第四十五話:牛狩り
風下からジワジワと近づいて500mほどの場所に来た。ブルマンはあまり目が良くないらしくこの距離でもこっちに気付く様子はない。
この距離からならしっかりと見ることができる。いやぁ、薄々わかっていたけどデカい、なんだアレ?
一番小さい個体でもダンジョンのボス猿と同じくらいあるぞ。
でも考えてみれば現実世界の大型の牛が立ち上がったら意外とあれくらいの大きさになるのかもしれない。
数で言えば4頭のブルマンがおり、そのうちの一際大きな一頭は真っ赤な肌をしており筋肉の塊が歩いているようだ。
牛型の魔物であるブルマンの姿は一言で表すなら牛頭だ。地獄絵図なんかにある馬頭と牛頭の牛頭のほうといって伝わるだろうか?
水牛の頭に中途半端に人間のような体がついているというのが見たまんまの説明だが。二足歩行よりも四足歩行の方が似合いそうだな、時折群れの内の一頭が立ち上がり周囲の警戒をしている。
そういうとこだけみると、動物っぽいんだけどな。
「ブルマンって一般的な冒険者はどうやって狩るの?」
僕と同じく体を屈めている他の面子に聞いてみる。あの巨躯を正面からは無理だろ。
「すみません。冒険者の狩りまでは知りません」
「宿でちらっと耳にしたことがあるだ」
トアは何か知っているらしい。極力見つからないように注意しながら頭を寄せる。
「助かるよ。どういう内容だ?」
「一つは、転ばして皆で殴る戦法だべ。ブルマンは一度突進してきたら真っすぐしか進まないべ。しかも全速で走ると足がもつれてこけるらしいんだべ、だからこけた時に囲んでスキルを浴びせて倒すべ。もしくは落とし穴やロープで転ばすのもよく聞く方法だな」
「なんで二足歩行してるんですかね!?」
「囲んで殴るのは王道ですね」
二足歩行やっぱり苦手じゃん!! 大人しく四足歩行のままでいたほうが強いんじゃん!!
僕のツッコミをよそに、ファスも頭を寄せ、フクちゃんもファスの頭に乗って話を聴く。
「二つ目は、盾を持った冒険者が正面から受け止めて。その隙に後衛が攻撃するって戦法だべ」
「いやいやいや、無理だろ。一番小さい奴でも1トン以上はあるぞあれ」
それが突進してくるんだ。一体どれだけの衝撃になるんだか。
というか今更だけど、一トンとかmとかの単位で伝わるのね。その辺は異世界の理屈なんだろうか。
「熟練の技を持った【騎士】や【重戦士】なら可能らしいだ」
マジかよ。この世界の人間強すぎるだろ、転移者なんかいらないんじゃないか?
「なるほど、意外とやりようはあるのですね」
(ムー、ボクノ、イト、キレルカモ)
ファスとフクちゃんはやる気のようだ。さてどうしようかな、正直怖いというのが本音だけど。
「私が【土魔法】を使えれば話は早かったのですが……」
「ここまで話しておいてなんだけど、あくまで普通のブルマンを想定した戦法だべ。あのレッドブルマンが相手だとどうなるかわからないべ」
「ちなみにブルマンって魔物の中ではどのくらいの冒険者が相手する感じなの?」
「ブルマンは初級の冒険者がパーティーを組んで相手する魔物だと本で読んだことがあります」
「そうそう、うちの宿にもブルマンが狩れたから初心者卒業だー。って宴会してる客がいたべ」
あの化け物を相手取って初級なのか、ボス猿より手ごわそうなんだけど。いやボス猿は呪い系のスキル持っていたんだっけか。
連携さえ取れればなんとかなりそうなブルマンは冒険者にとってまだ対処しやすいほうなんだろう。
「さて、どうしましょうご主人様?」
視線が集まる。実は今の話を聞いて思いついた戦法がある。
あまりにも頭が悪すぎて戦法とは呼べないだろうけど。
「そりゃあ、まぁ……僕が囮になるしかないよね」
そう言ってから数分後にブルマン達まで歩み寄っております。
ファスとトアには反対されたが。それが一番手っ取り早いんだよな。時間かければ落とし穴でも掘れるだろうけど、道具持ってきてないし、手間がかかりすぎる。
遮蔽物もあまりないのでフクちゃんの糸作戦も準備が必要、となるとすぐに実行できるのは僕が囮になってひたすらブルマン達を翻弄するのが良いような気がする。
