第四百三十三話:とにかく尋問だっ!
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刻は深夜、エルフの王城【ルナ・カステロ】に真也達が入城してから一日が経っている。
城を囲む湖の周りの巨木、そのうちの一本の樹木の洞に黒ずくめのダークエルフの男が座っていた。その褐色の肌と銀髪をさらに闇に近い黒い装束で隠している。外見では年齢のわかりにくいエルフであったが、そのダークエルフは翁壮な雰囲気を持ち、顔にも微かにしわが刻まれていた。エルフの国において盗賊ギルドよりも恐れられる、高位の隠密達の頭であった。
男が隠れている木の洞には小型犬ほどの蟻が常に出入りしている。それは男の従魔であり【念話】を使うことのできる希少な魔物達であった。その従魔達を使って彼は仲間と連絡をしているようだ。
(標的達はどうしている?)
洞の中の男が蟻の従魔を使い【念話】を送ると蟻が洞から出て行き、仲間を中継点にして【念話】を城に潜む他の隠密に飛ばす。そして帰って来た別の蟻が【念話】を伝える。このやり取りを複数人と繰り返すことで複雑な情報網を部下達と共有していた。
(御殿に引きこもっている。秘書長官の依頼にある暗殺は難しい。……秘書長官より【念話】を使いたいと命令あり)
(蟻を渡せ)
(了解)
従魔である蟻に魔力ポーションを含ませた餌を与えながら、洞の男もポーションを呷る。【念話】はそれなりに魔力を消費する。魔力量に優れたエルフだからこそ行える方法だともいえた。すぐに【念話】の様子が切り替わり始める。
(まだ成果はでないのか!)
強い語気、【念話】の主は秘書長官だった。王弟の派閥の中でも精力的に貴族を束ねていたエルフであり、隠密達の雇い主でもあった。内心嘆息しながら洞の男は対応する。
(姫は御殿に籠っている。結界が張っているあの中の様子は見透せない)
(英雄は……翠眼はどうだ。あれを手に入れれば、新たな傀儡に据えて王家を手に入れることができる)
(【翠眼】だけは御殿から出て、何度か宝物庫へ行っている。しかしあまりに規格外、部下が索敵範囲を調べたが城の中は彼奴の視界範囲だ。【隠密】すら見破り、誘拐はもちろん奇襲すら不可能)
(……本物の翠眼なのか)
(鉱山砦では盗賊ギルドのエルフすら奴らに捕まっているという情報があり……我等の【隠密】すら容易く看破する能力……【精霊眼】スキルが発現した本物と判断する)
(王族にすら稀にしか発現しない【翠眼】がなぜ、人族に従っている?)
(不知)
(……こちらで王子に探りを入れておく。英雄にもエルフの女をあてがって御殿に忍び込ませ、内側から開けさせればよいだろう。黒髪にのっぺり顔……結晶竜を倒したのが真実ならば【勇者】と同じ【転移者】に間違いない。それならば、竜の武具さえなければどうとでもなる。記録には奴らへの対処法も乗っている……戦場では英雄だか知らんが、寝屋ではただの人よ。武具を体から離している風呂や女を抱いている時でも殺す隙はいくらでもある。王城の門で見た時には武器は装備していなかったが……アイテムボックスに隠してあるならそれを盗めば大幅に弱体化できる)
(【翠眼】の目を盗み暗殺は不可、竜の武具も確認できていない)
(それを何とかするのが貴様等の仕事である。姫の暗殺、【翠眼】の誘拐、英雄の暗殺。どれか一つでも達成すればよい。後はこちらでなんとでもする)
(……是。王弟より授かった毒はまだ使えるか?)
