第四百四十三話:論功行賞の始まり
論功行賞の儀の前日。メレアさんによる最後の予行練習が行われていた。これまでそれなりにお褒めの言葉を頂いていたはずだが、そのせいで逆にもっと難しいことを要求されるようになっている。
「シンヤ殿、もっとゆっくり歩いてください」
「まだゆっくりですか!?」
「ええ、ここは式で一番時間をかけて良い所です。そして【竜の威嚇】を少しだけ強めてください」
「む、難しい。というか来賓に【威圧】系のスキルを使っていいんですか?」
最初は形式的なことだけだったのに、初日でそれをできてしまったということでスキルを使った演出を追加されてしまっている。
「シンヤ殿の【竜の威嚇】は【威圧】系のスキルではありますが、単なる戦士のそれとは違い施政者が存在感を増す為に使うスキルとも似ています。リング王は儀礼の場では【王威】というスキルを使っていますので、問題はありません」
「……ちなみにミナ姫はそれ使えるんですか?」
「まったくありません。しかし、いずれ女王として位についた際には特別なクラスが発現する可能性が……あるかもしれません。まぁ、いざとなったらそういったスキル用のダンジョントレジャーもありますから……」
「なぜ、自信なさげなのですメレア?」
カンペを見ながら明日の進行を確認しているミナ姫がツッコミを入れる。
「姫様はまず、儀礼の言葉を間違わない様にしっかりと覚えてください」
「うぅ、面倒ですわ。そもそもレイトやお父様は練習しなくてよろしいですの? 一度もこの場ではお見掛けしていないですけれど……」
「王子も王もこういった儀礼は慣れておりますから、参加者のリストと当日の進行を渡せば問題ありません。問題があるのはこういった儀礼から逃げ続けた姫様だけです。普段からちゃんとしていればこういう時に困らないのです」
「……さ、さぁ、最後の確認を終わらせますわよ」
この姫様どんだけ逃げ続けたんだ。むしろどうして継承権一位を継ごうと思ったのか疑問に思うくらいだ。
「ファス様方は問題ありませんし、シンヤ殿もスキルの調整が済めば大丈夫でしょう。さ、最後にもう一度通しで行きます」
「はい……」
結局、朝からみっちりとリハーサルをした。ファス達は明日の為に他のことをしたようだが、僕が御殿へ戻るとすでに全員が戻っていた。いい匂いがする……。トアが昼食を用意してくれているようだ。
「お疲れ様ですご主人様」
「おかえりマスター」
フクちゃんが少女姿のまま飛び掛かって来るのでキャッチして肩車をする。
「ちょうど明日、儀式の後に振る舞う料理を先に試食してもらおうと準備していたところだべ」
「……」
「叶さん? どうしかした?」
叶さんが顎に人差し指を当てて何か考え事をしていた。
「あっ、真也君。ゴメンゴメン、ちょっと気になることがあって……でもその前にご飯かな。お腹ペコペコだよ」
というわけでフクちゃんを降ろしてご飯にする。
「んじゃ、さっそく味をみてけろ。一番いいとこは旦那様に」
トアが用意していたのは、この国では珍しい肉のスープだった。透き通った琥珀色のスープに匙に乗る程度の大きさの肉が入っている。それ以外には具は無い。促されるままに肉を掬うと肉はホロホロと崩れるほどに柔らかかった。
「いただきます……ヤバっ、美味しい。野菜の味がする」
肉が口で蕩けると肉汁と共に何種類もの野菜の味が広がる。コンソメに似ているが、もっと野菜の主張が強い。唯一の具である肉に並ぶほどしっかりとした野菜の味がした。
「今回はあえて【旨味抽出】のスキルは最小限にして、数日かけて森の恵みをふんだんに鍋で煮出してなんども濾しただ。時間をかけて料理するのもたまにはいいもんだべな。エルフは普段は肉は食べねぇけんど、年に数回森の恵みに感謝する時だけは城でも肉料理を出すそうだべ。この国で皆で作ったモツ煮をイメージして、作ってみただ。肉は魔物の物ではなく、羊の肉だべ。ビオテコの肉をイメージして見ただ」
