閑話24:勇者の逃亡②
勇者一行による鉱山砦への奇襲は深夜に行われた。偽装の為に全員がここまで来るのに奪った獣人の服を着ていた。血の匂いのする首巻で口元を隠した宙野が紅剣で砦を差し示す。
「行くぞ……【竜殺しの鎖】を回収して、ラポーネへ帰る」
「はいよー。行くぞー【雷創生魔術:通天角】っ!」
「【魔獣召喚】【狂化】……俺は魔物を操るだけだからな。なんかあったら逃げるからな!」
火傷の跡が顔に残る茶髪が放った電撃は夜闇を二股に別れて進み、鉱山砦に突き刺さる。彼等の装備品は見張りの獣人達のものだ。セルペンティスの使い魔達の斥候があったにも関わらずあっさりと見つかってしまった一団は、敵を切り伏せて口封じをしようとするも、警笛を鳴らされ鉱山砦はすでに警戒態勢に入っていた。
こうなっては正面突破するかないと、奪った防具を装備して最低限の変装をした後はレベルと【クラス】に物を言わせた強行突破である。砦に入り込んだのは宙野を中心に戦闘に優れたクラス持ちに加え、人を操る【人形師】のクラスである磨金と【魔物使い】のクラスを持つ塩田だった。塩田は森で見つけて【従魔】にしたダイアウルフと呼ばれる灰色の狼の魔物達を従えている。
「【召喚士】と【神官】は結界を張れっ! 虫を飛ばして応援を要請しろ!」
「ダメだっ。こいつら強いぞっ! グワっ!」
砦にいた冒険者はすぐに防御の陣形を取るが、宙野が放つ【空刃】に吹っ飛ばされ、結界も切断されてしまう。勝ち目がないことを悟った冒険者達が次にとった行動は鉱山砦という地形を利用しながら下がり続け宙野と戦うことだったがレベル差と圧倒的な竜の武具の性能に押される。冒険者達を突破した宙野達は結晶竜により崩された砦の後部にたどり着く。そこには複数の洞窟が掘られており、崩れない様に補強されていた。
「……穴倉か。おい、どっちだ?」
掴まえた守備兵に聞いてみるが、兵は忌々しそうに宙野を睨みつける。
「グッ、誰が喋るか……」
「フヒヒ、そう言うの止めとけ【人形操作】」
磨金が指先から五本の糸を伸ばして相手に張り付かせると、兵の意思に反して口が開く。
「ガッ……右手に沿って進めばモーグ族が通路を……作って……」
言い終わる前に兵が白目をむいて気絶する。
「あー、ダメだ。やっぱ男だと調子でねぇ。まっ、道はわかったぜ。桜木用に契約系のスキル持ちをつれてきて正解だったなぁ宙野。肝心の桜木には使えなかったがなフヒヒ」
「黙れ磨金。……塩田。先にダイアウルフを突っ込ませろ、穴倉からモーグ族とかいう魔物が出てくればそいつらを従魔にして案内させろ」
「へいへい、人使いが荒いっての。お前等、行ってこい。モーグ族なんて雑魚の使役に俺の契約枠を取られたくねぇなぁ。俺も磨金みたいに可愛い子と契約したかったぜ」
「通路は結界で塞げ。しばらくは応援も来なくなるだろう」
「おう【天空壁】」
【魔物使い】である塩田が指示を出してダイアウルフが穴倉に入り、茶髪が杖を振って風が渦巻く結果を張った。背後を塞いだ宙野達は洞窟に入る。ダイアウルフを先行させているのだが何度か行き止まりに当たってしまう。何度目かの突き当りに差しかかったとき、他の通路を探っていたダイアウルフの悲鳴が聞こえた。
「……おい他の魔物もやられたぞ。他にも冒険者がいたのか?」
「チッ、行くぞ。上からの応援が来たのかもしれないからな」
通路を進むとダイアウルフの死体がまた見える。どうやら落石で絶命したようだ。
音がして宙野が上を見ると、まさしく大岩が降って来るところだった。
「小賢しい……【大山衝刃】」
