第四百三十八話:修行不足
そんなこんなでエルフの貴族達からの手紙に対して、ナルミとレイト王子が寄こしてくれた文官が用意した返事にサインし続けること一日。
「お、終わった……千枚はサインしたぞ」
「お疲れ様ですご主人様。この世界の文字でのサインがすっかり上手になりましたね」
ファスが肩を揉んでくれる。あぁ~気持ちいい。
「私もブラン・ロゼへ送る手紙も書き終わったよ。真也君褒めて~」
「今後、似たようなこともあるでしょうし、私としても勉強になりましたね」
叶さんも【聖女】としての書類仕事をしていたようだし、ファスもナルミと一緒に僕に来た手紙を捌いてくれていた。
「フン、これでも絞った方だ。この作業のおかげで、色々今後の動きがしやすくなるから安心しておけ……とは言っても私も外へ行きたくなるな」
ナルミも書類仕事にはうんざりのようだ。そうしていると、扉が開いてトアとミーナ、そしてレイト王子が入って来る。
「……もう、嫌ですわ。こんなの王族の仕事じゃありませんの、百歩譲って次期女王がすることでは絶対にありませんの」
「そうはいっても、横領が常態化していた貴族達が手垢を付けた台帳なんて迂闊に下に回せないからね。信頼できる部下が揃うまでは姉様が一番仕事が早いんだよ。なにせ優秀と言われている文官の数倍は早く作業を進めるからね」
「その分、しっかり休ませて欲しいですわ。ジンヤ˝どの~」
「あぁ、折角書いた手紙がぁああああ」
そのまま突っ込まれて封筒の山が崩れる。抱き着かれるのはいいけど、横のメイド達が凄い眼でこっちを見ているので止めてくれ。
「……大変だべな旦那様。大丈夫だべ、とりあえず保存食の仕込みや旅に向けて買い物も終わったし【竜の後継】についての情報を受け取ればすぐにでも旅立てるだよ。今後の方針は決まってねぇけど、とりあえずの準備は進んでいるだ」
(装備モ、完成スルヨ)
ピョンとフクちゃんも振って来る。どうやらお願いしていた防具もできそうだ。連日の激務にも関わらず涼しい顔をしているレイト王子が椅子に座る。
「父上が明日の朝食後に【竜の後継】について、現段階でわかっていることを伝えるそうだよ。後、さきほどアナスタシア王女から連絡があってね。正式にカルドウスについてその危険性を国内外へ伝え、兄上についても自分と姉上が後援していることを発表したそうだ。兄上の名誉もすぐに広まることだろうね。……それ以外にも王女が管理している商会と我が国の大々的な交易も発表している。商人ギルドも動き出すだろうね」
「交易ですか? といってもラポーネとの間には山脈がありますし、飛行船しか方法がないので現在以上に何かできるとは思えませんが?」
ファスが肩を揉みながら疑問を口にする。ちなみに僕はゾンビのようにしがみついてくるミーナを押しのけています。鼻水が服に付きそうななのでやめて欲しい。
「あぁ、僕もそう言ったんだけど……アナスタシア王女は新たに飛行船を発着場ごと買ったそうだ」
「「「え?」」」
飛行船とは粘度のある不思議な雲を発射する砦のようなもののはずだ。それを買った?
しがみついているミーナも引きつった表情をしていた。
「飛行船はその性質上、消耗品でもありますから壊れた砦を改修してさらに風船鯨が通る高所に新たに発着場を作っているようですの。……ちなみに我が国で同じことをしようとしたら国庫が吹き飛びますわ」
「グランド・マロを掌握した段階から根回しはしていたようだね。我が国に新たに空港を作る為の資金も全額だすと言われた時には正気を疑ったよ。本人曰く『維持コストを含めても10年も稼働すればおつりがくるでしょ。小物の取引じゃなくて大森林の上質な木材を王族札付きで専売できるんだもの安いものよ』だそうだ。こちらとしても、ラポーネの鋼材を取り扱えるのは非常に助かる。窓口としてはビオテコの商業ギルドのマスターであるオウミがすでに名乗りを上げているし、スムーズに運営できそうだよ」
「そう言えばオウミさん。やけに協力的だったな……」
僕等に着いた方が助かるとか、論功行賞の時にはよろしくとか言ってたな。
「私の正体についてもある程度わかっていた節があります。なるほど、おそらくアナ姫が粉をかけていたのでしょう」
「……なんか怖くなってきただ」
トアが耳をペタンと倒していた。うん、ピンポイントではないだろうけど、可能性がある場所への手回しが尋常ではない。
「やっぱ本物は違うなぁ。ちなみにレイト王子から見てアナスタシア王女って凄い方?」
叶さんが尋ねると、レイト王子は顎に手を当ててしばらく考えてから口を開く。
「正直、今の彼女は怪物だろうね。金の流れ……それにまつわる人の機微に嗅覚が効きすぎている。【スキル】では推し量れない特殊な感覚があるだろうと思うよ。これまでの評判や実際に行った取引と比べても今回はあまりに見えすぎている……いや、元々できていただろうけど、しなかったのかもしれないね。その彼女が全力を出し始めた……兄上の影響じゃないのかい?」
「いや、アナさんは出会った時からあんな感じだったぞ」
得体の知れないという意味では初対面の時からそうだったと思う。とにかく享楽的で自由奔放で、何手先も見据えているようなのに刹那的なのだ。
「しょ、正直、あの方と正面から政治でやりあえる気がしませんの……」
ミーナの心が折れていた。まぁ、僕だってアナさんとは敵対したくないよ。
