度は憧れるものだ。
「あの、続けていいですか?」
「ごめん、続けてください」
話を続けてもらおう。横をみるとファスは興味深そうに聴いているが、フクちゃんは多分眠っているし、トアは後片付けを行っている。耳がこっちを向いているので聴いているのかもしれないが。
「その貴族の家で前回の転移者が呼ばれたのが70年ほど前になるのですけど、その時代って日本は……」
「敗戦真っただ中かその少し後くらいか」
敗戦が1945年なのでそのくらいの時代の日本か……。
「さらに前の召喚の記録がないので70年前に召喚したからと言って、70年前の日本人が喚ばれていたという確証はないけど。もし食べることすらままならない環境にいた人が厚遇されたら、元の世界に帰ることなくお嫁さんになることも考えたかもしれないと思います」
「なるほどなぁ、先代の転移者はこっちの世界でまだ生きているのかな?」
「詳しくはわからないけど、帰らずにこちらの世界に残った日本人はそれなりにいたようですね」
生きていたとしてもかなりの高齢だろう。となるとナノウさんって何歳なんだろうか。
考えていると、小清水が話を引き継いで続ける。
「とにかく、あのままいたら、いつ襲われるかわからなかったから。諸侯会議で似たような境遇の子を集めて、ダンジョン攻略に積極的な貴族の下へ行こうとしたの。そしたら、あの変態、私達に従魔との契約だとか適当なこと言って奴隷にしようとしてきたの」
「えと、今の内容を詳しく話すとですね……」
感情的になってきた小清水の話を日野さんが補完してくれた。
ようは、元の世界へ帰るためにダンジョン攻略への支援をしてくれる別の貴族の下へ行こうとしたのを、件の変態貴族に察知され騙されて奴隷契約を結ばされそうになったところを、密かにレベル上げをしていた日野さんの鑑定が看破し逃げ出したと。
「質問なんだけど、奴隷契約を結ぶのは転移者を保護するって決まりに反しないのか?」
「知らないわよ、契約を結ばされそうになったのは間違いないし。他の子の中には奴隷契約を結ばされた子もいたのよ。幸い【召喚士】のクラスを持っていた子が契約を無効にできるから助けることができたけど」
「ご主人様。おそらくなのですが、皆さん奴隷というものを勘違いしていると思います」
ファスがそう言ってきた。勘違い? どういうことだ?
「ご主人様達は奴隷というものをかなり下というか可哀想な酷いものだと思っているようですが。その考えは極端なものです。まず奴隷は大きく分けて二種類います。一つは『犯罪奴隷』これは文字通り罪を犯しその罰で奴隷になったものたちです。この奴隷は厳しく自由を制限されていて、例えば少し離れるだけでも激痛が走り動けなくなったり、嘘をつけなかったり、一定の場所から出ることを許されなかったりします。身分としても最低のものです」
ふむふむなるほど。小清水と日野さんも興味深そうに聴いている。
ファスの話は続く。
「もう一つは『従属奴隷』です。これは奴隷という点では犯罪奴隷と変わりませんが、その制限は契約によって変わります。中には一切の制限がない奴隷もいますし。主は奴隷に対して生活を保障する義務を負います。つまり保護の一面もあるんです。生活を保障されるという意味では奴隷であるメリットもあるわけで、望んで自らを奴隷にするということもあります」
「僕とファスの間にある契約で制限はあるの?」
この辺全然気にしてなかったからなぁ。
「私とご主人様の間にある制限は【命令順守】くらいだと思います。奴隷としては最低限の制約ですね。ご主人様が奴隷紋に魔力を流しながらした命令をこなせなければ激痛が走り最悪死ぬというものですね」
十分酷い扱いだと思う。そんなこと絶対にしないけど。
「うーん。ファスが奴隷から解放されたいなら。僕は解放しても構わないけど」
「その必要はありません。現状スキルの面でもメリットしかありませんし。奴隷であれば私は何があってもご主人様の所有物のままです。つまり他の人間のものになるということがありません。ナノウさんも奴隷でいるほうがいいと言っていましたし。私としてもご主人様の一番奴隷でいたいと思っています。……ダメですか?」
縋るように深緑の眼が見つめてくる。
「ファスがそれでいいなら僕は言うことないな」
ファスはホッと息を付き、説明を続ける。
「ありがとうございますご主人様。えーとそうです。つまり奴隷契約ですが、ある意味では保護という側面があるというわけです。なので一概に転移者を貶めると判断されなかったのかもしれません。結婚の際に制約のない奴隷契約を結ぶこともあるくらいですので、まぁそれでも蔑視されたりはしますけど」
「だからって奴隷にされるのは納得できないけど、そういう考えをあの貴族が利用したかもってことはわかったわ」
「それで、その貴族から逃げ出してどうなったんだ?」
この世界の奴隷について理解が少し深まったが、この二人がなぜここに来たかを話してもらおうか。
長いわぁ!!! すみません、まさか説明が終わらないとは……
要約すると、二人は貴族が貞操狙って来たので似た境遇の子を見つけて一緒に逃げた。ってことです。
次回予告:ポキポキ草を採取します。
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