第四百三十七話:英雄としての仕事
論功行賞が終わったその次の朝。ニグナウーズ国の英雄になってしまった僕はというと……。
「何これ?」
(ワーイ)
目の前に手紙の山がそびえたっていた。フクちゃんが山登りで遊んでいる。
「シンヤ宛ての手紙だ。そのうちに正式な書面も山ほどくるだろうよ」
スリットの入った巻頭着から褐色の生足を覗かせながらナルミはそう告げる。御殿にある広間に案内された僕達パーティーの前に封筒が積み重なっていたのだ。
僕の親善大使となり奴隷契約も結んでいるナルミだが、接し方は基本的に変わらない様に僕からお願いしてある。下手にかしこまれても肩がこるだけだ。
「一応言っとくけど、僕等は冒険者だかららな。政治なんてできないぞ」
こんな手紙なんか読んでもどうすることもできない。
「だからこそだ。根無し草が風に吹かれてどこかへ行く前に徹夜で手紙を書いたのだろう。単純な挨拶は無視すればいいが、それでも今後のことで付き合いもあるからな」
「ナルミに全部任せる」
このままここにいたんじゃマジでミナ姫の二の舞だ。親善大使に丸投げしよう。
「そう言うと思って、レイトが文官を寄こしてくれている。すでに手紙の山の仕分けは終わっている。詐欺まがいの話を持って来たアホどもは後できっちり落とし前を付けるから安心しておけ……まったく、イワクラの家にいた時よりも仕事が増えているぞ。どうしてくれる我が主?」
御殿には僕等以外にはメイドさんしかいないので、別の場所で事務作業を夜通ししてくれた人達がいるのだろう。申し訳ない。
「うわぁ、流石ニグナウーズ国の貴族。封筒一つとっても材質がとてもいいよ。香付けまでしているし、いい匂い……」
叶さんが封筒に鼻を近づけていた、僕も気になって試しに一つ封筒を手に取るが確かに手触りが良い上質な紙だし、いい匂いもしている。
「こういう時の為にナルミがいるのですから、ご主人様の言う通り任せればよいのです」
ファスも手紙の山を触っているが、トアだけは我関せずと尻尾を振っていた。
「ワフッ、大変だべな旦那様。じゃ、オラは朝飯の準備でもしてくるだ」
「言っとくが、手紙の内容の割合で言えば【野風】を譲ってくれという内容が一番多いぞ?」
「……え? な、何でだべ。オラなんかただの料理人だべ。そんなん言うならファスとかカナエじゃねぇのけ?」
調理場に行こうとしたトアが困惑の表情を浮かべる。
「あー、ファスさんって公開されていないけど王族の関係があるのは勘づかれているだろうし、下手に触れると藪蛇どころかドラゴンが飛び出してきそうだもんね。私も【聖女】だし。手元に置くの難しそうだもんね。わざわざ真也君に交渉しようって貴族はいなさそう」
「その通りだ。次期女王の後援を受けた【英雄】の傍にいる【翠眼】なんぞそこらの貴族の手に負えるわけがない。それに比べて獣人はエルフにとって雇われる側の労働階級がほとんどだ。ニグナウーズに奴隷制度はないが、それでも気に入った使用人を引き抜くのはよくある話だ。さらに昨晩の会食では、何人かのエルフは人生観を破壊されていたからな」
獣人という種族の階級ゆえにトアの方ならば引き抜けるという下心を持った貴族が一定数いたといるとうことだろう。トアはもちろん他のメンバーも絶対に渡さないけどね。まぁ、昨日のトアの料理を食べた様子からも熱を上げる理由もわかる。
「そうですね。何人かは自分が食べたものが肉だとわからず呆然としていましたし、スープの旨味を理解するまでにかなり時間がかかっていたようです」
「私達はまだ慣れているけど、贅を極めた砂漠の美食家さん達が熱中していた料理をさらに昇華しているもんね。粗食のエルフが自分達用に調理されたトアさんの本気の料理を食べたらそりゃ脳が壊れるよ」
「何人かは号泣してたもんな」
(オイシカッター)
最初は「獣人の料理なんぞ……」みたいな感じだった貴族達だったが、前菜の時点で完全に思考が停止し、メインのスープが出た時なんかそれまでなんとか保っていた貴族としての体面が完全に崩壊していた。一口食べた後にその味に感情が追い付かずただ茫然と涙を流すエルフ達が広間に溢れたのだ。
「ある意味カルドウスが使った麻薬のような呪いよりも質が悪い。レイトの奴なんか政治の話が出来る状況ではなかったと頭を抱えていたぞ。しかも昨日の食事から、体調の改善に魔力の充実と常識外れの効果が貴族達の間で広まっているからな。交渉の席だけでも設けようとする貴族が後を立たん」
「そんなこと言われても。オラ、調理場にいたから知らなかったし……」
「このままだと【野風】の料理をめぐって城に貴族達がさらに詰めかけてくるな」
「……旦那様。一刻も早くここを離れるだよ! オラは旦那様の専属だべっ!」
耳と尻尾をしんなりとしょぼくれさせて、トアが涙目でこっちを見てくる。
「よし来たっ。逃げよう」
「待て待て、少なくとも最低限これからのことについて書面にサインしてもらうぞ。じゃないとお前のことについて親善大使としての権限も持てないからな。それに【竜の後継】についてのこともあるだろう。リング王が明後日までには情報を渡せるようにすると言ったようだ。つまり……」
「つまり?」
「明後日までは書類仕事に付き合ってもらう。ファスとカナエも手伝ってもらうからな」
「えぇ……」
「ご主人様の名誉の為です」
「まぁ、流石にこれは覚悟してた。教会でもこういうのやってたから少しはわかるよ。異世界の文字の勉強になるしね。千早ちゃん達やアナスタシア王女との連携もあるし、調整しながら今後のことを決めなきゃね」
筋トレしたいんだけどなぁ。
「とりあえず、オラは朝飯作ってくるだよ……」
こうして僕等の【英雄】としての初仕事はひたすらナルミから回された書類にサインをすることになったのだった。ちなみに朝食の席では。
「シンヤ殿も私と同じ苦しみを味わえばいいのですわ……租税台帳が一冊、台帳が二冊、台帳が三冊……こんなの王女がする仕事ではありませんの……」
とミナ姫にハイライトの消えた瞳で言われた。結晶竜との戦後処理に加えて秘書長官が抱えていた逆臣達の処遇など侯爵以上の貴族との調整をする予定だという。逆臣達の領土は当面は王領として管理するのでやることは山積みだ。流石にこのミナ姫を見て自分は書類を見たくないから城から逃げるとは言いずらい。
「シンヤ殿。一緒に城を逃げ出しましょう」
なんでそっちが言うんだよ。
「追われるから嫌です」
この国、大丈夫なのだろうか?
というわけで新章です。次回は【竜の後継】について何かわかるようです。
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