第四百四十二話:新たな旅立ちへ
リング王からの話が終わり、話を纏めようと火照った頭で考えるが何か浮かぶわけでもない。
「分かったこともあったけど、わからなくなったことの方が多いな」
「そうですね。リヴィル様がしたかったこと【竜の後継】の意味。カルドウスとの関係。繋がっているようで線が見えません。……リヴィル様に心配されていたご主人様のことも心配です」
ファスも目を細めて考え込んでいる。う~ん、下手に心配させてしまったようだ。
「私はワクワクしてきたよ。過去に何があったのか、是が非でも解き明かしたくなったね。でも少し疲れちゃったから、外で風にでもあたりたいな」
「賛成ですの……バルコニーにお菓子を用意させますわ」
「……お前、さっきまでトアのおやつを喰っていたじゃないか」
「姉上、そろそろ仕事に戻るよ。では父上、失礼します」
「うむ、余の方も信用できる部下をもう少し集めてみよう。二人には面倒をかけるな」
「王、病み上がりなのですから。ご自愛ください。……ほれ、さっさといくぞ王女」
ミーナ達はまだまだ忙しいようだ。レイト王子に連れられるミーナはゲンナリしていたが、いずれはこの国の女王になるのだから頑張ってもらおう。というか、ナルミの態度はそれでいいのだろうか?
「ファス、この原本はそなたに譲ろう。リヴィル様の直系の血を継ぐ者が持つべきだ」
「……母との思い出の品ではないのですか?」
目線を伏せてファスがそう尋ねると、リング王は相好を崩して原本を見つめた。
「そうだな。だからこそ……我が子に持っていて欲しい。親らしいことは何もできなかったが、これまでの研究の成果とフィオーナとの思い出は渡せると思うのだ。勝手な願いであることは重々承知の上だが……」
「わかりました。では、旅立ちの日にお預かりします。……その、私も少し考えたいので」
「そうだな。では、余も風にあたろうか。この部屋は埃っぽくていかんな」
微妙な緊張はあるものの、二人の間のわだかまりは少しずつ無くなっているように感じる。親子ってのはいいもんだな。正直ちょっと憧れる。隠し通路を出て、バルコニーへ向かおうとするとファスがキョロキョロとあたりを見渡していた。
「どうしたんだファス?」
「いえ、あの、いつの間にかフクちゃんがいなくて……」
「え?」
※※※※※
誰もいなくなったリング王の研究室。その中心に少女の姿となったフクが立っていた。
机の上に置かれたリヴィルが書いたと言われる本をジッと眺めている。
部屋の灯りが瞬き、フワフワと青白い光の粒が浮かぶ。風もないのにワンピースの裾がはためき、見えない何かが部屋の中で蠢ているようだった。
一歩、少女が足を踏みだす。少女の姿はそこになく絹のように艶やかな白髪が腰まで伸び、異形の下半身が姿を現した。
上半身は少女から絶世の美女の姿に成長し、妖艶で誰もが心を奪われる魔性の美を誇っているようにも見えて、どこまでも無垢で穢れを知らないかのような相反する魅力を宿していた。
アラクネの姿となったフクはゆっくりとその手を本の上に置いた。
「……聞こえていましたよリヴィル」
消え入るような震える声で虚空に呼びかけても返事があるはずもなく。
再び部屋の灯りが瞬くと、ポテンと間の抜けた音がして子蜘蛛の姿になったフクが地面に転がっていた。
(ン? ン~? マスター、ドコ?)
キョロキョロと周囲を見渡すが、先程の光景が夢であったかのように部屋はいつも通りだった。なぜ自分がここにいるのか理解できていない様子のフクは首をかしげて出口に向かい、足を止めて振り返った。
(ダイジョブ、マスターはボク達が守るから。……ゆっくり休んでてね)
やはり返事は無く、いつかの祈りと同じようにその言葉は虚空へ消えていった。
※※※※※
(チャクチ!)
「ぐわっ、フクちゃん。どこ行ってたんだ? 探したぞ」
荷物の整理をしていたら急に頭上からフクちゃんが降って来た。軽いから別にいいけど割とビックリするから止めて欲しい。
(わかんない)
「わかんないか……ん? なんかいつもより【念話】がスムーズだな」
(エッヘン)
「いや、いつも通りか」
(ウン、ボクはボク、マスターの二番ドレイのフク)
「あっ、心配しましたよフクちゃん」
「旦那様、ファス。アナ姫側の通話の準備ができたみたいだべ。レイト王子が呼んでるだ」
昼のご飯を作っていたのか調理着を来たトアが壁から顔と尻尾を出してきた。
「オッケ、【愚道者】のことを共有しよう」
リング王から聞いたこととアナさんがラポーネの王城で読んだリヴィルさんの本について確認しないと……思っていたのだけど。
『いや、知らないわよ。私が読んだのは【愚道者】が【竜の後継】で女神を喰らわんとしたかつての魔王の天敵だみたいな部分だけよ。それだけでも読むの大変だったんだから』
となんの情報も得られなかった。というか、その情報だけで砂漠で僕に賭けたの無謀すぎない?
『それだけじゃないことは説明したはずよ』
「心を読むの止めてもらえませんか!?」
本当に怖い。なんなのこの人!?