トアはこの国での旅を料理にしたようだ。めっちゃうまい。前に砂漠で旨味について悩んでいたが、そういった部分についてより昇華しているように感じる。
「あのモツ煮も美味しかったですが、これは……あまりに別格です」
「人肌程度の温度なのにお腹がポカポカして幸せになるね」
「うまうま」
「これをメインにして、前菜は薬膳のサラダと食欲増進効果のある卵料理の予定だべ。すぐに次のメニューを出すのはエルフ的にはダメらしいから塩漬けにした瓜と甘い果物をあてに葡萄酒を挟んでこの料理を出すだ。最後に胃の調子を整えるお茶を振る舞うだよ。ここの料理長と相談して作ったコースだべ。もっと色んな料理を出したいけんど、エルフは小食だからなぁ」
「絶対に成功するな。というかおかわりある?」
「私もおかわりです」
「これは試食っていったでねぇか。他にちゃんとした飯は用意しているだ。フクちゃんが鳥を狩ってくれたから焼いてるだ。パンもたくさん焼いたから腹いっぱい食べるべ」
「エッヘン」
フクちゃんが胸を張る。食事もちゃんと食器を使えているし、人っぽい仕草も板についてきたもんだ。
皮に焦げ目のしっかりとついた鶏肉のステーキをパンと一緒に食べる。この粗目のパンが鶏肉に合うのだよ。お腹いっぱい食べた後は、子蜘蛛姿となったフクちゃんを膝に抱いて撫でる。うん、至福。
「羨ましいな~」
叶さんが羨ましそうにこっちを見ていた。この役目は渡さんぞ。
「そう言えば、叶さん。さっき言っていた気になることってなんなんだ?」
「私も気になります」
「だべな」
ファスとトアも興味津々と言った感じだ。
「あぁ……最近ドルイドさんの所にいって【神官】について色々教えてもらっていたじゃない。それでちょっと思ったことがあったんだけど……ん~、今言っても混乱すると思うから論功行賞の後で話すよ」
「溜めるね」
「気になります」
「私の中でもまだちゃんと形になってないんだよね。ファスさんも【魔術士】についてなにかわかったことないの?」
「あります。論功行賞の準備で忙しく中々話せなかったのですが。スライムから着想を得た『魔力の核』を使った創生魔術ですが、城の魔術士曰く、図書の樹の本の発見で過去に似た魔術が研究されていたようです。……さらに、この『魔力の核』ですが、私達は似たものをスライム以外にも見たことに気づきました」
「スライム以外に核を使った魔術? そんなのあったっけ?」
全然思い出せない。
「……カルドウスです」
「「!?」」
「そういや、あいつ『存在核』とかなんか言っていたべな」
「自分から切り離して自立する創生魔術の応用……確かに盲点だったね」
確かに、スタンピードで戦ったあいつは核のような部分を使っていた。そもそも、あいつが使っている死者を魔物にする黒い球もそういった魔術なのかもしれない。
「似た系統であることは想像できますが、詳しいことはわかりません。ただ、私自身が理解を深めていくことで奴に対する有効打を得れればと思います」
「さらっと凄いこと言っているね。私の気づきも合わせてもしかすると、色んなことがわかるかもね」
「皆すごいだなや。オラは普通に料理をしているだけだべ。後は……そういやダンジョンで取れたお化け食材だけんど、森に入ったらたまーに見ることがあっただ」
こっちもこっちで凄いこと言ってる。
「えっ、あれダンジョン以外でも取れるのか?」
「魔力が濃い場所ならあると思うだ。ダンジョン以外に旅先でも霊的な料理を振るう機会はありそうだべ」
「……それチートっていうかやばいと思うんだけど」
「ただの料理だべ」
「ボクも話すっ!」
フクちゃんが子蜘蛛から少女へと変わる。コロコロ変わるのが面白いな。
「装備もそろそろできそうなの。おっきなおじいちゃん、結構できる」
「へぇ、フクちゃんがそう言うなら期待できるな」
連日、巨人族の鍜治の元へ向かっているフクちゃんは装備の進捗を知っている。
新しい手甲が待ち遠しいな。
「ご主人様もエルフの魔法騎士団との稽古に励まれていたのではなかったのですか?」
