第四百三十七話:叶さんとトアのお宝紹介
湖の上を走る穏やかな風にトアの淹れたお茶の香りが混じる。イチゴに似た甘い香りだ。
「いい香り~。なんのお茶なの?」
「リンゼンっていう樹の花と葉を乾燥させた茶葉だべ。香りは高いけど味は薄いからジャムを入れて飲むだよ。ビオテコを出る前に薬師ギルドで茶器を買えたから使ってみたかったんだべな」
トアが出したのは白いカップで陶器の様に見えるが持ってみると金属のように重く丈夫そうだ。並べたカップへ濃さが均一になるように少しずつ順番にお茶を注ぎ、紙の包みを取り出して固めのジャムをバターナイフで切って入れると香りがより引き立ってくる。一連の所作は淀みがなく、トアを見ているだけでお茶が美味しいことがわかるようだ。
「お茶請けは、簡単な焼き菓子だべ。厨房に質の良いバターがあったから作っただよ。菓子はあんまりとくいじゃねぇから、大目にみてけろ」
「いや、普通に旨そうだ」
「トアの料理にハズレはありません。いただきましょう」
「いただきまーす」
「わーい」
しっかりと焼かれたクッキーはサックサクで甘すぎずトアの言う通りバターの風味がダイレクトに来る。お茶を口に含むとバターの風味にベリー系の茶の香りが混じって上品ながらもどっしりと安心感のある味。甘さ控えめな分、お茶の甘味をしっかりと感じられるようになっているのもトアは狙っているのだろう。
「なんか、こういうの食べるの久しぶり過ぎて……泣きそう」
「美味しいです。実は……こういうものを食べるのはお婆さんの家は記念の日だけでした。砂糖は高級品だったので……」
叶さんは感動のあまりちょっと泣いていた。ファスはなんか無表情で震えている。そういや異世界に来てこんなわかりやすいお菓子を食べたのは交易の街以来かもな。
「まいうー」
「美味い。沁みるな」
フクちゃんはホッペをパンパンにしていた。こういう王道の甘味は旅をしていると食べないからびっくりするほど美味しく感じる。
「そこまで喜んでくれるなら。今後はお菓子も旅先で食べられるように勉強しておくだ。おかわり淹れるだよ」
お菓子を褒められて嬉しかったのかトアの尻尾がブンブン揺れている。
「是非お願い! 転移者の女子達も絶対喜ぶから機会があれば作ってあげてね」
「トアが仲間でいてくれるのは私達の幸運です」
「心の底からそう思う」
「トア、凄い」
「ニャハハ、何言ってるだ。こんなに美味しそうに食べてくれる皆と一緒でオラの方がお礼をいいたいくらいだべ」
一息ついたら、いよいよダンジョントレジャーを確認することにした。
「まずは私だね。一番多く物を取り出したっぽいし」
叶さんがお茶を飲み干すと立ち上がる。
「まずはこの靴だね。【疾風の靴】といって魔力を込めると素早く動けるようになるよ。防壁はあっても回避も大事だもんね」
緑色でくるぶしまであるハイカットの紐靴だ。試しに叶さんがジャンプすると結構高くまで飛び上がっていた。魔力をコントロールする必要はあるが素早く走ることもできるっぽい。
「続いて【琥珀の魔結晶】。ナルミさんが言うにはこれが取り出したダンジョントレジャーの中で一番に高価なんだって。使用者の魔力を貯めて、必要な時に取り出せる魔力の電池みたいなものだね」
「それは便利そうですね」
ファスが反応する。確かに便利そうだな。
「でも、使用者本人の魔力しか溜めておけないから。真也君の魔力を貯めて私が使うってのはできないよ。これがあれば、非常時に回復できないってこともないから便利だよね」
「カナエは回復役だから、非常時の手段は持っておいて損はねぇだ。いい選択だと思うべ」
「最後に【身代わりの護符】。装備の裏に付けておくと強いダメージを受けた時に引き受けてくれる護符だね」
「それは、私も取り出しました」
叶さんが取り出したガラスのような透き通った素材の護符と同じものをファスも取り出す。
「僕としては全員に持って欲しいけど、二枚しかないんだっけ?」
「うん、貴重なものだから。ダンジョントレジャーとして出ても、冒険者が自分で使うみたい。あと護符の重ねがけもできないよ。私が取り出したのは以上だね。一応このほかにもダンジョントレジャーでないドルイドの魔導書や儀式の道具で役立ちそうなものは貰うつもり」
「んじゃ、次はオラの取り出したもんを見せるべ」
トアもアイテムボックスからダンジョントレジャーを並べていく。
「まずは【秤鍋】だべな。効果はナルミが説明した通りだべ。次にこれはすんごいお宝だべ」
目をキラキラさせてトアが取り出したのは胡桃のような何かの種子だった。
「ナルミが勧めてくれた奴だよな? 結局なんだったんだそれ?」
僕等があんまり宝を持ち出さないから、ナルミが色々勧めてくれたアイテムの一つだったと思う。
「これはラポーネでも話題になることもあるダンジョントレジャー【酒精の種】だべ! こいつを瓶にいれて適当な糖を含んだものと水を入れるとなんと一晩で酒になるっつうとんでもない代物だべ」
「へぇ、発酵させるってことかな?」
叶さんが興味津々といった様子で種を覗き込む。
「よくわかんねぇけど、米でも果実でもトウモロコシでもあっという間に酒になるから。色んなものに試せるだ。これがあれば飲食店でも酒屋でも儲け放題だべ」
「僕等はあんまり酒は飲まないけど。屋台のメニューが捗りそうだ」
「それもだけんど、普段から調味用の酒を節約していたから旅先でも本当に助かるだ。果実酒は煮込みや甘味を足せるし、麦の酒は肉や魚の臭み消しに揚げ物の風味足し、酒をいれて度数を高めたり旅先では難しいけんど蒸留できればもっと色んなもんに使えるべ……これは本当にすごいお宝だべ」
いつになくトアが強く語っている。確かに行商で必ず酒を買ってるもんな。僕等は酒を飲まないが料理をする上ではよく使うのだろう。うん、あんまり料理しないからわからないけど、トア的にはめちゃくちゃ助かるようだ。
「よくわかりませんが、トアが調理をするうえで便利になるというのであれば喜ばしいです」
「うんうん」
「そうだな」
「……飲食をやっていたもんにとっては伝説のお宝なんだけど、いまいち伝わらねぇだ。つーわけで、これがオラが取り出したはお宝は以上だべな。他には厨房でエルフの料理人達から色々伝統的な料理を教わっているだ。皆の口に合うようにアレンジを考えているから楽しみにしてけろ」
トアとしてはダンジョントレジャーよりも料理人達から教わるレシピの方が大事なのかもしれない。
次は僕が取り出したアイテムでも見せようかな。
こういうアイテムを考えるのが大好きです。
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