一応【呪拳(鈍麻)】を使って動きを鈍らせつつ、同行させたフクちゃんが飛び移り毒を注射するという作戦だ。
トアはまだ戦闘がどの程度できるかわからないので今回は見学、ファスには決戦のフィールドを作ってもらってます。
ぶっちゃけ沼地でやった戦術と似たり寄ったりなので芸がないが、あの時よりも危険だと思う。
一応、逃げ道を用意はしているけど、迂闊かなぁ、うーんでもここまで来て手ぶらってのも納得いかない。
安全面で疑問が残るが、危険な目にあうのは僕なのでまぁ気は楽なほうだろう。
「フクちゃん、今回も頼むぞ」
(マカセテー)
うん、頼もしいな。フクちゃんがいるだけで上手く行く気すらするよ。
ファスの方も準備はできたらしく、合図の狼煙が上がった。
「じゃあいこうか」
(リョウカイ)
ゆっくりと歩きながら手甲を締めなおす。首を回し両手を合わせ合掌、一瞬の集中でスイッチを入れる。
ブルマンは耳は良いらしいので大声で注意を引く。
『やっほー』
肺活量がついてきたせいか思ったよりも大きな声がでた。レッドブルマンが気づいたらしく……クラウチングスタートの体勢をとり、周囲のブルマンもそれに続きクラウチングスタートの体勢をとる。
「へっ?」
巨大な牛人間がこっちを向いてクラウチングスタート(何回言うんだ)の姿勢をとるというあまりにシュールな光景に思考が停止しそうになるが、止まっている場合じゃない。
狼煙が上がっている場所に向かって全力で走りだす。
『ブモオオォオオオオオオオオオオオオ』
ブルマン達が吠える。振り向くと、世界陸上の短距離走の選手のようにクッソ綺麗なフォームで走ってくる牛人間の姿が……しかも丸裸なのでその、つまり、イチモツがブルンブルンしているのが見えるわけで……。
いやだ!! なんかわからんけどアレにだけは追いつかれたくない!!
「来るなああああああああああああ」
自分が囮役だということも忘れて限界を超えた走りで狼煙の下へ。
狼煙が上がっている場所の手前に来るとバシャリと水が跳ねる。
ファスが予めできる限りの水を撒いてくれた場所だ。草地なのであまり意味はないだろうけど少しくらいはぬかるむ。
全力で走る後ろのブルマン達は体も重いことだし。意外と転ぶんじゃなかろうかという希望的観測だ。
【ふんばり】を発動させ、嫌だけど転進。
振り返ると、スタート時はあれほど美しかったフォームは無残にも崩れ、女の子走りと表現するのが正しいのだろうか、腕と足がバラバラの走りを披露し、こちらの緊張感を削いでくる。そして別に水で濡らす必要もなかったのではないだろうかと思うほどに盛大に転んだ。
そりゃあもう見事に顔面から転び、ズシャアアアアアと音がして泥が跳ねあがる。
一応彼らのフォローをするならば、急に止まった僕を攻撃しようとして足をもつれさせたようだ。
そのまま二頭目、三頭目、四頭目と転がっていく。
ド〇フのコントかお前ら。
(イッテキマス)
フクちゃんが肩から一頭のブルマンに飛び移り牙を突き立てていた。
なんか思ってたのと違う。もっと緊張感あるやり取りになるはずだったんだけどなぁ。
脱力感に見舞われながらフクちゃんとは別のブルマンの背中に飛び乗り【掴む】と【ふんばり】で体を固定し【呪拳(鈍麻)】で呪いをかけていく。
「ロデオボーイってか」
飛び乗ったブルマンはすぐに身体をよじって僕を取ろうとするが、たとえ巨体に押しつぶされようが、離れる気はない、ここで一匹行動不能にしておくつもりだった。
(マスター、アブナイ)
フクちゃんの注意で背から飛びのく、僕のいた場所に白い角が突き刺さった。
「ブルヴァアアアアアアアアア!!」
「ブモッ!?」
レッドブルマンが仲間ごと僕を貫こうとしたのだ。群れの仲間じゃなかったのかよ。
レッドブルマンは突き刺さった角を怒りのままにグリグリと捻り入れる。程なくして僕が飛び乗ったブルマンは動かなくなった。
……少しは緊張感出てきたな。
フクちゃんが乗っているブルマンはすでに動きが鈍い、あの様子ならあと少しで行動不能になるだろう。つまり僕の敵は残りの二体。