『それで……今後のことね。それについてなんだけど、マルマーシュ姉様が動き出したみたいね。ネリ姉も含めて【転移者】達が北に集まっているみたいよ。私も王城でお茶会に参加して情報を集めるわ。なにやらキナ臭いのよね』
「千早ちゃん達もラポーネ北方のノーツガル自治領へ行くって連絡があったね。今晩は久しぶりにちゃんと連絡とれそうだよ」
叶さんが紬さん謹製の連絡紙を確認する。向こうも最近はダンジョン攻略で忙しくてちゃんと話せてなかったな。
『私は忙しいからこれで、旅の行く先が決まったらレイト王子に伝えてちょうだいね。ラポーネに帰ったらまた会いましょうご主人様』
本当に忙しいらしく、慌ただしく連絡は途絶えてしまった。王城に行くって言ってたけど大丈夫なのだろうか? まぁ、アナさんに限って二度も相手の思うようになることはないだろう。
この日は夜まで旅の準備をして過ごし、夜になって連絡紙の前に皆で座る。ちなみにフクちゃんは疲れてしまったのか眠っており、起きる気配はない。
『叶:やっほー、こっちは皆いるよー』
叶さんが指先を紙面に置いて魔力を流しながら喋りかけると声が反映されて文字が浮かぶ。いや、相変わらずすごい機能だな。
『千早:待っていたわ』
『紬:ちなみに連絡紙もグレードアップしているよ。全員で同時に喋ってもちゃんと反映されるようになっている。こっちの世界の文字から日本語版まで対応済みだ。さて、良い夜だね真也。話したかった』
『留美子:こ、こんばんわ』
『ファス:こんばんわ皆さん。こうして話すのはご主人様が結晶竜との戦いで眠っていた時以来ですね』
『真也:あの時か、あっ、こんばんわ。これ、慣れないな』
『トア:変な感じだべ』
挨拶をこなし、奴隷紋のこととかで千早に『女の敵』といつものお言葉をもらいつつリング王からの情報を共有した。
『千早:なるほどね……あんたのことラポーネでも結構話題になっているわよ。他の転移者も第三王女の派閥として認識しているみたい』
『ファス:ご主人さまの名誉を考えれば評価は当然です』
『真也:竜の武具についてアマウントから注意を逸らす為とか、ミーナさんのこととかあったからしょうがないな』
『紬:私も幼馴染として鼻が高い。さて、現在のブラン・ロゼだが叶には伝えているが、非常に順調だ。ダンジョントレジャーを使った魔道具の作成や、各ダンジョンの攻略を始め、これまでネリネスト第一王女に頼りきりだった金銭面の問題も各貴族やアナスタシア王女の援助を受けて余裕がある。だが、問題とは嵐のように先が見えないものだ。我々の目的でもある元の世界に戻る可能性を秘めたダンジョントレジャーの誕生を第一王女の派閥の【転移者】が見つけたと連絡してきたのだよ』
『千早:私達は誘いに乗って話を聞いてみようと思うわ。第一王女派閥は一年以上かけてパワーレベリングと実践に向けた訓練をしてきたとかで、竜の武具を装備できる状況まで鍛えたらしいわよ』
『真也:一年も特訓してたのか』
『叶:真也君も毎日修行してるじゃん』
『留美子:あの、でも、宙野君達とも協力したいって第一王女の所の人達は言ってて……どうやって来るのかわからないけど宙野君達も話し合いには参加するってことらしくて……』
『千早:第二王女の派閥はもっとも多くの竜の武具を保有しているから実戦経験が少ない第一の派閥として頼りたいのでしょう。対して私達は一本も竜の武具を持っていないわ。ダンジョン攻略の経験だけはあるけれどね』
『真也:僕等の元に杖と弓があるよ』
『千早:……正直、頼みづらいけれど。今後の交渉の為にも……』
『真也:渡すよ。皆もそれでいいよな?』
『ファス:ご主人様の仰せのままに』
『トア:オラ達武器はあんま興味ねぇからな』
『叶:うん、それが良いと思う。でも、利益があったとしても、個人的にも真也君の奴隷としても宙野君がいる派閥と組むのは無理。露骨にカルドウスと組んでいるし、敵対以外の選択肢はないと思う。他の転移者にも知って欲しいけど……』
『千早:最悪、宙野が暴走して転移者同士のトレジャーの奪い合いに発展するわね』
『紬:そうなると、竜の武具も無く、か弱い乙女だけである私達ではいささか不安というわけだ。竜の武具の引き渡しもあるが、一番はダンジョントレジャーの確保のためにブラン・ロゼと真也のパーティーの合流を提案したい。そちらにメリットはないが、どうか我々を助けて欲しい』
答えなんて決まっている。
家族の元へ戻りたいと思う気持ちはわかるし、宙野達の手に渡っても碌なことにならなさそうだしな。
『真也:もちろん行く。……でも、今大森林にいるしなぁ。飛行船もタイミングよくあるわけじゃないし』
『ファス:大森林の移動は【精霊の小道】が使えます。問題は山脈ですが……移動に関してはミナに相談してみましょう。他に手段があるかもしれません』
『千早:【転移者】の集まりは二か月後。ノーツガル自治領で行われるわ。それと、真也に伝えたいことがあるのだけれどノーツガル自治領の情報を集めている最中で留美子が面白いこと聞いたの』
『留美子:うん、えと、ノーツガルにいる竜人族を自称する魚人族達が【竜の祝福】を受けたという噂があるの。確かな情報筋で、ダンジョンが多発していることも含めて無関係じゃないと思う』
世界から消えたはずの竜の祝福が残っていて、しかも竜人を自称する種族がある?
今の僕等と無関係とは思えない。
『真也:わかった。できるだけ急いで合流しよう』
『千早:そ、期待せずに待ってるわ』
こうして、次の旅先が決まったのだった。
な、なんとかここまで進められた。色々詰め込みましたが、次回は……手甲を取りに行きます。
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