(使えん。保管していたはずだが、煤のようになって消えてしまった。毒が必要なら貴様等が使う毒を使え、この際証拠が残っても構わん。【翠眼】対策に【転移】の陣を用意してもいい)
(是……これを最後の仕事にしたい)
(好きにしろ。報酬は出す)
蟻からの念話が途切れる。男は栄養補給に丸薬を齧り、部下達への指示を送る。秘書長官が追い詰められていることは明らかだった。幼い王子よりも金も権力も持っている方についたのだが、どうやら見誤ったらしい。だが、引き受けた以上は仕事はこなす。まずは部下を使って【翠眼】の索敵範囲を明らかにする。城の内部程度の視野はあるようだが、高レベルの【隠密】スキルを使ってどの程度近づけるか……。
月灯りが森を照らす。木々の葉の擦れる音、幹をなでる風の音。その須臾の間隙。
蟻たちの【念話】が止まる。隠密としての本能が警報を鳴らし、事態の把握よりも先に男は自らの周囲に気を巡らせた。
ピトリ。
鍛え抜かれた感覚が肩に触れた髪の毛ほどの重さを感じ取る。
「ッ!!!!」
爆ぜるように洞より飛び出る。引っ張られ、上着を脱いだ。振り返ると上着は宙に浮いていた。
洞に月光が差し込み、わずかな反射でそれが糸だとわかる。恐ろしく軽く、強靭なものだ。あと一瞬でも遅れていれば拘束されていた。冷や汗が背中を流れる。この距離まで、襲撃を察知できなかった。
近くの枝の上へ着地する。すぐに離れ――。
「やるなぁ」
「……!?」
上から声が聞こえた。見上げると幹に垂直に派手なデザインの覆面の人物が立っていた。狩装束を着ており、両手には武器も持っていない。
覆面? この距離まで気づけなかった。どうして幹の上に垂直に立てる?
いくつもの思考が駆け巡る。そして、対面している敵があまりにも強者だと気づいた。人間と対面している気がしない。
後方に跳ぶ、懐の煙玉を使う、短刀で攻撃する、含み針を飛ばす。脳内でこの場を切り抜けるシミュレートをするが、その全てが行動した先で潰されることが明確にわかる。これまで何人もの強者を背中から一突きで殺し、時には正面からも勝利したこともある彼だったが、相手が悪いことを悟った。一秒の半分にも満たない時間で男がした判断は口内に仕込んだ自決用の毒薬を噛み潰すことだった。
即効性のある毒薬が口内から体に染み込んでいく。暗転する意識の中、自分の頭が強靭な力で掴まれたのを感じた。
残念だったな。化け物め。
一矢報いたと嗤い。男は意識を失った。
※※※※※
城の外にいた最後の隠密を抱えて全速力で城に戻る。【空渡り】を使って城の一角に設けられた隠し窓から尋問室へ入って着地。念の為被っていた覆面を脱ぐ。ちなみにこれは、フクちゃんに作ってもらいました。砂漠を思い出してちょっと懐かしい。
「叶さん、ごめん。毒飲まれた【鈍麻】を使って作用を遅らせてるから解毒よろしく」
(シッパイ、油断シタ)
頭の上でフクちゃんが悔しそうに震えていた。これに関しては敵を褒めるべきだろう。フクちゃんの糸を感じ取って回避するだけでも大したもんだ。
「えっ? 真也君とフクちゃんの襲撃受けて自決できたの? 凄いね。【星涙癒光】……うん、解毒とダメージを受けた内臓の回復が終わったよ。拘束しとくね」
「城内の隠密もフクちゃんの糸で一斉に縛ったのをオラの方で回収しているだ。ファス、他にはいねぇだか?」
口元を隠したトアがファスに確認する。
「城内はもちろん周囲の森にはいないようです。一日かけて私の索敵範囲を誤認させたおかげで、うまく油断させられたようですね。念のため、他に仲間がいないか尋問しましょう」
アナさんとの会話の後、隠密達を捕まえることにした僕達は作戦を立てた。と言ってもやることは単純で、フクちゃんを懐に忍ばせたファスが宝物庫に行く振りをして隠密達にわざと姿をさらし、反応をしたりしなかったりすることで【精霊眼】の索敵範囲を誤認させていた。実際はさらに広い範囲を見透しているので、隠れている敵を引き寄せたのだ。後は、一日かけてファスが見つけた隠密達にフクちゃんが糸をかけてまわっただけだ。
さらに敵は驚くべきことに【念話】を使っていた。これに関しては虫系の魔物を使った【念話】だったのでフクちゃんが逆手にとって敵の頭目を見つけることができた。……ほとんどファスとフクちゃんで終わっている。相手には同情するしかない。