「うん、エルフの剣術って独特で面白いぞ。防御のために前に出て攻撃を潰して、魔術やスキルの攻撃の為に下がる。普段の僕の武術とは正反対の攻防の思想だけど、連携の仕方や足場の悪い場所での立ち回りなんかは参考になる。……でも、ここ数日は要人の護衛があるから訓練はしてないんだよなぁ。目立つとあれだから森でひたすら筋トレや型の稽古をしてるよ。あとは……結晶竜の動きとかも取り入れられないかとかやってるけど上手くいかないんだよなぁ」
あの突進や尻尾を使った回転攻撃なんかは参考になると思うのだが、いまいち動きに一貫性がないというか、自分の武術と組み合わせるのが難しい。
「リザードマンである結晶竜とご主人様ではそもそも体の構造が違います。動きを取り入れるのは無理があるのでは?」
「僕のいた世界では、動物の動きを取り入れた武術があるから無理ではないと思う。それに、結局アイツとは決着をつけることができなかったからな。せめて技くらいは継いでやりたいんだ」
今回の騎士団との交流で改めて意識したけど、僕にとって武術はコミュニケーションのツールとしての側面がある。元の世界でも道場で武道を通じた運動って感じ強かったし、皆で型稽古をしてああでもないこうでもないと交流する場所だった。かつて戦いの道具だった武術が時代に適応した姿の一つなのだろう。死闘だった結晶竜との戦いで相手の気持ちを感じた場面が何度もあった。
「分かった気になるつもりはないけど、結晶竜はただ戦いたかったんだ。戦うことがあいつの全てだった。僕等は殺し合うことしかできなかったけど……だからこそ最後は無念だったろうなと思ってさ」
決着を望んだその爪は僕を向いていた。あんな形で終わりたくはなかったはずだ。
僕にできる弔いは結晶竜はとんでもなく強かったと彼との戦いを誇ること。それは言葉ではない、戦いを言語とするリザードマンの強さはやはり戦いの中で伝えるべきだ。
「旦那様は戦いに関することは律儀っていうかちょっと真面目過ぎるだ」
「論功行賞が終われば、私も協力します。皆で工夫すれば形にできるかもしれません」
「ボクはアイツの力使える」
フクちゃんが紫の糸を指先から伸ばす。むむ、それ凄いよな。
「確かに、フクちゃんはそれがあるな」
やっぱり一番ヤバイのはフクちゃんなのでは……恐ろしい子。
「じゃ、僕は腹ごなしに走り込みに行ってくるよ」
「ご主人様。今はこの国の要人達が城内や湖の近くに来ています。明日の演出のこともありますし、外出は控えた方が良いと思います」
「演出……本当にあれやるのファスさん?」
「当然です。明日はご主人様の名誉を示す日ですから。せっかくですから、しっかりと復習をしておきましょう」
「午前にメレアさんにしごかれたばっかなんだけどなぁ」
「旦那様の晴れ舞台なんだから、頑張るだよ」
というわけで午後も皆で論功行賞の立ち振る舞いについて復習したのだった。
そして翌日。エルフの礼装を来たファスと真っ白な聖女の衣装に身を包んだ叶さんが、湖の前に立つ。
「では聖女様おねがいします」
メレアさんの合図で叶さんが頷いた。この日の儀式を告げるのは彼女の新スキルだ。
「じゃ、始めるよ【大鐘楼】」
厳かな鐘の音が霧立ち昇る湖面に鳴り響く。そして、ファスがゆっくりと杖の先を湖に浸した。
「【氷華:マツリカ】」
パキパキと音をたて加速しながら湖の表面が凍っていく。それは氷の華が咲く道となって城へと繋がった。
騎士団の案内により貴族達やその使者はその道を通って論功行賞へと参加するようになっている。
「お見事ですファス様。この魔術を見ればいかなる者であっても英雄殿を軽視することはなくなったでしょう」
メイド服でない儀礼用のタイトな貫頭着を来たメレアさんがその光景を見て感動していた。
「ご主人様の名誉の為です」
ファスはやる気十分のようだ。さて、僕は緊張で胃が痛くなってきたぞ。あぁ、早くこれ終わらないかなぁ。
論功行賞の始まりですが、一話で終わらせます!(多分……。
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