第四百四十三話:新装備!
「二ヵ月でノーツガルへ行く? 無理ですわ。モグモグ」
「やっぱり……ムグムグ」
翌日の朝食でミーナに聞いてみるが切って捨てられた。ちなみに朝食はアロエのような果肉の果物とナッツバターを粗目のパンに乗せたものだ。コクのある牛乳と一緒に食べているのだが、マジで旨い。米派だけど、たまにはこういう甘い朝飯もいいな。
「お前等、食いながら喋るな」
ナルミに怒られてしまった。口の中に牛乳を流し込んで仕切り直す。ナルミが水晶の書庫から地図を投影してくれた。大森林の細かな道と、ラポーネに関しては都市の位置のみ記されている。
「最速だとどんな道程になるかな?」
「ナルちゃんが使ったラポーネ国への『小道』を使って大洞穴を超えたとしてもそれだけで一ヵ月と半月はかかりますの。そこから北部へと考えるとこの道順は問題外ですわ」
「なるほど、地図を見る限り。大洞穴とそこからの道はどちからかというと南へ向かっているのですね。飛行船を使っているとわからなかったです。ラポーネには『小道』はありませんし、この道だとノーツガルへは4,5ヵ月はかかりそうです。ニグナウーズから見てノーツガルは北東にあたる地域なのですね」
「アナスタシア王女の飛行船もまだ完成していないからな。通常の飛行船を使ったとしても、次に風船鯨が来るのはまだ先だ。そろそろ雨期が来るから鯨も寄ってこなくなる」
「大森林の中なら『小道』が使えるんでねぇのけ? だったらギリギリまで『小道』を使って大森林を移動したらどうだべ?」
調理を終えたトアも戻って、皆で道を確認する。
「その方がいいか。……いや待て、ミナ、『塩蟻塚』を突っ切るのはどうだ?」
「ナルちゃん名案です。危険ですけれど、シンヤ殿なら行けますわ」
ミーナがポンと手鼓を打つ。どうやら考えがありそうだ。ナルミが別の地図を書庫から取り出す。
「大森林の最北はクイーンアントが支配していてな。巨大な蟻塚が何十と建っていて、何者も寄せ付けない死の場所だ。通常はここを進むのは不可能だが、抜け道は存在している。危険ではあるが、お前等なら進めるはずだ。道順としては小道を使いビオテコ経由で鉱山砦へ行く。そこからさらに北へ向かえばイワクラの領森を超えて塩蟻塚だ。ここから山脈を迂回するように移動すれば海へ出てすぐにノーツガルだ。
……強行軍だが二ヵ月とちょっとでノーツガルへ着くことができる。国境門があるが、アナスタシア王女の直参であるシンヤなら問題はない」
「流石ラポーネへ密入国をしたナルちゃんですの。確かにこれなら、大洞穴周りからラポーネへ行くよりもずっと早いですわ」
「うん、モグ太のことも気になるし鉱山砦に寄れるのは助かる。これで行こう」
「だね。んー、細かい旅の順路は準備しながら考えればいいと思うよ。ナルミさんも着いて来てくれるんでしょ?」
「当り前だ、大森林にいる間は同行する」
「私も行きますの!!」
「いや、ミーナは残ってないとダメじゃないか?」
現在も文官がどんどんやってきて新たな政治をしている真っ最中なのだ。ここで次期女王がいなくなるのはどう考えたって不味い。
「チッチッチ、ですわ。結晶竜のことで延期していた『聖宝』の儀式をしなければいけないですの。ナルちゃんがさっき言ったように、雨期が来る前にする必要がありますから、どっちにしろ鉱山砦までは同行しますわ。というわけで、レイトとお父様に許可を取り付けてきますの」
ナプキンで口元拭いてそのまま立ち上がって走るだすミーナ。あれはもう絶対に付いてくるだろうな。
「城のこととか大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないが……下手に止めると脱走するからな。過去にも騎士団が本気で警備を固めた城から逃げ出している。引きこもりのくせに、いざとなると行動力を発揮するから質が悪いんだ」
ナルミが遠い眼をしていた。ミーナはなんだかんだスペックは高いんだよなぁ。
「姉さんのことは放っておいて、準備を進めましょう。トア、荷物の準備はどうです?」
「保存食や旅の消耗品も補充できてるだ。すぐにでも出れるだよ」
「では、後は装備についてですね。フクちゃんどうですか?」
朝ごはんを食べていたフクちゃんが前足を挙げる。
(バッチリ、完成シタ。今日、取リニイケル)
「では……一応姉さんとその周りの準備を待って出発しましょう。今日は装備を取りに行きますか」
「うん、手甲が楽しみだ」
(ムフー、ケッサク)
フクちゃんは自信満々なようだ。昨日はずっと眠っていたけど元気そうだし良かった。
というわけで、パーティーメンバーで城の近くの工房を目指す。途中でエルフの子供たちに宴会芸をせがまれたので、【ふんばり】ムーンウォークを披露したりした。
工房に到着すると、すぐに数人の巨人族達が出てきた。ん? 心なしか皆ゲッソリしているような……。
「やっと来たかっ!! こちらから迎えに行く所じゃったわい」
