第四十四話:草原の夜
水辺で飲み水を補充している他の冒険者がちらほら見えたので、比較的疲れてなさそうなパーティに話しかけてみることに。
その冒険者パーティは四人組で全員が獣人だった。
ちなみに全員男です。
「すみません。薬草採取からの帰りですか?」
「そうだよ、見ない顔だな? 新入りかい? 俺達も最近パーティを組んだばかりなんだ」
僕らのことは知らないらしい。エルフを連れている奴としてギルドでは肩身が狭かったので助かる。
「えぇ、先日この町に来て登録したばかりでして。ポキポキ草は取れましたか?」
質問すると話しかけた人とは別の人が大袈裟に首を振って袋を開けて見せてくれる。中を覗くと五束ほどが入っていた。
「全然だめだ。ポキポキ草以外の香草も狙っていたんだがブルマンが数頭いたからな、草が生えていそうなところに行かれちゃ手が出せねぇ」
お、ブルマンの情報が手に入るとはついてるな。
「牛の魔物でしたっけ? 危ないんですか?」
「別に一頭なら大した事ねぇよ、あいつら真っすぐにしか突進しないからな。近づかなければ襲ってこないし。隙を見て一頭くらいなら狩ってもいいかと思ってたんだが……」
「だが?」
「群れで移動しているし、しかもレッドブルマンもいたんだ。ギルドじゃそんな情報無かったんだけどなぁ」
「レッドブルマンですか、ブルマンのボスみたいな魔物ですか」
「そうそう、凶暴で向こうから襲ってくるからな。風下で見つけたからよかったけど風上だったら突進されてたな」
やばかったぜ、とケラケラと笑う獣人のパーティ一行。気持ちの良い人たちだな。
「あんたらも、薬草の採取か?」
「はい、でもポキポキ草だけだと赤字になりそうなんで、ブルマンを狩るつもりでした」
それを聴いて火の番をしているタレ耳の獣人が水を飲みながらこっちを向く。
「やめとけ、ブルマンはそれほど強くない魔物って言われてるが。それでも俺達よりでかくて力もある。スキルがあっても当てれないことだってあるんだ。素人は大人しく風上に立たないように気を付けて薬草だけとってればいいんだ。上手くいけば香草やこいつが取れるはずだ」
そう言って。自分の袋からもぞりと10㎝ほどの芋虫を取り出す。
……旨いのかそれ? 食べ物だよな?
「ラクトワームだな、へぇそんな大物取れるんだべか」
後ろでずっと聴いていたトアが声をあげる。知っているのかライ〇ン。
「旨いのか?」
「旨いべ、糞をキチンと抜いて食べれば臭みもなくて外はパリッと中はトロっとして、旅路では上等な栄養になるべ。油で揚げたり、串焼きもいいなぁ」
「通だね。お嬢ちゃん。こいつを一匹食べたら精がつくってんで町じゃあ人気なのよ」
「精がつくんですか?」
フードを深くかぶったファスまで会話に入ってきた。珍しいな、こういう会話に入ることはあまりないのに。
「おうよ、コイツを乾燥して砕いた粉末が精力剤として娼館で売られているくらいだからな」
「精力剤……なるほど、よいことを聞きました」
「だな、ラクトワームも捕って帰るべ。入用になるかもしれないだ」
「坊主、二人も雌を連れてんのか。大変だな……」
「……アハハ」
(サンニンダイ)
ボソリと念話が聞こえる。あれ? フクちゃん昔、性別聞いた時わからないって言ってなかったけ?
まぁいいか。獣人さん達にお礼を言って。水飲み場を出発した。
「レッドブルマンか。ファス、トア、何か知ってるか?」
「知っています」
「知ってるべ」
二人とも知っているのか、とりあえずファスに説明をお願いする。
「ブルマンの亜種で凶暴性が増している種だそうです。名前通り体が赤く、通常のブルマンに比べて一回り体が大きく。機敏に動く草食の魔物です」
「付け加えるなら、肉はブルマンよりも高く取引されてるべ。キチンと血抜きができているのが条件だけんどもな」
「それってブルマンより旨いってことか? 力が強いんなら肉も固そうだけどな」
「オラもそう思うけど、実際はブルマンよりも柔らかく上品な脂らしいべ」
「余裕があれば狩ってみたいですね」
(タノシミ)
ファスとフクちゃんが即決する。まぁ同意見だけど。ただあまり無理はしたくないな。
怪我しないのが一番だ。
あぁそれともしレッドブルマンの肉が手に入ったらさっきの人達にもわけてあげよう、きっと喜んでくれるはずだ。
途中何度か休憩をはさみ、なんとか辺りが暗くなりきる前にポキポキ草が生えているという場所に着いた。
確かにここまで歩いてきた草原よりも緑が濃い気がする。ちなみにトアはこれまでの道でも食べれる野草をかなり取っていた。
「着いたが、もう遅いな」
「ちょうど見晴らしの良い岩場があるので野営の準備をしましょう」
「簡単なスープを作るべ。ファス、野草の灰汁抜きしたいから、お湯貰っていいべか」
「了解です。魔力はあり余っているので発火石は節約しましょう【魔水喚】」
「石で竈つくるから少し待って欲しいだ」
テキパキと野営の準備が進んでいく、えっと、僕は何をすればいいんだ?