後はタイミングを合わせて糸を操り、城内にいる隠密を縛り上げ、僕は離れた場所にいる頭目を狙って捕まえたと言うわけだ。
「この人が敵のトップ、もしくは一番の実力者だ。【念話】を使う虫が集まってたし、かなりレベルが高かったと思う。正直、襲われる側だったら結構危なかったかもな。フクちゃん、【念話】を使う虫はどうしてる?」
(タベタ、残りも後でタベル)
「……あっそう」
あの場では逃走や情報の秘匿を優先して頭目は自決したが、これが襲われる立ち場だったら結構やばかったかもしれん。アルラウネとの戦いで得た直感による読み合いが無ければ逃げられたかもしれない。
「【星涙光鎖】……拘束できたし、結界も張り直したよ。準備ができればいつでも意識を戻せるし、気を失わない様にバフもかけれるよー」
部屋の隅に光の鎖で縛られた隠密が十数人ほど積まれている。【スキル】による叶さんの拘束は強力で、縄抜けもできない。
「フクちゃん、自白毒は使えますか?」
ファスの言葉にフクちゃんが少女の姿になって指先から糸を飛ばす。
「んー、効き目、弱い」
「隠密だし耐性があるべな。そんなら、オラが薬師ギルドからもらったレシピつかって毒を強化して自白剤にしてみるだよ。城内に見張りはもういないから大っぴらに移動できるべ。ちょっくら厨房に行ってくるだ」
「そんなことできるのか?」
「毒の調合はやってみれば料理と割と似てるだ。副作用を弱めたり、単純な毒よりも小回りが利くようにできるだよ。薬師ギルドからレシピをいっぱいもらったかんな」
尻尾を振ってトアが厨房へ向かう。
「毒が効きにくいなら精神から落としましょう。ご主人様は【鈍麻】をフクちゃんは【魅了】をお願いします。トアの自白剤を待って、このリーダー格の隠密の尋問を開始します。今日中には相手の拠点を探って戦力を丸裸にしましょう。時間があれば、【恐怖】【慈愛】【魅了】で洗脳……説得してこちらに引き込んでも良いかもしれません。幸い、この国でその手管は学んでいます。ご主人様の名誉を傷つけようとする輩は排除しなければなりません」
「あいあーい」
ファスとフクちゃんを直視できない。なにあれ? 味方が怖すぎる。やってることが完全に悪側なんだけど。
「……」
椅子に座らせた頭目の肩に手を置いて【鈍麻】を強めながら思う。……うん、この国に来て僕等は確かに成長した。アルタリゴノでエルフ達に掛けられた洗脳を解く為に【料理】とそれを受け入れてもらうために、聖女の力やフクちゃんの【魅了】ファスの【慈愛】を使った。戦場でも兵達の洗脳を解く目的と勇者に対抗する為にファス達は民衆に喧伝した。……目的は正しいが手段としては期間が短いぶんカルドウスよりも凶悪な気がする。というか、なんならこの国にきて戦闘面よりもこっち系のスキルツリーの方が伸びて……。
「兄上……」
考え事をしていると、後ろから王子に話しかけられる。ちなみに後ろにはナルミが椅子に座って凄い眼で僕等を見ていた。
王子は涙目でプルプル震えている。おかしいな、出会った時は幼いもののアナさんを連想させるほどに強かな感じだったのだけど、今は怯えた子犬みたいになっている。
「姉上はどうぞ貰ってくれて構わないから、どうか、今後もニグナウーズと敵対しないでいただきたい……」
知らない所で弟に売られているぞミナ姫!!
「家族を差し出したっ!? 落ち着いてください王子、僕等はいつもこんなことをしているわけじゃないんです! 誤解です!」
「こいつらは大体こんな感じだ。敵に回したら死ぬほど厄介だぞ」
「止めろナルミっ! 真実は人を傷つけるんだぞっ!」
「兄上……城の宝は差しだすので……グスッ」
怖くて泣いちゃったじゃん! 王子のキャラが完全に崩壊しているけど大丈夫か!?
後、兄上呼びが定着しちゃってる。
「大丈夫ですから王子、ほら泣かないで……」
その後、戻って来たトアの自白剤の助けもあり隠密達は持っている情報を全て吐いた。秘書長官は一日のうちに強力な手駒を失い。王弟の派閥は何が起きたのかもわからないままに、その位を追われることになるのであった。
どうしてこんなことに……。
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