二体とも僕を狙っているようだ。示し合わせたのか、同時に突進してくる。
前に出ることで間をすり抜け、空いたブルマンの横腹に全力の突きを打つ、大して効果はないだろうと思っていたがズドンと重い音が響き、ブルマンが呻き声をあげ膝をつく。
「こいつは私が仕留めます!!」
そのまま隠れていたファスの水弾が一ダースほど命中し、ブルマンがたじろぐ。
「……そういや、本気で戦うのはボス猿と戦って以来か」
このバカでかい牛の魔物にダメージが与えられるとは思わなかった。
町では殺さないように手加減してたからな。自分でも知らないうちに人間離れした膂力が身についていたらしい。
自分の拳の威力に驚いていると相撲の立ち合いのような姿勢をとったレッドブルマンがブチかましを決めてきた。
試してみたいという気持ちが湧きあがり、迫る角を掴み【ふんばり】を発動。
「ブモオオオオオオオオオオオ」
「オォオオオオオオオオオオオオ」
声を上げ、踏ん張る。10mほど後退したが突進を止めることに成功した。
レッドブルマンは手をつき角を上げようとするが、歯を食いしばり腰を落とす。
全身に魔力を滾らせ呪拳を発動しながら押し返す。
【ふんばり】が無ければ振り回されていただろうが足は地面に杭を打ち込んでいるかのように固定されている。
完全な膠着状態、お互い動いてはいないが、一瞬も気を抜かず力を出し続けている。
「ガァアアアアアアアアアア」
ファスの咆哮が響く、先ほど殴ったブルマンはファスの【息吹】にやられたのだろう。
他に動きがないということは、フクちゃんも上手くブルマンを仕留めたはずだ。
なら後は僕だけだな。
「ファス、フクちゃん。手を出すな!! 僕が仕留める!!」
レッドブルマンの角の付け根は先ほどから出血している。それほどの力で押し合っているのだ。
ここまで来たら意地の張り合いだ。
「ご主人様、頑張ってください!!」
(ノコッタ、ノコッタ)
「なんちゅう、馬鹿力だべ、頑張るだよ旦那様ー!」
応援が聞こえる。観戦に徹していたトアも来たようだ。
皆見ている以上、負けるわけにはいかないな。
「ブモォオオオオオオオ」
レッドブルマンが一歩引いてこちらの体勢を崩そうとしてきた。
それなら押し崩すまで、すり足で前にでて首を捻りあげる。
敵も手を付いて押し返そうとするが、一歩下がったせいで腰が引けている。
重心を相手の下に入れハンドルを回すように相手の頭を回転させレッドブルマンを地面に叩きつけた。
「オラァ!!」
「ブハァア!!」
叩きつけられてもなおもまだ抵抗しようと両腕で掴みに来たが、その手に力は無い、呪拳により呪いが回り、体が動かないようだ。
「勝ったぞ!」
拳を突き上げて三人に叫ぶと、走り寄ってくる。
「流石ご主人様です。真正面から押し切るとは思いませんでした」
(センシュウラク)
「ここからはオラの仕事だべな、腕によりをかけるだよ」
多少危ない場面もあったが(精神的に)なんとかブルマンを四体も仕留めることができた。
上々だろう。と思っていたら、ファスが一点を見つめトアが鼻をヒクヒクと動かす。
「誰か来るべな」
「すみません。戦闘に気を取られて接近を許しました」
「近くの冒険者かな?」
「女性が二人のようです。馬のような魔物にのってすごい速さでやってきます」
女が二人で、しかも魔物に乗って移動だと? 一体誰だろう?
「一応警戒しとくぞ、フクちゃん糸を」
(モウハッテル)
流石フクちゃん……頼りになる子。さて鬼がでるか蛇がでるか。
かくして出てきたものは――。
「……チィ、狩られちゃってたか」
「わ、わ、千早ちゃん。あの人って」
「何よ、ただの冒険者……ってあんた、たしか闘技場で宙野に負けた【宴会芸人】じゃない!?」
もしかすると鬼よりも蛇よりも恐ろしい女子高生という存在だった。
やっと牛を狩れました。ちなみにハラワタ打ちをヨシイが使わなかったのは内臓を破裂させて肉の味を落としたくないためです。
次回予告:女子高生は鬼より怖い。
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