周囲の木々が震えるような大声が叩きつけられる。ガボ爺だ。
「うっさいよガボ爺。英雄殿、フク様から完成を聞いたんだね。待っていたよ、うん、色々とね……」
赤毛の巨人族であるライナさんも後ろから出てくる。こちらもはっきりと目の下にクマが出きていた。
というか、フクちゃん。ついに様付けで呼ばれているのか。
「えぇ、フクちゃんが完成したと言っていたので引き取りにきました。あの、大丈夫ですか? 皆さん調子が悪そうですけど」
「あぁ、まぁね。理由はすぐにわかるよ」
「うむ、とりあえず修理した防具を付けてみてくれい。渾身の出来じゃわい」
それぞれに胸当てが渡される。落ち着いた赤茶色で、漆器にも似ている色だった。濡れているように艶やかで恐ろしいほど手触りが良い。
「軽いっ!?」
「綺麗な色……プレート部分はフクちゃんが出せるようになった鱗だね」
これまでの鎧よりも確実に軽くなっている。これまでの革と金属の板で補強された部分がフクちゃんが作り出せるようになった鱗を重ねて作られていた。羽織を脱いで、装備を着けるといつもようにサイズが調整される。
「フク様が出した鱗を撞木重ねと呼ばれる技法で皮に縫い付けたのじゃ。革部分は蛇の魔王種の物をなめし作業からやり直して強度を上げ、木釘による張り付けとフク様の糸を使った編み込みの技法を合わせて仕上げておる。金属は一切使っていないが強度はそれ以上じゃ。鱗部分は魔力を流すことである程度は再生するぞ」
さらに、ライザさんがガボ爺を押しのけて鎧を指さす。
「革の染めは茜針栗と雀梨さ。冒険者らしく目立ちすぎないように媒染を繰り返して色を落ち着かせてみたんだ。いい色だろ? その色を出すのは苦労したからね。色と一緒に付与の術式も強固に定着させたよ。魔力抜き無しだから付与の通りが心配だったけど、上手くいったね」
「半分以上何言っているのかわからないですけど、これがとてもいいものだと言うのはわかります」
軽いのに命を預けるに足る安心を感じられる。動きやすく旅中でも問題なく使えるだろう。
「細かい部分は個別に変えてあるのですね。動きやすいです」
「だべ、胸もしっかり固定してくれるのは助かるだ」
「……調整が必要な理由はよーくわかりました」
「アハハ、でもこれ本当に動きやすいよ。体を覆っている部分は今までと変わらないのに可動域が広いというか、着けていても疲れにくそうでとっても素敵っ!」
どうやらトアの鎧胸部分がしっかりと固定されているようだ。うん、大事だね。
「とても気に入りました。ところで僕の手甲は――」
「そ、そうじゃ! 脛当てもあるぞ。これも長旅でも疲れないようにしてあるわい。是非試してくれ」
「すごい。でもやっぱり手甲が気にな――」
「英雄殿! フク様の糸で外套も作ってみたんだよ。染めは夜香柿の幹を使った鼠色さ!」
「……」
「「……」」
なんか二人が露骨に話をそらしてくるし、目線もあわせてくれないんだけど。
「何をごまかしているんですか?」
「ごまかしてなんぞ……いや、そうじゃの。見てもらうしかないわい」
「ガボ爺……いいのかい?」
「あのままにしておくわけにもいかんじゃろう。他の者も影響を受けておる。お主も寝れておらぬのじゃろう。英雄殿、こちらへ」
二人は沈痛な面持ちで、僕等を外に案内する。
(ジシンサク、エッヘン)
フクちゃんは嬉しそうにファスの頭の上で胸を張っているが、なんか嫌な予感がしてきた。
「あの、僕等はどこに向かっているんですか?」
「うむ、素材置き場じゃの。ここいらで一番丈夫な建物じゃ。お主の手甲はそこに置いておる」
「何でそんなところに?」
「……少し、問題があっての」
「少しどころじゃないんだけどね」
(ジシンサク!)
「……なるほど」
横でファスが納得したように頷いた。何かを確認したようだ。そして素材置き場に近づき始めるとその異様さに僕も気づき始めた。
「なんか、すごい圧力というか圧迫感を感じるんですけど……」
「旦那様の【威圧】にちょっと似ているだ」
「バフかけるね【星守歌】。なにこの禍々しいオーラ……」
建物から、立ち昇るように禍々しい気配を感じる。え? 僕等は今手甲を取りに行っているんですよね。これから魔物と戦うんじゃないんですよね?
「うーむ、ある程度までワシの人生でも最高の作品じゃと喜んでおったのじゃが、完成が近づくにつれて、周囲を圧倒するようなオーラを出し始めてな……」
ガボ爺が建物の扉の鍵を開けるとライザさんがなんか見るからに頑丈そうな手袋を装備して中に入って分厚い箱を取り出した。
「祝福された聖木で作られた箱に入れているけどダメだね。端から腐り始めている」
「あの、これ? オーラというか……」
「うむ、言いづらいのじゃが……お主の手甲は呪物になってしまったようじゃ」
「……は?」
なんでそんなことに?
前途多難な旅路支度でした。
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