閑話27:尽くす第三王女
真也がニグナウーズへ旅立ってからの歓楽の都『グランド・マロ』は大きく変化を遂げていた。カルドウスに操られたバルモが作り上げた享楽はそのままに、自由に探索することが許されたダンジョンからの一攫千金を狙う冒険者や、彼等からもたらされる希少な素材を使う職人達が集う場所としての輝きも取り戻しつつあった。
アナスタシアはバルモが広めた麻薬の性質を持った呪いによって職を失い、廃人に追い込まれた冒険者や職人への治療を行いながら、バルモが溜め込んだ唸るほどの金を街の復興に注ぎ込んでいた。
しかし、あからさまな妨害が入る。ラポーネと砂海の玄関口である砂港街の一つが商人や観光客がグランド・マロへの船を絞り始めたのだ。さらにはグランド・マロから出た商船も不当な通行税を取ろうとする。介入してきたのは第二王女であるマルマーシュの派閥の貴族だった。力を取り戻そうとするアナスタシアを抑え込もうとしているのは明白であったがアナスタシアは呆れたように砂海の地図に駒を並べながら蒸留酒を煽る。
『……呆れた、今になってやっと動いたの? どんな妨害があるのか楽しみにしてたのに……』
商船の分散、別の砂港へのルート開拓はすでに完了していた。グランド・マロが利用しなくなった砂港は税どころか人の流れが滞り衰退するのみ。真綿で首を絞めるように降伏を引き出すことは余裕だったが、それでは面白くない。砂漠で雇った部下達に指示を出す。
『挨拶しにいくわ。武器を集めなさい。この戦いに直接冒険者は巻き込めないわね……そうね、こうしましょう。砂漠の安全の名目なら冒険者も力を貸してくれるでしょう? 砂漠の安全の為に、砂賊を討伐しにいくわよ』
砂港ルート開拓中に何度か襲ってきた砂賊達の本拠地に乗り込み、徹底的に交渉して呆然とする首領と幹部の前で白金貨を積み上げる。
『あんた等はここいらの砂賊の中では、一番砂船の使い方がうまかったから全員雇うわ。こんなせせこましい儲けなんか馬鹿らしくなるほど稼がせてあげる』
首領も幹部も一にも二にもなく首を縦に振った。
そこからわずか一週間後には直接砂港街に潜入し、裏帳簿を手に入れると不法な税を徴収した罪の証拠を集めて大義名分を掲げて雇った砂賊と一緒に盛大に挨拶をすることでアナスタシアは見事砂海の玄関口をその手に収めた。
「まったく、ここまでする必要があったのかしら?」
砂港街の領主が座ってた椅子に座るアナスタシアに、グランド・マロの冒険者ギルドマスターのヒットが話しかける。冒険者は政争に関われないが、護衛の名目でついて来ていたのだ。
「あったわよ。これでグランド・マロと王都へのバイパスが通ったわ。やっと私の商会に繋げられる。王都から離れた場所に拠点を作ることができた。……これでシンヤへの後援を本格的にできるようになったわね」
ヒットの訝し気な表情を浮かべる。
「アナちゃん。一つ確認してもいいかしら?」
「いいわよ。今は上機嫌だから何でも答えてあげる」
「貴女、王都で信頼していた貴族に裏切られて追われたのよね?」
「そう、そしてギルドに逃げ込んで砂海に来たの。相手は見事だったわよ、私の拠点を潰しながら次々に罪をでっちあげられたんだもの。アハハー、本当に見事だったわ。おかげで、水面下で私を裏切ろうとしていたのが誰なのか、何を知っていて、どんな縦横のつながりがあったかもわかったわ。敵味方をはっきりさせることができた」
「やっぱり……わざと、自分から追われるように仕向けたのね」
「少し違うわ。私が追われるのは決まっていた。やり込められて知らない内に手駒を奪われていたのも本当。負けと言われればその通りよ。だけどマル姉様にそんな手管はないわ。だからせめて、誰に負けたのかわかるように、負け方はこっちで決めさせてもらっただけ。シンヤと合流できるようにね。賭けは私の勝ちよ」
「よくもまぁ……そこまで坊やに賭ける気になったわね。分の悪い賭けだったでしょうに」
「そうね、王城にあった不完全な写本。そこにあった封じられた魔王の天敵たる【竜の後継】の記述は読んでいたけど、真也が持つ【愚道者】についてもわからないことだらけだもの。だから最後は初対面の時の直感と……私の性癖よ」
ヒットは盛大に吹き出して笑う。
「アハハハッハハ、性癖って。命を賭けた理由がそれ? 狂ってるわ」
「そうかしら。シンヤなら私が無茶苦茶してもきっと叱ってくれるわ。そう思ったから、奴隷になったのよ」
アナスタシアはバトルドレスの胸元から一枚の契約用紙を取り出す。ヒットは眦を拭いながら紙を指さす。
「それ、酷い方法よね。協力したあたしが言うのもなんだけど……」
「私の宝物よ? 『依頼内容:第三王女アナスタシア・ラポーネ・コルルハットを助ける。報酬はパトロンになること。さらに前払いで白金貨1000枚を払う』ギルドマスターの前で依頼を受けたのに書面の報酬を確認しなかったシンヤが悪いわ。あの時は、王都から追われて無一文だったから当然支払われずに担保にしていた『私自身』が奴隷として支払われる。無理やりな条件付けだったけど【紋章士】のツムギがいてくれたおかげでこれを契約の証拠に奴隷契約を結べたの。【眷属化】の対象にしてもらえたのは嬉しい誤算だわ。……同じ方法に引っかからない様に双方の同意を通さない強制的な奴隷契約については説明してあげないとね」
「今なら白金貨1000枚程度なら払えるでしょうに。あの時は敵による強制的な奴隷契約を避ける為の意味合いもあったでしょう?」
「絶対に払わないわ。天まで金貨を積み上げてご主人様に捧げてもいいけど。私自身は買い戻さない……言ったでしょ? 私って尽くすタイプなの、ニシシッ」
契約紙に口づけをするアナスタシアを見てヒットはため息をついた。
「坊やも大変ね……」
こうしてグランド・マロと周辺の港街を抑え、商会の代表へと復帰したアナスタシアは、取り戻した情報網を使い自身の潔白の証明と大規模なニグナウーズ国との国交を発表した。そして、ニグナウーズ国第一王女とラポーネ国第三王女の後援を受けた【英雄】としてシンヤ ヨシイの名前が国中に広まることとなる。
契約書はちゃんと読みましょう。
次回から新章に入りたいと思います。
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