「アハハ、僕としてはむしろ姉上以外では厳しいと思うよ。今日だって文官達は姉上の仕事を見て唖然としていたからね。【ニグナウーズの臥竜】……一部ではすでにそう称されているね。実際、アナスタシア王女も姉上となら対等な話し合いができると踏んでいる節がある」
「竜ですか……実際にシンヤ殿の眷属でもあるので、その辺は縁を感じますわね」
「一番奴隷は私ですよ姉さん」
ファスが対抗心をだして肩もみを止めて、僕に抱き着いてくる。エルフ姉妹に抱き着かれているという現状に混乱するな。他の転移者が見たらビックリする光景に違いない。
「別にいいですわよ。妹へ狭量な真似はしませんわ」
この姫様、普段がこんなんだけど実際に能力は高いんだよなぁ。
「さて、兄上。ここに来たのは明日のことだよ。朝食後に父上が【竜の後継】についての情報を伝えたいそうだ。国家の機密として僕と姉上も同席する予定さ」
「わかりました。今日は風呂に入って休みたい……ここ、シャワーしかないけど」
木々の間から冷水が滴っているようなものしかない浴室だからな。
「浴槽さえあれば私の魔術と発火石でお風呂を沸かせますよ」
「兄上が望むなら【樹木魔術】が使える者に指示を出しておくよ。浴槽くらいならすぐに作れるだろう」
「では、一緒に入るか我が主。私も汗を流したい」
ナルミがそんなことを言うので、冗談かと思って見てみたら目が真剣だった。
「……ナルちゃんがそういうとは思いませんでしたの」
他のメンバーも思っていたことをミーナが聞いてくれる。するとナルミはきっちりした巻頭着の胸元に指を入れて襟元を開きながら、正面から顔を突き合わせる。
「表向きは親善大使だが、実際は私はお前の所有物になった。であるなら、問題はないだろう。……女としても尽くすことはすでにファスに誓っている」
「そりゃ……そうだけど」
「フン、変に遠慮するな。レイト、風呂を準備させろ」
「はいはい、まったく子供には目に毒だよ」
「私も入りますわー」
「私が一番奴隷ですからね」
「まぁまぁ、ファス。雌として群れに入るなら必要なことだべ。ここは裸の付き合いをしといていいと思うだよ」
「エルフが三人……真也君、そろそろ変なスキルとか付きそうだよね。【魅了】いや【性豪】とか?」
どっちかというとそれはカナエさんの方だと思う。浴室に用意された浴槽は魔術で作られた木製で、ファスが出した水が張られてた。ファスが発火石に魔力を込めて温め最後にトアが香油を垂らす。ここにきて気後れしそうになっている僕は小心者なのだろうけど、流石にこの光景を前にして気後れしない男子はいないだろう。
更衣室から逃げるように先に浴室に入って体を洗う。そうしているうちに皆も入ってきて体を洗いいよいよ湯に入る。
「あぁ~ですわ~」
エルフ独特の長い肢体を晒しながらミーナが蕩けている。その横でファスが絶望していた。
「……わ、私の方が小さい。わかってはいましたが、同じ血筋のはずなのに……」
「私、エルフの中では大きいほうですの」
むんと胸を張ると、形のよいバスト突き出される。うん、あれは目に毒だ。エルフ独特のやせ形の体型ゆえだからこそ女性らしい丸みが強調されて性的というよりかは非現実的な絵画を見ているように感じる。
「贅肉だろ。しかし、暑いな」
横ではナルミが浴槽に腰かける形で褐色の肌を晒している。トアと同じ位の長身で普段は男装していることも多い彼女だがこうしてみると、スタイルはバツグンに良い。細身ながらしっかりと筋肉がついており微かに割れた腹筋や長く美しい脚など元の世界のトップモデルだってこうはいかないだろう、お椀型の胸は慎ましくも主張をしていた。
「……一周回ってエロくないまであるね。単純に綺麗っていうか……拝みたくなるよ」
「はえ~、確かに同じ雌から見ても眼福だべ」
(わーい、プカプカー)
湯に浮かぶフクちゃんの横では髪の毛をアップにした叶さんが両手を合わせている。どこに目を向けても肌色……いかん、煩悩に支配されそうだ。天井を見上げて鼻に昇って来る血液を下げようとするも両頬を掌で挟まれる。
「おい、せっかく私が肌を見せているんだ。しっかり目に焼き付けておけ、我が主」
「そうですわよ。言わばこれは【竜の後継】の情報に並ぶシンヤ殿への報酬ですの」
「フクちゃんの泡で磨いているので私も肌艶には自信がありますっ!」
三人のエルフが玉の肌を隠すことなく晒す。そして全員が手を伸ばしてきて、香油の匂いも相まって……あまりに暴力的というか……目から幸福という名の劇薬を過剰に摂取させられているような……これは一体どうすれば?
「きゅう……」
「あっ、真也君が眼を回しちゃった。こういう所はまだまだだね」
「旦那様には群れの雄として、こっちの修行も必要だべな。流石にこれで目を回していたらキリがないだよ」
(マスターの修行不足)
「元の世界どころかこの世界でもありえないくらいの状況だからね。気持ちはわかるけど、確かにこれだと私達のご主人様は務まらないか。というわけで【星涙光】」
その後、叶さんによって容赦なく回復させられ、全員からの奉仕を受けたのだった。
いや、もう、本当に凄かったです。
……この話で【竜の後継】について触れる予定だったのに、どうしてこんなことに……。
コミック4話が更新されました!! ファスがめっちゃ可愛く描かれ、さらに作中ではあまり言及されていないファスの育てのお婆さんのビジュアルも公開されています。是非読んでください!!
https://to-corona-ex.com/comics/183646580850820