振られた紅剣から大気を震わせる魔力の刃が飛び上がり、大岩を衝撃で弾き飛ばす。
「「モギュゥウウウウウウウウウ!!!」」
通路から悲鳴が聞こえる。吹っ飛ばされた岩に驚いたモーグ族達だ。
「いたぞ、モーグ族だ。何体もいるみたいだぞ」
「あいつらダミーの通路に俺達を誘導したんだ。あっちが本当の道だ!」
隠された横道に宙野達が入ると、途中から明らかに舗装された道にでる。その先には開かれた大扉があり、モーグ族達が身を寄せ合っていた。彼等の上には牙を複数の細い鎖でつないだものが壁に埋め込まれていた。それはまるで、何かを押さえつけているようにも見える。
「あれだ。見つけたぞっ! 【竜殺しの鎖】に間違いない。これで、あいつを……吉井を殺せる」
宙野が近づこうとすると、頭上からツルハシが振り下ろされる。難なく躱すが、ツルハシが地面に刺さると破片が飛び散り、宙野達は数歩下がる。
「モギュ! モッモグ!」
モグ太だった。ツルハシを構えて、宙野達に対峙しながら群れに指示を出している。どうやら群れを逃がそうとしているようだ。
「……雑魚が。塩田、こいつを従魔にしろ。鎖を取り外して帰り道も案内させる」
「はいよ。【隷属の首輪】」
塩田が契約を強制する鎖を伸ばす。
「モ、モギュゥウウウウ」
モグ太の元へ鎖が迫り、首輪がかけられる。
「【強制隷属】……うわっ!?」
「モ、モグモ?」
青白い光が鎖を遡って塩田を弾き返し、首輪も壊れた。
「な、なんか前にもこんなことあったような……」
頭をさすりながら塩田が起き上がり、モグ太の前に真也の奴隷紋が現れていた。
「……この魔力……うっぷ!」
宙野は自分の腹を抑えた。身を持って覚えているこの魔力に……この存在感は……。
「吉井っ! は、腹が……クッソ!」
治ったはずの腹部の痛みがぶり返す。宙に浮かぶ奴隷紋は強く輝きその存在感を示す。
「モグモっ! モギュゥウウウウウウウウ!!」
モグ太もこれが吉井との繋がりだと確信した。離れた場所にいる友達に感謝しながらツルハシを振りかぶり、渾身の一撃を宙野に叩きつけた。
「うわぁああああっ!」
宙野は剣で防ぐが、重たい一撃で吹っ飛ばされる。ダメージはないようで宙野はすぐに立ち上がるがその様子は明らかにおかしい。目の焦点は定まらず、フラフラと後ろを向いた。
「あいつが…あいつが来る……」
「「……は!?」」
宙野はそのまま無様な足取りで走り去ってしまった。
数秒後、それが逃走であると他の転移者が気づいてパニックになる。
「な、なにやってるんだよ!」
「おいおい、あいつがいないと上で冒険者達とまともに戦うのは面倒だぞ」
「お、俺も逃げるぞ。何なんだよあの光っ!」
こうして、【竜殺しの鎖】の前まできた勇者一行は手ぶらで鉱山砦から逃げ出した。
「モフゥ……モグモ」
「「モグモグッ!」」
「モグモッモ」
敵が逃げ出したのを確認したモグ太は安堵したことで気が抜けて仰向けに倒れる。それを見て仲間が駆け寄って来た。仲間に介抱されながらモグ太は消えかかっている奴隷紋に拳を向けた。よくわからないがきっと、友達が助けてくれたのだろう。そのことをモグ太は嬉しそうに仲間に伝えたのだった。
次回で勇者視点は終わりになります。
そして、コミカライズ三話が公開されました! 此方もよろしくお願いします。
フクちゃん……可愛すぎんか。尊い……。
https://to-corona-ex.com/comics/183646580850820
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