最初にアイテムボックスから道具を出したらもう手持無沙汰だ。
「あのー。僕は何すればいいでしょうか?」
「私達が準備をするので休んでいてください」
「んだ、というかもうすることないだよ」
えー、なんていうかキャンプの準備と言えば男の仕事ってイメージがあるんだけどなぁ。
トアから預かったフクちゃんを撫でながら疎外感を誤魔化す。別に寂しくなんかないやい。
(ヨシヨシ、マスター、イイコ、イイコ)
撫でてるはずなのになんか慰められてしまった。そうかわかってくれるかフクちゃん。
フクちゃんに慰められながら、待っていると、すぐにスープは完成した。
具材は干し肉にトアがとっていた野草を別の鍋で簡単に湯がいて灰汁抜きしたものを入れ、塩コショウで簡単に味付けしたものだ。
シンプルだが、肉の甘味と塩味が絶妙で妙に癖になる味だ。歩き疲れた体に塩分が染みる。
星空の下で食べるとまた格別だな。
「あぁ~旨い! おかわり」
「早いだな旦那様。乾燥させたパンもあるから、一緒に食べるだよ」
「フゥーフゥー……美味しいです。あんな単純な手順なのに味わいがあります」
(アジツケガ、イイ)
「ありがとうだ、ほら旦那様おかわりだよ」
新しくスープを注いで貰った椀を持ち、木でできた大きめの匙にスープをとって少しずつフクちゃんに食べさすとご満悦の様子。
フクちゃんも気に入ったようだ。
サワサワと撫でながらフクちゃんにスープを上げていると視線を感じる。
ファスがフクちゃんをじっと見ていた。より正確にいうと僕の匙を見ている。
匙でスープと肉を掬ってて吹いてさまし、ファスの前に。
「ほら、アーン」
「べ、別に、私は、むしろする方ではないですか!?」
「さっきから、羨ましそうに見ていた癖に何言っているだよ」
(ユズッテアゲル)
「トア、フクちゃんまで……わかりました、あーん」
ファスがパクッと匙を咥える。なんだこれ癖になりそうだ。
僕が未知の扉を開けそうになっていると横から匙が出される。
「ほれ、旦那様。あーん」
「あぁ、ずるいです!!」
やられる側になると恥ずかしいが据え匙喰わぬは男の恥。
パクリと咥えてスープを飲む。
「ん、いい食べっぷりだべ」
「次、次は私です」
「はいはい」
(マスター、ボクノ、ゴハン)
騒がしい晩御飯が終われば、次はトアの治療になる。
魔物がいるかもしれない外で【吸傷】するのは危険かもしれないが、フクちゃんとファスがいるし、できるだけ早く傷を取ってあげたかった。
どうせ血がでるので、上半身裸になってトアの顔布を外す。
顔布には膿がついて、ヌチャリと糸を引いた。傷は額からグニャグニャとミミズのように頬まで続き膿が溜まって腫れている。
「水飲み場で布変えたばかりだったんだけんども、もう膿んでるべな。汚いモン見せてしまってごめんさい旦那様」
「そんなこと言うなよ、すぐに治してやるからな」
集中。息を深く吸い、細く長く吐く。手をトアの両頬に添える。
呼吸は無意識と意識を繋げるものだと爺ちゃんは言っていた。僕が習った武術には呼吸力という言葉がある。
流派や時代によって解釈は異なるが爺ちゃんはこう言った。
『真也、合気に於いて呼吸とは意識しているヒトの領域と無意識であるカミの領域を繋げるものじゃ、だから心静かに集中し息を辿ればカミ様がお前に力をくださる。呼吸力とはつまりカミに通ずる力を指す』
古武道の流れを組む流派ではこういった宗教的な教えは多々あるが、僕は好きじゃなかった。
だって小学校でこのことを言ったらバカにされたから。帰ってバカにされたと爺ちゃんに言ったら、爺ちゃんは何も言わず悲しそうな顔をしていたっけ。
でも、都合の良い話だけど、今は祈る。カミ様じゃなくて爺ちゃんに、どうか彼女を救う力をくださいと。
静かに息を吸い吐く、風の音と僕とトアの呼吸だけが聞こえ、鋭い痛みが額から頬へと伝う。
ダメージの量で言えば背中の傷の方が大きいはずだが、伝う痛みはこっちのほうがずっと辛い。
顔から血が噴き出るのを感じる、痛いし辛いしでも温かい。
きっとこれは、トアの抱えてきた心の痛みなのかもしれない。ファスだってそうだ苦しみと絶望の中で戦ってきた。その苦しみの一端を僕は引き受けたんだ。
だから今もトアの心の痛みを引き受ける。それはきっと、僕に必要なものなんだ。
あの日痛みから逃げて生きることを捨てた僕に必要な……。
……夢を見ている。だって目の前に爺ちゃんがいるから。これは夢なんだ。
爺ちゃんは何も言わず、蜜柑をこっちへ投げてきた。一つ、二つ、三つと投げられる。
『もう持てないよ』
と言うと、満足そうに笑って近づいて僕の頭をポンポンと叩いた。
そして、爺ちゃんは背を向けて歩き出す。僕は追おうとするけど蜜柑が重くて動けない。
だから精いっぱい声をあげる。
なんて言ったかは覚えていない。
……目を開けると、朝焼けが目に入る。変な夢だったなぁ。起き上がろうとしたが体が動かない。
右腕をファスが、左腕をトアが抱いているからだ。ちなみにフクちゃんは僕のお腹と毛布の間にいる。
トアの顔を見るが髪に隠れてよく見えない。
左腕をほどき、前髪を拭う。
「ん~」
眉をしかめるその顔には傷はもうない、と思ったがよくみると頬の隅に薄く跡があった。
「完全に消せなかったか」
「トアはそのほうが良かったって言ってました」
振り向くと深緑の瞳がこっちを見ていた。
「そうなのか?」
「はい、その方がご主人様がしてくれたことを忘れずにすむからって」
「義理堅いやつだな」
「私だって、絶対に忘れませんよ」
「……ファス。変な夢見たんだ。死んだ爺ちゃんの夢だった。僕を見てなんだか嬉しそうに笑ってたんだ」
「お爺様が笑っておられたのは、ご主人様がご立派になられたからだと思います」
「そうだったらいいな……ん~、起きるか」
「はい!」
「もうあと、半刻……」
トアのその呟きで朝から僕らは笑う。
その後、ファスがトアを叩き起こし。朝食の準備が始まった。朝食は昨日のスープに野草を追加したものだ。
スープを啜りながら予定を確認しようとすると、トアがもじもじとしている。
「トア、ほら」
(ファイトー)
ファスとフクちゃんがトアを促す。
「えと、どうだべな旦那様」
トアがこっちを見る。そういやまだしっかり顔を見てなかったな。
傷のないトアの顔は切れ長の目が印象的で黙っていれば氷のような鋭さを相手に与えるような器量を誇っていた。
ファスのような見るものを圧倒するような美しさはないが、トアは雨に打たれる狼のような気高さを感じる。
「あぁ、綺麗だと思う」
「く、ぐっ、う、嘘じゃ無いべな?」
「嘘なもんか、町を歩けば、男なら誰しも振り返るさ」
「そこはどうでもいいだ、旦那様がオラをどう思うかだべ」
「だから綺麗だって」
トアは振り向きファスに抱き着く。
「うぅ~ファス」
「よかったですね、トア。だから大丈夫だって言ったじゃありませんか。ほらご飯を食べますよ」
(トア、ヨカッタネ)
「オラにこんな幸せなことがあっていいだべか、夢見てるんじゃねぇかって思うべ」
よくわからないが傷が治って良かったなぁ、でもなんか僕が眠っている間にまた皆で仲良くなっているようで寂しいぞ。
朝食を食べたら、いよいよ本命のブルマン、じゃないやポキポキ草を取りに散策を始める。
さて昼までの成果だがダイジェストで振り返ると。
「クンクン、微かに匂いがするべ。よっと、やっぱりいたべ。ラクトワーム」
トアがその嗅覚でラクトワームを見つけ。
「見つけました、そこにいますね。よいしょっと」
ファスが【精霊眼】を使いラクトワームを見つけ。
(ボクモ、ミツケター)
フクちゃんが地面からラクトワームを取り出して見せた。
以上だ。
「なんで芋虫しか見つからないんだ」
休憩しながら叫ぶ。ちなみに僕の戦果はゼロです。何も見つけられなかった。
「一応、香草や野草も結構集めたべ。でもポキポキ草はないべな」
「実はポキポキ草が生えていたような痕跡は見つけれたのですが全て食べられていました」
(イガイト、オイシイ)
フクちゃんに至っては捕まえたワームを食べてるし。
「フクちゃんダメですよ、そのワームはご主人様が食べるんですから」
「まぁまぁファス。また捕ればいいべ」
(マスターノ、ブン、ノコス)
なんで僕が食べるの決定なんですかね? 皆で仲良く食べるか納品すればいいと思います。
しかしやはりポキポキ草は見当たらないようだ。ブルマン達に全て食べられてしまったのだろうか。
「ご主人様!!」
ファスの警戒したような声が響く。周囲を見渡すが何も見えない。
「ここから2キロほど北にブルマンがいます」
2キロ先まで見えるのか。見晴らしは良いとはいえ背の高い草もあるし僕には全然見えないな。
「どうやらブルマン達はポキポキ草を食べるためにこの草原にきたようだべな」
「じゃあ、ブルマン達のところへ行けば薬草が手に入ると」
(オニクモ、テニハイル)
決まりだな。風を読んで。風下からブルマンがいる場所を目指すことにした。
……牛は見つけたから、狩りは始まらなかったけど。そこまでは進めたから!!
というわけでもう次回予告なんてあてにしないでください(おいっ
あと、ちょこっとですが本作の『奴隷に鍛えられる』という部分の一端が出てきましたね。
さて次回予告:今度こそ、今度こそ牛狩りです。
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